悪役令嬢の妹御。元メイドの学友を語る
お姉さま。あのメイと言うものについてです。
かのもの、来てそうそうわたくしどもの、そう、亡きお母様の麗石のネックレスを掠めんとしたのです。
本人は遊んでいただけとのことですが、疑はしこと物狂おしき。
他家ではジャムひとくち舐めれば窃盗として起訴されるのはもちろん、慈悲あって打擲もしくは紹介状なく放逐が常でしょう。
にも関わらずあのものの持つ手紙です。
『かは陪臣家の養女ながらわたくしの娘として扱うべし。ミマリもナレヰテもよく心得るべし まどうもの』
どうしてあのようなあやしきものをわたくしの姉と呼ばねばならぬのでしょう。わたくしの姉はお姉さまおひとりのみです。
されど、こは違いなく亡き母の筆。
厳重注意の上、陪臣家にて謹慎とする他なく、はらただしきことこのうえありませぬ。
お姉さま早くお帰りください。あのようなものとともに学び舎を通えなど。わたくしうまれてはじめてお母さまお姉さまがにくうございます。
ミマリ
お姉さま。
あのものはもののけでせうか。
スキル持ちの暗殺者に打ち勝ち生け取りさらに味方につける元メイドなど寡黙にして存ぜず。
太陽王国における対スキル及びギフト持ち犯罪者を縛る技術を元対スキル部隊隊長より師事したなど黄表紙のごとき経歴。
それだけにとどまらずかのものはあのミリオン・ミスリルとショウ・スカラーに師事したとまで戯言を申します。
正直理解を越えております。
されど戯言と切って捨てるには目の前の証拠が生きているゆえに。
始業式は滞りなく。
いえ、滞りはございましたがメイとやらが証拠を埋めてしまいました。暗殺者ですか。かはメイが仲間に取り込みました。わたくしの命を聞かずにです。かのものの陪臣ともメイドとも言えぬ馴れ馴れしさ身勝手さにはわたくしほとほと閉口しております。辺境ではかようなものなのでしょうか。
ミマリ
あのメイなるもの、小型の帆舟の操作、馬の扱い、てぢなごとたくみにして、されど人前では優等生を気取っております。
早くも学友どもから慕われており、あの傷だらけの忌まわしい腕を隠しもしません。
おぞましきはその手でわたくしに気安く触れんとすること。
いくら学生は身分を隠し名を秘するものといえ侯爵家の娘に向けてミィちゃんなど無礼に過ぎます。
猫か何かせうかと、たかぶるおもいおさえて問いただせば『ポチやタマで良いなら』との戯言を申します。
そはいつの間にやら姿くらませた猫又どもの名前です。
迂闊にも『わたくしは猫より犬の方が』と乗せられてしまい『パイちゃんはダメだけどシロちゃんコマちゃんならいいよ』と戯言を放ちてわたくしことばを失ってしまいました。
いえそもそもひとに犬猫の名など。
あとで聞けば犬ですらなくお姉さまを慕いて集いし魔物の名前と戯言を。
いかにそのパイなる魔物どもが愛らしいかを熱弁されてしまいわたくしは逃げ場もなく。
コカトリスは危険な魔物ゆえ、王都では飼えませんが学園においては卵をとるため何匹か飼っていると知るとあのものはあの恐ろしい魔物に近づき。
大型と違い小型は知性なく大変危険にも関わらず飼育係をして目を向く働きを。
臭うゆえわたくしの寝所に近づかないように言付ければ姿を消し鶏小屋にて眠りて石化毒に侵されることなく魔物共と仲良くなり。
お姉さまは辺境であのものを如何にしつけたのでしょうか。
あれでは猿か伝説にある餓鬼族でございます。
ええ、お義兄さまのメイドであったことは存じております。お姉さまに責はないのでしょう。
些細違わず偏見なくすべて存じたく思います。お義兄さまからもお手紙お待ちしております。
ミマリ
お義兄さま。
ご丁寧なお手紙ありがとうございます。
かような事情あるならばわたくしも考えをとめおきかえりみましょう。
されどこの手紙が届くまでには結論を出すゆえ御理解いただけるならば幸いです。
優秀なことは褒めねばなりません。
ええ。義兄さまがしつけたあのものです。
曲がりなりにも学友ゆえ掃除洗濯は免除しておりますが寸分のくるい無き行き届いた生活用品の配置にはわたくしも大変助かっております。
