ミカ、あやしいお祭りに参加する
「パイ。がんばって」
先行するメイのパイよりはシロは速く走れますが、私が乗り手ではその力を発揮できず、私も振り落とされないようにするのが精一杯。
そこに脇から白い閃光。
ミューシャことマリア様です。
さすが女子供だからと万国馬術競技会にハブられ、ロゼリア様のたくらみに乗る形で怪しげな仮面をつけお嬢様が改良した長銃を手に、愛馬オスカーと数々の障害(※主に最大の障害物である婚約者たちを縛る事から彼女たちは始めました)を乗り越えて、彼女おっしゃるところの『実力者おらずのボンボンどもばかり』とはいえ王国帝国太陽王国に各藩王国の代表たちを圧倒しただけのことはあります。
コマは跳び上がり滑空し跳ねさらにジグザグにかけていますが彼女は見事に乗りこなし、むしろ速度を上げていくように見えます。
……コマ、振り落とす気では?
いえ、あれは違いますね。
心から嬉しそうです。
「やるわね。馬ほど速くはないけど機動力は大したもの。慣らしはこんなところで……もっといけるでしょう。貴女の力を見せて!」
夜空をかけ家々の瓦を砕き鮮やかに進む姿はまさに人馬一体。いえ人鶏一体といったところ。
しかも彼女は鞍も手綱も鐙もなく、片手に銃を握ったままなのです。
「タノシー!」「クミシー!」「ミクシー!」
ご機嫌に九十度ターンを決めるコマに対し彼女は地面スレスレに自らを晒してついていきます。
もう私たちは彼女に追いつけません。
「翔びなさいオスカー!」
「コマー!」
「……わかった。このマリア・アイアンハート=ケイブルが命ずる。
跳べや。誇り高き凰の子コマよ!」
星うたい。
花はたゆたい。
人馬駆け。
水はかおりて。
もりはたたえる。
思わず見惚れた私は落馬ならぬ落鶏しかけてシロの尻尾に救われました。
星の川を飛び越え森の沢を超え大地に閃光となって駆ける姿はまさにかの聖ユースティアと神馬シンバットのごとし。
鶏なのがちょっと冴えませんけど。
ごめんなさいシロコマパイ。
「大丈夫ですかおミカさん」
「あなた馬に乗れたのカラシくん」
彼はつぶやきます。
「一年も経てばまぁ。ほとんど軍馬ですがうちにも農耕馬や競争馬くらいいますよ。乗れるだけでマリア様ほどではありませんけど」
立派ですね。私いまだにお嬢様のペガサス号のお世話のお手伝いまでです。最近はお城が海にあるのでお嬢様を乗せる機会が減り農夫のロン・ベルグに任せる形になっているためペガサスも不機嫌でして。
買い物の時はパイがゆっくり歩き乗せてくれたりシロが荷車を引いてくれるので尚更ですね。
デンベエじいちゃんはたぶん今頃大荷物持ったベンジャミンことフランスに悪態つきながら馬車ですね。機械教徒の武器は大仕掛けが多いのです。
カリナも騎士のむすめなのに平民の御者代わりをやらされ、嫌いな殿方を二人も乗せるのは不本意でしょうけど。
「ミカちゃんへいき?」
「お嬢様の方が心配です」
馬術は馬と仲良くなることからと素人聞きしますが、私にとってのコカトリスは運搬力のない牛車のような存在です。牛車は『うたうしま』発掘調査後に流行り出した古本屋台として見かけますが、こんなに激しく飛んだり跳ねたり九十度ターンはしません。
逆を申せばお嬢様が来て以降、魔導帝国時代の絵本を満載した重い牛車が問題なく通行できるような頑丈で通行し易い大きな道が街中にほぼ完全に整備されていることになります。
そういえばここに来たばかりの時はもっと狭く汚く不安定な道ばかりで、私はのんびりパイに乗せてもらいましたし、お嬢様のペガサスは所々で難儀していました。
街中では『帰ってきた』とか『嬉しい』だとかパニックになっていたり、逆に皆眠りこけていたりして大変なことになっていますが、幸いにも影響を受けなかった方たちが消防団と共に被害者を救済しているようです。
「ミカちゃんこっち」
街を抜けて海に向かい、『うたうしま』が待つ浜辺に行く我々ですが、コカトリスならば滑空できるということです。
彼らはあまり上手に飛べませんが風向き次第では記録上100呼くらいの距離を跳ねることはできます。
「お気をつけておミカさん」
さっき散々デンベエじいちゃんに髪の毛引っ張られる、フランスにはほっぺつねられる、マリア様には髪の毛抜かれて『ミカ。綺麗な髪だからあと二本くらいちょうだい』と無体なことを言われると散々な目に遭いました。
