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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
物憂う令嬢たち、ちっとも休めず

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悪役令嬢、雪が溶けて親友とまた再会する【一日目】

「気に入らないならさっさと殺しなさい。さぁさぁ早く!」

 後半はあまりに早口でわかりかねますが、わたくしこの方をよく存じております。


「リュゼ様。このものは友人……親友と言って良い方です」

 跳ね上がるように駆け寄ってくる友人にわたくしも喜びの声をあげます。


「カラシ君!」


 リュゼ様は少し不機嫌でした。


「あらいとあやしき」

 わたくしが揶揄う側になるのは最近は久しぶりなのでいい気味でございます。

 親友は親友。愛しい人とは別でございます。

 もっともあなたはいつもつれないのですけど。

 街中の騒ぎに領主と奥方が出てくるなどあるまじきですが、わたくしピグリム先生から散歩をするように言われており。

 これはデートというものではと喜んでいたところこの騒ぎです。


 カラシ君は農具を研究して実家を盛り立てる夢を抱いていたはずですがいかにして流刑民に身を貶めたのか。


「学生証捨ててパン盗んで流刑をお願いした」


「そんな馬鹿馬鹿しいことをなさらないでくださいませ!」


 はしたなくも叫んでしまったことは致し方ございません。


 頑として身分を明かさず、順当に浮浪者として裁きを受けたとのことです。


 彼を失う国家的損失に眩暈がしてきました。

 ミカ、お願い早くきて。


 しかしミカは休暇中であり、『腰が痛い』と訴える身重のサフラン様と少々手元あやしげなメイがいるのみ。そのメイもミカについて有給をとってしまいました。わたくしの能力はミカの支えなくば半分も働きません。


 いえ、学生時代は彼がいました。


 王立学園にて天才の名前をほしいままにした農夫出身のカラシ・ニコンが。


 軍部が万難を廃してスカウトしようと触手を伸ばし、彼を機械教徒と断ずる教会派からは手を尽くして守り抜き、誘拐を画策する議会派からは人手を尽くして守り抜いた王国の最重要人物となるはずの天才が、なにゆえこのような辺境で流刑民に身を貶める必要があるのでしょう。



「マリカ様のためです!

 話によると好色でチビハゲデブのおっさんに日々辱められていると」


 いったいどこの噂を信じて。

 一次資料の大事さを再三わたくしに教えてくださったのはどなた様でしょうか。


 相変わらず知人に対しては裏どりを行いません。

 ある意味情熱的とも天才肌ともいえます。



「そうだな。いつぞやの聖夜など特に見ものだったぞ」

 リュゼ様は小声で呟きました。


 寝室を赤一色にした上で『そらとびまっくらくじら』の脂を煮詰めた香を炊き、身体にリボンを巻いて迫ったところ子猫のようにポンとベッドに押し込まれて相手してくださらなかったいつものつれなさです。


 彼にはこのような姑息な代物は通じないようですがわたくしやミカにも体質的に通じない模様でした。


 結局袖を温めあうはずの聖なる夜は大変有り難き説教を夫から賜り、悔しさにミカと投扇興とうせんきょうの決着をつけ疲れ果てミカと枕並べて袖濡らす本来の聖なる夜に。



「で、その悪党から友人を助けるために流刑民になったと言うことか君は」

「わたくし、友人で有りながらあの場には居合わせること叶わず、また彼女がミカ殿とたった二人で修道院へと旅立ったと後から伺い自らの無力を嘆いておりました。しかしながら友人がこのような辺境に囚われていながら見過ごすことなどできません。旅費がないので国に出してもらいました」

