悪役令嬢、みどりのドレスを捨てる
機械の神が全ての問題を解決するへぼ脚本家がその所業に対しては過剰な流刑に処されたことはわたくしも存じておりましたが、その後のややこしいお話については後にしることとなります。
ベッポの孫であるモモは祖父の目から言えば『非常に多弁』な子供ですが、声を出すことができず、三部族の言語をもって意思表示します。
わたくし、『ひざのまち』の中央近くに劇場跡があることはかねてより存じていましたが、これは海賊たちがこの地を拠点とする前からあり、様式から古代魔導帝国のものと思えるのです。
とはいえ、なんの危険性も見られない窪みです。
階段を兼ねた客席と音響視覚効果を踏まえた配置、劇場として必要な地下施設(※現在はベッポたち寄る辺なき労働者たちの集合住宅と化しております)に当時の建築技術と、往時はこの地が温暖だったのであろう痕跡を感じるのみです。
わたくしたちはミカと共に街の子供たちの絵空事に参加しています。
モモの友達である作家志望の自称ジローラモ氏はわたくしに『偉大な王が世界を移動する際、地上全ての土砂を運びました。ここが最後に残った山なので凹んでいるのです』と出鱈目を吹いてガイド料を請求しましたが、子供たちの絵空事は罪なきものですね。
彼ら彼女らは偉大なる探検家や謎の民族の姫や学者や勇敢な船乗りになりきり、思うままに想像のつばさを広げてこの円形劇場を冒険船に見立てて盛んにやり合っています。
三部族の扱う手真似についてはわたくしも少しは理解できるようになりましたがまだまだですね。子供たちの方が達者です。
少なくともモモとの会話に彼らは支障を感じていないようですし。
「一時期変な人が話に割り込んできて大変だったの。それも大人よ。気持ち悪かった」
「お小遣いや食べ物はくれるけどなんでも機械の神様が解決してくれるとつまんないでしょ」
たしかに。
わたくしとミカは彼らの絵空事の邪魔になっていないでしょうか。
ちなみにわたくしたちは自分自身(※本物のお姫様とそのおつき)を演じていれば良いとのことです。
なるべくお話そのものに触れず見守る役に徹しましょう。
場合によっては女王様になってしまったり、わたくしの施策がお話に出てきてしまうのは内心穏やかではございませんが、子供たちの絵空事を妨げるほど無粋ではございませんし、彼らの親御さん方の率直な感想と受け取れます。
みつるぎと見立てられたパンののし棒を握らされた時は困惑しましたが。
今日の冒険は見事大団円に終わりましたが、感想戦でお互いの意見に差異があり、貴重な魔獣の研究ができなかった件には意見が分かれます。
あらゆる物語はどこか別のくにや世界での事実と言います。
ひょっとしたら別の解決策もあったかもしれませんね。
もっともこれはかつて小説家だったという幽霊の意見ですが。
わたくしたちは久しぶりに街に出ましたので、様々なことに行った始末を自らの目にする機会を得て概ねで楽しい時間を過ごすことができました。
え、本日の『護衛騎士』様ですか。
たしか、『樹』役を熱演していらっしゃいました。
なんでもこのような空想は好みではないらしいのです。
「あっ。道路を作っていますね」
ミカはガレットの匂いをしたままわたくしに話しかけてきます。
「わたくしの石を敷く『馬鹿奥様の陳腐な道路』は当地の実情をより踏まえて改良されましたから」
冬の風。硬くなった土を叩く音。
土を打つ匂い。ほのかに香る一銭焼きの嬌声。
「木繊維袋に砂や土を詰めて固く平坦に敷き、上から土を固める形式になり飛躍的に作業効率の上でも予算面でも雇用面でも改善したな」
ええ。
何よりわたくしの手を離れ技術者が育ち当地の雇用及び産業として民自らが作るものになり。
「道路が少し盛り上がるため水捌けもよく元が土砂ゆえに馬車で石が割れることもなくなりました。当地に根付く民の知恵はやはりわたくしの愚策などよりはるかに優れたものですね」
ミカ、食べ物を口にしたまま話しかけないでくださいな。わたくしへの悪罵が我慢ならなかったというあなたの心は嬉しくてよ。
「学問というものは反証を得てこそ力を増すものです。それにほら、あれは橋をかけるためのものです。わたくしの手を離れ人々はこの地の整備を進めていますわ」
「そう言えばお嬢様、批判論文とかめちゃくちゃ学生時代に出されてましたもんね」
「ええ。各々の主観によるものゆえ実態は計りかねますが、ひとは己の思う愚か者を排撃する時にこそ並ならぬ力を出すものです」
なのにかわいいミカは困っているようです。
抱きしめたら彼女は逃げますけど。
「うーん。うーん。やっぱりお嬢様が馬鹿にされるのは許せません」
