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新婚初夜に『トロフィーワイフ』と暴言吐かれて放置されました  作者: 鴉野 兄貴
流刑されたご令嬢、盗人仁義を切る

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悪役令嬢、秘め事が露呈する

 ーー「リュゼ坊大変だ」


「どうしたクム」

 ずいぶん歳を重ねたなと彼は父親代わりを務めてくれた部下の一人を思わず眺める。もっともそれはお互い様だ。


「またフェイロンが子供連れてきた」

 クムの大柄な身体は相変わらずだが、昔ほど太ってはいない。

 体力の衰えと共に節制するようになって何年にもなる。代わりに8人の子供達が彼を助けるようになってきた。

 そういえば彼の妻も往年の美貌を偲ばせる姿になってきた。

「またか」


 頭は剃っているだけだった彼も苦味走った中年になりつつある。

 全体としてさらに清潔感が増した。妻が嫌がるようになった髭を揃えた。やはり妻には不評だが短く髪を伸ばしている。大きな筋肉質の腹は引き締まり小柄さが増した反面優しげな雰囲気と威厳が増した。地味に眉を整えるようになっている。


 絶世の佳人とされる妻の魅力は変わらずだが、知性より母性が表に現れるようになり、領民だけでなく国境を超えて人々が集まってくる。しかしその名声は良いことばかりではなく中には子供を捨てる不届きものがいる。

 ぐずぐずと泣く幼い娘をあやす妻に加わり、彼女に事情を聞く。まったく。『自分たちの子供にすら振り回されている新米の親である』というのに。

 どうしてこの城にはこんなに子供ばかり集まるのだろう。


 一つわかってきたことがある。

 ふらりと姿を消してはフェイロンがこの城に連れてくる子供やわけのわからないいきものは特殊な才能や希少な特性の持ち主ばかりだと。

 それ以外の子供達はフェイロンは素直に孤児院や他の知人の家に預けていると。

 そして彼の連れてくる子供達を迎えた家は例外なく栄えていると。



「変な夢を見たぞ」



 彼は執務室の簡易寝台で目覚めた。

 傍には彼と自称妻の養い子である嬰児がすやすや。



 最近寝室で寝なくなって久しい。

 自称妻をトロフィーワイフだの暴言放って遠ざけるつもりがグイグイとこられて、なんとか最後の一線は守ったもののこれは絶対帰る気ないと確信できる程度には居座られている。領民にも馴染んでしまっている。


 まあ、雰囲気が良くなったところでだいたい彼女は興奮のあまり気絶するのだが。

 まったく面白くない。彼だって性欲がある。そのまま襲ってしまいたいことはいくらでもあるが、彼女の従者の生暖かい目で見守られ彼女を抱き上げすっかり彼女と従者の私室と貸した寝室に運ぶのが当たり前になっている。



 その自称妻が楽しそうにはしゃぐのは彼にとっては失われた少年期を見るようなもので心穏やかにはいられない。

 失った少年期を思い歳下に手を出すのは唾棄すべき行為だと彼は理解している。

 諸々の事情もあり、なんとか彼と彼女の夫婦ごっこは一年目に突入しようとしている。

 王国の『二柱の女神の化身』が護衛もつけず海を渡ってきた冒険については妻たちは黙して語らないが、彼の部下たちそして侯爵家より頻繁にもたらされる手紙によってだいたい彼も全貌を把握している。



 一つわかることは、この主従は貴婦人とその従者を名乗るにはお転婆とかそういう型に嵌めるにはいささか、いやかなりぶっ飛んでいる。

 本人たちも苦労していたのか彼の庇護下でずいぶん伸び伸びやっている。


 妻なのか娘なのかよく分からない。

 だいたい彼と彼女の関係はそれに尽きる。

 ひょっとしたら妹分なのかもしれない。

 それは家中の人々にも通じる。


 時として非情にならねばならない彼にとってはそれは良いのか悪いのかもう彼にはわからないことだらけだ。

 武力と威厳を兼ね揃えた若きやり手領主は今、賢妻と共に新興国の父のような扱いに変化しつつある。


 だが、このまま家族ごっこをしていたら、おそらく帝国との戦いで剣が鈍ることはあるかもしれない。



 その自称妻、いやもう侯爵家に返す気は無くなっているので認めても良いのだが、その彼女が楽しそうにカードを持って無防備に膝を落として彼に笑顔を向けてくるのはその女性的な身体的魅力と相反する無邪気な、どちらかというと無防備と言って良い。

 彼と彼女では妻の頭一つ分は身体差がある。


 普段意識しないが、彼が彼女に口付けなどを試みる場合少し彼女の肩を引かねばならない。

 好奇心が暴走気味になっている彼女を抑えるときは後ろから彼女の肩を少し腕を上げてそっと乗せないといけない。

 彼女の膝が落ち、視線はいつも実に自然に合う。

 それは彼女の小さな、無自覚の努力のひとつだ。それがたまらなく愛らしい。



 あの小さなレディは、とっくに。

 そうずっと自分より。背が高いのだ。ーー



「わたくし、子供のようにリュゼ様に扱われるのはまだしも、従者に犬猫をどこからでも拾ってくる残念なむすめと思われるのはいささか心外です。

 ねぇリュゼ様。なんとか言ってくださいまし」


「城は驚いた。あと幽霊もな。これ以上驚かん。

 次はドラゴンかと思っていたら実際『そらとびまっくらくじら』が飛ぶようになった。まぁ竜については心配いらん。次に現れるときは君とは直接関係ない理由だ。いつか見せてあげたい」