 ええ。彼は多額の研究費を国に援助してもらった事実があります。しかしもう少しまともな。

 いえ親友ゆえに追求は避けましょう。

 早くお父様にお手紙を書いて学園に引き取ってもらいましょう。今のままでは生活費もままならないでしょうし。



 リュゼ様はため息を我慢していらっしゃるようです。


「身持ちは硬いつもりだが、そのハゲチビデブのおっさんは私だな」

「はぁ」



 カラシくんは相変わらずのようで、流刑船の待遇が改善したのは間違いないようです。


 この後彼とリュゼ様は殿方だけ理解できる謎めいた友誼を交わしたのち握手し別れていました。

 二人とも腕っぷし自慢ですからね。



 わたくし、18歳になりました。

 いのち賭しての逃避行のすえにこの地を訪れはや一年を過ぎます。


 少しばかり背も伸び胸周りもわたくしの希望とともにますます膨らみ、もともと『女神の如し』と巷を騒がせた罪深さ。その魅惑的かつ輝くばかりの美貌は増すばかり。

 多少の浅学を頼りに夫である彼を助け雪解け流氷がおとなしくなる頃、わたくしどもの予想した通り多くの人々がこの地を訪れることに。



 え。お渡りですか。

 ……有りません。くすん。



 肌うるわしき若木もいつか花開いて実も熟し、わたくし枯れ木や古木のごときしわくちゃのおばあちゃんになってしまいます。



「そうか。やまとびとのいうエンガワとやらで茶を互いに啜るのもいいな」

「うらめしゅうございます」


 彼はわたくしを存分に揶揄うのが好きな模様です。



 流氷が溶けきる前でありながら港はいまだかつてなき活気。

 今回の渡航許可条件として新設した荷物を積むコンテナ箱は箱税を払えば使いまわせるものです。


「コンテナつかわねぇゴはいねがぁ?!」

「貨物規格を守らねぇゴはいねがぁ!?」

「密輸荷抜けするよなゴはいねがぁ!?」

「貨物扱いでひと運ぶゴはいねがぁ!?」


 箱税だか海賊税だかをそのようにして徴収する海賊衆の皆様はなぜか『ナマハゲ』という渾名がついているようで。


 コンテナの大きさは統一されており、個人輸送ではなく信頼できる輸送業者……この場合は6竜の『冒険者の店』などが担っているそのコンテナ箱を運ぶ大声に土埃の甘い香りで港は活況です。


 正規ルート証明でもあるコンテナの統一により密輸入ルートを断ち切るとともに港の効率化を冬の間に徹底致しました。


 もはや怪しげなおくすりを王国や太陽王国に運ぶ愚か者はいないでしょう。


 帝国に陸路で運んでから海路を使うならば別ですが、保存管理の問題上で品質が落ちますし、帝国での麻薬の利用や販売は『奴隷の品質が下がる』として死を意味します。

 加えて帝国本土は不凍港が無く、『ひざのくに』の貿易路を使えなければもともと海水を厭う彼らにはあまりにも怪しげな船を出す理由が薄く。


 港のクレーンにスライムさんの分体がいてびっくりしました。魔導帝国時代から人力と滑車とテコと位置エネルギーを用いるクレーンはございますが、スライムさんがまるで筋肉のような働きをするものは初めて見ました。


 訪れるものはさまざまです。

 夫や恋人、家族のため私財を投げうってやってくるもの。

 物珍しげにはしゃぎ船から降りる貴婦人にしては怪しげな流行遅れかつ露出過多の美しい女性たちとその従者と禿たち。(※衛生面を考えねばなりません)

 夢を抱いて訪れる山師や冒険者。

 降ってわいた好景気と未来に胸ときめかせ、寒中水泳や船の操作訓練に精を出す海賊衆の青年たち。

 厳寒の海をものともせず珍しい海産物に夢を抱いて訪れる海女たち。

 自ら流刑者に身を貶めあるいは家族と再会を望みあるいは人生の再起を図るもの。

 野望を抱いて三部族にちょっかいを出して殲滅されるもの。

 希望を抱いて訪れる開拓者たち。


 そしてまたもや懲りずに(※これはリュゼ様のお言葉です)ありもしない貴金属やミスリルを求めて大型の船で乗り付けてきた太陽王国移民株式会社のみなさんまで。とはいえミスリルの構造色動画作成技術及び透明マントを作れる可能性やミスリル触媒による水懐炉に関する論文は太陽王国からも多数の批判論文をいただきましたからね。


 逆に不当な裁判で流されたと思われる方々、結婚税未納により娼婦とされて流された方などの一部は罪を解かれて戻ることとなります。されど娼婦やもと流刑者の汚名は濯ぐには辛いでしょう。わたくしどもの一筆が役立てばよいのですが。


