悪役令嬢、風雲急を告げるお母さま襲来をひとり喜ぶ
【1 村上美香】
「孫や。おまえに言わねばならんことがある」
一見好々爺。
しかし身体中に刀疵。
ワコウと呼ばれたムラカミ一族の斬り込み役として勇名を馳せ、王国の独立戦争でも勇猛を誇った勇者。
それが祖父。クウヤ・ムラカミである。
ミカは『魔王芸』と称しては謎のコスプレで迫って、娘が泣かなければ崖の上に脚持って逆さ吊りしてでも泣かせようとする、そんな父より彼を好いていた。
「はい。おじいちゃん」
「奥様と二人っきりにならないと約束してくれ」
祖父は時々変なことを言う。
友達みんながいう。ムラカミのひとたちがへんなのはイセカイってところでうまれたからだ。らしい。
「おくさまと? だってマリカのお母さんだよ。ホンケのオクサマだよね」
奥様は誰に対しても分け隔てがない態度で接する。
知的好奇心豊富で子供たちにも優しく、お菓子もくれる。
「ああ。そしてこの話は誰にも言ってはならぬ」
「マリカにも? それはおかしいよ。お母さんにも?」
「心配するな。皆知っている。
しかし知っているかと他の者に確かめてもいけない。
絶対だ。このことを話していいのはおじいちゃんだけだ」
オクサマはテーコクから来た。
優しいし子供と遊んでくれる。
でもなぜか怖いという子もいた。
赤や紫のドレスが似合う素敵なひと。
言葉遣いは子供相手にもいつも丁寧でセーリャクケッコンにも関わらずシュケのダンナサマとの仲も良い。
何故テーコクとミカたちオウコクが戦っているのかはわからない。
仲良しのお兄さんやおじさんたちが何人もいつのまにかいなくなっていた。
父や祖父は『遠くにいっている』と言ってくれたが、テーコクとの戦いで死んだのだとわかるようになってきた。
タイコーのラクインを守った双子の忍者。伴天連吸血鬼と人造人間。印度の武術をも修めた泰緬の武道家。南洋の陽気な人食い。精霊の大陸よりやってきたシャーマン。ヒガシインドガイシャから来た植物学者。主家に仕える陪臣郎党多くの者がこの地で果てた。
九尾もつ炎使いのように旅だって帰ってこないものもいるし、黒い姿に反して白の王子と呼ばれる砲術使いにぶるたーにゅ生まれの鍛冶師、あるいは半島生まれの対ムラカミ武術使い、いつも喧嘩をしている船大工と塩屋のじいちゃんたちみたいにこの地に根付きつつあるものもいる。
敵の国に嫁いだのに、奥様はとてもいいひとだ。
マリカは彼女が大好きだし、もうすぐもう一人産まれる。
ミカにとっても弟か妹ができるようなものだ。早く一緒に遊びたい。
とってもとっても可愛がってあげるんだ。
マリカの弟や妹だもの。つまりわたしの弟や妹だよね。
わたしがおねえちゃんなんだから、とうぜんなのだ。
ムラカミ一族は海賊である。
陪臣郎党も同じムラカミを名乗る。
厳密には文字が違うが帝国や王国は表音文字体系だ。
当主も血筋より実力で決まる。
本家は神職を務めるが当主になるとは限らない。
ムラカミは優秀な人材を求める。
それがたとえ罪人や敵であっても気にしない。
王の命令による政略結婚とは言え、現当主『クウカイ・ムラカミ』が帝国の妻を娶っても誰も文句は言わなかった。
少々冷たい印象があり、かなり変わっているが彼女は個性的な海賊衆の中において、高貴な帝国貴族としてのあり方を教えてくれる貴重な存在であり、当主も彼女を和平の義務以上に愛した。
ムラカミには彼女の知的好奇心旺盛かつ身分に拘らない性質が意外と合致した。
何より異郷で生涯を過ごさねばならない人々に彼女は寄り添って生きた。
マリカの性格は彼女の影響が強い。
にも関わらず、祖父は奥様と二人っきりになることを孫娘に禁じた。
「へんなの」
棒切れを剣に見立てて彼女は遊ぶ。
ちゃんばらは男の子たちにいつも泣かされているけれども嫌いじゃない。
海に出れば貝殻を集めて遊ぶ。
たまに毒貝に刺されて倒れて死にかける。
その時はたまたま奥様がきて助けてくれた。
いつも彼女はマリカと一緒。
でもホンケとはミブンが違うということで他の子と遊ぶこともある。
「奥様、すっごいきれいなひとだよね」
女の子たちは言う。
「なんかヘンだけどいいひとだってばっちゃが言ってた」
男の子たちもいう。
砂でお城を作る。
その『城』はこの世界の建築様式から少し外れている。
彼女の祖父世代はある日神隠しにあってこの地にやってきたという。ヒノモトなどと呼ばれる国のことはもはや伝聞でしかわからない。
ある日、奥様と出会い頭にあった。
喜び駆けつけようとしてふと、祖父の言葉が頭に浮かんだ。
ぺこり。
礼をして別れる。
マリカと遊びに行くと言うと彼女は穏やかに微笑んでくれた。
ふと振り返ると、彼女は其処に在った。
一歩も動かず、振り返ることもなかったのに、『こちらを見て』いた。
彼女は踵を返して走った。
マリカは彼女が震えているのを不思議そうにしていた。
今日はあついよと言って。
【2 村神毬華】
「えっ!? 奥様がいらっしゃるのですか!」
ミカが大げさに驚くのでわたくしは少し耳を押さえてしまいました。
もうミカったら。近くなのにすこし大声がすぎますよ。
