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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
物憂う令嬢たち、ちっとも休めず

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ミカ、よからぬ企みに巻き込まれる【一日目午睡時】

「ミカ。ミカなの」


 私はその声を覚えています。

 儚くなった親友の。


 まだこの季節では嗅ぐことのない花畑の香りと共に。



 栗色にもプラチナブロンドにも見える御髪みぐし

 切れ長の瞳に細くもはっきりとした眉。

 氷像を思わせる無表情は年齢以上に大人びていて。

 豊かなれど上品に整った胸まわりに細くもしっかりした腰回り。その下にある長い脚をかえって際立たせるロングスカートの女性を。


「カリナ……!」


 お嬢様は、フェイロンはまた嘘をついていらっしゃったのですね。

 でも、これは嬉しいこと。


「ミカ。服が汚れる。まわりが見ている。

 泣くなまでは言わないけど私たちのような身分のものが目立つのはどうかしら」


 わたくしはメイと目が合いました。

 群青の髪の少女は串焼きを取り落とし。


「だれ『それ』」

「ミカが言いましたがカリナというようです」


 あれ。

 私の疑問は、そしてお嬢様に報告しようとしていたことへの思いはメイの嫉妬による勘気(ジェラシー)に吹き飛ばされました。


「ミカちゃんからはなれろー!」

「……なにこの薄汚い娘は。ミカ。前は奴隷に目をかけて今度はこじきなの。相変わらず慈悲深いこと」


 カリナが一見無礼なのは前からです。

 そして怒ってもスカートを引くのは反則ですメイ。



「カリナ。妹分を。『カナエを悪くいうのはよして』と最初に言いました」

「あら、その子はカナエなの? カナエはもう少し粗忽だけど可愛らしかったわ。カナエが奴隷ならそいつは薄汚い泥棒猫がいいところね」


 そういう意味でカナエを出したのではなく、妹分を侮辱するのはやめてほしいと申しております。


 カリナはもともとはどこかの騎士の娘だったらしく、必要以上に気位きぐらいが高く同僚との軋轢が多かったのです。


 でも私は彼女がとても孤独で同僚たちを陰ながら気遣いそして実際能力も高く何より敬愛するロザリア様への忠義揺らぐことなきことをよく知っています。


 でも、侮辱されたメイには関係ないことです。

「一銭焼きでもたべてろこの◯◯◯◯ッ!」


 ソースの匂いをたくさんつけたカリナ。

 やっとおとなしくなってせっかくのおしゃれが台無しになったメイ。

 そして三度頭を下げて屋台の女将さんに帝国銀を支払う私でした。



「……へぇ。ミカちゃんのお友達なんだこのおばさん」

「オバッ?!」


 的確にメイは相手の気にしているところをつきますね。さすが下町育ちです。

 先ほどの伏字といい、なかなかの口喧嘩上手です。


「私は19歳ですよ」

「なんだおばさんじゃん」


 ソースまみれのカリナはその匂いを私に近づけて。


「どぶ猫はしっかり飼いなさい。ミカ」

「その子はメイで、私の当地でできた……」


 いいかけて、私はメイの手を握ります。

 しっかり軟膏でパックはしましたがひび割れの残るメイの手を。

 そして彼女と共にあるべく慣れぬ洗濯や調理に付き合っていた私の手を。



 カリナはわたくしの指先とメイの手をしばらく見ていました。

 メイクで隠していますがメイの腕にはあちこち火箸で傷つけられた痕があります。

 そのゆびさきには隠しきれないひび割れや霜焼けもあります。



「……わかったミカ。

 ごめん。謝るわ。ちび猫」

「猫ってどっちかというとミカちゃんの方が似てる。わたし猫っぽくないもん」

 なんですって。メイ。覚えていらっしゃい。


「じゃカピバラ?」

