番外編3 少女達の邂逅・後編
「是非!」
ミモルの提案に、ココという女の子が大乗り気で賛成してくれました。
ヤルンも満更でもなさそうな様子で同意し、エルネアが危険もなさそうだからと許可してくれたところで、不思議な交流は始まりました。
「あ、その前に。堅苦しいのは無しにしようぜ。気を遣って喋るのはしんどいしな」
ヤルンが苦笑交じりに言います。確かに彼は堅苦しいのは好きでないようで、それはミモルも同じだったので快く了承しました。
それぞれ鏡が見やすい位置に椅子を運び込みます。最初は恐ろしい出来事でしたが、夜に誰かとワイワイお喋りするなんてドキドキする経験です。
「じゃあ、魔術について教えてくれる? 魔法みたいなもの?」
『うーん……』
そこを知らないと先には進めない気がして訊ねると、二人は腕を組み、顔を見合わせて唸ってしまいました。ココが言います。
「当たり前のことを改めて説明するのって、難しいですね」
魔女や魔法使いが出てくるお話は読んだ経験があります。育ての母ルアナは読書家で、かつての家には様々な本が並んでいました。
文字を教わってからはダリアと良く書棚の前に陣取って読みふけったものです。
物語の中の魔法使い達は、杖を一振りするだけで水をワインに変える不思議な力の持ち主だったり、人を惑わせる悪者だったりしました。
「まぁ、魔術も似たようなもんだな。本の魔法使いみたいに何でも出来ちまうわけじゃないけど」
「お見せした方が早いのでは?」
「えっ、いいの? 見たい見たい!」
ココの提案にミモルは興奮して身を乗り出します。魔法使いが実在するなんて考えもしませんでした。胸を躍らせるなと言う方が難しいでしょう。
「そんなに期待されても大したことは出来ないぞ。じゃあ――」
そこから先は、何を言っているのか聞き取れませんでした。ミモルの知らない言葉だったからです。
「古代語ね。今私たちが使っているものより、あえて遠回しに表現することで『本質』に迫る言葉よ」
「エルには解るの?」
パートナーはそっと微笑みました。
「神々の時代には誰もが話していた言葉だもの。地上からは失われたと思っていたけど、こんな形で残っていたのね」
詩みたいだとミモルは思います。やがて、何かがかちりと嵌ったような感覚があり、「魔術」が完成したのだとわかりました。
「わぁ……!」
光が花となって舞います。くるくると回るたびに光の粉を散らし、花びらに変化してやがては消えていく……。甘い香りが鼻に届きそうな、幻想的な光景でした。
「明かりの魔術の応用で、割と簡単なものなんだ。キレイだろ?」
光は様々な顔を見せ、ひと時として留まることはありません。まるで万華鏡の中です。
自分でも結構気に入っているというヤルンに、ミモルも深く頷きます。
手のひらで生まれた仄かな祝祭は数秒の間辺りを彩ると、儚く絶えてしまいました。
「それでは、今度は私が」
ココが同じように「言葉」を紡ぎます。やはり聞き取れませんでしたが、なんとなく意味が分かるような気もしました。
彼女が何もない空間から生み出したのは、小さな光の星々です。色も青や黄や紫と豊かで、柔らかく明滅しています。
「世界が手のひらから出てくるみたい」
その後も二人は交互に簡単な術を見せてくれ、ミモルとエルネアを魅了しました。
その後も会話はあちらこちらへと飛んでは展開しました。
「何やってるのさ?」
ぽかんとした顔を鏡に映したのは、ヤルン達の友人でキーマという名の少年です。エルネアよりも濃い金髪をしていて二人よりも背が高く、体つきも引き締まって見えます。
彼は剣士なのだと自己紹介してくれました。
「おい、あれ持って来いよ」
「あぁ、これ?」
すらりと無機質な音が滑ります。鞘から抜き放った刀身は本物独特の輝きを放ち、決して触れることはないと解っていても、どきりと少女の胸を打ちました。
「人を……斬るの?」
「そりゃまぁ、兵士だからね」
拘りのない口調です。けれど、人を傷つけることに何も感じていない風でもなさそうで、ミモルは少しだけ安堵しました。
誰も苦しい想いをしないのが理想だとしても、それが容易などではないことくらいは承知しています。
彼ら兵士が腕を振るうからこそ、安心して生きられる人々がいるのでしょう。
「のどが渇いてきましたね。何か持ってきても構いませんか?」
「おっ、そうだな。キーマ、場を繋いでてくれ」
「来たばっかりの人間に頼むわけ?」
「お前じゃ、誰にも見つからずに取りに行くの無理だろ」
「こっそり行くの前提なんだ……」
ミモルは口の中だけで羨ましいなと呟きました。
彼らはあらゆる意味において別世界の住人です。
