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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
悪役令嬢のお母さま

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悪役令嬢と破滅の影

「くそ。奴らめ」

 一部記すに憚れる罵詈ばりを彼が放ったのは致し方ありません。


 春を待って行われる品評会。

 大きな芋。株。家畜。品種改良をした種たち。

 その悉くに帝国よりの農業交換留学生たちが。



 ポチとタマが調べてくれた家畜や農作物への被害は想像以上に深刻であり、『速やかに近隣を閉鎖して家畜及び農作物に浄化作業を行うこと』という王国農政法に則り無辜の命が多く。


 わたくしも『疫病との戦い』の著者ユースティティアのように人民の投げし礫を額に受けることになりましょう。わたくしは避けなかったため母が防いでくれましたが。

 母の警告により最低限の被害に抑えること叶いましたが、汚染された肉や穀物を市場に出そうとするものは続出し。



「新しい農薬、病気を防ぐ薬と吹き込まれたものどもが品評会に参加した作物や家畜に農家に取り入りそれらの薬だか病原体を吹きかけるだけでこの領どころか王国全体の食料生産は麻痺する。完全に善意でな」

「善意によりもたらされる内部破壊は防げないと申しますが概ね同意でございます」



 母のおっしゃったようにわたくしどもの収穫の春は『帝国』にとっての収穫の春でした。

 一度手放した地を手に入れるという意味での。


 デンベエとングドゥは早くも帝国に向かい、少しでも安く食料を買おうとしてくれています。

 冬の間までは例年に反して食用の粉も油も溢れていたのに。



「帝国は王国に対して食料支援の用意があります」


 お母様はおっしゃいます。

 この件はお父様はご存知なのでしょうか。


「王国は嫌でも輸入を断らざるを得ないわ」

「我々は王国から叛逆者と扱われるわけですな」

 お父様が尽力するならば本国の食料はございましょう。しかし流氷未だおさまらぬ海峡と藩王領による飛地に住まう我々は。


 本国が帝国との輸出入をとめたとき、わたくしどもの自治は保てなくなります。


「飢え死にか、服従かですね。ご安心を騎士爵。

 帝国はあなたの手腕を大きく買っているのです。


 王国より翻意を疑われたところで帝国はあなたを辺境伯に任命するでしょう。さすれば娘共々生涯安泰に暮らせますよ」



 彼の表情は動きません。

 こころより憤るとき彼は冷静に見えるのです。


「かつての藩王国のように、私と領民に『海藻の肉』工場を維持管理せよということですか」


「あなたたちが帝国と呼ぶ我々が施設の生産品は『海藻の肉』に限りませんよ。それにK工場は既に閉鎖済みです。……経緯はあなたの方が詳しいかと。王国騎士リュゼ」


 海藻の肉? ……なんでしょう。

「『緑色のガンモドキ』のようなものだ」


 わたくしですらぞんじないものを彼はよくご存知です。まるではきすてるべきもののように彼はおっしゃっていますがそれほどまでに美味しくないのでしょうか。


 ガンモドキとは毒芋を無毒化したゼリーや、豆の煮汁を海からもたらされたにがりで固めて作るトーフを油で揚げて作る肉の代用食だそうです。

 食感は鴨に似ているとのこと。


「人間には目に見えないほど小さな海藻から作ると説明することが多いわ」

「なんと素晴らしい技術なのでしょう!」


「アレは山奥にあったぞ」

「おや、わたくし所在まで漏らしていませんよ。失言ですね婿殿」


 お母様は他の帝国貴族と違い、『人間』という表現をします。逆に『帝国』はわたくしどもが彼女らを呼ぶ通称でありかの国に国号はございません。


 帝国には目に見えないほど小さな海藻から肉のようなものを作る技術があるのですね。

 学術誌の論文にかつて掲載された痕跡ありませぬが。

 かような素晴らしい技術、おそらく国家機密なのでしょうね。



「わたくしに聖マリカのような力があれば人々が食べ物に困ることなどないのですが」

「ここで笑わせにかからないでくれ」



 幼い頃ミカには散々揶揄われましたが、わたくしの『鞠華』や妹の『美鞠』は祖母にして初代国王陛下であらせられる先王陛下の姉マリーカ・アナスタシアを縮めて発音し当て字しての名付けです。ミカは不遜です。