 まさに『訪れる人に安らぎを、去り行く人に幸せを』でございます。



「マリカ、黙って読んでほしい。船を待たせてある」


 ミカに秘密が露見する少し前、リュゼ様がお父様のお手紙を渡してくださいました。


 星巡り 今や春

 鶏は 邪祓いて

 桜には露満ちる

 ことりはうたい

 蝸牛 旭に舞い

 神仏あまねあり

 すべてことなし


 クウカイ


 ミマリやナレヰテからも便りが来ています。


 他国(ひとくに)は住み()しとそ言ふ(すむや)けくはや帰りませ恋ひ死なぬとに


 ミマリ


(※異郷の地で辛い想いをしているお姉さま。私は恋したうあまり死にそうです)


 他国に君をいませて何時(いつ)までか()が恋ひ()らむ時の知らなく


 ナレヰテ


(※異郷にお姉さまを行かしてしまいいつまで私は自らの幼さを嘆くのでしょうか)



 父からは『全てカタがついたから戻ってこい』という命令です。

 妹のミマリや文字を覚えて間もない弟のナレヰテのふみを見ては溢れる涙を止めることできませんでした。


 お母様からも有りました。


 瓜食うりはめば

 子ども思ほゆ

 栗食くりはめば

 ましてしぬはゆ

 いづくよりきたりしものそ

 まなかひに もとなかかりて 安眠やすいしなさぬ


 惑うもの(プラネテス)



 ところでミカも手紙をもらったと思うのですが。


 ミカは『娘を孕ましやがった男がいたら殴りに行く』『妹よ。戻ってこずともお兄ちゃんが迎えに行く』『中兄が助けに行く一緒に暮らそう結婚しよう』『妹よお姉ちゃんが助けに』などと書かれた数々の書をゆびさきで面倒くさそうに振りながら見せてくれました。



 わたくしたちは船に乗らず、『三笠の月もここに有り』(※帰りません。遠方でも家族を思う気持ちは同じです)とだけしるし、封をしました。



 わたくしどもの家族の話はほどほどにいたします。


 本来大地が凍る冬季でありながらそらとびまっくらくじら討伐と古代魔導帝国遺跡の発掘のニュースは各国を駆け抜け、その恩恵を念頭に、春に訪れるであろう新たな人々のための公共事業に割り振った目論見は的中し、多くの人々がこの地を訪れることとなりました。



 兵士三名と騎士一名。


 この人員では本来の治安維持活動など不可能です。

 それどころか帝国が国境を侵してくれば瞬く間に皆殺しの憂き目に遭うでしょう。



 冒険者や海賊や三部族による自治や治安維持方法にも改善を余儀なくされるでしょう。

 また、領主の専横と噂されないためにもさまざま権力分散を図らねばなりません。


 だってリュゼ様がお忙しいからわたくしどもの時間が……いえ、これは戯言ですわ。


 警備会社政策を推し進めるととも犯罪捜査などの専門家なども太陽王国などから招聘しょうへいする必要があります。


 特に太陽王国は我々が固有魔法と呼ぶ『スキル』や『ギフト』を用いた凶悪犯罪が溢れていると伺います。やることはたくさん……なさねばならぬことは多く……多く……。



「きゅう」


「君は昨日まで物憂いで寝込んでいたのだぞ。友人と再会してはしゃぐ気持ちはわかるが、しっかり休みなさい」

「わたくし子供でも妹代わりでもございませんお手を借りる必要などは」


 懸命に訴えるも彼は聞かん坊さんです。

 抵抗虚しくわたくしは褥に押し込まれ。

 この場合は正しく休まされるわけですが。



「しっかり休むように。

 サフラン。すまぬが見張っていろ。

 フェイロン。前のように菓子で買収されるな」



 サフラン様のお世話の出来は良いのですが少々乱暴で痛かったりします。太陽王国では身体を痛めるような化粧や髪型が横行したからのようですけど。

 フェイロンは最近お菓子では動かなくなってきました。


 わたくしが物憂いに取り憑かれている間に大変なことが起きていたと知らされたのは後日になります。

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