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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
悪役令嬢のお母さま

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42/66

悪役令嬢のお母様、辺境軍事訓練を視察する

 平時の兵士は治安維持と民兵訓練、指導に明け暮れる。



 絶世の佳人である奥様に次ぐほどの佳人であるその母が見守る中、海賊上がりに山の蛮族たちからなる民兵団の人々の気合いは入りっぱなしである。

 しかし、個人の武勇より集団戦法が帝国との戦いでは重視される。

 海賊たちの戦い方は依然課題が大きい。



「敵想定1000! こちらの陸上戦力300想定!」

 バーナードが馬に乗り矢継ぎ早に報告する中。


「工作隊遅い! もっと早く!」

「ちょっ勘弁してくれリュゼ坊主! 知恵の輪遊びじゃねぇんだぞ!」

 最近庭師仕事より治水工事のほうが多いとぼやくクムが悪態をつく。


せきを切れ!」

「指定地域にいるもの全て転倒判定!」


 もちろんこれは演習であり実際に水が流れるわけではないが、水の力は恐ろしい。

 たった30センチの高さの津波でも人間は転倒し動きを止めあるいは溺死もあり得る。


「赤の襷のもの溺死判定!

 緑の襷のもの負傷判定!

 黄色の襷のもの戦闘能力喪失判定!


 衛生班工作班対応急げ! 各員敵の転倒判定が終わるまでに配置につけ!」


「死亡判定受けたやつこっちね。盾持ったら敵役参加して早く動く!」

 ミリオンはコック長だが今回はデコイ部隊を指揮している。



「架橋まだか!」

「わたたた。できたできた!」


 リュゼの叱咤に水の扱いや地形に詳しい園丁クムと工作技術に優れた鍛冶屋のチェルシーが抗議する。


「投石機クレーン攻城兵器班急げ!


 塹壕掘れ! 土嚢揃えろ!

 敵バイドゥは水陸両用3型を想定!」


「足を合わせろ!

 太鼓を聞け!

 一度に槍を振り下ろせ!

 槍衾を信じろ! 弾込めぇ! エ!」

 セルクが叫ぶ。


「弓隊揃えろ! 直射を避けて面で上から攻めるのだ!」

「クロスボウ隊は盾を活かせ! ワゴンブルク展開遅いぞ!」

 ポールが叫ぶ。


「カチコミいっくよー!」

 ライムが先陣切って走る。

「盾隊と連携して、落ち着いて首の付け根か心臓を狙ってね。頭を狙う時は攻撃防御共に硬いから注意。『首から下は人間だから』落ち着いて対処すれば武術で倒せるよ! 鎧を着ている奴には対人万力急ぐ! ほら対人万力班しっかり走る!」


 対人万力は一度しか使えない上、重いという欠点はあるが、挟み込んだものを装甲ごと圧殺することができる刺股である。


 ピグリムやショウが控えている衛生班は手早いトリアージと戦死判定者の手足を切る真似をしている。


「ブランチ出せ。エレクテル地雷発動準備。

 戦闘員はデルタ消滅までに引きつつ敵を逃すな。『深き結界』生成」


 バイドゥはその性質上、人間と同じ神経組織を持つため電気は有効な攻撃とされる。

 エレクテル地雷は三人の使い手が剣型の魔導デバイスを二つずつ持って配置することで『深き結界』という魔導正四面体を生成し内部に電撃を通すものだ。彼らを殺すには至らないが動きを止める効果が期待される。



「今回は『ブランチ』と仮称する魔導人形を取り入れ、戦士の動きを模倣することで安全確実にたった一人で結界生成できる技術を試行します」


 リュゼの説明に帝国貴族でもあるマリカの母『まどうもの』は興味をひいたらしい。


「……ブランチ? 疑問。それは昼食ではないか」

「最近娘御殿が『昼食は取ってくださいまし』と……その影響であの魔導人形についたコードネームです。今までは大道芸にしか使われていなかったのすが」


「あのように使えるとは、確かに想定外。ニンゲンの言葉と発想の飛躍面白い。感心」

「全くです……。槍隊はブランチを導入するだけで安全性と息の合った振り下ろしにより単純に三倍戦力を増強できる試算になります。そしてこれから精鋭がアレを用いればどうなるかをお見せします」