「なにそれ知らない」

 豚鼠ですね。愛らしいのみならず毛皮のみならず食用に使えるそうですが。


「いいわ。アルパカに格上げしてあげる」

「だからなんなのそれ」


 どうも彼女は教養を鼻にかけたところがあります。

 アルパカとはその毛に大金の価値があるラクダに似た生き物で、貴族の娘にとってアルパカのドレスや毛織物は一般的な嫁入り道具として防寒具として重宝されます。



「臭い唾を吐くところなんてそっくりよ」

「なんなのこの人。ミカちゃんからなんか言って! わたし最近歯を磨いて濯いでいるもん!」

「ウゲゲゲ!」


 憤慨するメイのリュックにつけた人形が一緒に抗議するのをみてカリナの顔がちょっと青ざめました。

 カリナはこういうホラー系のものは嫌いなのです。


「信じられないでしょうけど、カリナはメイを可愛いと言っているのですよ」


 私なんてハダカデバネズミとかですよ。

 ホシハナモグラだったこともあります。


 主従揃って性格に問題ありです。

 そういえばロザリア様も儚くなったと伺っていますが、カリナが生きている以上彼女も生きていそうですね。


 カリナはロザリア様が儚くなったら後追いすら辞さないでしょうから。



「全く酷い目に遭ったわ」

「あんたのせいじゃない。わたしわるくないもん」


 温泉の湯は肌には良くても髪にはいまいちです。

 カリナが服のシミを抜く手際には相変わらずの腕前を感じます。


「ほら、メイもこっちに来なさい。もうこんなに汚して」

「てへへ。もっとやって」



 カリナは今までの彼女ではなかった行動ですが足湯に脚をつけて膝丈までスカートをたくし上げています。

 私たちも足湯に浸かりながらお互いの服の泥を払ってシミを抜きあいます。

 一応メイだってメイドです。地方領主のメイドなので私たち貴婦人のお側を務めるだけのものより一通りできるかもしれません。……将来的には。


「ほら、ほっぺに汚れついているわドブネズミ」

「はい。そらとびおうごんばったのおばさん」



「なにそれ」

 カリナは太陽王国出身なので当地の魔物じみた生き物には詳しくないのです。

 反してメイは先日私がお嬢様と旦那様から頂いた図鑑カードを受け取りました。

 深夜まで『なんてよむのー』『もっと詳しく教えてー』を連発されて私もショウも城中のものも困りましたが。

 あのような事件がなくば私はお嬢様にもっと素直に感謝の意を示すことができたのに。

 いえお嬢様のせいではありません。


「えー。しらないのー。へー。こじきよりあたまわるいね」

「あなた自身存じているでしょう。好んで物乞いになる酔狂者はほとんどいません。また物乞いが頭が悪いという論理は簡単に反証できます。メイやめなさい」

「このカピバラ」


「ヒュエー!」


 奇しくもカピバラはかように鳴きます。

 カリナはメイの挑発がツボにハマったようで苦しそうです。


 彼女は主人から『鉄面皮』だの『なにを考えているかわからない』と人前で打擲されますが、本当は笑上戸なのです。

 もっとも私にはわかりますがメイにはさとれぬこと。


 まぁだからこそ私が『こいつ、お嬢様のご学友のおつきでなかったら相手しない』と思ったところを帝国奴隷出身で人の感情を察するのが上手いカナエがとりなしたわけでして。

 カナエに引っ張られて私共もずるずる仲良しに。


「カナエ? 生きているわ。あわせてあげる。でも今日じゃない」

「本当ですか! カナエ……よかった……」


「ミカちゃん、そいつから離れて」


 べちべち後ろからメイに叩かれてしまいました。



「カナエって人が、ミカちゃんの妹なの」


 正確にはデンベエじいちゃんが買ってきた帝国奴隷『K.(ed) No.a36947Bf. D.C.P.E.I:25/10/145 I.G.D.P:25/10/115』ですが、クソ親父の計らいで養女になり数年の見習いを経て主家と懇意にしている子爵家のおつきにしたのです。



