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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
物憂う令嬢たち、ちっとも休めず

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33/66

悪役令嬢、夢の城に招かれる

 「奥様、此処が私の城です」

 おどけた様子で庭師クムは扉を開けます。

「まあ、ウチのことはカーチャンが城主ですから、あっしは王配おうはいってやつでさ。その証拠にいつもやり込められる」

「あんたふざけすぎだよ」


 クムの妻サフラン様は大きな胸を張って楽しそうです。


 頭の上から花びらや紙切れが。

 子供達が一斉に拍手します。


「おくさまにけーれー!」

 セルクたちの真似をして覚えたのでしょう。ぎこちなく敬礼する子供たちが愛らしいです。


 大騒ぎの中、身重のサフラン様はよろよろ動き。

「まあ引越ししたはいいけど子供達が散らかすからなかなか片付かないけどね。ちょっとどけるから……よいしょっ! と……」

 身重の身にそのようなことは。

 わたくしが手伝おうとしても彼女は手のひらをひらひら。


 埃と思いしものは薬草の葉。

 塵と思しきものは薬湯の菜。

 くつくつ煮えるふしぎな鍋。

 せかせか走り駆ける童たち。


「奥様だー!」

 一斉に飛びかかってくるのはまさにいにしえの餓鬼族か犬頭鬼が如し。


「こらっ! ピン! シャン! ダン!」

 男童というものは遠慮がありません。

 上から12歳、10歳、8歳です。

「きれい」「おくさまだー」「だー」「いー」『はむむ」

 上からマリー11歳、ミルキィ9歳、セリリ7歳、少し離れてジョゼ=カリン1歳。これがクムの子どもたちになります。そしてもうすぐ生まれる命も。


『ぴんしゃんだん665544

 まみせじょかりんのみ110907、5とび3なし01』


 戯れ歌で覚えていますが壮観ですね。


「ああもうとーちゃんと遊んできな、全く奥様になんてことを」

「あそんでー」「あそんでー」

 実は異性であるピンやダンの方がある程度距離を取るのかもしれません。女の子たちはミカやメイとよく遊んでいますから。

 ミカたちに言わせると男の子たちとミルキィは時々悪戯が酷くて困るそうですが。

 マリーは例外的におとなしいのですがおしゃまな子の例に漏れずおしゃれ大好きだそうで、時々化粧道具に悪戯をするとのこと。


「全く……騒がしいだろ。片付けても片付けても散らかしてもう。さっき片付けたのに今度は花びらだらけで」

「あら。素晴らしいセレモニーをいただきました。お招きありがとうございます城主様」

 わたくしのカーテンシーより彼女のそれの方が行き届いて見えます。農夫のおかみさんのようなエプロンとスカート姿なのに隠しきれない気品を感じます。



 庭師クムの正体は明白です。


 隣国は太陽王国の絶頂期『太陽の君』時代に、宰相が王を出来たばかりの庭で心を込めてもてなし、結果反逆の疑いをかけられた事件の発端となった設計者『スィッタ・クルアーン』に違いありません。彼は建築期間30年にわたる壮大な運河とダム、上下水道の基本設計をも成しました。現在の太陽王国において水利に困ることがないのは『本来ならば』彼の功績です。