 かれは何をおっしゃっているのでしょうか。

 思わず彼の表情を伺ってしまいます。


 彼のおもてが逸れるのをみて脚が伸びていることに気づいて自然に膝を落とします。

 もっとそれこそ胸に限らずわたくしの魅力を見てくださいなとは常日頃思っているのですが。


 わたくしにもわからないことはいくらでもあります。

 裏切られ拐かされ一度ならず自分の愚かさを思い知らされています。

 きっとこれ以上を求めるなら、彼が、彼にもわたくしが必要であってほしい。



 それでも竜などは魔王や身体が縮む御婦人のように迷信です。


 もっとも竜の一形態である『そらとびまっくらくじら』や身体をヤマネに変える娘や歳を重ねない子供たち、本国ではもはや姿を見せない魔物たちなど当地には不思議が多数ありますが。

 再現性のなき魔法や竜や魔王などといった存在は『だれか知らない人が見たらしい』を検証しない世界にしか現れないものです。ただしこれは機械教徒の本の受け売りですが。



 その『善意故に邪悪極まりなき』機械教徒の典型のような殿方である自称ベンジャミンは彼の妻とその友人をミカに会わせようとするのですが、わたくしとしては彼女らに絶交されている身ですので、いえそれ以上にわたくしミカに彼女らと合わせたくない理由がございますのでなんとか目的を果たし次第帰ろうとするのですがうまくいきません。


 わたくしのくちびるが乾いております。

 ミカはこれでわたくしより聡いところがあります。


 動悸が早まるのをさとられていないでしょうか。

 彼女に見限られるとしても致し方ないのかもしれませんが、それはわたくしどもの関係に限られるため他の方にはほとんど影響はないでしょう。



 寒いわけでもございませんのに、いえ、きっとここは寒いのでしょう。

 震え出しそうです。ミカはわたくしにきっと失望するでしょう。

 彼女は『何故全てを話してくれないのか』と責めるかもしれません。

 秘密を抱えすぎだと叱られるだけではなくなります。



 わたくしは彼女がそうあってほしいと考えているような優しい人間でもなければ正直な人間でもないのです。


 婚約者に裏切られ、友人に嘲笑され、流れてきた先ではわたくしなりに接してきた領民に拐かされ、反省し疑いそして怯えどこにも放てぬ呪いを抱えております。


 妹のミマリはわたくしと旅立つミカに言いました。「どうして私を選んでくれないのミカちゃん」と。


 愛らしく素直で、家中ではおよそ全てが得られるミマリにとって望んでも得られなかったものがミカだったのです。


 ミカはもうすぐ産まれる叔母のことをとても楽しみにしていました。ものすごく可愛がるつもりでいたはずです。わたくしが王妃になったのちのことも考えて彼女を鍛えようとも。その可能性は無くなってしまいましたが。


