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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
物憂う令嬢たち、ちっとも休めず

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悪役令嬢、蜃気楼につつまれる

 ーーゆめがうたうのか

 うたうからゆめなのか


 彼は歌う。戦場にて。

 カラスたちが低い唸り声でうたに返してくる。

 死体をつまみつつまだ生きている彼を睨む。



 愉快になってきた。

 適当に兜を手繰り寄せ、叩いてつつみとせんとする。音が良くない。


 なんだ首がついている。

 そう思うと笑えてきた。



 胡蝶の夢

 賢者の夢


 夢現の狭間をさすらう……。



 別に歌を歌う訓練など受けたわけではない。

 ただ、村では一番歌が上手いと言われた。


 美しい娘を抱きしめ、たまに酒を飲み、出鱈目を口にする。

 剣よりこちらの方が向いている。少年アランは知った。


 鎧を着た男が歩み寄る。

 敵かもしれないがどうでもいい。


「その首は私の友人でね。楽器代わりにするのはやめてほしい」

「失礼。手頃な場所にあったので」



 夕焼けに照らされ、彼の顔を直接見ることは叶わないが、少年兵士はその武人に好感を持った。


「お武家様。素人歌いは要りませんか」

「男娼に興味はないな」


 お互いの冗談に肩をすくめ合う。

 先ほどの無礼を返すといい鎮魂歌を歌う少年は確かに美しいが、もの悲しい。



「帝国も人もこうなると変わりませんね」

「ああ。君はバイドゥには見えんが」


 夕焼けは沈みつつあり、気の早い星が光り出す。

 どこからか焦げた臭いがする。

「帝国にだって人はいます。まぁ徴兵はないですけど多少は僕みたいな物好きはいます……で、お武家様。僕は身寄りがないのです。未来の詩人、いりませんかね」ーー



「アラン。アラン起きてくださいませ」

「アランさん起きて。スライムさんが心配しているよ」


 だめです。起きません。

 スライムさんも限りなく平べったくなっていて動きません。

 ふむふむスライムが眠るのでしょうか。確かにきのこのような形態をとることはございますがこれは興味深い……。


「マリカお母さまっ?! 今そういう事態じゃないので遠慮してくださいませ!」


「ううう。ロゼリア様が辛辣です」

「ロゼです。ローザリアとお呼びください。お母様がロゼリアおばさんからつけて下さったお名前ゆえに」


 そのような記憶はございませんが。

 いわゆるイマジナリーフレンドは幼少期の発達にて出現しますが、わたくしとロゼリア様が出会ったのは学生の頃でございます。

 そもそも彼女は亡命貴族ゆえひとところにとどまることはなかったはずなのでイマジナリーフレンドが第二人格として出現したとしても……だめです。わたくしは精神科ではないのでこの分野で語ってはいけませんね。所詮わたくしクリイガとウニイガ以外の研究は素人学問の趣味なのです。


「ロゼ、マリカ様はクリイガで目をついているのがお似合いよ。ほんと詰めが甘いのよこの方は」「ロザリアおばさまそうでした。時々リュゼお父さまにお母様はお叱りを受けています。いつ目をつぶすのかお兄様方が賭け事をしてアマーリアお姉さまにお叱りを」

