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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
悪役令嬢のお母さま

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悪役令嬢、生臭坊主である王国司教を語る

 結局わたくしどもは勝手に辺境伯とその妻ということになってしまいました。


 もちろん本国にも帝国から一方的に通達あることでしょう。


 急ぎ反乱の意図はないと弁明の手紙を出さねばなりません。

 お父様の胃痛がますます深まることになりましょうが、これはわたくしのせいでは。わたくしのせいでは……。


 どうして皆様お疑いなのでしょうか。



 もう少し不思議なお話をするならば森番のアップルのあの大いに巫山戯た用語集だか報告書が途絶え気味なこと、その中の『人形の粘土のようなもの』があったとの記述が時期的に合致するということです。


 今回の会合は旧領主館で行われました。

 なにぶんわたくしどものお城は気まぐれゆえに。


 それにしても改築が終わりますとさすがの居住性ですね。

 あらゆる建物の資料を参照し石材を減らして床を高めて流行に反していますが窓ガラスではなく古式ゆかしき窓水晶を使い断熱と通気を徹底したため冬は暖かく夏は涼しい建物になりました。冷えは足元からくるゆえ、床に温泉の熱を通す工夫もしております。これでゲストルームに赤子が転落死するほど高いベッドを設けなくても済みますね。

 サロンとしても盛況で……あやしい男女が増えましたのでそろそろ手を打たねば。


 懐かしいお城に戻り少しゆとりを持つ形でわたくしどもは『あぎと』様と夕食を楽しみ、歓談を楽しむこととなりました。



「後任は法皇次第でしょうが助祭つまが就く筈だ」

「異例の出世だな。まぁあの二人のむすこがああなっては王国で反対するものはあるまい」


 竜胆夫人ですね。

 ミカの前に側使を勤めてくれた陪臣家のミツキが『(※好きな人ができたから)王宮に務めたい』と退職したのち、仕えることになった方です。


 竜胆夫人とはいまだに交流があります。

 彼女には幾度助けられたかわかりませんね。


 彼女は本来『王国騎士』ですが大変王妃様の信任篤い方。

 帝国も本土から『名も知られぬ』司教を送るよりは良いでしょう。


 ちなみに二人のむすこはかつて……いえ、わたくしがこの地に来ることとなったあの席に王太子殿下と共にいた方たちの一人とだけ。


「ふむ。『あぎと』殿。

 友人としてつかぬことを聞くが二人にはむすこ御がいた筈だが」

「かつての婚約者の縁でリリ村という土地の知己どもと共に芋掘りをしている。先日品評会に出すと助祭つまに手紙を送ってきたな」


 あの方がですか。

 想像もつきませんね。


 それにしてもさすが『あぎと』様。

 殿下と共に失脚した者のプライベートのお手紙まで把握しているのですね。


 ところで今日は物々しいですね。


 リュゼ様は暗殺をも視野に入れていらっしゃるのでしょうか。

 兵士であるセルクやポールやライムのみならず、家中で戦えるものは賢者のショウや吟遊詩人であるはずのアランはおろか鍛冶屋のチェルシーまでもが詰めています。

 それもこれも『うたうしま』の機嫌が悪く、海から動こうとしなかったことに寄ります。



「『心臓』、おまえの考えが読めないが」

「たまたまお返事しなかっただけですよ」


「そうか。たまたまなら仕方ない。もっとも人間は20年近く音信不通だと何がしら考えるらしいがな」


 わたくしのぞんじる『あぎと』様はもっと温和な方でしたのに。

 心配事が多いのでしょうね。


「領主も奥方も元気そうだ。そして隣に君が居座っている」

「娘と婿御を見にきました。人間として不自然なきように」

 帝国貴族二人は仲良さげに話しますが感情を表に出すわけではございません。


「茶番はその程度にしてほしいのだが。私は短気なのだ」

 わたくしの背は何か申すつもりのようです。母たちのお話は帝国式なのか今ひとつ要領を得ませんゆえ。


「端的に言えば、『心臓』が貴様の味方をするのがわからん。王国騎士リュゼ。


 おまえもおまえだ。『心臓』。

 この際どちらでも構わないのではないか。

 この娘も確かに馴染むだろう。しかし強さや知性や健康面ではこちらの男もなかなか良い」

「母が娘とその婿御を守るのに理由はありません。『あぎと』。いいではないでしょうか。この地はこのままこの二人に任せておけば良いのです。わたくしの意見はそこに尽きます」


