悪役令嬢モブ騎士さまとの馴れ初めを語る
「番号!」
兵士長セルクによるいつもの訓練。
「いち!」
ライムが元気に叫び間髪入れずにポールが「にっ!」と叫びます。
「サワー」「シロー」「ガラー」
コッコッコッ。大きく白くモフモフのコカトリス三匹が続きました。
大型コカトリスは声真似ができるそうです。
「みぁー」「みゅー」「みょー」「八だ」「九ね」
猫たちが続けます。
「じゅみゅ!」
これはフェイロンです。
セルクはため息をつき。
「兵士以外はすぐ出ろ」
解説しますと、この城に兵士はセルクとポールとライムしかいません。
予算的な問題で常備兵を置けないのです。
ゆえに先日の『護衛騎士』を名乗る彼の方はどこから現れたのかしら。うふふ。
コカトリスのシロとコマとパイの三羽は気づいたら城に紛れ込んでいました。
いっぱしの兵士気取りで大きな荷車を引いてくれたり大きな毒蛇をとってきたりと活躍しています。
たまに飼い主のロン氏が引き取りにきますけど。
ちなみにロンは毒蛇を大喜びで籠に入れていました。あのようなあやしげなものをしもじもは如何に物要すのか計り知れぬものがあります。
「ハマサマー」「ヒマサマー」「フメサマー」
彼ら彼女ら三羽は何故かわたくしに対して整列し、敬礼のように振る舞います。
わたくしの複雑な想いを無視し、ミカは彼らの背中に乗ったりモフモフして喜んでいたり洗濯などの仕事を手伝ってもらったり、おそろしきことに日の当たる日は彼らのおなかの上でお昼寝を楽しみ……なんて、なんておぞましきこと!
猫たちもそうですね。
ポチとタマという猫を筆頭に、何故か練兵時には必ず姿を表します。
猫とはかようなものだったかしら。
あら、ポチとタマに二つ尻尾があるように見えます。
猫とは機嫌が良き時にかくも尻尾を動かすものでしょうか。
そしてフェイロンです。
彼は背丈より大きな投げ槍に振り回されるように。
あの装飾過多な短い槍は何処から持ち込んだのでしょう。
そして、彼もまた小首も持たれて練兵場から摘み出されるのです。うふふ。こっちにいらっしゃいなフェイロン。
「じー」
「しろー」
「ぢろろー」
おひさまの香りに包まれた見事な白い毛並みをもつ大きな三匹のけものがわたくしに何かを訴えるかのように立っています。
同じくスライムさんに猫たちも。
「こほん」
スライムさんには恩義がありますし、ポチとタマはよく城内の子供と遊んでくれます。
そしてここまでの忠義を見せる兵に相応の礼というものは……いえ、その、かわいいけど大きくて怖いとかそういうものはないのです。
な、な、撫でるだけ。撫でるだけなら良いですよね……。
「マリカ」
「ひゃい?!」
リュゼさまから声をかけられて淑女らしからぬ声をあげてしまう今朝のわたくしなのです。
「君が練兵に興味があるとは思わなかったな」
彼に汗すいの布を差し出すと素直に礼の言葉をかけてくださいました。
「……こうしてわたくしたちは夫婦の絆を深め、匂い立つ汗に塗れたリュゼさまは先程の暴力の昂ぶりそのままに嫌がるわたくしめを組み伏せ、夜を待たずして湯浴みも行わずに彼は戦場のけだものとなって朝からわたくしを味わいつくすのです……ああそしてまる」
「私たちは練兵後に食事を摂るので、君は先に朝食をとりなさい」
うううう。つれないお方。
一人で召します。
以下リュゼさまのスケジュールです。
4:00 起床。冷水で清めた布で身体を摩擦し清める。
4:30 着替えは自ら行い(手伝いに行きましたが全力で追い出されました。くすん)、武装して素振りなどに励む。
5:00 セルク兵士長以下と馬に剣にそして水泳の鍛錬。チェルシーや腰砕けを起こしたバーナードやショウが加わることも。ライムは高確率で遅刻。
8:00 練兵を終え身を清めると簡素な軽食で済ます。
9:00 休憩。(読書や書き物に励んでいらっしゃいます)
12:00 昼食は取らず、執務に没頭。もし口にする時はパンに干し肉や発酵魚を挟んで食す。
15:00執務を切り上げ、城内にて自ら畑を耕したり遠出へ。民たちからの請願はお互い半裸で鍬を振るいながら雑談気味に行われる。(きゃーきゃー破廉恥です! じー)
17:00 剣や鎧や馬具などの手入れ。本を読んだり論文を執筆したりスライムさんとなにか楽しげにする。(くやしい……)