もちろんカラシやメイやカリナも同じ目に遭いましたけど。
今隣でパイに乗るメイが調達してきた馬に乗るカラシはたぶん本物らしいのですが、暫定的に『大人カラシ』とでも呼びましょうかね。
私たちコカトリス組は空から、馬に乗る連中は陸からお城に入りますが、本当ならば舟がほし……。
なにあれ。
海を切り裂くようにすごい速さで小舟がやってきました。
「ミカ、良かったここにいた。城は『こえにもだせぬおぞましきもの』が占拠しているようだ」
女性ならざる強いバネで舟から飛び出した佳人は私も存じています。
「……干し柿」
「ガクガだ。あれはうまかった。私は干し柿ではない。何故最近私を見るたびに干し柿というミカ」
もちろん髪の毛と蓑を弾除けの泥で固めた青年や普段は我々の女芸人装束を着ている人もいます。
「城が眠っている」
普段はその小柄で愛らしい姿を活かして女装して踊っているングドゥですが、正直私の倍は生きています。
呪いや異常現象に関する知識はそれなりにあるはず。
先ほどから一言も発しない美青年は声が出せないのですが意思疎通には苦労していないようです。
ぎこちなくカラシが太陽王国の手話を使うとかなり齟齬があるものの意思疎通のようなものが始まりだしました。
「色々難しいことになっている。私は今先程、夢の中に少し入ってきた」
「ガクガ、あやしいおくすりはお嬢様に禁じられていますよね」
「(そうではない)」
綺麗な青年は戦化粧をして何事か申しているのですが私は残念ながらンガッグックのおっしゃることは全くわかりません。
最後に足をダンダンしてンガッグックは話を打ち切り、そしてングドゥの通訳でやっとわかる次第で。
「深刻な病も悪夢も魔物も過去の夢も口に出すのもおぞましきものと我々は一括してよぶのだが、マリカに通じたかわからない。せめてひとくちでもあれを食べてくれれば良いのだが」
「お嬢様に何を」
夢の中とはいえお嬢様に魔猿の脳みそ活け作りを振る舞ったといけしゃあしゃあと述べるガクガの髪を私は容赦なく抜きました。
これはあくまであの脳みそだか腸だかを頭のてっぺんに乗せたサイケな化け物か否かを判定する大事な行動なのです。
「あなた、相変わらず喋れないの。でも手話はある程度通じるのね……うーんカナエは太陽王国の言葉も魔導帝国語もひと通りできたけど」
貴族なのに語学も会話を除きほぼ赤点でしたからね。マリア様は。
私どもの緊急において始まった手話のような会話にマリア様がついていけるのは赤点回避のためあるいは授業中の電信行為を行うためにカナエと特訓した過去があるからで。かようにも不真面目を真面目に行うのは得意な方なのです。
余談ながら『でんぱ』とはミスリル王家に伝わっていたとされる異界の事物をしる異能にして、転じて無言の意思疎通やある種の狂気を示します。
事情を説明して残り二人の髪を抜きましたがたぶん本人です。
ンガッグックの髪は泥に固められていたので眉毛を少しいただきました。
うーんまつ毛が長く美形ですね。
「ああ。もう……ロザリア様もあの城かしら」
「そういえば太陽王国にも無言の踊りによる劇の文化があり、ロザリア様が得意でしたね。カリナがだいたいンガッグックたちと話ができるのはそう言うこと」
「……どうでもいいでしょう。手話はあなたたち帝国の支配を受けた民には失伝しているようだけど」
ロザリア様本人は『拙い』とおっしゃっていましたがあのつま先立ちからの鋭くも優雅な動きには学生達の喝采を浴びていました。
特に氷上の遊びの日にはまるで妖精画のような優美で華麗なものを拝見しましたとも。
ロザリア様が『あの』婚約者を選んだのは氷上の舞のパートナーが他にいなかったことも大いに関係します。
「アレはいいよね。うん……。
普段黙っていてくれたらロザリア様もかわいいんだけど。
これが片付いたらスケート作ってあげようかな。
でももうすぐ春になるし足元がドロドロに」
「車輪で作るのはどうでしょう!」
機械教徒はアイデアマン揃いですね。
「いいですねフランス。高速移動のための火薬も仕込みましょうか」
「……殴るぞ小僧」
もう殴り合ってますけどね。