 母たちのお話がいまいちよくわかりません。

 二人とも何をお話しなのでしょう。


「ところで『あぎと』殿。私の部下が奥に控えているのだ。今日のところは休んでくれぬか」

「ふふ。確かに疲れて妄言を口にしていたかもしれない」


 殺気。

 そこに。



「へっくち!」

「こらー! ここでネズミになるなぁ!?」


 ライムが緊張に耐えられなかった模様です。


「あっ噛んだ!? ライムがポール噛んだ!」

 チェルシーはドワーフの血筋なのか小声で話すことが苦手です。

「ちょっとおまえら静かにしろ! ここで夫婦喧嘩すんな!」「あんた。あたしらは流石に戦えないよ。さっさと仕事行ってくれないかね」「枯れ木も山の賑わいと言いますから、庭師夫婦ならなお良いかと」「ショウ、本人が謙遜して言うならさておきそれは失礼では。とは言え私も歌うくらいしか」「あはは! いいよアラン!」


 リュゼ様の配下はどうしていつもこのように楽しげなのでしょうか。

 戦えないものまで物見遊山でしょうか。


「おさめてきます。おじさま」

「良い。マリカ。我々の仲だ」


 またあの目です。

 わたくし彼の目は好きでしたがしばらく会わぬ間にまるで別人のようにいやらしい目をするようになったのでしょうか。これではまるで。


 いえ、この場にあらぬかたでたとえるのは品性に欠けます。


「こらっ! ここで戻るな! 服をきろー!」

「私はネズミじゃなくてヤマネ! ざっけんなポール!」


 最低限の兵士や側使や執事が近くの部屋にいることはありますが、普通は庭師夫婦まで詰めません。

 ましてこのような珍事など。


 時として国家機密になるような話もあるのですが我々の能力すら疑われる案件です。


 わたくしどもはかたや頬が熱くなるのを止められず扇を出し、かたや帝国の外交官に苦笑い。


「隊長として命ずる。ライム、マントだけでなく服を着ろ」


「みんなのえっち! ショウ! メイに『私の胸を見てた』って言ってやる!」「どうしてメイに? 領主様では? ……中間形態がほぼ存在せず煙のように変化しますね。もう一度お願いして良いでしょうか」

「私はいいのでしょうか」「アランは最近人間に興味無さそうだもん」「いえチェルシー。スライムさんとはそんな仲では……がぼがぼ」「ぴきゅー!(※怒りの声)」


 リュゼ様の配下たちは隣の部屋で大騒ぎです。

 別の部屋にてミカと共に控えていたメイが何を感じたのかまでは伺い知れません。



 ……いい判断ですねライム。

 意図して行なったものとします。


 意図して場を収めようとしていなかったら減給ものですが、あくまでライムはリュゼ様の配下ですゆえ。



「おまえの家中はいつもこんな感じなのか」

「今更何を言うか」


「普段の戯れは仮のもの。あのものどもを人と侮れば大火傷しますよ。『あぎと』」

「人間的な表現としては血まみれ(まったく!)(※Bloody。俗語として『くそったれ』的用法)だな。数人の兵士しか持たないのに海賊の頭領になり、蛮族どもをまとめあげた男の配下どもと聞く。確かに『心臓』の言う通りだ。忠告受け入れよう」


 聞くですか。

 たしか『あぎと』様はリュゼ様とも悪友のはずです。

 確か藩王様とも交流があったはず。


 それなのにリュゼ様配下の皆を『聞く』とかまるで知らないようにお話するのですね。


「何が『本当に(bloody)』だよ。ミリオンが野豚を追っかけ回す厨房じゃあるまいに。まったく失礼しちゃうねぇ」「サフラン。ぼく、血抜きは別のところでやるし、生きた野豚はさすがに厨房に入れない……」