18:00 食事。酒でわずかに唇を濡らすこともあるが珍しい。食事を忘れて王都の資料を読み込んでいることもある。娯楽らしいことには興味がない模様で茶すら飲まない。甘い物も自ら取ることはない。
「お嬢様」
ミカが所謂彼女申すところの『ドン引き』状態で宣います。
「ストーカーですか」
「わたくしは彼の方の妻です!」
ええ、昨夜もお渡りはありませんでしたわ。
こんなにこんなにこれほどの佳人が隣にいるのに。
彼の方はなにか重大な欠陥があるのでしょうか。
例えば殿方しか愛せないような。
ああもしそうだとしてもわたくし、おつとめは果たして見せます。
「お嬢様。旦那様は普通に女性が好きだと思いますよ」
「そ、そ、そうですかよかった!」
わたくしが淑女にあるまじく思わずミカの手を掴んでしまい振り回すようにして喜んでいると彼女はわたくしを地の底に叩き落とすことを宣います。
「こう……行く先行く先でお嬢様に先回りされて『チラッ』『チラッ』とウロウロされて困っているように感じますが。王城で会っていた時もそうだったのですか。わたくしそこまでは入れませんでしたし」
「………」ぺたっ。
「おおおおお嬢様泣かないでくださいまし!」
よしよしよしマリカはえらいね賢いねよく頑張っているねと彼女は数ヶ月も年下のくせに姉気取りで腹立だしいのです。
確かに王妃教育に幾度挫けかけたかわかりませんけど。
王子とは10歳の誕生日を待つ前に婚約しましたので、花束を持ってリュゼさまを探していたのは9歳の時までですね。王家の園丁が落とした余り花をわけもわからず握りしめて彼を探した挙句迷子になったりもしました。
「そういえばわたくし、その辺存じませんね」
確かに彼女にも話していません。
「貴族というものは、選んで生まれることも望む方と添い遂げることもありませんから」
初恋というものは、くちにすることではないのです。
まして、婚約破棄されてしまうとか、その後初恋の人と成り行きで添い遂げることになるなどは完全にかの夢を追う者たちの描く冒険譚でございます。
「うーん。でもアレですよね。うちらは犯されても強い相手なら皆に揉まれてムラカミ入りですから」
実家における女性の地位は高いのか低いのかわかりかねます。
少なくともカシラになるのに男女や本家分家陪臣の区別などはありませんけど。
他家の令嬢は……違うようですからね。
殿方に弄ばれ傷物として一族にも言えないと悩み抜いた挙句に舌を噛んで死のうとする方も。
でも、舌を噛んでも簡単に死ねませんわ。
ちゃんと首を落として介錯差し上げないと。
弱きを弄ぶ卑劣なものは特に念入りに確実に人知れず消さねばなりません。
『吾はムラカミの娘なり。
吾の刃に倒れ魚の餌になりたきものは前に出よ。
吾を犯しムラカミの子を孕ませたきものはさらに前に出よ。
汝が卑劣ならば糞にまみれひぐすりに。
汝に武あれば討ち取りし首洗いて国元へ。
汝に義あらば誉とともにムラカミに加わることになる。
さぁ我が敵にならんとするものは前に出よ!』
わたくしたちは実家の女たちが復唱することばをすらすらと述べてから。
「他家の皆様からは『侯爵家いとおそろしき』『ヒノモトなる異世界びとは頭おかしい』と」
「でしょうねえ。わたしも町でいじめっ子にわけもわからない子供のころそのまま言ったら、後で向こうの親がそいつに頭下げさせにきましたよ。
まあ私もクソ親父に『やり返すまで帰ってくるな』と追い出されて木刀持って殴りに行って、玄関口で『殴りにきました』と挨拶してからの相手の反応を見てから『うちはおかしい』と気づいたのですが」
悩ましいことですね。
わたくしたちは三代経って侯爵に迎えられても未だこの浮世に受け入れられぬ迷いびとなのですね。
「わたくし、運動は得意ですが剣の腕前はあまり……身のこなしを見る限りリュゼさまにはとても敵いそうに」
「他所ではうちみたいなことはしません! いいですか。母みたいなことはしちゃダメです!」
「ああ。王妃教育で疎かにしてしまった父直伝の鉤縄をもう少し修めておくべきでした」
「旦那様は舟ではありません! あんなもんで手繰られたら死んでしまいます! ……いや、たぶん」
純粋なヒノモトびとの彼女の父でも、魔法なる力をまだ存じない時に出会い頭の『火球爆裂』に耐えたと耳にしましたね。
当家における女性よりの求婚は他家と比べてやや激しいようです。
「うちの母だけです。一目惚れしたからって『火球爆裂』だなんてどんなに照れても心乱れてもやりません……それより!?