 急に独り言で会話がはじまりましたので、戦慄しますが前者はわたくしの知るロザリア様です。

 この症状は初めてですね。まして複数の『兄』『姉』がいるとなるとかなり深刻といえます。



 急にロザリア様の仕草と雰囲気が変わります。


 扇の使い方、歩き方、そして周囲に対する軽蔑を隠しもしないお顔立ちは確かに卒業パーティーの時見たわたくしの知るロザリア様そのものです。


「普段はこの子が好きにしている影絵劇を見ている感じだけど、久しぶりに動けます。忌々しいこと」


 わたくしのしる彼女は常に優雅さを失わず、しかしながら土を踏むかの如き気軽さにて人の身体を蹴り鞭で打擲し氷のように他人のこころを苛むのです。


「あの薬師もおあそび伏しているもよう。この城は無能しかいないのでしょう。我がことでなくば愉快です」


「ロザリア様。いかにして存じましたかまるで見てきたかのように」


 ビグリム先生は診療室でしょうか。

「あら。成り上がりの犬畜生の子が吠えて誠に愛らしき」

 ちなみに学生時代だとこれくらいでマリア様が……いえこれ以上はいくら絶縁したとはいえ彼の方の名誉に関わります。


 ーー先生もうだめだ。痛いんだ……。

 くるしい……たのむ……。

 先生もうくすりがありません。


「足がいたい……痛いんだ……」

「しっかりしろ。もうおまえには脚はないんだ」



 ……あしがある。

 くすりがとどいた。

 また戦える。

 おいみんな歌え笑え故郷にかえるぞーー



「ジャンおじちゃーん! ミリオーン!」「無能どもの執事や童ひとり起きていても意味がないでしょう」


 ーーここは。

 奥様。旦那様。

 あああお嬢様おひさしゅう。

 ミリオン様。やはり生きていらっしゃいましたね。

 俺は、爺はーー


 ーーなんだこれ。

 うーん。なんでぼく怪我してるんだこれ。

 ……死ぬなこれ。

 あいつ思ったよりクソつよかった。


 ボビィ……ロベルタは無事かな。


 あれ。普段の夢ならサフランが来るんだけど。


 ぷかぷかしてる。これ死ぬぞ。せせらぎで死ぬとかまじありえない。


 ……うわ。まじか。息子がくるとか。何百年ぶりだよ。うんうんまあ泣かなくていいけど……うーんどうしようこれ絶対ーー


 ーー「この極道息子がぁ!」「いつもいつも心配かけてこの子は……平民になると言い出して庭師なぞに。代々続く我が主家の」

「まぁまぁ父上母上。この極道息子、あなたの六男の出世ぷりに嫉妬する気はわかります。ええ。しかしまぁ見ていてください。必ず出世し宰相さまの庭を完成させて……わたくしは貴族を捨てましたが父上はいずれ領地貴族になるでしょう。さすれば兄上も姉上も安泰だ。わたくしはまだまだやります。わたくしには才能と知恵と野心と若さがありますゆえ……本当に本当に、父上母上……もっと叱ってください。もっと元気なお姿をわたくしに見せてください。わたくしはそのために生きてきたのだと知ったのです」ーー