 サフラン様。あなたが何か話すと『あぎと』様に太陽王国に関する問題まで勘づかれてしまいます。



 まさかわたくしの学友どもやガクガたち『守護者』どももいませんよね。


 王国騎士を大酋長として掲げる一代侯爵たちである後者も充分ややこしいのですが、前者二人は文字通りお隠れになったことにしておりますゆえ帝国にまで勘付かれるのは本当に困ります。


 母がぞんじている以上手遅れかも知れませんが。



「これで貴君はこの地を支配しやすくなる筈だリュゼ。帝国は三部族の技術を大きく買っている。ただでさえ君の紋章官……確か今はバーナードとかいうのか? B工場出身のロットNo. ……」

「『あぎと』。帝国風に言えば『私の配下は私の身体』だ。番号で呼ぶならとっとと帰れ」


 もともとこの地は海賊の主だったものどもをボクシングで倒して頭領に登り詰めたリュゼ様があざらし領を巡って三部族と紛争になった際に『あぎと』様の『毛外の他』なる失言に始まり、歌と石投げ勝負で彼ら三部族の信任を勝ち得て手にしたものですゆえ、帝国が『一代侯爵相当』と認める『守護者』たちと、太陽王国や王国の海賊たちや逃亡者を王国の騎士が従えている捩れが起きていました。


 もっとも三部族はリュゼ様のために新しく設けた「『大酋長』はさらに偉い」と主張しますが(※主にガクガとその妄言を受け入れた三部族それぞれの大神官たる父君たちです)当然帝国は『聞いていないし認めない』立場です。


 紋章官であるバーナードにはリュゼ様以上の家格を主張し家格相応の待遇をリュゼ様に求め、おぞましきは『騎士如きが領地などいるまい』と放言し武力を振るい領主になろうとする愚か者まで。


 海賊衆の中には確かに『高貴な血筋だけならば』持つものはいます。

 ここには書けませんが『彼らは等しく、をとめ達の涙のむくいを受けました』とだけ残します。


 わたくしどもが『慈悲深い領主』などとのちの方が記すならばただしておかねばなりませんゆえ。



 これらわたくしどもがこの地を治める独自の問題について今後は帝国の後ろ盾を利用できると『あぎと』様はおっしゃいますが、それはわたくしどもにとっては本国である王国に楯突くことになりましょう。


 ……あの現王様なら。

 わたくしはかれの呵呵大笑を思わずこころに。

 我ながら無礼すぎます。


 わたくしどもの馴れ初め含め全ては現王様がわたくしを義娘にせんとしたことからです。


 彼の方はわたくしがリュゼ様のところに転がり込んだ時も玉座から転がり落ちて笑っていたとアップルが手紙で申していましたね。



 されど現王様がいくら豪傑であらせようとも帝国は一般的認識において人類の敵なのです。



 わたくしは帝国の母とおじ(※『あぎと』様が伯父なのか叔父なのかは当人も存じないそうです)を持ちますが、怪物のむすめと呼ぶかたもいらっしゃるようで。

 もちろんマリア様ことミューシャですらわたくしに面と向かって言うことなき悪罵です。



 ーー『祖父は異界のまれびと(怪物)それ(海賊)を従えし祖母はもののけどもから一国を奪いし娼婦。帝国の怪物の胎よりいでし教会に楯突く背教者め。この鞭でおまえの罪を禊いでやろうぞ』ーー



