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娘は助っ人選手になりたい

……………………


 ──娘は助っ人選手になりたい



 後日、部活動と委員会対抗競技の内容が発表された。


 内容はリレー。


 部活動が部活動として認められる最低人員数は4名であり、委員会でもっとも規模の小さな生徒会も4名。問題なく行われる競技である。


 だが、これはただのリレーではない。


 これは人員勧誘リレーなのだ。


 王立ティアマト学園では別にどこかの部活動に入らなければならないとか、委員会活動を行わなければならないという規則はなく、放課後にいろいろとやることのある貴族の生徒たちは早々に帰宅してしまい、部活動はあまり盛り上がらない。


 だが、そこで部活動対抗リレーである。


 ここで面白いパフォーマンスをして、楽しい部活動だということをアピールし、新しく部員を勧誘するのである。


 そうでもしないと文芸部が陸上部に勝てるはずもないし、純粋な競技としては不公平なのである。最初からこれは部員を勧誘するためのものとして割り切らなければならない。だから、普通のリレーと違って着ぐるみや仮装も許可されている。


 こればかりは優勝を狙うよりも、この体育祭の後にどれだけ新入部員が入るかが勝負となってくる。どの部活動も気合を入れて、リレーの準備を始めていた。


「ウィレミナの陸上部はやっぱり優勝狙い?」


「もち。陸上部が他の部活に負けるようじゃあ、話にならないでしょ」


 クラリッサが放課後の帰り支度をしているときにウィレミナに話しかけると、ウィレミナはガッツポーズをして優勝への熱意を示した。


「こればかりはどうやっても賭けにならないな。流石に文芸部に賭ける人間なんていないだろうし。困ったものだ」


「なんでもギャンブルにするクラリッサちゃんも困ったものだよ」


 クラリッサはそうそうに部活動対抗競技のギャンブル化を諦めていた。


「そういやクラリッサちゃん、部活動はまだ?」


「いろいろと忙しくてね」


 クラリッサは生徒会に闇カジノにブックメーカーにとすることが多いのだ。


「クラリッサちゃん。忙しそうだもんな。それじゃ、また明日!」


「おう。また明日ね」


 そして、クラリッサとウィレミナが分かれた時だった。


「クラリッサちゃん!」


「うわ。びっくりした。どしたの、サンドラ?」


 いきなりサンドラが教室に飛び込んできた。


「クラリッサちゃんにお願いがあるんだ! 聞いて!」


「いくらで?」


「お、お金かかるの?」


「冗談。友達からのお願いはただで聞くよ」


 サンドラがうろたえるのにクラリッサがそう告げて返した。


「それでお願いって?」


「今度の体育祭、部活動対抗リレーがあるのは知ってるよね?」


「もちろん。許可したの私たち生徒会だから」


 サンドラの話はクラリッサの知っていることだった。


「うちの部からも出場する予定だったんだけど、部長が足を骨折しちゃって……」


「あれま。ところで、サンドラって何部だったっけ?」


 クラリッサはサンドラが何部に入ったかも知らない。


「魔術部。かつては部員もたくさんいて、何度も大会で優勝してたらしいけど、今は部活動と認められるギリギリの4名しか部員がいないの」


「なんでまたそんな落ちぶれた部活に……」


「落ちぶれたとか言わないで! 部員の先輩たちはとっても親切だし、宮廷魔術師になるなら少しでも魔術について勉強しておきたいなって思ってね。それに別に問題があって部員が減ったわけじゃないの。みんなが基本的にあんまり部活に入らなくなったからなの。他の部でも有名どころ以外は部員、減ってるでしょ?」


「確かに。部員は減少傾向にあるね」


 どの部活動も部員は減少傾向にある。


 実をいえば体育委員会が部活動対抗リレーなどを設けたのは、その部活動離れにストップをかけるためだった。体育会系も文化系も、部員は減り続けている。貴族の学校ということもあって、部活動に対する関心が低いのだ。