一言申す前にあらゆる手筈を整える手腕は確かにミカちゃんの次くらいには優秀かもしれません。
ミマリ
お姉さまへ。
(中略)作詞や語学は今のところわたくしが当然勝っていますが、幾何学の宿題にて些細な補助線の誤りを指摘され改めてあのものの遠慮なきところを垣間見た次第。
微積分に優れており、本人申すところ数学は庭師夫婦に教わったとのことです。
ものかたるもうまく、吟遊詩人より教わったとのことです。ミカちゃんには及ばないものの笙も聴けないほどではなきにして、わたくしのやまとの琴にもついてきます。特に運動は殿方たちにも負けません。先日球技大会で我々紅組を勝利にみちびきました。
紋章学にもある程度つうじており、そのゆえか正確に戦況や学友どもの特性を見抜いております。しょせん学生の球技ともうせばそこまでですが。
それだけならば褒めもしましょう。
先日かのものに恋文をよせる殿方を目にしました。なんと破廉恥なのでしょうか。
辺境ではもしやこのようなことが当たり前なのでしょうか。
本人に言わせれば『すきなひとがいるから』だそうで、返さひ申し願ひたとのこと。
相手の殿方は学生同士でなくば元メイドなど本来声をかわすこともできぬたかき方なのですが。
かのものたかき人ひくき人に対しても態度を変えることなく、学園の蹄銀扱う鍛冶屋などとも気安く話し、思わぬ話を仕入れてきます。近く秘密の甘味処を調べに行くとのこと。興味はございますが共に行くかは別問題です。
ミマリ
お姉さまへ。
甘味処は宜しゅうございました。
学友ども、殿方も女子どもも皆揃いて下々の味を堪能しました。
あのクリマンジューズなる珍味は気に入りました。
メイ……学内ではヒトミは『一口も食べたくない』と泣いて嫌がり宣うそぶり見せ戯けたゆえ、快くわたくしの分をも差し上げた次第。
出されたものはすべて口にするのは彼女の育ちゆえの礼儀だそうですが毒ならばいかにするのやら。
少々呆れる次第です。
ミマリ
お義兄さまへ。
かのものの予定はわたくしが先日お義兄さまに申した日より後でございました。
かのものに伝えたわけではありません。
ゆえに、甘味に釣られたわけではないのですが、学友どもが楽しみにしているゆえわたくしもやむをえず。
ご連絡が遅れたのはこちらの不始末。
賢明にして武名轟くお義兄さまのご理解賜れば幸いです。
ええ。経過観察としますゆえに。
夏がすぎるまでお待ち下さい。
追伸。
メイが『あきやすみはかえりたい』と宣うのですが、重要な期間ゆえ留め置きます。悪しからずご了承くださいませ。
ミマリ
おねえさまごめんなさい。
メイが倒れました。
わたくしの代わりに毒を口に。
ああ如何にしましょう。
しかしご安心ください。
幸いにも軽症とのことです。
かたきには相応のむくいを。
急須を用いた学園メイドはとらえましたが関与を否定しております。
メイが急にわたくしの食物を奪うのは諦めていたことですが、今度ばかりは特別でした。
同じ急須から毒とそうでない茶を注ぎわけることのできる品などが紛れ込むとは。
メイが以前魔導帝国の遺跡より手に入れた戦利品の中にあった急須にてささと童の飲み物を分けて注ぐ遊びにとある賢者が用いたものと似ていたとのこと。
冒険者の真似事をしていたメイド。
かは黄表紙のものでせうか。
しかしながら助かりましたことは事実です。
学園メイドはメイの嘆願もありゆるすことにします。わたくしも公にしたくありませぬゆえ。
今のところ彼女は話せる程度には回復しておりますが大事をとり辺境にもどすのは後日にしたく思ひます。
ミマリ
お姉さま。お義兄さま。
メイが消えました。存じませんか。
ミマリ
メイが自ら帰ってまいりました。
わたくしおふたりに取り乱しお騒がせ致しましたこと真心持ってお詫び申し上げます。
聞けば以前の毒騒ぎで仲良くなった学園メイドや始業式に知り合った元暗殺者と共に実母たちに会いたくなったとのこと。
わたくしは反対したのです。
