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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
物憂う令嬢たち、ちっとも休めず

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悪役令嬢、『ミカ』と『メイ』の話をきく

 では、『ミカ』。本件は能力者犯罪の一つということですね。

 彼女は優雅に礼をすることで返答とします。


「お茶を淹れましょう。目覚めによきかと」


 ありがたい申し出ですが、わたくし友人に茶と砂糖を控えるように再三忠言を受けており。

 でも、いい茶ですね。安らぎます。


「『ミカさん』はいいよ。あたしは今回なーんもできなかったもん。せいぜい寝ているみんなにお茶を飲ませてあげる程度。つまんなかったー」

「あら、『メイ』がいたからわたくし安心して仕事ができたのです。宿敵は縛り損ねましたが、ウルド『獏』卿は太陽王国に送ることができます」

 青い制服に鈎つきの警棒。貴婦人を思わせる優雅な物腰の女性は相棒である少女に微笑みました。


「『メイ』も足労。励みなさい。そしてふたりともありがとう」

「いえいえいえいえ!? めっそーもないっす! あーたしあんまかしこくないんで! もうそういうのはみーんなミカさんに頼んでくださいっす!」

 青い制服に刺股を持つ少女は大仰な仕草で照れています。武装はわたくしの一存で持たせています。


「わたくしども、平民ゆえ貴婦人にかように尊きお言葉を手向けられるは困ります」

「直接言葉をかわすと如何なる無礼になるかわかんねーっすから、代弁の仕事があったりします。まぁ手話で言やぁ多少の無礼も『言ってない』になりますけど」

 ミカはずいぶん控えめですね。でもそれは太陽王国でのお話でしょう。

 それにメイ、太陽王国にはもはや貴族も平民もないと伺っております。



 ……こっちのミカくらいわたくしのミカも丁寧ならいいのに。

 いいですよ。わたくしのミカこそ一番かわいいのですから。



 太陽王国より三顧の礼にてお迎えしたのがこの二人。


 栄光の特殊能力者犯罪対策部隊三番隊を率いたという元二代目隊長ミカ・ウルド『泉屋』23歳。

 そしてその補助を務めるべく共に来てくれたメイ・サー=フォン17歳です。


 太陽王国では隊員の身分を問わず、また特殊能力者に頼らない優れた警察制度が発展しつつあり、藩王領では太陽王国の警察にまるまる警察業務を委託するほどと伺っております。

 わたくしどもも藩王様に倣い、太陽王国の優れた警察制度を導入したく思っていたのですが。



「藩王領はアレッす。


 警察は太陽王国に丸投げ。

 税収と戸籍は帝国に丸投げ。

 軍隊も王国に丸投げ。


 みんな王様名乗っていて誰が誰やらわからない。


 ど田舎で山地にジャングルだらけで正規軍ゼロ。

 攻め込めば給料タダでも人々が集ってフルボッコにされる。

 王国独立戦争後に流れ込んだ空族飛行機乗り竜騎士をも擁するやたら強いのにどの国の正規軍よりモラルの高い傭兵や冒険者ども。

 あんな変な国は見たことないっす。

 真似以前にムリっつーかすべきじゃないってか。

 あそこだけすね。


 そのくせ小さいくせに発展していてまぁ……あそこはいいとこすね」


 このメイは本人が口にするよりものをよく存じているようです。

 もしこの世界に永遠の平和が訪れるなら、藩王領がその条約を結ぶために大きな役割を果たすかもしれませんね。メイ。


 藩王様と姉君ほど優れた方をわたくし存じません。


 何もない領をお持ちでありながら、各国の情報を分析し為替とはいえ多額の資産を形成して人々から税金をとることなく、常に自らひととして王としての範を示し、とても気さくでありながら常に謙虚。誰にも愛されるお人柄相まって戦乱を嫌い、多数の難民流民を受け入れる人格者です。