 それに対して聖ルシファー学園などは平民が多いため、部活動などの交流の場を逃さないようにしていることもあり、どの部も強豪と言っていい実力を持っている。


 体育委員会はこのまま王立ティアマト学園が部活動の大会で聖ルシファー学園などに負け続けるのを阻止するために部活動を盛り上げようとしているのだ。


「それで、私にどうしてほしいの? リレーの人数を3人にするように体育委員会に圧力をかけるというなら、今すぐにでも始めていいけれど」


「違うよ! クラリッサちゃんに一時的にでいいから魔術部の部員になってほしいんだ。そして、リレーで見事優勝して見せるの!」


 クラリッサは斜め上の発想を告げるのに、サンドラも割と難しい要求をする。


「一時的に? 体験入部みたいなのでいいの?」


「そうそう。ジョン王太子が『開かれた学園生活』ということで体験入部の時期を伸ばしてたから大丈夫だと思う。クラリッサちゃんには体育祭にだけ参加してもらって、それで終わりでいいから。お願い!」


 サンドラはそう告げて頭を下げた。


「でも、それずるくない? 体育祭の時だけとか。私に憧れて入部する数多の新入部員たちが私がいないということを知ったらショックを受けると思うよ」


「そこはかなり自信あるんだね、クラリッサちゃん」


 クラリッサは自分のような文武両道の超絶美少女が部を代表して走ったら、新入部員が捌き切れないほど入ると思っているぞ。超絶美少女の点はあまり否定できないが。


「それはそうとクラリッサちゃんにしかお願いできないんだ。クラリッサちゃんならフィジカルブーストもばっちりだし、魔術部の代表として走れると思うの。ウィレミナちゃんはもう陸上部に入っちゃてるし、頼めるのはクラリッサちゃんだけなの」


「むう。そこまで言われたら断れないな」


 サンドラがまた頭を下げるのにクラリッサが考え込む。


「頼まれてくれる?」


「うん。それにこれには大きなシノギの匂いがするからね」


「シノギって」


 クラリッサはまた何か思いついたようである。


「とにかく、頼まれてくれてありがとう。部員の先輩たちを紹介するから、今から部室に案内しても大丈夫かな?」


「いいよ。どうせ部室棟の方にいくつもりだったし」


「……ところでクラリッサちゃん。放課後はいつも何しているの?」


「内緒」


 クラリッサはそう告げるとサンドラの案内で魔術部に向かった。


……………………


……………………


「ここが魔術部の部室」


「ふむ。大したことはないな」


「そういうこと言わないで」


 クラリッサは魔術部だから、何かしらの魔術的な罠が仕掛けてあるのではと思っていた。もちろん、部室にそんなものを仕掛ける人間はいない。


「先輩! 助っ人を連れてきました!」


「おお! 本当か! やったな!」


 サンドラが大声で告げて、中から歓声が響き渡る。


「じゃん! 我らが王立ティアマト学園の誇る才女クラリッサちゃんです!」


 サンドラがそう紹介するのにクラリッサが怪訝そうな顔をして部室に入った。


「ども。クラリッサ・リベラトーレです」


「噂は聞いているよ! 素晴らしい魔術の才能を持っているそうではないか! よくぞこの魔術部に来てくれた! 私は今、猛烈に感動している!」


 そう告げるのは足にギプスを付けた中等部2年の男子生徒だった。


 いかにもガリ勉という印象を与える丸眼鏡をしているが、体は鍛えられているのが窺える。そのことゆえに奇妙な印象を受ける生徒である。


「感動はどうも。それで、リレーに出るんだよね?」


「その通りだ。本来なら部長である私が出場するべきなのだが……」


 そう告げてその男子生徒は自分の足を見る。見事に折れている。


「おたくの名前を聞いても?」


「ああ。私としたことが自己紹介がまだだった。私はダレル・デヴァルー。魔術部の部長だ。尊敬する人はディーナ・グレヴィル。誇り高きアークウィザードだ。私が目的としているのは彼女のようなアークウィザードなのだ」


