悪役令嬢のお父様。嫁を迎える&未来の領主と領主婦人候補進展を果たす(※多分)
【1 村神空海と帝国貴族『まどうもの』】
「本家からまたカシラが出た」
「カシラが出たならヨメを取らねばならない」
クウカイというのは空と海を示す。
有名な坊主らしいが会ったこともない。
彼らの世代になるとヒノモトの記憶もまた薄い。
彼は王に言った。
『別にどんな女でもいい。関心がない』
女なんて海賊の息子である彼にとって大差ない。
とりあえず男も女も殴れば言うことを聞く。
そうしたら『敵』が嫁いできた。
「なんでも良いと言うから」
殴ったろか。マジでそう思った。
『コミュニケーションツールとして殴るの禁止』
『殴るなマジで死にたいのかざけんな殴るな殴るぞ』
ムラカミの掟が一項目加わった日である。
地味に二項目ある。
女は美しかった。
そう。帝国貴族は信じられないほど美しい。
異世界人の血をひくやまとびとである彼から見ても彼女は魅力的に見えた。
それはあくまで容姿の問題で、彼らの恐ろしさを彼は痛感している。
「クウカイ・ムラカミだ」
「『まどうもの』とお呼びください。我々は個体名に関心などないのですが、人は違うようで。疑問」
それは知っている。
しかし、その……こいつら人を愛したりするのか?
ましてや、子供を作ったりできるのか?
できたとして……その子供は。
「わたくしも色々興味があります。あなたは。質問」
女はむらさきにそして瑠璃色に輝く、刃のような髪をたなびかせて呟く。
岸壁の上、彼女は美しく見えた。
手下どもはもう浜辺で出来上がっている。
「このようなとき」
「なんだ」
「どんな顔をして、どのように申し上げれは人は喜びますか。質問」
その夜。
初夜の、閨の睦言にしては、実に個性的だが、そう言うものだろうと彼は思った。
首に絡みつく髪にはあえて気を払わないことにして、彼は彼女を可能な限り丁寧に、慎重に愛した。
「……悪くないと思います。興味深いです。あなたは快いでしょうか。質問」
「悔しいがとても良い」
「そう作り直しましたが、人間の交わりは独特の発声や会話が成立していないやりとりが散見されていると存じています。あなたは幸せ。私幸せ幸せ幸せ」
「そう言う会話内容は私だけとしてくれ」
「ア。アア。アイウェアオ」
「多分、違うぞ。それは発声練習だ」
時が経ち。
娘が生まれた。
普通の赤子だ。
この世界の人間、やまとびと、もちろん帝国のアレの特徴もない。
多分魔法の才能もない本当に普通の赤子。
赤ん坊というのは弱く小さくそして愛らしいと知った。
しかし妻は。彼女は海賊の彼から見ても赤子の扱いを知らなかった。
「首を絞めて黙れと言っても通じないんだ。赤子は言葉を知らない」
妻は不思議そうにしている。
浜辺に出た。
娘は乳母に任せた。
「人間の身体は面白くできています」
「中身にも関心を払ってほしい」
「ええ。存じています。幸せな人間、とてもおいしいです」
「違う。素晴らしいんだ」
「クウカイ」
「なんだ」
波打ち際で二人は戯れるように手を取り進む。
「あなたは幸せですか。私幸せ幸せ幸せ」
彼女の髪が風もなく動いている。
輝く『髪』が彼の首に触れる。
「なのに、おいしくないです。いやです。どうしてですか質問」
「さぁな」
「卑怯です。答えなさい。命令命令命令」
「ムラカミは誰の命令も聞かん。友情勇気そして怒り……」
そして。
「……愛だ。我々は愛でも動く」
「理解不能。殺すぞ。答えろ」
「かまわん。剣は置いてきた」
髪が離れていく。
かわりに彼女の細い腕が彼の首に絡みつく。
「私は病気。私は病気。この身体ではなく私が病気。私は壊れた。直せない。なぜなに質問」
「悪いことではない」
「私はあなたの敵。私はスパイ。人間は私たちの……」
彼はそっと彼女に寄り添い、頭の真ん中に唇を当てた。
彼女の瑠璃色に輝くルージュが戻り、それは柔らかく暖かかった。そして花のような香りがした。
「……私はムラカミ。あなたの妻。それでいいか質問」
「ムラカミは如何なるものも問わん。望めば受け入れる」