それにわたくしはかのものどものように気安く身動きできるわけではなく。
呑気に知己3人揃っての旅、里帰りがいかに楽しかったのかをかたるメイはにくたらしきも聞いているうちにわたくしまで楽しくなってしまいました。
わたくしもつれていって欲しかったとはさすがに申しませんが、すこし留め置いたからといって。
いえ、帰って来たのですからこれ以上は申しません。
学園メイドと元暗殺者の学生はそちらに居着いたようですね。お手数をおかけします。
おみやげもいただきました。
お姉さまはもちろんのこと、お義兄さまよりは結構なものありがとうございます。
メイは辺境の知人より贈られたと申して、普段読まない論文集をそらんじて機嫌良く。
大人しくしておりますゆえご安心ください。
しかしながら学園を抜け出すのみならず我が家の手練れどもをかわし逃げおおせるとは。
お義兄さまに言わせれば簡単な掃除と洗濯しか教えておらず、裁縫などは城の者より自ら師事したとのことですが明らかに……いえ、彼女のドレスの縫い付け技術などに不満がないなど申しておりません。むしろ平均以上でしょう。
さすがミカちゃんの弟子にして養妹です。
ある点では同じミカちゃんの養妹であるカナエより優れたところもあるやもしれません。
そのように褒めるとしばし口を聞いてくれなくなりました。なにゆえ。
もはや彼女を認めざるを得ませんね。
お詫びのため愛らしいドレスを着せたいと思ひ追いかけるも、かのもの逃げ回りて手がつけられません。
お姉さまお義兄さまからも一言お願いします。
ミマリ
お義兄さまへ。
ふふふ。わたくしたちもなかなかのものでございましょう。
我々王国学園チームが操る船は優勝こそ逃しましたが男女混合ながら問題なく健闘のすえ好成績を叩き出しました。
お姉さまたちの領の船、帝国太陽王国藩王国と国を問わず艦隊を組んで入港した時。そして人々が我々に対して国を問わず寄せる暖かい歓声におぼえし感動たるやわたくしもしもじもの皆のように叫んでしまったほどです。
船など乗ったことはあっても操ったことなどなきものばかり。
わたくしもいきなりコック長を任命され戸惑いましたが新しい環境と自然と船は若者を変えるもの。
お義兄さまの政策はさすがと唸らされる次第です。
なによりわたくしもまたムラカミの女と自覚することとなりました。
船の扱いは海賊のむすめゆえ耳にしておりましたが友柄と手を携えてロープを引く日々は日焼けには閉口したとしても格別に楽しゅうございました。
わたくし、最後にせしめし戦利品をメイと齧りつつこのお手紙を秘密裏に書いております。
婚約者のおもしろき姿も目にしてとても快く過ごすこととなりました。わたくしはきっと大丈夫です。お姉さまもご心配なさらず。
ミマリ
大変です。
メイが卒業したら辺境に帰ると申しております。
良い縁談があると申しつけても頑として聞き入れません。
ミマリ
無事卒業しました。
メイの愛らしさをお姉さまたちにも見せたかったですね。
総代は不詳わたくしが努めました。まさかメイに譲るわけにはいきません。わたくしは頑張ったと自分を初めて褒めたく思います。
ご存知の通りわたくしはこれにて婚礼の儀をあげることになりますが詳細は別のお手紙に記しております。
できればメイには引き続きわたくしのそばにいて欲しいですね。
釣書をいくつか渡し、うまれを鑑みれば奢侈(※身分不相応。贅沢)きわまるともうしてよき良縁よりの申し込みかずあれどメイはわたくしと共にいたいのか首を縦に振りませんゆえ、お義兄さまにはご迷惑おかけしますがもう少し行儀見習いとして留置き願います。
ミマリ
お姉さまへ
たとえ話です。つかぬことを伺いますが、下剤と嘔吐剤を用いられ手妻の品をすべて奪われしものが、ノブも窓もなき部屋に留め置かれてなお抜け出せるものでしょうか。
ミマリ
かわいいメイ。
結婚おめでとう御座います。
歳上の、今は絶えしスカラー学派の方だそうですね。
背の方の仕官受け入れる用意あります。
帰って来てくださいませ。
待っています。
ミマリ
メイ「やだ」




