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扉の少女  作者: K・t
最終章 迫る闇とひかり
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第三十四話 さいだいの真実と決断

 ミモルは不思議に思わずにいられませんでした。

 彼らの口振りから察するに、世界は創造された時のまま残っているようです。それはあらゆる苦心の賜物たまものなのでしょう。


 いずれ崩れてしまう世界を無理して存続させるより、狭くしたり、いっそのこと作り直してしまう方が楽なはずなのに……。


「そんなこと出来るか」


 むっとした顔になって言い返したのはクロノで、その短い呟きが彼らの答えなのだと少女には分かりました。


 どんなに追い詰められようとも、自分達が生み出したものへの責任や愛着から、削ったり消してしまうことなどできなかったのでしょう。


 だからこそ、彼らは不測の事態が起こる度に考え、行動し、世界を守ってきました。時にその行いが恨まれて憎まれても、「子ども達」を守るために。


「時間はあとどれくらいあるのですか?」


 さながら医者に自分の余命を聞くような心地です。知りたくないことでしたが、知らなければならないとも思いました。


 神々の視線がクロノへと集まり、他の者達もそれに吸い寄せられます。時をつかさどる神は腕組みの姿勢のまま、目蓋まぶたを閉じて静かに告げました。


「地上の時間であと十年……いや、五年もつかどうかだな」

「そんな!」


 ミモルの声は悲鳴に近いものでした。五年はあまりに短か過ぎる時間です。エルネアは怒りをほとばしらせました。


「どうして私達に教えて下さらなかったのですか!」

「使命をまっとうさせるためだ」


 ディアルの声音は変わらず冷静で端的です。

 確かに知らせれば天使達の動揺はまぬがれられず、地上と人間を守護する役目にも支障をきたしかねなかったかもしれません。


「僕達は何のお役にも立てないとおっしゃるのですか?」


 フェロルが悔しげに問いかけます。神は天使にとっては親です。そして子どもなら親の助けになりたいと思うのは当然のこと。

 浅く溜め息をついたのはシェンテでした。


「馬鹿を言うな。ディアルが言ったろ。お前らには地上での役目に集中して貰わなきゃならなかった。だからこそ、俺達は世界の維持に集中することが出来たんだぞ」


 話を聞くうち、少女には一つの解が生まれました。天使が使命を終える度に記憶を封じられ続けてきた原因が、ここにあるのではないかという直感です。


「鋭い子だね」


 エレメートの目を伏せながらのセリフが応えでした。


 誰もが傲慢ごうまんな「慈悲」だと思い込んでいました。そして勝手に絶望し、怒り、ある者は復讐ふくしゅうに己を駆り立てていったのです。

 世界の崩壊を防ぐための苦渋の決断だったとも知らずに。


「みんなには辛い思いをさせるって分かっていたけど、僕達には望みを聞いてあげられる余裕がなかったんだよ。サレアルナの血を引く人間と天使とで、地上に活力を与え続けて貰う必要があったから」


 一人ひとりには大した力がなくても、何人も、何十人にもなればどんどんと開いていくほころびの速度を緩めるくらいは出来ました。


 たとえ数多あまたの悲劇を生むとしても、形振なりふり構ってはいられなかったのです。


 ミモルは思います。はじめ、話をろくに聞かずに自分を帰そうとしたのも、幼い少女をおもんばかってのことだったに違いないと。

 事実を知れば必ず辛い思いをするのですから。


 それでもあえて教えてくれる気になったのは、もう彼らだけで抱え込んでいられないと判断したからなのか、それとも――。


「私、知って良かったです」


 神々は、少なからず驚きを示して少女を見下ろしました。ミモルはぎゅっと服の胸の辺りを掴み、きっと顔を上げます。


「神様達は身勝手だって、誤解したままになるところでした。未来があと何年もないなんて、それで皆さんが苦しんできたなんて考えもしないで」


 ネディエが戻って来ないと嫌だ。ジェイレイにはもっと自由に生きて欲しい。その気持ちも世界が終わってしまったらなんの意味もありません。


 彼らのことです。問題を抱えた二人がきっかけとなって、世界の崩壊が早まってしまうのを防ぐことも考慮こうりょしての結論だったのでしょう。


 様々な疑問が、一つの鍵を得て次々にほどけていきます。まだまだ考えれば、更にたくさんの謎が解けるのでしょう。


 けれど、ぐるぐると回る思考を一旦止め、ミモルは「私が」と切り出しました。


「私が代わりに支えます」

「ミモルちゃん!?」

「何を言い出すんですか!?」


 突拍子もない言葉にエルネア達も顔色を変えます。少女の華奢きゃしゃな肩に触れ、決意にみなぎる顔を覗き込みます。


「無茶言わないで。今の話、聞いていたでしょう?」

「そうですよ! ひと一人に解決出来る話じゃありません」


 どちらも小さな主を心配しての言葉でした。

 当然です。神々が四柱がかりで存続させてきた世界を、人間が代わりに引き受けようだなどとは、滑稽こっけいですらある申し出です。


 ミモルにだってそれくらいのことは解っていました。導きによって力を付けたと言っても、創造主と被創造物の差は歴然としています。


 ここへ来て実際に肌で感じました。目の前に立っているだけで、押しつぶされそうなのです。それでも言わずにはいられません。「先」に一歩でも進むために。


「まだ答えも出ていないのに、おしまいだなんて嫌です」


 様々な解を得てもなお、世界の仕組みには課題が山ほど残されていることでしょう。悲しみは地にあふれ、争いの種はこの瞬間にも生まれ続けています。


「完全なんて、多分ないんだと思います」


 楽園があるとすればこの天のような場所でしょうが、人間が住むに相応ふさわしいかと問われれば話は別です。


「だから見つけたいんです。みんなが笑っていられる方法を。その時間がないっていうなら、ここに来て真実を知った私が作ります。一分でも、一秒でも」


 ただでさえ静かだった空間に、もう一層の沈黙が降りました。やけに長く感じられた静けさを破ったのは、すうっと通ったあごに手をやりながらのディアルの一言です。


「やはり、行き着くか」


 どきりと胸が鳴ります。何かが決まり、進んだという予感が体を満たしました。


「気が進まないがな」


 仏頂面ぶっちょうづらでクロノが同意し、シェンテも無言で頷きます。


「じゃあ決まりだね?」


 最後にエレメートが楽しげに確認し、ミモルに「良かったね」と微笑みかけました。それは不思議と、嬉しくて仕方がないといわんばかりの笑みでした。


「え、あの、何が良かったんですか……?」


 手をぎゅっと握られ、ミモルはきょとんとして訊ねます。大きくて温かい手でした。無論、エルネア達も事情が呑み込めず、同じような顔をして突っ立っています。


 それまで一定の距離を保っていたエレメート以外の神々が少女に近寄ってきました。


 子どもの姿のクロノを除けば全員、背が高い男性です。こうして一度に見下ろされると、彼らからにじみ出る力も相まって凄まじい圧迫感を覚えました。


「あの……」


 少女は怯えた表情で見回します。エレメートはまだ手を掴んだままでしたし、そうでなくとも足が竦んでしまって逃げられはしなかったでしょう。


「大丈夫。すぐに終わるよ」

『もしかして事実を知り過ぎたから、消されちゃうんじゃ』


 恐ろしい考えがよぎって、背筋が一気に冷えます。「馬鹿ねぇ」と答えたのはリーセンでした。


『もしこいつ等がそこまでの阿呆だったら、あたしが化けて出てやるわよ』


 フォローになってないよとミモルは返しました。

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