「クソ親父……父が養女に迎えたので義理の妹というか、親友ですね。明るくて優しくて、ちょっと粗忽ですがいい子です」

「ダメな子とか、役立たずを少しまともに言い換えるとそうなるわ。メイはそうならないことを祈ってあげる」


 もちろん嫌味でカリナは口に出しましたが、メイは意外にも素直に受け止めました。


「うん。私最近いつもがんばってるもん」


 カリナは戸惑い気味に、やや「なにこいつ」と言いたげに私を見ます。

 ちなみに、メイの手によりカリナの口に海串焼きが三本突き込まれました。『甘さ3割り増し! バージョンアップ!』のタレが香ばしいですね。


 喉をついたらどうするのよとカリナはぼやきつつ意外にも庶民向けの食べ物を口にします。

 前は吐き出していたのに。彼女も苦労したのでしょう。



「美味しいわ」

「でしょ。やまくしは私きらいなの。だってパイちゃんと同じコカトリス肉だもん」



 私、パイやシロやコマが押しかけてくるまで食べていました。だって美味しいですもの。ごめんなさい三羽とも。



「パイ? そのコカトリス?」

「だよっ! おともだち!」


 おひさまの匂いをする羽毛にほおを当ててメイは言いましたが、カリナはドン引きしています。


「えっ。あなた魔物と仲良しなの」

「えっ。スライムさんもいるよ」


 ひょこっとメイの小さなリュックからまんまるのスライムの分体が飛び出てきてカリナは「ひっ」と悲鳴を出しかけました。


 まぁ、普通の人はそうですね。

 私も大概この地の常識に染まりつつあります。


「我もいるぞ」「ですよね」


 ポチ。タマ。猫は黙っていなさい。

 カリナが驚いて心臓麻痺を起こします。


 というよりお嬢様が魔物に好かれすぎるのです。

 そういえばあらゆる生き物に好かれますね。


 主家に仕えるデザイナーのアンと森番のアップルが薦めてくれたピートとかいう御者を除けば二人きりの冒険の時もお嬢様は馬たちにもとても懐かれていました。



 小さなスライムの分体が私のポケットからも飛び出てきたのでカリナは「ミカまで魔物と一緒にいるの。汚らわしい」とか言い出します。


 ……色々怖い目には遭いましたが、スライムはメイと家事をしているときよく手伝ってくれます。


 街中の御用向きで馬が苦手な私を乗せてくれるのもコカトリスたちです。

「友人と一緒にいるものたちが汚らわしいかどうか、自分の目で確かめてください」

 スライムはたちまち残りのシミや汚れをとってくれました。メイドには頼れる仲間ですね。そろそろお嬢様のように『スライムさん』と呼べる日が来るかもしれません。



「……ありがとう」

「ぷるん!」



 カリナは意外と柔軟なところがあります。

 水を使わず綺麗になった自分の服を見て素直にお礼を言いました。


 そうでなくば勘気の強いロザリア様のおつきを長年勤めはしません。


「前に初代国王言行録に手沢された、男二人が粘液に包まれてぐちゃんぐちゅんにされる悪趣味な物語をミカに読まされて気持ち悪かったけれども綺麗にシミだけを食べるのね」


「あれは名作でしょう」

「ごめん、たぶんカリナの言う方が正しいと思う。スライムさんにしつれいだもん」

「ぷるん」


 そういえばスライムはアランが他の女の子に色目を使っている時を除いてひとを飲み込んだりしていませんね。


「ふむふむ。手の上に乗せても表面張力を維持しているのかしら。それとも複数の生き物が連携してさまざまな組織や内臓の役割を果たしてこの姿をとるのかしら。巨大な単細胞生物としては核がないからたぶんナメクジやウミウシみたいな生き物かも」

「ミカちゃん。お嬢様の同類だこのひと」


 そう言われるとカリナは顔には出しませんが嫌そうです。


「愛しい私のお嬢様や子爵家のマリア様を巻き込み、王太子様の主催ということで馬なし馬車で峠攻めレースを駆け抜けたり、担当教授をリコールしたりする実に奇特な成り上がりの、もといかつて王妃となるために教育を受けたような高貴な方と私のような下賎なものとでは住む世界が違います」

「さらっとすっごい悪口言うけど、お嬢様はいい人だもん」

「ついでに言うと私のお嬢様です。お互いのお嬢様の悪口は言わない約定でしたよね」


 私の抗議を受けて彼女は「そうでした」とぼやきます。

 しかし、メイは意外にもカリナの言うことも支持しました。



「お嬢様ってがっこうでそんなことしてたの。おうじさまたいへんだったんじゃない。お嬢様が変なことをいくらしても旦那様はすごく楽しんでいるけど、普通の人は絶対許さないよ。口答えするなって言ってなぐるもん」