多分歯の浮く惚気を聴かされるのでしょうが、旦那様とお嬢様の馴れ初めをお伺いしてよろしいでしょうか」
「え」
「ですから、旦那様との馴れ初めですよ」
「それは」
「なんか、お嬢様のお顔の色合いがよろしくありませんが、暖房を調節致しましょうか」
……。
「お嬢様」
……。
「お嬢様?」
ぼっ……。
「お、お嬢様が知恵熱をっ!?」
……忘れもしない六歳の時です。
11年も前ですとリュゼさまは21歳。
紅顔の美青年と呼ぶには少々個性的なお顔で今と変わりませんね。あ、でもお髭は剃っていました。
彼は学園を出て間もない頃であり、その悪友たる王はまだ王太子にもなっていない王子で、なのに16歳の頃にはもう色々致して子供がいたというなんとも困った方だったと父は呆れております。
現王が第一子の存在を発表する前後、建国の英雄の一人アメリアさまがそれはそれは激怒なさったと父から耳にしましたが。
ええ。その幼子同士は後の婚約者になります。
現王ですか。
アレ以来愛人を作らないのでマシと父は言います。
わたくしの元婚約者である王子の資質ですか。
そのあたりはこのお話とは一切無関係ということにしてくださいませ。
つまり、その……。
偉大なる初代王と比べて現王は前髪を落とす前に婚約者のみと世継ぎを成した他は政務能力が高い分まだ……それに対してわたくしの元婚約者に至っては少々そのあの。
これ以上はご想像にお任せします。
それよりリュゼさまとの馴れ初めです。
実はよく覚えておりません。
わたくし、そのほしつきひのときは六歳の幼子でしてよ。
彼に関する最初の記憶は花冠を持って彼に『だいすきです。結婚してください』と……。
い、いえ、そういえば折りをみては遠征や遊んできた帰りの現王や彼に付き纏っていたような。
狩にもついて行きましたし魚取りにも行きましたし、気づいてみれば馬にも男乗りしていました。
その他諸々と忘れていたかった痴態の数々を現王とリュゼさまがなさるのを真似したり手伝ったり。
「……ミカ」
「ど、どうなされましたかお嬢様」
「死にたい」
「は?」
「恥ずかしい。全ての記憶を消してしまいたい」
「いわゆる黒歴史は今この場でも絶賛量産中です。気にせず振り返ることなく生きましょう。若いうちはよくあります」
ええ。思い出しました。
カエルを膨らませて遊んだり、毒蛇をぶん回したり、ダンゴムシを投げ合ったりする割と困った成人男性二人にまじって『ムラカミさんじょう!』と王城の壁に描いて危うく一族郎党晒し首になりかけたりしたことまで。
リュゼさまはわたくしを抱えて現王を残し逃亡。当時王太子で現王は建国王さまに殴られていました。
なんとか逃げ切ったと豪快に笑う当時の王太子こと現王はもったいなくもわたくしにかようなことを仰りました。
「この子が男の子で、俺の息子ならなー」
「ははは。何言ってやがる。立派なレディに向かって。いくら王太子サマでも言い過ぎってもんさ」
この会話を聞いていた父は戸惑いつつ、内心反乱でも画策していたのかもしれませんね。
しかし、わたくしのこころのどこかは別のことが見えていました。
ええ、見えていたのは彼だけだったのです。
「リュゼさま。わたしも淑女なのですか」
「もちろん。あなたはわたくしが知るなかでもっとも高貴で優しくそして賢いレディです」
モテねえからな! てめえ! とチャチャを入れる声はこの時のわたくしには聞こえておりません。
「……母さまみたいになれますか」
「なれるなれる。なんならうちの子なっちゃう〜〜?! 侯爵。お前んとこおれ手紙出しちゃう〜〜!?」
「黙ってろ。……ええ。マリカ。あなたはとても優しく美しい、もと帝国貴族であるお母様を凌ぐレディになりますよ」
「ほんとに」
「もちろん」