「そう! お母様がいらっしゃるの!」
「……なんのため? だってほら、当面おふたりには浮いた話など」
……。
ずっずーん。
先ほどまで喜びに満ち溢れていたわたくしもさすがに。
心なしか先程まで喜びとともに手ずから花瓶に生けていた花まで沈んで見えます。
「そうよ。昨日のお渡りは……どちらさまの所為で」
どうしてあなたは絶妙の瞬間に邪魔を入れてしまうのでしょうか。
そう指摘するとミカはタラタラと冷や汗をかいています。
「あ、あのその! 別に旦那様はお嬢様を好いていないわけではないと思いますよ! ほら、この間接吻を……」
「接吻ではお母様に孫を見せることは叶いませんわ」
「ソウデスネ」
「お嬢様と奥様の違いは感情表現の違いです。
奥様はちょっと真意を測りかねます」
ミカは時々むごいことをくちにしますが、そうでしょうか。
わたくし、お母さまほど魅力的な女性はあまり存じませんので。
「ま、まあ、その良かったじゃないですか」
「ミカ。あなたはお母様が少し苦手ですからね。あんなに可愛がってもらったのに」
別に嫌いではないとミカの戸惑った表情が語ります。
本当にうそのつけない子ですね。
彼女は、お母さまを不気味に思っているのです。
子供の頃あれほど可愛がっていただいたのにミカったら何かにつけて『全部クソ親父たちのせい』と言い放ちます。
陪臣家の忠誠はわたくし存じていますので彼らはいかな妄言を吹き込んだのやら。
幼きころのミカに彼らは帝国貴族に対する偏見を、まるで彼女が苦手なお化けのように吹き込んで揶揄ったのでしょうか。
彼女の兄のひとりであるニノスケが『ミカっ子、てんめい悪戯しとうたらモッコくっぞ』『テーコクどもがお前を頭からガブリとやるぞ』と揶揄うのは目にしています。彼は実の妹に懸想する危険人物ゆえ少々ミカに構いすぎるのです。
そういえば最近ニノスケやわたくしに時々冒険譚を話してくれる冒険者のフミュカの手紙を見ません。
研究をこまめに手伝ってくれたミカの叔父にしてカナエやメイやカラシ君と同い年のシナナイとの連絡もつきませんが、なにかあったのでしょうか。
園遊会にはぐれバイドゥが侵入し、ミカの叔母でありかつて私の側使をしてくれたミツキが活躍したとは存じていますが。
ミツキには出来たら来てほしいところです。
フミュカが来てくれたらまた冒険の話をしてくれることでしょう。
シナナイはおそらくメイとも仲良くやってくれるはずです。
ミカの兄であるサノスケは王都の治安維持に邁進しているようですが来てくれないかしら。
ニノスケは問題児なのでわたくし、というよりミカが哀れですので追い返しますが。
わたくしは改めて窓から海を見ます。
明るい陽射しに自然と笑みが漏れ、大陸からやってきた渡り鳥たちが謳っています。
春はもうすぐです。
【3 リュウェイン・"小渓"・"りゅうとさる"騎士爵 通称『未来の辺境伯』『王国の剣』=騎士リュゼ】
「……プラテネス様が当家に。か」
「はい。如何に」
帝国との戦いで死んだものは多い。
いくら妻の母といえ、帝国貴族だった彼女を受け入れるには問題が多い。
「歓迎すると伝えてくれ」
「よろしいのでしょうか」
当惑する執事ジャンにリュゼは微笑む。
成り上がりが多い王国において彼女は間違いなく帝国貴族。
その生活そしてスタイルを模倣しようとする人々は多い。
帝国貴族は伝統的に臣民、彼ら言うところの『奴隷』を大切にする。
どうして王国は帝国と袂をわかったのか、今や直接知らない世代もいる。教えても彼の妻マリカのように『帝国に対する偏見ではないでしょうか』と言うものは多い。
帝国は自ら攻めてくることは稀だ。
つまりこちらが手を出さなければまず争いにはならない。
そして王国には帝国と戦い打ち勝つ力などない。もしそれが成せるならばあと700年はかかるだろう。それまで人間が滅んでいなければだが。
彼が支配する『ひざのまち』から山脈を越えれば帝国である。
山脈が風雪から守ってくれる『ひざのくに』半島と違い帝国本土は苛烈なまでの寒冷なる土地という。
止めても密航してでも帝国で一旗あげようとする貧民は多い。
そして帝国では教育が盛んで、彼の配下にも帝国出身の有能な部下がいる。
しかし。
彼は若い頃、国境を侵して藩王国領内にあった帝国の『工場』を壊滅する秘密作戦に従事したことがある。
その時彼が助けた少女の一人が回りまわってデンベエに買われ、マリカたちの家にたどりつき、ミカたちと友情を育んだのだが、彼は知るべくもない。
妻の気持ちもわかりたい。しかしあのことを伝えていいとは思わない。
秘密なんて作らないと言ったのに、隠し事ばかりだ。
不思議そうに彼を見つめる執事頭に彼は微笑む。
思えばこの男を『爺』と呼んで何年経っただろう。
本当の父のように育ててくれた。かつて剛腕と呼ばれた育ての親の老いを感じるようになって何年経ったろう。
「主だったものを選別しろ。間違ってももと帝国貴族だからと敵意を示すものはいかん。また……」
リュゼは厳命した。
「必ず、城内では出入りのもの含め何者であっても二人以上で行動し、一人になってはいけない」