 三体の魔導人形は剣型デバイスの光学距離測定器を必要としない。

 彼らは迅速かつ正確に正三角形を描く配置につく。


「デルタ消滅。

 ……ショック!」


 強烈な電撃が正四面体の結界内を荒れ狂う。

 魔導抵抗力を持たぬ人間ならば即死する威力である。


「なかなかだ。良い。初代国王は伏兵だった。

 彼があのとき想定外の行動をとらなければ人間はこの世に残っていない。それが一般兵も扱えるというのか。カタナや銃と同じく愉快」

「はい。当時は個人もしくは精鋭の『必殺技』でしたが、ブランチを使うことで誰でも技術で扱える『兵器』として運用できます。ですが」


 3体の魔導人形を操るデバイスを持つガ族女性はにこりと獰猛に笑う。


「ダブルショック!」


 がたり。


 思わず席から立ち上がる侯爵夫人にリュゼは説明する。

「魔導光学測定デバイスを略することでデバイスに拡張性が生まれました。これにより二段差起動を行い、一時的な神経へのダメージによる足止めのみならず確実に殲滅が可能になります」


 デバイス破壊を覚悟すれば理論上は三度連続起動できるが、これは説明しても意味がないのでリュゼは語らない。


「敵戦力判定700。こちらの損害100。……転進せよ!」


 精霊魔法『風の声』をかつてエルフたちが使ったという『風小屋』や音声増幅盾を用いて増幅した通信を用いたバーナードの声が響く。


「訓練の本番はこれからです。引き際そして捨てがまりこそ武人の華ゆえゆめゆめお見逃しなく」



 1/3の戦力を奪われたなら全滅判定と言って良いが、敵も3割の損耗が出ている。

 理論値及び経験則としては帝国は三割の損耗を出した時点でこれ以上攻めてこない。

 それにも関わらず帝国が引かないことを前提とした前例になき総力戦訓練である。


「あのバーナードというもの。正確なる戦力判定。帝国は優秀な奴隷に失望されたと認めざるを得ません」

「恐れ入ります侯爵夫人」


「いっくよー!」


 ライムは剣についたデバイスから赤い光を放つ。

 光自体は無害だが自動マーカー機能を持つ。


 次々とマーカーされた目標に『死の舞踏』と叫ぶライム。


 剣より次々と射出された拘束球に包まれた目標物をライムは次々と駆け抜けて。


「『剛熱の衝撃』!」


 全てすれ違いざまに斬っていたらしく、分断された目標は真っ二つになったあと拘束球ごと爆裂した。


「あの球は触れたものを閉じ込めたのち、外的衝撃と共に内部のみに指向性の爆発を放ちます」


「『火球爆裂』の衝撃を外側に向けて放つのではなく爆縮という形で魔導具により再現した、デルタショックを上回る新型武器ですか。疑問」

「使い手を選びますが、彼女は単純な剣の腕では領内最強です。デルタショックと違い一名で運用可能でもあり、また『死の舞踏』は連射が可能です。触れたものをなんでも閉じ込めてしまう欠点がありますから、先にマーカーライトを放ちます。あのライトは通常の光源としても優秀ですよ」