甘い息が彼女から漏れて、細いくすり指と彼の太いタコだらけの親指が絡み合う。
「クウカイ。幸せか。私幸せ幸せ幸せ……でも……あなたは殺したくない」
まるで人間の小娘のように振る舞う彼女を愛しく思う自分に彼は気づいてしまった。
多分その病は伝染性だ。そして我々はもはや手遅れだ。
【2 悪役令嬢のお母さま現る】
「お母様!」
馬車の音より気配でわかりました。
わたくしは自室からミカを連れて高鳴る胸を押さえ歩を進めます。家中のみなさんがそろそろお母様がいらっしゃるとして準備を初めています。
わたくしどもの『うたうしま』城が海岸を目指し動き出し、海鳥が鳴く中わたくしのこころは早くも再会の喜びに沸き立ち。
そして、彼女はやってきました。
「マリカ。久しゅうございました」
はしたないとは存じておりますが、足を早めてしまうのはお許しくださいませ。
「これ、抱きついたりして。ほんとうにあなたはおいしそうね」
「それを言うなら幸せなのです。とても幸せです」
だってもう二度と逢えないと覚悟の上でしたもの。
御者のピートを除きたった二人での旅。
この『ひざのまち』に着くことなく儚くなることを幾度思ったことでしょうか。
お母様は帝国訛りなのか、独特の話し方をなさいますが、とても愛情深い方です。
「ようこそ侯爵夫人」
「ご機嫌よう未来の辺境伯」
夫が母の手に接吻のそぶりを見せます。
わたくしにもしてくださいませ。
「マリカは失礼していませんか。この子は夜尿が多くて」
ひゃっ!?
彼は戸惑ったように、なるべく表情を押さえています。
「い、いえそのようなことは一度も」
「そうですか。迷惑ならば連れて帰るつもりでした。ならばよろしゅうございます」
「いつの話ですかお母様。
わたくし、そのような記憶はございませんから」
「いつって……いつもでしょう。さきほど起きたことを忘れてはいけませんよマリカ。あなたはまだ幼いのですから」
お母様は何年も前のことでも事細かく確実に記憶に留めていらっしゃるのは良きながら、時間感覚が疎く、過去の話題は彼女にとって『今』です。
お母様が到着3日前にお手紙を寄越して唐突に現れたのも、彼女の時間感覚による行動です。お父様はご存じなのでしょうか。至急手紙を送ることにしますがまだ流氷もありお手紙の返事は大きく遅れることになるでしょう。
一応彼女は時計通りに動くことはできるのですが。
むしろ時計を必要としている姿を存じません。
彼女の時間感覚は時計より正確ゆえ。
彼女が帝国でどのようにして生活していたのかは伺ってもよくわからないと彼女はいいます。
わたくしは母方の親類縁者がいるのかも存じません。
「親戚……ムラカミでない同族のことか。疑問。皇帝とあなたたちが呼ぶ存在には近いわねマリカ。もっとも、皇帝とわたくしにさして違いはありませんが」
幼い頃、母はそのようにおっしゃっていましたが、その時は気になりませんでした。
母を無事迎えて、わたくしどもは夫婦二人になり。
「あの、その」
「なんだ遠慮するな。話せ」
「リュゼさま。その、母についてですが、不快に思っていらっしゃるのならわたくし」
彼は珍しくほほえむと「うむ。不快に思うことなどない。私の愛する妻の母だからな」と冗談をおっしゃっいました。
愛する。
あいする。
あいしている。
しあわせ。
しあわせ。
しあわせ。
「ああ! お嬢様がまた知恵熱を!?」
「よい。ミカ。私が運ぶ」
「ああああああ! お嬢様お気をお確かに!? 限界超えましたお嬢様がお隠れになってしまいます離れてください旦那様!? フェイロン! フェイロン! すぐ来てくださいませ!」
しあわせ。
しあわせ。
しあわせ……。
気づくと、お母様のお顔が近くにありました。
「幸せですかマリカ」
「ええ。とても」
「それは佳き」
「はい」
彼女は美しく微笑むのです。
感情表現というよりまるで彫刻のような神秘的美貌がそこにあります。
紫にも瑠璃色にも輝く髪。そしてルージュ。
そっと彼女の髪が果物かごに触れました。
「食べますか」
「いただきます。お母様」
フォークはミカが差し出してくれます。