 ミカとフェイロンのまとめに付け加えるならこのようになります。もっともわたくしにかようなことを述べた方はこの場にいらっしゃいません。


 その方そっくりのいやらしい目つきをわたくしに向けるかつてのおじさまならいますが。


 本当に彼に如何なる変化があったのでしょう。


 姿を消したという司教様も気になります。



「彼女をそろそろ休ませてやりたい。すまないが『あぎと』。友人として今日はここまでにしてくれ」

「私は君たちをまだよく知らない。もう少し話したい」


 帝国貴族は知的好奇心旺盛ですが、これではわたくしの知るおじさまではございませぬ。


 しかし『あぎと』様は折れてくれました。


「残念だがそのようだ。我々には睡眠も休養も不要だが待とう」



 彼が席をたつとわたくし立つこともかなわず。


 お母様の髪がわたくしに触れて彼女がわたくしを支えます。


「しっかり立ちなさい。闇の刃を欺くなら光さす空に微笑み足元を見ぬ『愚者』に倣いなさい。

 あなたたちは『審判』を経て『世界』に達する礎になるのですよ」

「……」


 母のことばは聴こえどもわたくし返事する力も考えるゆとりもなく。


「プラネテス様。彼女はよく闘いました」


 彼はわたくしを擁護します。


 もともと母も彼もわたくしは体調不良ということでここに立たせぬつもりでしたゆえ。



「ええ。娘もあなたも合格ですわ。

 ゆえにあなたたちに任せましょう」



 彼女の『任せる』とはもう少し別の意味がありそうですがわたくしは実のところ未だよくわかっていなかったのです。


 この時はとくに。



「よく聞きなさい。もし赤い宝玉が見つかったら……それはわたくしがいたところにあると思われますが。


 血管のようなふくらみがあるゆえすぐにわかります。


 それを必ず、海に捨てるのです。

 なにものも直接触れてはなりませぬ」



 ーー以下、とある三位代の少女が見つけたメモーー


『なにゆえに』


 彼女はその質問を許しませんでした。

 ある程度わかった後でも思うのです。


 彼女は何をわたくしども人間に見出し、味方することを選んだのか。



 父への愛を知ったこと。


 わたくしども子供達への母心。

 リュゼ様たちに対する信用。


 陪臣家の皆様に対する……彼女を慕った王宮の皆様に対する……友情でしょうか。


 適切なことばを思いつかず、長年著書でもあいまいにしていました。


 これより『大迷宮』にリュゼ様と挑むにおいて急ぎ手沢しておくことにします。



 夢だと。



 それは希望。

 もっとも罪深い絶望。


 そして捨てられぬ渇望だと。

 それこそが彼女をひとたらしめるものであったと。


 怪物がひとになるためにはひととして生きねばなりません。わたくしはひととして大切なものを多く失いました。



 婚約者に捨てられて夢を失いました。

 友に嘲笑われ友情を失いました。

 大切な側使の信を失いました。


 学徒でありながら異教徒の神の力に縋り学問を捨て信仰すら損ないました。


 帝国に囚われ心を壊しました。


 この世に生を受け45年。

 著作に42年。


 心を壊し身体を壊し今になりやっと母のことばを知った気がします。



 フェイ。わたくしどもを許してください。

 ロン。必要だったということは理解しています。


 アマーリア。お幸せに。

 あなたに贈ることばはいつも間違ってばかりでしたね。でもこれは間違えようがありません。


 リュカ。あなたは本当に優しい子。

 ローザリアとうまくやりなさい。


 マリネ、フュミカ。あなたたちは魂の双子。

 如何なる困難もあなたたちなら。


 アルディン。あなたの母に続きあの子を守って。

 そしてヱノイェとその子孫がこの書を読む日があるなら。



 あなたを愛しています。

 これだけは信じてください。


 そして血を繋ぎいつしか。



 いえ、わたくしどもの願いをあなたたちにまで託す必要はないですね。


 きっとあなたたちの未来は快きものになっているでしょう。

 その時はあなたの手を取ってくれるかたを離さないでください。年長者としての忠言ですわ。


 多分、この書を取る『あなた』は快く思わないでしょうけど。

 何故ならわたくし自身がリュゼ様のお言葉をまともに聞いたことなどほとんどございませんでしたからね。

 これでもわたくし彼の忍耐に感謝しておりますのよ。


 あなたは『忍耐する方はいつもわたくし』とおっしゃりそうです。


 あなたの祖先ヱノイェは素直で優しすぎて。

 あなたもそういうところがありうるので。


 ナレヰテとミマリには感謝しかありません。



 わたくしのいとしい背が呼んでいます。


 それではご機嫌よう。

 あなたにもまもなくお会いできると思いますゆえ。



 マリカ・ムラカミ=ドラゴンモンキー

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