護衛騎士様は楽しそうに肩を軽く動かしました。
彼はこのようなときはなるべく気配を出さないように努めてくれます。
わたくしが愚かな女などと呼ばれるのは今更ですが、『うたうしま』城探索の時にベッポの脚は治っていましたね。
男を惑わす悪魔の身体だのの馬鹿女だのの悪評は今更であっても、孫の遊びを見る彼の表情を見れば諸々の愚策も結果としては心底良かったと思います。
「やっぱり、ベッポじいちゃんの回復の理由って……アレかな」
ミカの指差す先にはわたくしどもの知っている名が。
彼は有給を取ったはずですけど。
『スライムセラピー銅貨一枚。ちょっと冷たいけどココロとカラダに暖かいクセになるひととき。水虫魚の目タコの目など皮膚病にも効果的。今月より領主様保険対象につき納税証明提出で割引対象になりました。本日城つき吟遊詩人アラン様友情出演。癒しの音楽とともにお楽しみください。出演者含め冬風邪防止のための声出し厳禁協力にご理解ください』
あえて中には入りませんが、このようにして三部族の言語が街の人たちに広がるのですね。
「お嬢様。あちらこちらで『足湯。いつでもどなたでも無料』って」
「温泉は新型配管の強度試験を兼ねて優先的に山の上から引きましたが、あれは下流の飲料用と繋がっていないか調査すべきですね」
「せめて下流は生活用のみにして欲しいものだが……。
試験中の水質浄化手段を検討しても良いかもしれぬ」
でも、リュゼ様お得意のスライムさん浄化は熱い温泉と海水を苦手としていたような。
他にも術を用意しているのはさすがです。
暖かいお湯の香りが胸を満たします。
優しげな女たちの嬌声、昼間から酒を召す殿方。
お湯を足につけて遊ぶ子供たち。
本国では見ることができない光景ですね。
「足の先だけとはいえ、いや足先だけゆえに脱衣の際や手荷物を奪われる危険もないため飛躍的に凍死する者が減り、旅人が街中に泥を持ち込むことも減り衛生面でも向上した」
「へぇ。旦那様もよく見ていますね。アラン様は侮れない情報網をお待ちです」
見た限り、同時に屋台から暖かいものを買うことができ、労働者や主婦たちの憩いの場となっているようです。
「あの足湯もお嬢様のお知恵ですか」
あら、ミカ。あなたはわたくしがよっぽど賢いように思ってくれるのですね。
「いえ、おそらく配管の都合で露出した部分で労働者や主婦が手脚を温めたのが発端で自主的に街のみなさんが整備したのです。わたくしの知恵なんてとんでもない。いつかその知恵者は正当な評価を受けるでしょう」
「足湯街コンってのもあるらしいです。参加費さえ払えば教会が捨て値で処分したお酒が飲み放題で配られ、出会いの場にもなっていると」
こほん。軽く咳をしてから『護衛騎士』様曰く。
「風俗に関わるから調査はする」
その辺りは緩い方が良いでしょうね。
当地の教会は世俗的すぎますが。
「おそらく駆け落ちカップルは今まで領主館に駆け込めば領主不在でも慣例にしたがって即座に鍛冶屋であるチェルシーに結婚手続きを代行してもらうことができたのが、今は海の上にお城があるためできなくなった関係でしょう」
とりあえずサケはまだしもあのスルメの匂いはなんとかしていただきたいのですけど。あら。護衛騎士様まで。
もう知りません。その匂いのままお部屋に入ってきたら追い出します。
「うーん。教会も商売上手ですね」
ミカまでスルメを買おうとするので止めました。
あなたはわたくしの部屋をスルメの匂いで満たすつもりですか。
「直接的に関わっているようには見えないようになっているはずだが、縁結びを感謝しての寄付という形で少なからぬ収入にはなるだろう。ミカ。
まあ以前の宝くじ騒動よりは良心的だろう」
あの時はわたくしたち探偵まがいのことをしましたからね。
「人は逞しいものですよ。ミカ。
例え今日善悪が入れ替わっても人々は問題なく生きていくでしょう」
「えっ。わたくし帝国に支配されるのはちょっと」
善悪か否かそもそもかような価値判断が帝国貴族に存在するかははさておき、かのくには強力な福祉国家ではありますからね。
もっとも王国が帝国から独立を目指した心情は察するに余りあるのですが。
わたくしたちは本日の目的である印刷屋を訪れました。
以前、ミカがメイにわたくしの持つ図鑑をもっと安価に見せてあげたいと珍しく駄々を捏ねたからです。
その時は。
「図鑑は高価なものです。そして今のメイは本を燃やしたり落書きをして相手を試そうとする時期です。
よってわたくしたちが見守っている時を除いて彼女に高価な図鑑を見せる訳にはなりません」