「姑よりひときれのパンで多くの人々の飢餓を救った聖人の名と伺っていますが、婿殿はなにゆえ笑いを堪えて苦しむのか。疑問」


 ……ツボに入りましたね。


 彼はわたくしがめ付けて差し上げているにも関わらず、本当に苦しそうです。

 母は無自覚ながらも的確にわたくしどもの仲を割く術を知り抜いております。


 帝国貴族は本来人間の聖人伝説に興味を示すことはございませんが、母は多くの時を王国にて過ごしています。それでも存じないことはあるのです。


 大陸東部草原地帯に存在したという『聖王国』建国神話にあるように人々の困窮飢餓を顧みない商人や過酷な税や徴兵を課す王族貴族に聖アノスが立ち上がり、聖マリカと共に国を興したものがたりと母は考えているのでしょうが。



 子供たちにとって聖マリカとは『ふたつはよっつ よっつがやっつ マリカのパンは どんどん増える 王様貴族 坊主にこじき みんなたべても どんどん増える となりの王様 軍隊だした お腹いっぱい 全滅だ』という戯れ歌の方で有名なのです。



「ああ。”みよ溢れかえるパンにより強欲な商人の蔵は潰れ、労役を課す貴族も徴兵を課す王もパンの生き埋めになって滅び、聖アノスが尽力してパンを燃やすついでに腐敗した政権は一緒に燃えて駆逐される。

 パンにより土壌が改善され、彼の地豊かな土地に生まれ変わり。


 おお神よ。導きにて過去の世界に訪れし『夢を追うもの』たちをつかわした神よ。

 世界を潰さんとするほど増えたマリカのパン。


 彼ら『夢を追うもの』たち、神の奇跡を発揮してはるか星界にかのマナ(神の食物)をまとめて運び放逐した。


 それでもかのパン宇宙の果てで増え続け、銀河を作り、重さで自壊したマリカのパンは星になり星はさらにその重さで自壊して重力すら捻じ曲げ光すら吸い寄せる存在となり。


 やがて世界の卵となるだろう”……ですね」



 壮大すぎる戯れ歌を最後まで一言一句違わず母はぞんじておりました。

 耐えきれずリュゼ様は笑い出します。


 笑い事ではございません。

 あなた様は領主なのですよ。


「お母様。聖ユースティティアは『慈愛の女神』の使徒という異説は改竄の痕跡なき一次資料に確かに多くありますが、彼女は時の神などと関係ないと思われます……それに異教徒の話は本題と外れますゆえに」


 もうしていることと内心はたがうもの。


 名前で揶揄われることほど童にとって不快なことはございませぬ。

 まして母の目の前ですよ。


「すまんマリカ。許してくれ」

「夫でなくばもう、くちをききません」


「ふふ。ここで惚気るなら大丈夫ですね」


 これ以上リュゼ様にまで名前のことで揶揄われたら、わたくしつぶし栗入りのパンのみを本件解決まで、彼に食べていただく所存です。


 そういえばミリオンは大切に隠し持っていた『クリマンジュウ』なるお菓子をメイに狙われて閉口したあげく、何を血迷ったのか『世界が滅ぶ』と妄言してミカの笑いものになっていましたね。


 ミリオン自身は『チーアからもらった』とか冗談を言っていましたけど。

(※奇しくもチーアとは聖ユースティティアの愛称もしくは幼名です)


 ……倉庫にまだたくさん残っていたやもしれません。



 のちに漁船にまで満載して本国はおろか太陽王国にまで送ることになったお菓子の話はさておき(※栗は秋の味覚に関わらずデンベエやミリオンやングドゥは未だ原材料の出所について口を割りません)、この時点では春の訪れは破滅の訪れ。



 母言うところのわたくしどもの采配を見て判断するとのことに嘘はなく。


 父が采配振るうほどの案件を一地方領主のわたくしどもが捌くのは資金的にも人材にも足りず。


 もう少し的確に述べると人力が足りません。


 それでも民がお祭り騒ぎを続けている間にだいたいこなすのは夫をほめていいと思います。


 いえ、わたくしもお手伝いしましたが。



 結論として、王国は(※主に胃袋を痛めたのは宰相でいらっしゃるお父様ですが)、そして我々は帝国の食料援助に対して『貴国の好意と友情に感謝する。本年度は食料に困ることはないと思われる』と返答できました。