彼は笑顔を、表情を作るのが苦手なのです。
どうして今まで忘れていたのでしょう。
彼の暖かいお顔を見ると、とても美男子とは言いがたいそのお顔が、なぜかとても魅力的で、今までの『すき』がおかしくなったような。
でもそんなこと六歳の幼子にはわかりませんわ。
「すき」
わたくしは彼のお顔しか見ていませんでした。それなのに暖かいとか優しいとか言葉でしか。彼がどんな表情をしていたのか、わたくしのまなこには焼きついておりませんのよ。不思議なものですよね。
「ええ。マリカ。わたくしもあなたのことが大好きですよ」
「リュゼさま。わたくしレディになる。勉強する。カエルさんをいじめません。約束します」
その時の誓いが、今に繋がっているのです。
諸々の黒歴史と共に封印していた模様です。
「なるほどなるほど。そういえば昔のお嬢様って手のつけられない赤ちゃんでしたからね。同い年ですけどずいぶんしつけに苦労しましたがいつのまにかしれっとおとなしくなってましたから頭おかしくなったと」
ううううううううううう。
「………ミカ。話しかけないで。わたくし、貝になりたく思います」
「あ、はい。うん……。それは乙女としては思い出したくないですね。なんか色々申し訳ございませんでした」
そのあと、わたくしはリュゼさまと結婚できない事実を飲み込むことができた後も、ひたすら王妃教育を受けていたのです。
リュゼさまに対する誓い、わたくしすら忘れていた原点を思い出しました。
もし地位を利用してカエルをいたぶる幼子のように生きていたら……ひょっとしてミカ。あなたはわたくしの前にはもう立っていないかもしれませんね。
「でもいいじゃないですか。お嬢様が時々とんでもない誤解を受けたり、かなりよく死にそうになることを除けば素晴らしい方であることはわたくし程度でも存じております。
お嬢様はわたくしの誇りです。
あなたに仕えることができてわたくし、心から……ってクサイですかね。
でもいいます!
わたくしミカ・ムラカミはあなたさまにお仕えできて幸せです!」
うふふふ。
もしかしたら別の物語ではわたくし、とてもとても悪いむすめだったのかもしれませんね。
それこそ帝国と関わり王国滅亡の火種を起こすような稀代の悪人になっていたかもしれません。
「えー。ないない。絶対に有り得ません。
お嬢様のお優しさ、素晴らしさ、そして見識の広さ、全て! 愚昧なるわたくしでも少しばかりは存じているつもりです」
ミカは一笑に付してみせましたが、わたくしが変われたのはリュゼさまのおかげなのです。
あの日の誓いがなければ、コリス嬢が王子に近づいていた時、忠言だけで済ましたでしょうか。
いえ、仮定を持ち出しても仕方ありません。
ミカも愚かではないのです。わたくしは、ひとという生き物は今できることをするか何もせず運命に身を任せるかしかできないのです。
ーーできることが、限られていたら?ーー
ーー例えば、帝国の支配方法以外の方法で民を支配する方法がないなら。無理にそれ以外の方法をとっても混沌しか生まないなら? 慣習実績そして支配の継承が個人の利得のために回る世の中ならーー
ーーマリカ、あなたはどうする。どう生きても無駄。あなたたった一人の力では、善意では、意思では……ーー
わたくしにはあの方がいますから。
多分、大丈夫ですよ。
とてもつれなくてダメな方ですけど。今は。
「お嬢様が返事してくださらない……わたしももうダメだ。わたしがお嬢様を追い詰めて」
ミカがいつのまにかいじけていますね。
ちょっと脇腹をつついてやりましょうか。
この後、あまりの驚きにおぞましきほどにみだらな声を放って正気に戻った彼女に割と本気で忠言されたことは今後のために他言は避けることにします。