いくら道路が整備されてもそのような危険なものを旦那様やお嬢様がゆるすはずもなく。
しかしマリア様には思うこと多々の模様。
ありがたいことに男どもの戯言は耳にないよう。
「うーん。ロザリア様なら台車のようなものでも踊れるかしら……たしかセッチメンセキ? とかを大きくすれば安定するってフランスが前に台車をぬかるみに入れて新聞をダメにしちゃったわたしに台車の間に板を入れて教えてくれたから」
やめてくださいませ。
王立学園を騒がせた『馬なし馬車、春の峠攻めレース』騒動がまた始まってしまいます。
アレは今の世に珍しくドワーフたちが地面からワラワラ飛び出してきたり、私たちおつきも学園長直々にお叱りを受けました。もう懲り懲りです。
ングドゥ曰く、夢の世界に囚われた人々を救うにはある種のおくすりが必要なのですが、奇しくもその貴重なくすりを用いて侵入したガクガは撤退せざるを得なくなったと。
「じゃ、お嬢様をお救いできないじゃないですか!」
「そんな……私のお嬢様」
「えっショウさんとかクムさんちの赤ちゃんとかも? そんなのってないよガクガさん」
彼女は辛そうに、いえ実際辛いのでしょう。
私たちの気持ちは同じです。
「すまない。くすりが足りない。わずかならあるのだが到底必要量は満たせない。私が不甲斐ないばかりにマリカを助けられなかった」
「……侯爵令嬢はどうでもいいけど、私のお嬢様は救ってほしいわ。ちょっとそれを貸して」
涙越しにカリナが見えます。
彼女は星あかりのもと葉で包まれたあやしげなおくすりを嗅いでいます。
……彼女の指先が少し動いて、さらさらと輝く粉が星くずのように。
何故かングドゥすら手に入れることを難儀するものをカリナは容易く取り出してきて。
甘い香り。ふしぎなにをい。
「これでいいの。お嬢様のためならなんでもするわ」
彼女の様子にングドゥたちの顔つきが変わります。
「(……重要証拠を被告人自らが提出した。裁判長如何に)」
なんとなくンガッグックの表情の意味は私にもわかりました。
「……それをあなたが持っているなら、解除予定となっているロザリア嬢との接種禁止命令は正当なものになりますが、わかっていますねカリナ嬢」
カリナは無言で頷きました。
そんなこと。ありえない。
「はーい。ングドゥさいばんちょうさん」
メイは間延びした声で言い出します。
「ほうていは、まだかいていしていません。
ひこくにんをばっするためのしょうこぶっけんはけんじがわがていしゅつしなければいけないんでしょ。ショウが教えてくれたもん」
メイ。あなた難しい言葉を意味もわからないままショウがいうことだから覚えていたのですね。
「ひこくにんべんごしショウは今ここにいないからわたしが代わりにいいます。本件の証拠は……」
私も横槍を入れます。
「緊急避難です! これは必要なのです! 領主様に何かあったら巡回判事を待つまで法廷が開けません!
いいですねングドゥ! ンガッグック! ガクガ!
マリア様もフランスもカラシも! あとデンベエじいちゃんもいいよね!?」
カラシは真っ先に手をあげます。
「おミカさんの意見を尊重します」
マリア様とフランスとじいちゃんは苦笑い。
「私はうーん……個人的にうちに出入りして欲しくないかな。カリナごめん。でも私だってロザリア様のことははっきり! 嫌いだけど! それでもねぇ」
「せめて他に仕事を持ってたまに会いにくるなら……ですね。私もカリナさんには悪意はありませんがこれはちょっと……」
「まぁワシが立ち会ってもいいが……何故お主がこの薬を持っておるかと言うとな」
それは私が存じております。
カリナは太陽王国出身。
太陽王国には魔女と呼ばれる固有魔法使いの伝統があります。
カリナ自身は使えないともうしていましたが、ウルド『薬師寺』は彼女らの宿敵ウルド『泉屋』と並ぶ重要な一族だと。
それは太陽王国でも珍しい癒しの力であるとも。
親友や恋人にしか明かさない名前だとも。
おそらくロザリア様をお守りして旅をする中でカリナは家伝の固有魔法に目覚めたのでしょう。
また彼女は亡命貴族に従って育ったため本来得るべき薬学知識を身につけることなく、おつきとして育ちました。
万全に能力を使えるわけではないのでしょう。
「これでお嬢様を救ってください!