時には武器や魔術を使って敵と戦い、命を奪うこともあるのかもしれません。考えるだけで血の香りが漂ってきそうになります。
それでも、今こうして友人同士で和気あいあいとしているのを見ると、自分にもそんな関係になれる誰かがいればと思わずにはいられなかったのです。
ネディエやティストに会いたくなってしまいました。
「じゃあ、こちらも何か用意するわね。ミモルちゃんはお話していて?」
「あ、うん」
一瞬、手伝おうかと口を開きかけ、キーマを一人にするのは気が引けて留まります。それに、会ったばかりの彼に対する純粋な興味もありました。
互いにこの一瞬きりという予感が、背中を押してくれたのかもしれません。キーマは物怖じや人見知りをしない人間のようで、興味津々に訊ねてきました。
「ミモルだっけ? 何してるひと?」
「今はエルネアのお手伝いをしながら森で暮らしてるよ。あなたはどんな訓練をしてるの?」
「うーん。剣振り回したり、走ったり?」
「ええ、それじゃあ全然分からないよ」
「あれ、そう? うーん、でも他に何かあったかなぁ……」
あまりに大雑把な説明に、くすくすと笑いが零れます。かなり陽気な性格なのか、人懐こさはどこかムイを髣髴とさせるなと心の端で思いました。
そうこうしている間に他の面々も戻ってきて、手には軽く摘める食べ物や飲み物がしっかりと握られています。
エルネアもクッキーと温かいココアを運んできてくれ、各々が定位置に収まると、楽しいお喋りが再開しました。
ヤルンはやんちゃで賑やかな人。ココは大人しそうに見えて芯が強いタイプ。キーマは変なことを言ってはヤルンにはたかれています。
三人とも話していてとても面白い人達でした。
「そろそろ終わりにしましょう」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気付けば時計の針はすっかり深い時間へと回ってしまっています。
さすがに欠伸が出始めたのを見計らい、終わりを切り出したのは唯一の大人であるエルネアでした。
「それじゃあ、今夜はほんとに悪かったな」
「もういいよ。こんなに人と喋ったのは久しぶり。とっても楽しかった」
舌はすっかり滑らかさを失い、明日は声も枯れているかもしれません。でも、全身を包むのは心地よい疲労感です。触れられれば、きっともっと楽しかったことでしょう。
「そう言って頂けると嬉しいです。私も楽しかったです」
ココが手を差し出そうとしてハッとし、残念そうな顔をしました。
もっと交わしたい内容があります。あとからあとから溢れてきて止め処がありません。終わらせなければならないと知っているからこそ、名残惜しさがこみ上げるのでした。
「もう、次はないかもしれないわね」
エルネアがぽつりと言います。ミモルも、互いを繋いだのが奇跡的な確率の何かだということくらいは理解しているつもりです。
「大丈夫」
俯きかけた顔を上げると、そこには自信満々に瞳を輝かせるヤルンの姿がありました。彼は「絶対また繋いでみせる」と自分の胸をどんと叩いて見せます。
どうしても駄目なら、会いに行けばいいのだと。
「……うん、楽しみにしてる。お休みなさい」
別れは意外にあっさりとしたものでした。手を振りあい、ヤルンとココがその手をふわりと握りしめたところで、鏡は元通り部屋の中を映す本来の役目に戻りました。
「夢じゃないよね」
「えぇ」
頷くエルネアの微笑みは柔らかいものです。
ふいに寂しさがこみ上げてきましたが、ミモルは口の端を引き絞りました。泣いたら永遠の別れを認めてしまう気がしたからです。
代わりに「魔術って凄いな」と言いました。あんな力があったら、もっと世界は高くて広いのでしょうか。
「本質的にはミモルちゃんの力と同じものよ」
「そうなの?」
空になったカップを回収するエルネアは続けます。
「彼らは天の守護を得ずに自分で力を制御する方法を見出して、長い間受け継いできたのでしょうね」
ヤルンが見せてくれた「魔導書」と呼ばれる本は、力の発現を委ねる装置です。出口を制限することで安定を生む仕組みなのだと彼女は教えてくれました。
その代わり、天との直接的な契約は結べなくなるのだと。
「じゃあ、私も魔術が使えるようになるの?」
「似たようなことをするのは可能だと思うわ。……挑戦してみる?」
「良いの? やってみようかな」
「さぁ、そうと決まれば明日に備えて今日はもう寝ましょう」
机上でカチカチと秒針が時を刻む音が鳴ります。先ほどまでの出来事が夢でないことを強く訴えるかのように……。
終
お付き合い頂き、ありがとうございました。
「扉の少女」のお話はこれにて終了です。
あとは設定説明などをさせて頂いて、幕を引きたいと思います。