 迷うことなく、死の旅に向かうわたくしについていくと彼女は言ってくれました。

 家族も友達も夢も希望も将来の幸せも捨てて。いえ命すら。



 わたくしは一人で向かうこともできたはずです。

 いえそうすべきだった。

 ミマリはもう一人の姉のようにミカを慕っていますから彼女を幸せにしてくれます。



「お嬢様。お顔色がすぐれないようですが」


 大丈夫ですなんて、嘘を彼女にはつきたくない。


「ベン、良い仕事だ。報酬に加えて褒美を出そう。そして申し訳ないのだが妻の体調が芳しくないので急ぎここを発つ。すまぬが後日改めて」

「おお! 領主様! それでしたら是非劇場の建設をば!」


「旦那様、断ってくださいまし」

「それはむごい。ミカ殿」


 わたくしは外聞もなく急ぎ外に出ようとして。


「ベン。ひどいじゃない。ミカが来るなら呼んでくれなきゃ……あら」


 しなやかな髪を町娘風に結ってもその気品は隠せません。どこにでもいそうなワンピースとナプキン姿ながら町娘が身に纏うには高価な毛皮のマフラーも。



「ご機嫌よう」


 彼女は侮蔑を隠さずわたくしに話しかけます、


「しばらく」

「ご無沙汰でしたわね。わたくしを笑いにきましたか」


 かつてマリア・アルフォンヌ・ケイブルと名乗っていた方がわたくしの前にいらっしゃるのを見て、ミカが小さく声を上げます。



「マリア……さま?」

「何よミカったら他人行儀ね。アルって呼んでと何度も申し付けたでしょう。でも今度から人前ではミーシャと呼んでね」



 ミカがモデルをせずともあれほど見事な原画を彼女が描けたのは元々顔を熟知しているからです。


 それもかなり頻繁にミカを引き抜きたいと再三申し出があるほどには関心を持っていました。

 わたくしが何か意見する前にミマリが父たちに『断って!』とにべもないので実現しませんでしたが。



「お嬢……様」

「そうそう! そう呼んでくれても構わないわよ。何ならうちに来ないかしら。卑しい身にやつしていてもあなたくらいなら雇えるわよ」


 わたくしはミカのおもてを振り返る勇気がまるで湧きませんでした。

 彼女はわたくしの横を断りもせずにすり抜け、ミカの手を握っているようです。


「相変わらず本当に綺麗な手。……ってどうしてこんなに荒れてるの。奥様は側付きに水仕事をさせるのかしら」

 それは彼女がメイといる時間が増えたからですが、マリ……ミーシャにはわからないことです。



「説明します。ミカ」

「……すまぬ。黙っていた。今日はミカ。君と彼らを合わせる予定ではなく、カードだけ受け取って帰るつもりだった」



 わたくしの様子に居た堪れなくなったらしく横からリュゼ様が全てを話そうとしますが、わたくしこれ以上ミカに失望されたくありません。

 しかし彼女は学生時代から身分ある方の言葉すら遮る悪癖がありました。


「あら。簡単なことよ。領主様ありがとうございます。わたくしからミカに話したいのです。……わたくしも修道院送りになりかけたのですけど、やはり暗殺者を差し向けられました」

「よくご無事で。わたくしあなた様のいくすえについて愚かしき話を耳にし……」


 ミカの言葉に小さな笑い声が聞こえました。

 お願いそれ以上言わないでマリア。


「忠実な側付にわたくしは恵まれましたので。さすがあなたの妹分です。立派な最後でした」

「……勿体なきお言葉。カナエも、いえ彼女も喜ぶでしょう」

 たとえ耳を削ぎ落としてもこえは聞こえるものです。そして今のわたくしは刃物を持っていません。


「ミーシャ、すまぬが後にしてくれ」

「領主様、わたくし忠実な側付きを誇りたいのです」

 たまりかねたリュゼ様がミカを連れ出そうとしたようです。


「でもわたくし最後に徳を積みました。あの子の望みが何だったかご存知かしらミカ。『一度で良いからお嬢様方のような素敵なドレスを着てみたかった』でしたのよ。ずいぶんとわきまえぬ望みですけど、わたくしはとても寛容ですから」

「……!」


「そのあとはわたくし口惜しいことながら卑き身に入れ替わり、流刑民にまで身を貶めることになりましたが、この輝く美貌ゆえ幾度も危険な目に遭い」

「ええ。たまたま同じ場にいまして、義憤に駆られて狂言で夫婦を名乗りましたが」


 結局嘘から出たまことになり、別々の地に流刑になることを伝え聞いたリン様やディーヌ伯爵夫人がその正体にいち早く勘付き、義援金を募ってかつて腹心の友と名乗ったわたくしのいるこの地へ送り出したのです。

 途中悪辣な船主が、流刑民は財産を持てないこと、裁判を起こせないことをいいことにその義援金を横領して、リュゼ様を酒場で侮辱したためややこしくなり、王国法を無視した裁判結果を出すことになったのです。



 あまりの眩暈に盲いて、わたくしは吐き気を覚え、それでも耳を塞ぐことができません。


「でもでも、彼ってただの平民でもないみたいなの。存じていますかミカ。わたくしには名を秘して援助してくださる素晴らしいおじさまがいると前に話しましたでしょう?」

「え、ええ。無礼にも小耳に挟んだことがあります。申し訳ございません」


「良いわ許してあげます。……その方こそがわたくしのまことのお祖父様だったのです。信じられますか。わたくしあの歌の主人公の孫でしたのよ!」

「そのひとってまさか」


「ええ、この地の大金持ち、デンベエという男です!

 そしてお祖父様は手を尽くして調べてくださいました。

 お祖父様曰く。かの文豪ロー・アースには双子の弟がいて、彼はその直系。

 そしてアースは三国時代に爵位を捨て平民にはなったものの元を辿れば古代魔導帝国の『吸血公爵』に遡る名家なのよ!」

「わたくし蒙昧にて、存じませんでした」


 わたくしの知るマリアならば楽しそうに気取ってしまい、相手のおもてに注意を払うことはないでしょう。


「『緑の大地』王家に連なる家ならば家格としては悪くないわ。わたくし彼と結婚するの。わたくしの画才を認めない婚約者ではなく、物語のように愛してくださるかたと。素晴らしいと思わないかしらミカ。祝福してくださらないかしら」


 この耳に、焼けた鉛をどなたかが注いでくださるなら何もかも捨てて請うたでしょう。


 ミカは、いかに苦しくても悲しくても、言われるままに。


「おめでとう御座います。マリア様。『一人で進むもの二人に知恵と愛を。二人でひとつとなり進むものたちには祝福を』」


 祝福のことばをくちにしたのです。

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