私はお嬢様に会えなくてもかまいません。
お願いします。
私のお嬢様を。
……私のお嬢様のご友人をお救いくださいませ。
私が至らないばかりににくむべき友達すら失ってしまったらお嬢様はもう……」
気丈なカリナは人前で泣き出すことはありませんが、それでもその想いは伝わってきます。
ングドゥはため息をつき。
「薬の知識は貴人のおつきであったというおまえにないであろう。ならたまたま持っていたということもあろう。デンベエおまえの仕業か」
「おう。夢見が悪いことはよくある。禁止薬物と知らんかったワイ。ちょっとここにいる全員分たまたま手に入れてしまったのは……」
ミエミエの嘘を咄嗟につくのはさすがデンベエじいちゃん、商人です。
「桁を間違えてしまったのよ!
年寄りにはよくあること。さっきまで忘れていたのですよねお祖父様!」
マリア様が割り込みます。
言を翻し話に割り込むのは彼女の得意技です。
「なぁなぁングドゥ。
後で領主様に届けてちゃんと謝るからいいじゃろ。
罰金も払う。……婿殿が」
「義祖父様あなたもですか!」
……デンベエじいちゃん。
「(デンベエたち印刷所の人々とカリナとかいうその娘は禁止薬物を取引するほど面識があるのかガクガ。おまえは女ゆえ知っていないか)」
「もちろん知り合いだンガッグック。ガ族うそつかない。カリナとデンベエたち仲良し。間違いない。私はいつもポージングブック監修のため印刷所に出入りしている。おまえもよく知ってる」
私なら左耳が動きそうなことをガクガは平然と言います。
「(そうだ。私も散々な目にあった。もの語る板は我々のカプァに触れるのに『ものを語らないからセーフセーフ)』とおまえに捕まり何時間も絵のモデルをマリアとかいうこの女に勤めさせられた。思い出したぞ。ロザリアとかいう娘はあの子供みたいなデザイナーか。少し遊んだ)」
「何言ってるんだかよくわかんないけど、蛮族ども! あんた達の絵は気合い入れて描いたわよ! 文句言われる筋合いはないわ!」
悪口と思ってかミューシャことマリア様が噛み付くとガクガは告げます。
「マリアだかミューシャ私とンガッグックと仲良し。間違いない。
だからおまえングドゥとも仲良し。
ングドゥ紙いっぱいまた仕入れる。いいな?」
これは的確にマリア様の弱みをつきました。
「……そうかもね。蛮族なんか友達にするのはあの女だけにしてほしいけど……いいわよ友達ってことにしといてやる! そのかわりあなたたちを釣書の中に混ぜるわよ!」
「勝手に新聞の記事内容に嘘を入れないでくださいミューシャ」
おそらくンガッグックの翻訳(?)をマリア様にガクガは伝えます。
地味に三部族の紙問題を持ち出し恐喝入れるところがガクガもやり手です。
さて。
なんでもこのおくすりを使うと、数日間の記憶が曖昧になり、夢現をさすらう中で複数の人間がありえない時間にありえない場所にいたことになるくらいの強力さがあるそうです。
そして目覚めても関係者はくすりをのんだ飲まないに関わらずその影響を受けるとも。
なんですかそれ。くすりと言っていいのでしょうか。
私たちはあのお城とその住民たちが夢に囚われていることを立証する手段がないまま、わけのわからないおくすりでおまつりしていただけとか避けたいこと。
「よくなる。全てよくなる。ただし戦いに勝てばだ。
夢の世界で死ねばそのままおまえたち眠ったまま衰弱して息を引き取る」
「それはゾッとせんなガクガ。ワシは夢見番をしよう」
じいちゃんが守ってくれるなら安心です。
……セクハラさえしなければ。ここは信じます。
ちょっとでも胸襟が開いていたらクソ親父に訴えてやる。
「僕は行きます。おミカさんも行きますよね」
ええ。もちろん。夢だか現実だか存じませんが。
振り返ると皆の気持ちは同じ模様です。
「では、始める」
ガクガは火を焚き、炎の中で踊り出します。
やけどはしないのでしょうか。
彼女が燃える薪を踏む音と共に星々が集まりだし。
朗々とングドゥが古代のうたをうたい。
ンガッグックがその白い歯で口弓を奏でます。
口中を共鳴器にする珍しい楽器とお嬢様がおっしゃっていました。
これが『ことばにまさるおどり』ですか。
それはこのような意味があるそうです。
「”星うたい
香り輝き
夢は現に
かわりゆく……”」