 藩王様と姉君と違い、王国領であるわたくしどもが勝手に太陽王国の警察制度を導入することはかないませんが、専門家をお金を払って雇うことは可能です。



「真実とは『空気ポンプとリヴァイアサン』です」

 確か科学的な実験結果とわたくしどもが持つ社会は矛盾することがありうるという提言でしたか。

「加えてこの世にはまだまだ魔法と不思議があるっす。固有魔法は特にそうすね」

 わたくしリヴァイアサンを見たことなどございませんが、教会の教えなくば生きていくことはかないません。そして一部わたくしにも心当たりがあるところも。


 家伝の聖具のように。


「私どもにわかることは思い出を呼び覚まし知人になりすます新型のバイドゥを従え、帝国に雇われたという能力者が『幸せな夢を見せる』能力を発動しました」

 ええ。そこはわかります。


 わかりかねるのはここ一週間に起きたこと全てが『矛盾しかない』ことばかりでして。

 リュゼ様も調査していらっしゃるのですが、夢の内容まで聞き取りだしてまとめないと理解できないとおっしゃるのです。


「結論っす。わたしどもは『お茶を淹れる程度の能力』を用いて被害者救済にあたることになりました。

 問題はウルド『獏』卿自身も自分の夢から逃げられなくなっていたことっすね〜。縛るのは容易でした。問題はみなさんが目覚めないこと」


「わたくしの『お茶を淹れる』能力を使えば目覚めなど本来容易なはずなのですが、バイドゥとかいう化け物はわたくしの専門外です」

「あたしら対人戦闘、それも殺さず裁判に送るのに特化してますからね〜」


 ふむふむ。

 何より不可解なのはロゼ。

 ローザリアと名乗る存在です。


 わたくしどもは暗殺者に追い詰められしロザリア様が生み出した第二のロザリア様かイマジナリーフレンドであろうと愚考して今までお付き合いしていたのですが。



「あれは、夢でしょうか」

「わからない方が楽しいっすよ?」

 メイは実になやましきことを言います。



 ……。


 ……すわ正座で反省会。

 そこにロゼことローザリア、

 あの少女がわたくしとリュゼ様の間に割り込み。


「お母さまたちはあなた様のために頑張りましたリュゼお父様。

 日記くらいいいじゃないですか。

 どうせ未来はらぶらぶです。

 わたくしとリュカお兄様くらいには」


 ローザリアをロザリア様に憑いている姿しか存じないリュゼ様は『ロゼ?』と問います。


「ええ。姿は違いますが」

 少女は楽しそうに微笑み。


「お母様とマリア様達と共にお父様のポージングブック作りは実に楽しゅうございましたよ」


 からかう姿にはロザリア様のもつ嫌味はありません。本当に楽しそうです。


「……マリカ」

「ぷっ……いえ、これは持病の癪にて」


「これは君の……いや」

 リュゼ様おっしゃるに。

「君は勇者アルダスに似ている。……覚えていないはずなのだが不思議だよ」

「あら。お祖父様に似ているなんて光栄ですわ。それではおふたがた。先の世でお待ちしております」


 彼女が扉を開くと眩しい光が溢れ、こちらからは顔の見えない八人の若者や少女たちが。


「なんだ。そこにいたのかロゼ」「探したんだぞ」

「全く、本ばかり読んで大人しくしているかと思ったらかくれんぼも好きなんだから」「ここは父上の執務室だった小部屋か? こんなところにいたら埃で喉を痛めるぞ」「お姉さま遊んで」「なによ私と遊ぶの」


 光溢れる扉から二人組が出てきました。


 扉の奥にいる人々は何故か自分たちを追い越してきた二人に気づかない模様です。


 鼠の皮の目覆いをつけたどこかガクガに似た少年とやまとびとと思しき実に稀に見る美少女です。


 二人は無言でロゼを手招きます。

 そしてわたくしたちにも軽く一礼。


「ではごきげんよう」

 改めて彼女がカーテンシーをすると扉が閉じて。


「……」

 彼は目を擦っています。

 先ほどの眩しい光も消えてしまいました。

 彼の様子がおかしく、わたくしは扇を探して。


は何ぞ」

「” 白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを”でしょうか」


 朝露を真珠と思うた少女にならば在五中将どのならざるわたくしも答えられることかないそうですが。



「家族、兄弟か」

 彼はどこか呆然としつつも呟きます。

「ええ、賑やかですね」


 一瞬でしたが彼ら彼女たちはとても幸せそうに見えました。


「マリカ。君は家族に恵まれているが、私には家族の記憶はない……はずだった」

 ええ。おそろしくそして楽しい夢でしたわ。


「あの後爺たちが迎えにきてくれたよ。

 父と母にまたと別れを告げてね。

 私は家族に憧れていたが、いつも爺や騒がしい皆がいたことを思い出した。私は夢の中で青年に戻っていた。昔の皆に再び会い直せたよ」


 あなた様は愛情深い家族を持てます。

 わたくしが、城の皆もが保証します。



「私はだね。マリカ。

 自分の子供にこの地を託す意思はないのだ。

 私の後継者はポールだ。彼は私との血のつながりはないし、海賊や三部族との利権も持っていない」

「それは」


 確かにポールはロベルタという先のいくさの英雄を祖母に持ちます。


「それに、今はロベルタに合わせてトッドを名乗っているが、彼は正しくアクアマリンだ。私のような成り上がりと違い、王国のものはもとより太陽王国の連中も海賊も帝国も貴族どもも彼には文句は言えんよ」