 もともとは領地を持たぬ下級貴族の6男でしたがその類稀なる数学と絵画の才能を活かせる庭師に自ら身を落とし出世した男以外にあり得ません。


 彼の治水技術や視覚効果に対する洞察は軍事技術としても通用するものです。


 時々わたくしをとどめて、やまとの庭の作り方やそれに伴う宗教思想を聞いたり借景技術について長々と質問するのは彼の趣味でしょうけど。


 異国のクルアーンとかいう書にちなんだ啓示の一族。


 大陸中央部で栄えたというスカラーことスガワラ、太陽王国の祖マーリックと共に学問の覚えめでたい一族です。



 そして何より隠す気のないサフラン姫。


 その太った姿は別件資料にあった昔の可憐さと無縁ですが、面立ちにそして振る舞いのあちこちに高貴なる父『太陽の君』の肖像画でみた特徴があります。


 末端法服貴族の位を捨てて庭師になり、成り上がった末に愛する未来の幼妻と命懸けの逃避行。

 名前を変えて王国の守りを固めるものに仕えるとは絵物語にしても出来過ぎておりますが、間違いないでしょう。



「本日は御招きに預かりまして」


「あー。堅苦しくしないでくれ。そういうのはあたしゃ苦手でね。無知なだけにムチは嫌いってね」

「やっぱりひどかったですか」


「奥様もですかい」


 ディーヌ侯爵夫人はムラカミ侯爵家森番のアップルが本気で嫌う程度には……でしたから。



「こんにちは。サフラン様」

 今日は連れがいるのです。


「はじめまして。ロゼリア様」

 ひざまづこうとするサフラン様をロゼリア様は止めます。

「王家のすえ姫さまに膝をつかせるほど傲慢ではありません。今日はお母様ときました。『相変わらず』サフラン様はお城を綺麗にしていますね」

 わたくしの知るロゼリア様とは違いますね。

 なのでこちらの時は通称ロゼです。マリア様がつけました。別名ローザリアです。

「いえ、本家はあなた様ですので」

 サフラン様もも譲りませんね。


 大きなほうきに謎めいた薬。

 甘い薬湯の香りにどこからか聞こえる快い音。

 おそらくアランの歌ではございません。

 見るとやかんのようなものが蠢き、鉄琴が動き笛がねじまきでやさしい音がなっています。

 太陽王国のからくり仕掛けでしょう。



 太陽王国王家は音楽や芸術に才を発揮した分家が王家になった例ですが、本家筋は学者の一族と伺います。

 マーリックの祖先は『星をおうもの』なる冒険者たちに協力した『ジョセフィーヌ・カリーナ・マーリック』通称カリンの冒険譚が伝わっていますが彼女は資金と学と樂の冴え鋭く。


 おそれをしらず愛らしく無邪気であらくれ冒険者たちを振り回す彼女の冒険は貴族の幼い娘には人気のものがたりです。


「んー。ロゼリアおばさまも存じていますが結構肝心なところで学者としてポカやって知っておくべきことを知らないとか、楽器や歌でも失敗したとか、大いに足を引っ張っていたと書いていたけど」

「本家にもあるのですね。南洋諸島の姫シーナ様と折り合いが悪かったというか、その……」

 どうしてわたくしの方を見るのでしょうか。

 サフラン様。何故さもありなんというかのようにため息を。


「大丈夫です。お母様はジョセフィーヌ様ほど楽才はございませんし」

「まぁ……カリン様ことジョセフィーヌ様とは違うね奥様は。変なことに次々興味を持つけどジョセフィーヌ様は聖アクアマリン様に懸想されての大冒険でしたからね。名前が大仰だからとシーナ姫と聖アクアマリン様がおっしゃってカリンと呼ばれたとか」


『あっ!』


 二人がわたくしを見ています。


 なぜでしょう。

 二人がいにしえの人物に同類を見出した気がします。


 今思えばジョゼ=カリンはジョセフィーヌ様にちなんだお名前なのですね。


「結論としては……奥様の言う通りだね。いわゆる二重人格ってやつは物語の中だけでね。本来はこう……もっと不安定だと思う。あたしゃピグリム様じゃないから知らないけどね」

「ご明察ワザマエでございます。サフラン様」

 物腰は幼く愛らしくてもロゼはわたくしと同い年で、本来魅力的な娘です。ロゼリア様本来の御心掛けには多少の問題はございますけど。


「つまり、ロゼのこの状態はおくすりとは関係ないとおっしゃっているのでしょうか」

「知らないよ。魔女だったのは私の母ちゃんさ。正確には乳母でね。彼女の夫が庭師。私は二人の実の子供として育ったんだ。魔女メイハと庭師のニューワって言ってね。いい親だった。10歳くらいの時に急に実はお前は太陽王の末娘だとか言われて……まぁ色々さ」