 帝国貴族であった母の警句なくば民の知らぬところで戦争すらなく王国滅亡吸収あり得た大事件です。



「……疲れた」

「全くです」


 妹背揃いソファの上でもたれあうわたくしどもに母は手ずからお茶を淹れてくれますが、そのお茶請け(クリマンジュウ)はもう要りません。


 足元ではポチとタマが戯れています。


 ミカですか? 自室にてメイとカリナ共々『まんじゅうこわい』と呻いています。



 食べ過ぎるなんてほんとはしたない。

 メイはさておきカリナまでお腹を壊すのは不可解ですけど。



「素晴らしい手腕です。婿殿」

「どうも……」


 リュゼ様は義母が差し出した茶請けと言うことで我慢して形だけでも美味しそうにくちにしますが、わたくしもうそろそろ。


 いくらわたくしの名前を揶揄ってしまったからと言って、軽率にも『構わない』と同意したといって、本当にクリマンジュウばかり食べるのはやり過ぎですわ。かれのかようなる頑固というか誠実さは好きですが。



 ミリオンったら最初『珍しい』『甘いものだ』と皆が喜ぶからと奮発したのかある日。


「本日のコース料理はクリマンジュウさしみ、クリマンジュウどんぶり、クリマンジュウステーキ、クリマンジュウカレー。〆の一品はクリマンジュウバーガー。お飲み物はクリマンジュース」


 ……三日連続でクリマンジュウ料理を出して城のものたちに叱られ、甘いものに飢えた孤児院(※新設しました)の子供たちまで一週間目にして泣き出し、犬も避けて通るほど生産しなくても良いのに。



 デンベエがいない間いかにして材料を調達したのかの謎含めやりすぎです。



「喜びなさいマリカ。

 クウカイが『マリカのパンは良い』と手紙を」


 お母様はお父様が大好きですからね。

 まるで恋を初めて知ったむすめのように父の手紙を堪能しています。

 公式文書にまでその通称を使うなんて。

 ……お父様のばかぁ。



「やはり母娘だな。君の行動に似ている」

「含むところあるようなら、枕投げで決着をつけましょう」


 母は父よりもたらされたお手紙を手に、父の残香すら惜しいとばかりの態度です。


 ともすれば、たとえばミカなら『変態』と申すでしょう。わたくしそこまで……自身のことはわかりませんが多分きっと。


「君の方が激しいやもしれぬ」

「……」


 とはいえ、今回さすがにわたくしども、寝室に向かう気力も体力も尽きました。もちろん彼とののしりあう力すら。


 ミューシャことマリア様と、ロゼことロザリア様たちがのちに見舞いに来る程度には力尽きました。



「マリカァー!? 死んだらダメよ! 死ぬ前にクリマンジュウあと二〇コ食べて死になさい!」

「マリア様。ここぞととどめをさそうとしないでくださいませ。食細きわたくしも本日で三つ目です。もう3食すら当面要りませんからあなたの婚約者にも伝えてくださいませ」


 ガクガ。

 大蜘蛛の素焼きを手に、泣きそうになりながらわたくしどもの口元に持ってくるのはやめてくださいませ。その巨大海鹿の味噌和えも要りません。わたくしども動けませぬ……。



 足元で起きていた異変にわたくしどもが気づくのに遅れたのはかような理由です。



「パイちゃん。パイちゃん。しっかりして」



 コカトリスのパイがコカトリス夏風邪を発症したのです。

海鹿

ウミウシ。適切に処置すればイソギンチャクと同じくアワビ以上らしい。

日本では春の芽立ちから初夏が美味しく、梅雨入りするとアメフラシと言われるほど湧く。

海水でワタをすすぎ捨て、真水から鍋に入れ煮たったらそのまま一夜おき真水で洗い、臭いと固みをとったら甘みと山椒の実で味噌煮あるいは酢味噌和えにして臭いを隠して食べる。真夏の卵巣はウミゾウメンと呼ばれる珍味。『松江食べ物語』より。


この寒い半島に棲息しているのは不可解だけど。


デンベエ:当地の食い物といえば『悪魔のツメ』の塩辛は美味いぞ。(※現実世界ではミョウガガイ科に分類される甲殻類。高知などでは『亀の手』)

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