わたくしたちは礼法にのっとり果物を食します。
しばらく彼女は何も話してきませんでした。
わたくしは気まずくなって、自ら話を繋いでしまうのです。
「その、あの……お父様は。皆は……」
元気で幸せに過ごしていると母は言います。
あんな騒動があって、本当に心配していたのです。
「その、お母様、ごめんなさい」
「なぜ」
「あんな騒動を起こしてしまって、お家にも迷惑を」
「よくわからないわ。あなたは幸せかしら」
ええ。とても。
あの、その、ここにきてからみなさんとてもよき働きを。
彼女はわたくしの話をゆっくり聞いてくださいました。
「人間は涙を流す。暖かい。好きだ」
いつしか眠りに落ちたわたくし。
不思議なお声を耳にした気がします。
多分お母様の声。
【2 ポールとライム】
トイレを増設する。
リュゼの決定は奇妙なものだった。
厠に入る間も二人同時に行動する。
もし異性同士なら片方は外で見張ること。
「ねえねえポール」
「なんだライム」
兵士ライムは相棒に問う。
「なぜみんな二人でないとだめなんだろ」
「じっちゃんやばっちゃんたちはそうしているだろ」
住み込みと言っても高齢でお勤めのないポールの祖母ですら祖父と共にいる。
「なんかさぁ」
にまぁと彼女は笑う。
「新婚夫婦みたい」
「ばっ?!」
「えっ〜職務だよねぇ? 職務だよねぇ? 何赤くなってるのポール」
「おまえ、水汲み自分でやるか」
「あ、それひどいひどいこんなか弱いあたしを」
「おまえのどこがだ」
その二人が瞬時に水桶を置き、見事な敬礼を見せる。
桶の水は揺れていない。二人の剣術の腕前が察せられる。
「ご機嫌よう。ポールとライムでしたか」
「はっ」「なのです」
貴人に対して適切と言われる程度、しかしほんの少し距離をとる。本来二呼のところを三呼手前。
「すっごいすっごいすっごい〜〜!?」
彼女が去ってからライムは相棒に叫ぶ。
「奥様のお母様ってすっごい綺麗なお方ね」
「……そっか」
「奥様と一緒だね。私たちの名前もうご存知なんだ」
「多分、意味が違う」
「私もあんな綺麗な方になれるかしら」
ポールは肩の力をやっと抜いた。
「明日、少し早く出ようと思う」「ん?」
「おまえの実家まで迎えに行く」
彼は掌の汗を握りつぶした。
「えっ!? ポールのガキが明日から毎日迎えに来てくれるって?!」
「あ、う、うん……」
戸惑う娘に喜ぶ両親。
「かー! あいつも男だったか! 本国生まれのヘタレと思ってたからこれは娘はやれんと」
「やったね父ちゃん。これでうちも安泰。娘と義息子が兵士二人ならお金の心配はしなくていいね!」
ライムの両親は古代魔道帝国の遺跡発見の報を聞くや二人そろって稼ぎ時に武器を作るのをやめて冒険者に復職するような両親であり、商売っ気より職人気質や冒険者気質が勝る。
先の大騒動ではそれなりに儲けたはずなのにすっかり工房の改築などで使い込んでしまったのだ。
「えっと、そうじゃない」
ライムは戸惑うように続けた。
「その、当面城内の人間は必ず二人で行動しろって」
「は? いつも一緒にいるだろ」
「なんか違うの?」
両親になんと説明すれば良いのやら。
あと両親は私たちをどう見ていたのか。
いくら呑気な娘でも少し考えた。
しかし3秒経たずに考えをきりかえた。
「ま、いっか。セルクに叱られなくて済むし。明日から堂々と遅刻できる」
ポールは仕事熱心である。
領主と同じ時間に同じ訓練をしている。
いつもの3時間前に寝巻きのまま叩き起こされ、それでも起きず人目に肌を晒さないよう毛布にぐるぐる巻きにされ絨毯のように運ばれる娘を見て両親は考えを変えた。
ライムは初日こそは乙女の尊厳を訴えたが、高鼾をあげて寝ていても無料送迎してくれる同僚を即座に受け入れた。これは悪魔のテーブルから寝台までお父さんが運んでくれる至福の時と変わらない。
佳きかな佳きかな。すうすぅ……。
「礼儀正しいからってあんなに朝早く毎日来られちゃたまんないよ」
「母ちゃん。うちのコのことを考えたらそれ以前の問題じゃね」
全くである。