あえて冷淡に告げるとミカはちょっと泣きそうになっておりました。
以前メイはショウの本にいたずら書きをしていましたから反論もできなかったようです。
話は終わったと思い込んでいるミカに改めて図鑑は無理でもと話を始めます。
「でも」
ここで笑顔を見せてあげます。
「カードならどうですか」
「集める図鑑ということですか。お嬢様。旦那様」
「私は粗忽だ。カードは知らん」
あら、あなた様は以前のカジノ騒動ではずいぶん活躍なさったではありませんか。
「一枚一枚は子供でも購入できるでしょうが、ゲームにすれば人はまだ入手していないものに焦がれ覚えようとするものだとマリカが言うのだが、私が子供の頃にあればな」
「えっ。旦那様、やっぱり」
それ以上聞いてはダメですよミカ。
執事頭のジャンは若い頃実に手が早かったそうです。
それにわたくし自身、この半島の独自の植生や生き物には無知なのです。
わたくしも研究がてら、編纂に協力せねばなりません。ほとんどングドゥやンガッグックやガクガの受け売りですけど、彼らの言語は音声言語ではない語彙が豊富にありますから翻訳や造語が必要になります。
「賭け事がこれ以上増えるのは問題外だが、金ではなく安価なカードそのものを取り合う仕組みならば許せる」
「へぇ。旦那様って賭け事、特にイカサマ破りのプロじゃないですか」
海賊仕込みですからね。
このカードが思惑通り後に子供に喜ばれ、後に大人にまで広がり、三部族が教会の指導の外にあるが故の怪しげなお薬の利益率まで下がったとングドゥの愚痴を聞いたのは思わぬ副次効果でした。
「そういえば、わたくしリュゼ様からみどりのドレスを買っていただく話を頂きましたよミカ」
「えっ。そうなんだ。知りませんでした。それとカードと何か関係あるのでしょうか」
ふふ。秘密ですわ。
彼も今は不審そうにしています。
「三部族の『一部の薬品』ばかりは専売の方が良いでしょうね」
以前リュゼ様が『ドレスや宝石如きで財政は揺らがない』とおっしゃったのでお金の流れを調べてわかったことです。
「な、な、何を口にしているのだきみは」
あら。わたくしただドレスの似合う容姿だけではなくてよ。
帝国が匙を投げた当地の麻薬など三〇年で撲滅して見せましょう。
リュゼ様。わたくし『みどりのドレス』をいただくよりも人々の健康の方が嬉しくてよ。
(※砒素は銅精錬の副産物。転じてみどりのドレス。マリカは麻薬が人を惹きつけることを死を呼ぶドレスが人を魅了することに準えている。作者注訳)
妹背と言えども意見は異なることがあります。
「このことは後で話し合おう」
「よろしくてよ」
「おふたりの空気が重いのですが、なにかお二人とも不満があるのでしょうか」
心配げな彼女にわたくしたちは『何も』と答えます。
このようなことは速やかに秘密裏にやらねばなりません。
後の世では怪しげな薬の蔓延を憂いたわたくしが『全裸で馬に乗って町中を歩けば要求を呑む』とリュゼ様に酷いことを告げられ、みどりのドレスを脱ぎ捨て長い髪のみで身体を隠して街を巡り、それを覗き見たものが目を潰した』という歌ができましたが、事実とは異なります。
これほど土木工事を民が進んで行い、正当な報酬が支払われ、娯楽が発達して炊き出しに人々が動く中ではそのようなことは不用ですわ。
そして今のミカはもっと彼女にとって嬉しいことがあるでしょう。
「ミカ。今日はおまえにいいものをやろうとマリカが」
「あら、ちょっとあなたが言い出すのは反則ですわ。わたくしのミカですよ」
戯れあうわたくしどもに興味の矛先が変わった彼女の表情が明るくなってきました。
「ひょっとしてひょっとして、もしかして!」
「ええ。試し刷りでよろしければかの図鑑カードを今日あなたに差し上げましょう。
もっともこれから視察する出来次第なのですが」
「えっと、ヤマネとか梟熊とか異国の、特に小動物ものがあの子は好きですね」
もちろん差し上げます。ね。あなた。
微笑みあうわたくしどもですが、秘密裏に刷らせていたものを見つけたらしく彼は眉を顰めました。
「当地独自の植物や鉱物や動物カードはまだしも『ひざのくに筋肉番付大図鑑本年度版』の発行はやめろ」
「各年代性別問わず立候補者のみ百名の肉体美を厳正な審査により決めたもので、今回はわたくしの忖度なしです。そして限定予約販売二十五枚組100部を越しました。拒否しますわ」
呆れつつ楽しそうな彼の指先には刷りたての、七人の子供を抱えながらマタニティドレスを着て楽しそうに、そして豪快に笑うクムの妻サフラン様のカードがありました。
『エントリーナンバー25 サフラン 庭師 審査員特別賞 女性部門一位』