「そういえば旦那様は意外にもお嬢様と口喧嘩で負けないですね。それもおふたりとも『わからないようなので教えて差し上げますわ。今から口喧嘩です』『ほう面白い』といつも楽しんでおいでですし」


 そしておふたりとも部下や家臣を打擲したり罪人を縛り拷問したりすることを心底嫌っておいでです。



『尋問で答えないことは拷問でも答えない。答えても苦し紛れの嘘を聞かされる。証拠としては認めない』



 そのように申される旦那様とあのクソどもは格が違いますが、あのクソ……もとい王太子殿下はお歳を考えれば婚約者がお嬢様だと困るかもしれませんね。


 そう考えてしまうとクソどもにも一定の同情の余地が。いえ、ないです。ありえない。


 私、マリア様とロザリア様の裏切りにすら未だ身分ひくきものとしては口に出さない思いを抱いておりますから。



 ぽよんとカリナは小さなスライムを投げます。


 私はそれを易々キャッチします。

 拳サイズのスライムはなかなか楽しい子供たちの遊び相手です。



「重心は悪くない。ふむ」

「スライムさん、あちこちに跳ねるからまりつきすると面白いよ」


 メイが何を思ったのか花屋さんから花を買います。


 当地は妙に三部族の花屋が多かったりします。品質も飛び抜けています。


 パ族らしい白い肌と白い髪の小柄な女性は『仲直りの花だよ』と言って、変わった草を添えて可憐な花びらがたっぷりついた花束を作ってくれました。


 ほいほいとメイがリュックのそばで花粉を飛ばすと手毬くらいの大きさのスライムの分体が出てきてそれをパクリと。


 ……たべちゃった?!



 振り返るとパ族女性は怒り出す様子なく楽しそうにしています。

 花々を封じたスライムの鞠は硝子細工のよう。

 それをメイは高々と蹴り上げ。

 そして手でつきあるいは腕の上を跳ねさせて遊び出しました。



「“香島嶺の机の島の小螺しただみ

 い拾ひ持ち来て 石以ち突き破り

 早川に洗ひ濯ぎ 辛塩にこごと揉み

 高杯に盛り 机に立てて

 母に奉りつや 愛ず児(めずこ)刀自とじ

 父に奉りつや 愛ず児の刀自”」



 メイはやまとのマンヨウシュウの一つに当地風の節をつけて歌いながら手毬をつきます。時々脚の下を潜らせあるいは手首を転がせ膝で跳ねさせ反対の手に取ったり、首まで転がせ反対の手に取ります。そして自然に動きを繋げてまた鞠をつくのです。


「素晴らしいワザマエ」


 カリナは素直に手を叩きます。

 そしてメイはスカートで覆って隠してフィニュ。


 おおっ! 皆が拍手をしようとするのをメイはバッ!と手で封じて「ちっち」と口で言います。


 どうも三部族のようにうまく指を鳴らせないらしく、いちいち可愛いです。


 スカートに隠されたまま手品のように滑り出すが早いか、後ろ脚の踵で高く軽く蹴られたスライムは青空へと舞い、メイは背を伸ばしたまま深く腰を出し両手を左右にゆびさきのばし背を広げて。


 スライムの鞠は見事留め具を外したリュックに収まり、花束はたくさんの花びらとなって柔らかな香りと共に広場いっぱいに飛び出ました。


 自ら留め具を嵌めてスライムは手を振るようにしたあとリュックに消えます。


 メイとスライムは皆の喝采を浴びました。


 先程買った花の香りがあたり一帯を包んで甘さ辛さ柔らかさそして暖かで幸せそうな匂いと屋台の香りが混ざり合い、人々の喝采相まって……ちょっとメイの成長に泣けてきました。



 知らない間にこんなすごいことを覚えたのですね。


 そして子守唄代わりに歌ってあげたやまとの歌をかなり正確に発音していました。


 歌と手毬遊びを組み合わるなんて天才かも。



「ところで、ミカ、お願いがあるの」

「なんなりと」


 メイのワザマエに拍手を惜しまない『彼女』は毒花のような香りとともに私が見たことのない美しい笑みを浮かべて言いました。



「私のお嬢様を探して欲しいの。マリカ様は非協力的で困っているの。

 だからね。内密に探して欲しいの。

 いいでしょ。やってよ。友達でしょう」

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