番外編2 見えないものは見えるもの
この作品は、仲の良い書き手様・ほうふしなこ様から頂いたお話です。
※改行とふりがな以外は原文のままお送りします。掲載の許可も頂いています。
繋がっている―
喜びも。
楽しさも。
悲しみも。
切なさも。
淋しさも怒りも…
―痛み、も。
ミモルは、胸の奥に小さな痛みを感じた。
ズキンッ―と。
鼓動と共に、またズキンッ。
何の痛みなのか、ミモルには判っていた。
これは、天使の痛み。
彼女の心の声なのだ。
だから、小さくともはっきり己の痛みとして受け入れてしまう。
繋がっているからこそ―。
「エル…」
「あ、ミモルちゃん。おはよう」
自分と顔を合わせる時には、いつも笑顔。
隠しているのか、それとも自分では気付いていないのか。
ミモルは不安に駆られた。
「どうしたの?」
ふありと羽のような優しい香りに包み込まれ、一瞬その不安を見失いそうになる。
だが―それは、いけないことだとミモルは思う。
いつもそう思うのに。
「怖い夢を、見たの?」
「……うん」
柔らかくとも、確信を突く問い。
体が強張った。
彼女も感じているだろう―自分のこの迷い。
ミモルには、どうしても隠し切れなかった。
「怖い、夢だったの…とても、……怖い夢」
「そう」
突き放されたわけでもなく、かといってそれを完全に受け入れられたわけでもない。
唯、やはり天使は優しく頷いた。
だから、ミモルからも言葉が漏れる。
「忘れた方が…いいのかな?」
「忘れたいの?」
「……分かんない」
「ミモルちゃんは、忘れられるの?」
「―忘れられない」
夢の中で、何度も家族の名を呼び、幾度も“出たい”と叫んだ。
それは、忘れたくとも、忘れられない―。
忘れては、いけない。
自分の中に、閉じ込めておきたい闇。
塞いでおきたい傷。
見たくない―過去。
ミモルの視界が、突然歪む。
どうやら、それらが溢れ出してきたらしい。
透き通った雫として。
「泣いてもいいわ、我慢せずに…ね」
温かい手が、ミモルの背をゆっくりと撫ぜた。
何度も、そして幾度も―。
彼女と出会い、ミモルは自分の弱さに打ちひしがれ、それに不安になり、結局は彼女の言葉に甘えた。
見なくてもいいものは無理に見ず、彼女だって、それを強要しない。
寧ろ、ミモルのことを一番に考え、ミモルの楽な方を肯定してくれた。
今だって―そうだ。
天使は、優しくミモルに微笑を向け、ミモルが落ち着くのを待ってくれている。
でも、彼女の心の中には今も―ズキンッ、という痛みが。
ミモルからの痛みを受けながら己の痛みとも戦っていることを、例え彼女自身が無意識だとしても、ミモル自身が気付いている。
心が、叫んでいる―。
いつまで、見て見ぬ振りをするのか。
天使の心の中にある何かを、確かに感じているのに。
自分はいつまで―
「我慢する」
「え?」
ミモルは小さな手の甲で、乱暴に頬を擦った。
少し痛いと思うくらいに、涙を拭った。
「今は、泣かないよ」
天使は小さな主の行動に、少しばかり驚いていたが、再びまた、あの優しい笑みを―。
「だから、エルも無理に笑わないでね」
「っ…」
彼女の顔が、強張った。
あの微笑を、今は見せてほしくなかった。
ミモルは、胸元にぐっと拳を作る。
それは、まるで自分が作ってしまっている壁を打ち壊すかのように見えた。
「私には、隠せないから」
「…ミモルちゃん……」
「私がエルに隠せないように、エルの気持ち……私には分かってる」
鼓動が大きく跳ね上がった気がした。
だが、それは自分の鼓動ではない。
天使の感情。
魘されている主を前に何も出来ない自分への憤りと、信頼されていないのでないかと思う淋しさ―と。
壁がなくなり、それらが途轍もない傷みとなって雪崩込んできた。
あまりに強くて、自分の意識が押し流されてしまいそうなくらいに。
『ミモル! しっかりしなっ。ちゃんと、向き合うって決めたんだろ!』
自分の中にいる、もう一人の少女の叱咤する声に、ミモルは何とか自分を奮い立たせた。
そう、だよ…
ちゃんと、繋がっているんだから。
何も恐れることは、ない
「エルの思っていること、エルが感じていること―エルのことを私、もっと知りたい」
ミモルの双眸の先には、エルネア。
少女の心の奥には、天使の心―。
今、この空間は全て繋がっている。
ミモルは体全体で天使を感じていた。
「ありがとう、ミモルちゃん」
彼女のその言葉を合図に、体がふと楽になった。
感じていたものが消えたのではない。
受け入れていたものが、喜びに変わったのだ。
「今日は、二人で空中散歩と行きましょ」
無理にではない、自然な天使の微笑み―
ミモルの目の前には、いつも以上に美しく優しい相貌の彼女がその翼を広げていた。
「私が見てきたものを、ミモルちゃんにも見てもらいたいわ」
「うん! 行こう、エル!」
伸ばされた白い手を、ミモルは掴む―
伸ばしてばかりでは、やはりいけないから。
頼ってばかりでは、甘えてばかりでは、見て見ぬ振りばかりでは。
今の自分は弱過ぎるから―それでは、絶対にいけないのだ。
天使エルネアの腕に抱かれ、何者にも侵されていない空へと舞い上がったミモルの体に、服の上から冷たい空気が突き刺さる。
だが、不思議と寒いとは思わなかった。
寧ろそれが新鮮で―楽しくて。
エルネアが、楽しそうだから。
天使が―暖かい笑みを見せてくれているから。
ミモルは、見えないものを見た気がしたのだった。
全てが、繋がっているから。
だから、見えているものに背を向け、
見えないものが、疼いていることに気付かないようにしてきた。
弱い自分を、肯定したくないから。
でも、それを受け入れた時。
全てが繋がっている―
そう、嬉しく感じた。
END
ほうふしなこ様、素敵なお話を、そして掲載の許可を下さってありがとうございました。
二人の少し物悲しく、けれどまだまだ成長していきそうな雰囲気を描いて下さって本当に嬉しいです。
ほうふしなこ様のページはこちら(https://mypage.syosetu.com/745757/)です。