「良きものを見ました。喜び」


 侯爵夫人はリュゼたちを褒める。

 それは蛮族と呼ばれる民にも注がれているのが彼女の優れたところである。


「斥候や仮想敵を担当する蛮人たちの動きが良い。あの狼煙や太鼓言語や口笛言語はなかなかの技術。興味」

「……失礼を承知ながら、この位置からではわからないと思いますが侯爵夫人」


 妻の母は神秘的な笑みを浮かべている。

 何に微笑んでいるかはわからない。


「しかし、他の技術に対して彼らの武器は原始的。例えばあの舟はまさに夫のいう”アマノトリフネ”。釣り合わない。面白き」


 何より、帆船でありながら風に逆らいジグザグに進む。

 さらに、彼らの操る舟は海面から少し浮いているのだ。


「いわゆる水中翼舟というもののようで、早すぎて船底が浮き上がり翼部分のみを海面に接触させて進みます」


 侯爵夫人は楽しそうに告げる。

「それほどの技術を持つものたちが朝貢しておったのに、我ら帝国は惜しいことをした」

「操作を学びましたがミミック魔導計算機が発展しない限り彼らにしか使えません。祖先は神々とともに星の果てより訪れたという独自宗教の禁忌により車輪や文字の使用などを律しておりますが、総じて高い知識を持っています。普段は替え刃の効く黒曜石や毒を持つ干魚の尾を刃にした槍や鞭を用いますが、種族の命運がかかっている時は高度な技術や法科学も難なく理解します」


 もし彼女が浮かべる笑みを現実世界に住まう我々が見たならばそれをアルカイックスマイルと表現するだろう。



 別に仮想敵だからといってデコイ役たちと直接矛を交えるわけではない。

 衝撃を受けると回転する棒や分銅をつけた藁人形を用い、これを設置あるいは盾で受ける。同時に粉が付着した布袋を投げてあるいは布袋がついた棒があたれば敵の攻撃と仮定する。


 呑気とも豪胆とも言えるパ族や、斥候やお祭り騒ぎ好きなン族はさておき、武勇を誇るガ族からは強い抗議が来ているがこれは無用な怪我人を増やさないためにリュゼが押し切った。



 今回の演習では死亡判定120に対して残り敵戦力判定は500を割った。全滅判定ではあるが演習としては大成功と言って良い。何より撤退において二十名しか損害判定を出さなかった。



 何より大きな成果を挙げたのはこの後行われた市街戦訓練だ。


 マリカが敷設した道路の敷石は速やかに投石という武器になる。

 大きく固められた道の下には分厚い土嚢が収められている。

 もちろんこれらは体制に対する剣にもなるため太陽王国では民衆の砦にも剣にもなって暴君への牙となったのだ。


 それを知らないマリカではない。

 しかし彼女は本質的に人々を信じている。


 そして、今や彼女は流民の娘衆や海賊衆の妻たちから絶大な支持を集めていた。


 銃後を守る娘や妻たちの市街戦の能力は想像以上だった。


 たちまちのうちに迷路と化した街の中、本来の実戦ならば熱湯や油である水が、粉つき槍が、温泉を想定した飛沫がデコイ部隊を殲滅していく。

 立てこもる城と化した教会やギルド、『冒険者の店』もまた頑強な抵抗を見せ、それでいて孤立しない。

 かつて暴利を貪り辺境の民から反感を抱かれていた教会の姿はもはやなく、若手の志ある者たちが主導権を握り、積極的に人々を守ろうとしている。


 正直、後で妻たちの活躍を聞いた夫たちから『夫婦喧嘩が減りました』との報告が続出する程度には市街戦訓練は大成功と言って良かった。特に連絡網の速さそして完全に囲まれながらも連絡網が途絶えず戦い抜く術たるや。