 ーー「いいのかい」

「いいわけないでしょ。私この飛行機で世界を旅する気だった。海を飛び越えて知らない大陸を見つけて平和な世の中で」


「そうか。これで設計図も機体も全部だ」


 火は大きくなる。

 紙が高く焦げて空を舞い、空にかかる虹と彼女が呼んだ飛行機たちは地にて瓦礫と化していく。


「条約なんてクソ喰らえよ……ねえあなた。空賊になる気はないかしら」


「は? 君は空賊を軽蔑していたと思ったが」

「辺境でやり直そ。帝国も王国もないところで……この子のために」


「えっ? えっ? まじ?!」

「ふふふ。答えてあげない。知りたければ空を飛んてでも追いかけてこなければ私は捕まえることなんてできないわよ」ーー



「これはあやしき。これは李白リーバイが触れ蘇軾スーシーが語ったという蜃気かえ」

「こんなに目の前で蜃気楼なぞ見えないわ。それにやまととかいう異世界の話なぞ参考にもなりません」


 ものがたりというものはえぞらごとゆえ、狼狽を抑える余裕をわたくしにあたえてくれます。

 わたくしが倒れ伏すことなくこの状況をみているのはそれゆえに。


「これは」


 天女の羽衣を思わせる透明な魚がわたくしたちの頭上をふわりふわり優雅に飛んでいます。



 時既に春とも秋とも判別つかぬ今。

 花は咲き乱れ星は歌い太陽めぐり。

 花が咲いて枯れ咲き季節を問わず。


 妖精は花々の隙間で踊り蟲共蠢き。


「何これ幻かえ。忌々しい」

「美しいですが、歓迎できる状況では無さそうですねロザリア様」


 ーー「チェルシー。一緒に逃げよう。国境線で式をあげるんだ」

「えっ。私ほら。遠縁にドワーフがいるのよ。ちっこいし子供みたいだし」ーー


 ーー「今日からバーナードと名乗りなさい」


 美しい少年を引き連れた武人はけして大柄ではない。しかしその背中の頼もしさ。


「はいわたくしはあなたをどこまでも追いかけていきたく思います。紋章学の知識と剣と乗り物の腕には自信があり」ーー


 ーー「ここは? おやこれは珍しい。『はなみずきの辞書』ですね。こちらは……おお。『ゆうたまぐさの詩』


 人々が褒めそやす中を若き賢者は進む。

 もう辺境で燻ることもない。

 今から美しい少女を娶る。そして。ーー



 城のものはひとりとて動いていないようです。

 いえ、『うたうしま』城自身が機能を停止しております。

 先ほどからお城さんに呼びかけても返事がありませんから。



 これは。


 美しい少女に幼い少年。

 貴婦人に貴公子。

 悪趣味な生物を魔導で変えた帽子。

 複雑怪奇なドレスにスーツ。

 そして規格品のアクセサリー。


 楽師たちはえもしれぬ曲奏で、奴隷の乙女たちは花を空に投げ奴隷の青年たちは火吹きや剣呑みを披露して。


「魔導帝国の夢……」

「つまらないわ。早くいきましょう」


 ロザリア様はわたくしの手袋の端をハンカチ越しにつまむと引きます。



 魔導帝国の貴族たちが語り歌い踊り余興の花火が輝くそばをわたくしたちむすめふたりは通り抜け。


 空で戯れる魚。

 海をゆく小鳥。

 跳ねて踊る卵。

 うたいだす鏡。


「お城が、眠っています……」

「城のくせに過去の幸せに浸るなんてずいぶんですこと。つとめをはたせぬならば崩れ去れば良い」



 わたくしどもの頭上では白い衣服をまとったうつくしい女性と歳下と思しき少年が手を取り踊りあっています。

 ふだんは白い影のような方々なのに。



「◯◯様……楽しいです」

「そうか。久しぶりのダンスだからな◯◯◯◯◯。

 俺は戸惑っているんだ。幽霊なら足を踏まずに済むのだが」


「あら、御冗談ですことロ◯様」

「ソ◯◯◯◯、それにダンスは空でやるものじゃない」


 時代異なるはずの彼ら彼女らは美しいダンスを楽しみ、地上にいる魔導帝国貴族や奴隷たちから喝采を受けています。


「もののけどものくせにいやしき」

 ロザリア様はわたくしの手を引き通り過ぎ。


「カリナ。カリナはおるかえ……愚図め」


「ロージィ。どうした。今日は何かあったのかい」

「ロージィ。かわいいロージィ」


 伯爵様。伯爵夫人。おひさしゅう。

 カーテンシーをするわたくしに彼らは優しげに微笑みます。


「ロージィ。もう少し近うよれ」

「わたくしのかわいいロージィ」


「……ありえない」

 握る扇子が震え広げるのもおぼつかない彼女にわたくしも気付きました。


 温和な伯爵様。慈愛深い伯爵夫人はこの世にはもういないはずなのです。