 少なくともロゼリア様の退行はこころの病でも魔女が操る固有魔法ではないと。

 振り出しに戻りました。



「ロゼさん」

「はい。マリー様」

 ロゼが真面目に返答するのでマリーは耳まで赤くなってしまいました。


「いやです。お姫様みたいな人に言われて恥ずかしいです」

「いえ、あなたは立派なレディです」

 小さな花の香りを手に少女はロゼと戯れています。


「もっとおしゃれを教えてください」

「構いませんよ。でも最新流行とは限りません」


 クムと庭仕事の手伝いをしながら遊んでいたはずの娘が抜け出してきたのを見て目を細めていたサフラン様は「……何も教えていないのに、不思議だね」とおっしゃいます。


「奥様。私はもう姫様とか呼ばれたくないんだ。子供達が王家の人間とか言われるのも困る。わかるね」

「……はい」


「今後は庭師クムとサフラン。わかるね」

「仰せのままに」


 彼女はおどけて「ああ、でも愛称として皆が『サフランさん』『サフランさま』『おっかさん』と言うからそれに倣うっていうなら構わないよ」

「ではそのように」


 久しぶりに楽しい時を過ごしました。

 サフラン様はロゼリア様を抱きしめ『いつでも来てください』とおっしゃっていました。


 子供たちは……楽しいものですね。

 太陽王国の姫君は黄金より良き宝を辺境にて手に入れたのでしょう。



 ………。

 はて。ひとのけはいがしません。

 本来なら蠢くはずのスライムさんやけもののこえも。


「母様お気をつけて」

「ロゼ。わたくしの手を握っていてください」



 彼女の手は白魚のように細く綺麗ですが、印刷所に住んでいるだけあり多少のざらつきがあります。

 それがかえってもののけの気配からうつつに戻してくれます。


「リュゼ様」

「お父さま」



 ーー少年は黄金の光の中をかける。

 みどりの庭に朝露ひかり、四阿の中にてお菓子と茶を楽しむ二人の姿が見える。


「ちちうえ! ははうえ! 会いたかった!」


 勇者との勇名に反した甘い優しい顔立ちのまだ少年と言って良い人物は彼を抱く。

 母はまだ若く決して美しいとは言えないが愛嬌があって明るい。

 その二人の顔をわからない。彼は知らない。



 幸せです父上。母上ーー



「セルク、セルクは何処や」

「セルクさんどこですか」



 ーーまたやっちゃったな。

 少年は拗ねてしまい、割れた皿を蹴飛ばす。

 僕には向いてないよ。父さんは才能っていうのを知らないんだ。


 あのクソうるさい親父の困り顔を思い出すと笑えてくる。

 そうだ。ものを壊すのは得意なんだし剣を学ぶのはどうだろう。執事の息子が剣士というのも皮肉が効いていていいじゃないか。早速適当な心張棒しんばりぼうで始めようと思う。

 朝に振る。夜に振る。剣術や武術や兵法の本を盗み読む。

 やがて自分には言うほど才能がないと知る。部下となった子供たちの方が強いと知る。


 だけど、これでいい。

 二人は文句を言いつつ僕を認めてくれている。

 ならやるしかないじゃないか。この二人が死んだりしないように。

 旦那様はおそらく自分の子供に跡を継がせる気はない。そのようにしたら海賊たちも三部族も黙っていない。

 こらネズミになって逃げるな。

 遊ぶな。もう二人とも甘えるな。訓練サボるな。

 僕はお前らのにいちゃんじゃないぞーー



「ライム……」

「……ポールさん、ねてるね。落書きしていいお母様」


「よしなに」

「やった」



 叩いてもゆすっても起きないのは困りました。

 兵士が三人とも動かないならこの城には守りなどありません。


 リュゼ様は何処や。

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