「あれはマリカの入れ知恵ですか。質問」

「ええ。娘御の知己からも協力を得ています」


 もっとも妻マリカは市街戦を心底嫌っている。

 あえて母に見せたのは市街戦の無益を知らしめたいからであろう。

 帝国貴族である女は独自の口調をやめて流暢に話し出す。


「ニコン氏は優秀ですがあくまで技術者です。


 兵站重視や街道整備の事前策。

 蛮族のものをも取り入れる柔軟な通信技術の活用。

 戦時における地形や水利の活用。

 石や土など安価な資材の活用。


 民心の掴み方。


 特に損害を受ける前の対策や受けた後のレジリエンスに娘の特徴が出ています。


 むすめを立派に育てた辺境騎士に敬意を表します」

「……娘御にはうっかり『ここでは好きにしろ』と放言いたしまして。

 あちこちで『旦那様の許可は取っています』と言って……軍人として不勉強な点、お恥ずかしい限りです」


 リュゼは恐縮するがマリカの耳学問を実用に足るレベルに運用し、人々との仲を調整するのは並みの手腕ではない。



「さすが王国最強の剣と呼ばれる辺境騎士殿」

「侯爵家には予算兵站人員共に大きく劣ります。それは吟遊詩人の放言に過ぎませぬ」


 その腕利きの吟遊詩人たちが彼には多く味方についているのもリュゼの強み。

 そして暗に「短期的な武力では負けていない」と取れる発言をしている。



「ふふふ。ではわたくし、あなたに義母として何か贈らねばならないでしょうね。夫が激怒していますが、本人は帰りたくないとわがままばかり」

「と、申しますと」


 彼女は古びた競売札をそっとリュゼに押し付ける。


「あなたは娘にいくら支払ってくれますか」

「全てです」


 リュゼは即答した。


「それでは競売がもりあがりませんことよ」

「不要にて。持ちうるものこれから得るもの全てを賭け捧げましょうぞ。彼女にはそれだけの価値があります」


 彼女は微笑む。


「ではこれにて落札とします。娘は任せましょう。

 夫は激怒しますし、『大好きな姉上が帰ってこない』と下の娘や息子は嘆くでしょうけど。ね。


 ……では、あなたはあの」


 彼女が指さす先には一人の若者がいる。


「あのものに、そして先程面白いものを見せてくれた娘にこの領を託す気を無くしたのですか」


  女は正確にポールとライムを指差した。


「本人達は知りません。妻にも最近まで打ち明けていませんでしたが、我々に万が一があれば予定通りそうなるでしょうね」


 リュゼは当惑している。

 彼女が知り得るはずがない事情ゆえに。


 彼以外に領の行く末を託しているものを知っているのは彼本人、マリカ、そして帝国の外交官『あぎと』のみだ。親同然の執事頭や彼が仕える王ですら彼の意向を遺言状を開封して初めて知るであろう。


 妻は口が堅い。彼女の姉妹と変わらないミカもそうだ。

 ではあいつか。今度問い詰めてやらねば。


「『あぎと』を問い詰めてもせんなきこと。彼と私はもとはひとつ」

「恋人……だったのでしょうか」


 正直、帝国貴族の年齢などわからない。

 目の前にいる女自体、不惑過ぎとは到底思えない若々しさなのだから。マリカから少女の瑞々しさを省き、より妖艶にすればこのようになるだろうか。


 もっとも、人間でも魔導士や精霊使いや神官などの魔法の加護を持つ者は老化速度が遅い。

 また、彼の知る何人かの『子供たち』は魔法の加護と関係なく彼より年上だ。


「あなたたちのいう皇帝そのものともいえるわ。あなたの父に倒された」

「父の話を伺ってよいでしょうか」

 妻の面影を持ちつつ優雅で底知れない女性にリュゼも好意を持ちつつある。


「勇敢で、やさしくて可愛らしい子。今ならそう評価するでしょうね。それよりあなた、あなたの父が倒した皇帝に興味がないのかしら」

「できれば、伺いたいところです。皇帝とは完全なる生物であるらしいとあなたの娘御からは伺いましたが、どのような存在なのか建国の英雄たちの話を聞いてもわからぬことが多く」



「完全なるものは負けぬ。忘れぬ。そして子孫を持たぬ」

「負けましたよね」



 リュゼが王国独立戦争を引っ張ってきて嫌味をあえて言うのを彼女は楽しそうに受け流した。


「そして戯れる。完全であれば戯れぬ。そこが完全を名乗りながら完全ならざる弱点かしら」

「完全ならば、そもそも何もしない。巌のように。ということですか」


 この世界にかつていたという神族エルフ水妖ニンフも去り、魔族(ダークエルフ)は滅び、犬頭鬼や餓鬼族は子供たちの戯れ歌や絵本の中に封じられ、村々にあった彼らを祀る祭壇は石になり礫になり忘れ去られつつある。