「近づかないでもののけ!」


 逃げようとする彼女を悲しそうに眺めていらっしゃるおふたり。

「ロージィ。母にその顔を見せてください。かわいいわたくしの娘」



 今城にいるものは悉く幸せな夢に囚われ眠りこけています。


「ロザリア様」

「やっと来たわね愚図ども。今日だけは褒めてあげるわ」


 ロザリア様おつきのカリナ。

 そして騎士や従卒たち。


「ロザリア様。この方たちはこの世のものでは」

「……ぞんじております。でもカリナだけはいませんね」「ロザリアおばさましっかりしてください。伯爵様も奥様も安らぎの地に旅立っていらっしゃるのですよ」



 独りで会話を成立させるロザリア様とわたくしは城の中を歩みます。


「行くのか」「行かないで」「頑張ってください我らのお嬢様」

「……父上、母上。みなのもの……ありがとう。生きている時に言いたかったわ」



 コカトリスたちが優雅に空を飛び、猫又たちは子猫として親猫に甘えて。


 メイは母親と思しき美しい方と楽しそうに買い物をしています。人形の服を買い揃え宝飾品を母親と比べ合い鞠つきを楽しみ。


 わたくしたちはいつぞやか人々の夢の中を歩んでいるようです。

 わたくしが胡蝶か胡蝶がわたくしか。これは荘子のものがたりかえ。



「リュゼ様はいずこ」

「お父さまは執務室にいらっしゃるかと」

 こちらはロゼのほうですね。



「みんな幸せそうです」

「……置いていくわよ愚図」

 こちらは違いなくロザリア様です。


「ロザリア様」

「話しかけるな成り上がり」



「あれを」


 わたくしは震えるゆびさきを向けます。

 コリス様がいます。王太子殿下がそばにいます。

 そして殿下のお友達たちが揃っており。


 彼だけがいません。



「……農夫の娘に心奪われた愚か者に興味はないわ」

「ロザリア。それは誤解だ。私は義務ではなく君を愛している。子爵令嬢のおかしな絵を擁護した時も僕は味方しただろう」


 それはまちがいです。ろざりあさま。

 かれはかのえを……かのえを……。



「お嬢様、ほらお足元にお気をつけて」

 ミカ、あなたここには入れぬきまり。

「お嬢様おめでとうございます」

 カラシくん。わざわざ来てくださり。


 学園長はふみを読みます。

「総代はマリカ・ムラカミ」


 コリス様が歓喜の声をあげて手を叩きわたくしに踊りあがるようにお声をかけてきます。

 人々のお褒めの言葉と絶えぬ拍手の中をわたくしは歩みます。

 証書を手に取り、ミカに預けて改めて礼をして。



「踊ろうマリカ」

  殿下……。


 彼の指先にわたくしはゆっくりと己の手を。



 ちがう。

「しっかりしてお母様」

 違う。

「愚図。戻ってきなさい」

 ちがいます。


「どうしたロザリア。ほんとうに君はへそ曲がりで……愛らしい」

「近づかないで。けだものを愛するものはけだも……いや。カリナきてはやく」「おばさま負けないで」



 どこかでロザリア様のお声がしますが虚で。


 手を引きこうべをふるわたくしに彼はあくまで優しく。

「マリカ。主役が踊らなくてどうする。皆待っている」


 あの方はどこですか。

 わたくしの背は。


「早く」

「踊りましょう」「ねえねえ」「マリカ様はやく」

 王太子の手がわたくしの手を取ろうとします。

 皆の者が楽しそうに囃し立てます。



「聞け皆の者。私はスタン。学友の皆はもう存じているかもだが卒業すればただのスタンではなく王太子に戻る」

「知ってました〜〜!」「バレバレでーす!」

「コリスちゃんは知らなかったんですよねー」「もうみんなの意地悪!」


 このようなことは起きていません。


「まだ父の赦しを受けておらぬゆえなんとも言えないが……こら皆笑うな。ははは。全くマリカにも無礼ぞ。私たちは正しく式を上げようと思うのだ。皆、祝福してくれるな」


 人々の拍手が鳴り止まぬ中、狼狽するわたくしを意に介さず彼はわたくしの背に手を触れ。


「王子、サプライズすぎて文官たちが目を回しますよ」「武官だって困ります」「でも幸せならオッケーです」「あはは。王子らしい」


 口の中が渇き、こえがでません。

 王子はわたくしの手を取り、ゆっくりと引き寄せていきます。

 やさしくわたくしをだきよせ、くちびるを。


 だめ。

 たすけて。

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