番外編3 少女達の邂逅・前編
別作品「騎士になりたかった魔法使い」とのコラボ「番外編1 少年達の邂逅」と対になるお話です。
本編より数年後、天ではなく森の中の家が舞台になっています。
このお話だけでも読めるようにはしていますが、両作品を読んで下さっている方には、そちらを先にお読み頂くことをお勧めします。
赤みが射したかと思うと、見る間に薄闇が空を覆い始めます。
食事が終わる頃には外はすっかり夜色に染まっており、ちらちらと星が瞬いていました。
「ごちそうさま。今日はもう寝るね」
「おやすみなさい」
ミモルが食器の片付けを手伝いながら言うと、エルネアがタオル片手に微笑みます。
本日のメニューも絶品で、お腹はいっぱい。ベッドに入れば気持ちよく眠れそうでした。
自分の部屋に戻って、まずは片付け忘れたものがないかチェックします。
こぢんまりとした室内にあるのは勉強用の本が数冊並んだ棚や机、ベッドとクローゼット、そして姿見という最低限の家具だけです。
簡素ですが、エルネアお手製の花柄のカーテンや可愛らしいぬいぐるみの数々が、女の子の部屋らしさを十分に表していました。
それは、寝間着のままクローゼットを開いて明日着る服を選んでいる時でした。
『……み、……か』
「え、なに?」
何かが聞こえた気がして、ミモルは思わず振り返りました。
しかし、目の前に広がっているのは自分の部屋のいつもと変わらない光景だけで、音を発しそうなものはありません。
そもそもここは森の中です。人目を避けるようにして建てられたちっぽけなこの一軒家に住んでいるのも、ミモルとエルネアの二人きり。
「気のせいかな」
誰かが声などかけてくるはずはなく、小動物の鳴き声だったのかもしれないと思い直しました。
『……みにこたえ』
そう思ううちにも、耳には不思議な、音にも言葉にも唄にも聞こえる何かが届き、しかもだんだんと大きくはっきりとしてきます。
『空耳じゃなさそうね』
『とびらをひらけ』
リーセンが駄目押ししたところで、ぱっと部屋が明るく……いえ、細長い鏡が光って自分以外の何者かを映し出しました。
「だ、誰?」
背筋がぞっとしながらも、問わずにはいられません。
くっきりと鏡に映ったのはミモルと同じくらいの年の男女で、どちらも似たような服を着て、見開いた瞳でこちらを覗きこんでいます。
「あ、あの」
見た目は人間のように見えますし、何故か向こうも驚いているように見えます。
怖くて仕方がありません。けれども、このまま固まっているわけにもいかず、勇気を振り絞りました。
そこで、とりあえず一番気になっていることを聞いてみようと思いました。もし予想が当たっていれば、全力で逃げ出そうと決め込みながらです。
「ゆ、幽霊……?」
「うわわわ、違う、違います、すいません!」
「ごめんなさい! 人間です!」
間髪入れず否定の言葉が返ってきました。その反応も慌てふためいている様子も、とても恐ろしげな妖の類には思えません。
「ええっと」
こちらがどう応ずるべきか悩んでいる間に、紫色のツンツン頭の男の子が深呼吸をしてから話し始めました。
「俺はヤルンでこっちはココ。幽霊でもお化けでもないから、まずは安心して」
「本当……?」
なにやら向こうも随分と焦っているみたいです。ミモルも話さえ通じるのなら、なんとかなるかもしれないと考え始めました。
ヤルンと名乗った少年の隣に立つ、青くて長い髪の女の子もそれは同じだったのか、身を乗り出して説明を続けます。
「私達はユニラテラ王国に住んでいる者です」
ユニラテラ王国。ミモルは聞き覚えのない国の名前にきょとんとしました。ざっと頭に思い描いた地図にはない国名だったのです。
「あら、どうかしたの?」
後ろから声がかかって振り返ると、扉のところにエルネアが立っていました。物音や声に気が付き、様子を見に来たのでしょう。
背中越しに息をのむ音が聞こえます。わざわざ確認しなくても、エルネアの美しさに驚いたに違いありません。
「これは……不思議ね」
彼女は耳にかかった金の髪を指で軽くかき上げました。
その仕草だけで見慣れたミモルでさえ見惚れてしまうのですから、初対面の相手の目を奪うのも仕方がないことでしょう。
ヤルンとココは、またしても同じ説明を繰り返しました。
「ユニラテラですって?」
「エル、知ってるの?」
「大陸の西の果てにある国よ」
ミモル達が住んでいるのはオキシア王国という、大陸のちょうど真ん中あたりにある国です。
国土は広く、大勢の国民を抱えており、周辺の国家への影響力も強いものがあります。それ故に、位置も相まって「中央大国」と呼ばれていました。
「オキシア!?」
この事実にびっくりしたのは向こうの二人です。
エルネアによるとユニラテラ王国は大陸の端にある国で、ここからはあまりに遠く離れているため、交流もほとんどないだろうということでした。
ミモルは説明されてもピンとこなかった分、別のことを疑問に感じます。
「そんな遠いところの人が、どうしてうちの鏡に……?」
鏡は目に見える現実の姿を映し出すもので、それ以外の何かを見せるなど、本の中のお話以外では聞いたこともありません。
すると、なんとか冷静さを取り戻しかけてきたヤルンが言葉を選びながら詳しい理由を話してくれたのですが、今度も思わぬ障害が立ち塞がってしまいました。
「あーその、魔術でいろんな物を見る『遠見』って術をやろうとして、手違いが起きたみたいでさ」
「あの、まじゅつって何?」
ミモルが両手でストップをかけると、ヤルンはココと共に呆気に取られた表情でこちらを見てきました。
もしかして、二人は本当に物語に出てくるような魔法使いなのでしょうか。
「……」
彼の顔には困惑と共に僅かに不審が浮かんで見えます。
自分だってかつては義母に、今はエルネアに教わって勉強しています。疎い子だと思われては二人に対して申し訳なく、悔しくもありました。
そんな内心に気付いてか、エルネアが助け舟を出してくれます。ミモルが知らないのも無理はなく、近隣には魔導師も魔術も存在しないのだと。
その事実はヤルンとココにとってあまりに衝撃的だったらしく、しばらく声も出ないようでした。彼らにはあることが「当たり前」だったのでしょう。
常識が否定されるのは辛さを伴うことです。それを知るミモルは、生まれかけた悲しみや怒りが静かな感情に塗り替えられていくのを感じました。
「えと、つまり……その『魔術』っていう力で遠くを見ようとして、なぜかウチに繋がっちゃった、ということ?」
「多分、そう」
これまで見知った内容を合わせて結論を出すと、呆けていた少年達も頷きます。
お互い、色々と知らなかっただけ。色眼鏡をかけて相手を見てしまっただけです。だったら、そんなものは取り払ってしまえば良いのです。
「んー、それじゃあ、せっかく知り合えたのだし、お喋りしてもいいかな?」
「えっ、お喋り?」
「このまま、さようならなんて勿体ないもの」
あとに残るのは、同い年の人達と知り合えたという事実です。自然と口元が綻びました。
後編では「少年たちの邂逅」であっさりと書いている場面を掘り下げています。