 つまり聖アクアマリンの直系でしょうか。

 確か救世の英雄『星を追うもの』の一人です。

 確かならばある意味王族より格上でしょう。


「藩王国の三王がレデン、アクアマリン、そしてアステリオン。藩王配が違うゆえドゥオーフ・レデン藩王の姉上は『教授』の直系をも自称していましたね」

 レデンは本来女系ですので。


「彼らは傍系だ。あっちのアクアマリンは正しくはレデンとアステリオンの末裔で血のつながりはない。もっと言えば『教授』と彼女の関係は私の知る限り……まぁいい」

「隠し事ばかりされて不快ですわ」


 彼は『今更隠し事はしないよ』とぼやきます。

「『教授』は存命と言っても君は信じないだろう。まぁ少なくとも私が若い時『教授』を名乗る男に会ったよ。短い間だが師事した。学問はもちろんナイフ投げの妙技をこの目にしたよ」

「お言葉ですが、彼は神話にも等しき大昔の人間です。『氷の刃』や『黒き針』のように名前を継いでいるのでは。あるいはワイズマンのように一文字のみ添えて区別をするのかも知れません」


「そうかもな。とりあえず帝国に義理を果たす必要はないな」

「義理?」

 よくわかりませんが。


「君は帝国貴族だろう」

「ただの人間だと母は申しておりました」

 完全なる存在は子をなすこと本来あり得ぬとも。


「君の身の安全を帝国からも頼まれていた。そのくせこのような真似をする。どうやら奴らは私が信用できないようだな」

「……」

 ひょっとしなくても前に拐かされた関係もありますよね。


「もちろん君のせいにする気はない」

 彼は楽しそうに笑いますがずいぶんいじわるです。



「わたくしどもに吾子が生まれると思われたと」

 ええ。それならば完全にわたくしのせいです。

 でもそれなら初めにおっしゃってくれたならまだ色々できたのに。



「いやいや、連中が君の安全を確保せよと言い出したのは最近だよ。まぁ連中が言を態度で翻すならばこれはこれで良いからな」

 クックと笑う彼には悪い予感しかしません。


「先祖の過ごした小渓の村は良いところと聞く。まぁかつての車輪の王国の辺境ゆえ、大街道遺跡を使い中央部にかつてあったという魔法王国よりさらに東になるが。家伝によると仙郷とこの世の境にあり温暖で過ごしやすいと聞く」

「まさか、ポールめに全てを放り投げそのようなもはや人類が住まうてもおらぬ地に向かうとでも」



 わたくしが睨めつけて差し上げますと彼はまだ楽しそうです。

「逃げ道は用意しておくのが強いのだよ。君たちの言う『背水の陣』が使えるのは一部の事例のみだ。人は命かけて帰る場所なくは奮起しない。あるいは太陽王国に伝わっている守護神ウインドに守られし村の伝承を君は知るかな。村を出奔し、その旅人がいかな罪人になれど、心から悔いて祈れば旅立ちの日に戻れるという」

「仙郷の村々の伝承については童の頃はやまとびとの生まれゆえ一通り読みました。いくらあなたさまがおっしゃっても、かような無責任な真似はできかねます」


 この地にてここまで慕われている領主はあなたの他にございません。


 確かにあなた様はいつ万が一のことがあっても誰かが誰かの代わりを務めることができるよう柔軟な人材育成を心掛けていらっしゃいましたが、領主の地位すらそのように扱うのは極端でございます。


「つまり、君は本当に王都に帰らず、私の妻となり帝国の庇護も受けないと言うことだ。後悔しても遅いぞ」

「後悔ならいくらでも喜んで。それを分かち合う方がいますゆえ」



 割といい雰囲気です。

 わたくしどもはゆっくりと寄り添うと。


「お嬢様……あ。お邪魔しました旦那様」


「……」「……」


 急に扉が開き、ミカが顔を出して引っ込みました。


 気づきましたが、彼女は見届け人です。

 ここで気を使われて逃げられてはたまりませぬ。



「ミカ、少し待ちなさい」

「いやはや申し訳ないです! ついつい邪魔しました! いえいえ楽しくやってください。本当にごめんなさいお嬢様!」



 こうして、わたくしどもは追いかけっこをしているうちに本来なすべき夫婦の秘め事を失念していたのでございます。

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