 ドワーフたちは近年存在が再確認されたが血筋を名乗るものが少しいる程度。

 魔法の国消え去りし黄昏れで完全生物を名乗る帝国と人類は相争っている。


「古の神々も、そうやってこの世界から去って行ったと思うわ。破壊と創造の『二柱の女神』を除いて」


 リュゼは妻の母が面妖なことをいうと考えた。


 あれは恥ずかしいあだ名にすぎないとすくなくともその一人であるミカは断言している。


「聖具は教会にあるとあなたは、人は思っている」

「何をおっしゃっているのか、私は蒙昧ですので」


「私が持っているといえば」

「まさか」


「あの欲ボケの司教にはアレは扱えません。

 今はマリカかミマリ、ナレヰテでなくば。

 先の国王の姉であるわたくしの姑にはもうアレとは『関係がなくなりました』。

 そもそもあなたはアレがどのようなものか存じているかしら」

「帝国を滅ぼす力を持つ……そのくらいならば」


 彼女は微笑む。

「全然違う。教会は異教の女神の祭器を手にしつつ、持て余していたわ。あの祭器を扱える姑が現れるまでね」

「教会には聖女がいます。確か今代はコリス……」


「そのものは国境紛争で故郷を失った娘と聞きます。あれは『正義神』の使徒……確かに『正義神』は教会が奉じる神とやらの原型ではあるわ。面白いお話をします。

 処女神格たる創世の二柱の女神は人間に抱くことかないません。もちろん子をなすことも」

「……意味が分かりかねるのですが」


「あなたとマリカ本人が望んでもです。もちろん我々、帝国とあなたたちが呼ぶ存在もです」

「戯言を申しますね。神などいるなら今すぐこの世に王道楽土を作れば良い。あなたたち帝国がしたように」


 楽しそうな女は「あら、あなた破門が恐ろしくないのかしら。特許といい裁判所といい娘の名を借りて、ずいぶん果断な政策ばかり実行しているわね……もっとも近いうちに教会は割れるでしょう。どのみち彼の司教は近いうち破滅です」と言う。


「娘御とその友人たち曰く。『いい女は天国に行けるが、悪い女はどこにでも行ける』だそうです。

 私は地獄しか行く宛ありませんが、二つに一つは娘御と歩めまする。もっともかつての『鉄血帝国』は『機械竜の女王』のように自ら地獄めぐりの世直しを行うかといえば疑問ですね。私は臆病なのです。ゆえに保険会社への投資は欠かしておりません」


 リュゼの冗句に彼女も笑う。


 教会が割れるなど世界が終わるほどにこの世界この時代の人々には大事件のはずだがリュゼは、女は眉ひとつ動かさない。


 彼女は呟く。


「簡潔に述べます。あなたと娘がいくら願っても運命はあなたたちを引き離します」

「運命ですか。斬って捨てましょう」


 彼女の香水の香りはあくまで快いのに、どこか人を不安にさせる。

 彼女はその香りを星の彼方に散らすとそのまま扇を閉じた。


「赤毛の勇者ですら処女神格である二柱の女神を手にすることは叶いませんでした。

 ゆえに……聖具をこの地にお持ちしました。


 運命の女神を手に入れるは知恵と勇気ある力無き少年。


 神による創世か破滅か、あるいは人間として生涯を送り子孫共々あなたたちが呼ぶ『帝国』に滅ぼされるかをあなたたち人間は選ぶことになりましょう。


 ……しかしあなた」

「なんでしょうか?」


 心底残念そうに彼女は彼を責める。

「あなた、娘の手紙を検閲しないのですね」

「不要でしょう?」


 彼女はさらに責める。

「その気持ちを1/10でも素直に娘に告げれば」

「幸せのあまり知恵熱を出して三日は寝込んでいましょう」


 彼女と彼はお互い笑い合う。



「『神剣』アルダスのむすこよ。

 あなたは過ぎ去りしいにしえの神になりますか。

 わたくしも見たことなき悪魔になりますか。


 よく娘と相談しなさい。


 わたくしは見届けて見せましょう。

 あなたが二柱の女神を手に入れるに相応しい勇者かを」

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