「ほう。それはそれは」


 自分の母親の名前が出てきたことにクラリッサが感心する。


「で、君は出場できないから私が代わりに走るということで間違いないね」


「その通りだ! いや、今年の体育祭から部活動対抗リレーがあると聞いて張り切って練習していたのだが、フィジカルブーストをかけたままぬかるんだグラウンドに足を取られてしまい、骨折とは言わないが骨にひびが入ってしまったのだ……」


「張り切りすぎだ」


 最近はグラウンドが雨でぬかるんでおり、陸上部も練習が休みになっている。そこをフィジカルブーストをかけて全力疾走したのだから、怪我をするのも当然である。


「張り切るのも当然というもの。かつて王立ティアマト学園魔術部は強豪チームだったのだ。見たまえ、そこにおいてあるトロフィーの数々を」


「どれも埃被っているね」


「……そろそろうちの部室もちゃんと掃除しよう!」


 トロフィーは埃で薄汚れていた。


「それはそうと、かつては本当に強豪だったのだ。魔術の大会というのはご存じかな? 毎年9月に開かれるもので、魔術の精密さ、威力、美しさなどを競う大会があるのだ。王立ティアマト学園は3年前までは受賞し続けていたのだが、ここ最近は若者の部活離れが深刻で部員もギリギリ、予算は不足という状況なのだ」


「ふうむ。そこで今回の部活動対抗リレーで目立とうと」


「そういうことなのだ。部員が増えれば予算も増える。そもそも王立ティアマト学園は別に魔術の授業において、聖ルシファー学園などに劣っているわけではない。適切な予算が分配されて、部員が増えるならば、大会で再び受賞が狙えるはずだ」


 クラリッサが尋ねるのにダレルが力強くそう告げた。


「ふむ。部員勧誘の宣伝みたいなことはしないの? 他の部活は着ぐるみだったり、仮装だったり、看板だったりして、その部のことを宣伝して回っているけれど」


「確かにそれも考えたのだ。王立ティアマト学園魔術部の公式マスコット『ペンタゴン君』の着ぐるみを着て走ろうかとも思ったのだが、正直私の考えた『ペンタゴン君』は酷く評判が悪い上に、着ぐるみを作る予算があるならば練習に回した方がということになった。ちなみにこれが私のデザインした『ペンタゴン君』だ」


 そう告げてダレルがクラリッサに紙を見せる。


 そこに描かれていたのは何をイメージしたらこんなものになるのだろうか、このアイディアを思いついたのは悪夢の中ではなかろうか、正気の人間にこのような陳腐で不気味で、それでいて人間の創造性の恐ろしさを思い知らせることができるのだろうかと思いたくなるようなマスコットキャラクターだった。


「これはない」


「いや。我ながらいい出来だと思っているのだがね」


「正気を疑う」


 ダレルが自慢げに告げるのに、クラリッサがドン引きした。


 だが、アルフィと比べれば、失われる正気度は僅かだぞ。


「まあ、このマスコットもお蔵入りとなったので、普通に優勝を目指していきたい。陸上部に勝てれば、とてもいい宣伝になると思うのだよ」


「同意する。賭けは陸上部の優勝に集中している。次点がテニス部などの運動系の部活。文化系の部活は全く賭けられていない。この魔術部も同様に」


 そこでクラリッサがにやりと笑った。


「これは大儲けのチャンス。大番狂わせで、大金ゲット」


 そうである。クラリッサの狙いはこれである。


 魔術部は最初から勝ち目がないネタ枠とみなされ、賭ける人間が少なく、オッズがとても高い。ここで優勝候補の陸上部を撃破し、魔術部が優勝すれば──それに賭けていた人間はぼろ儲けである。


 クラリッサは魔術部に賭けるつもりだった。何せ、クラリッサ自身が出場するのだ。勝ち目は存分にある。フィジカルブーストにおいて学園内でクラリッサに匹敵する人間はいないし、基礎的な身体能力でクラリッサの右に並ぶ者もいない。


 これがクラリッサの考えであった。


「む。しかし、ここにいる部員たちは皆、運動音痴なのだ。私がずっこけたことからも分かるように、フィジカルブーストはそれなり以上に使えるのだが、基礎的な身体能力は平均的な文化系の生徒並みだ」


「それなら鍛えよう」


「鍛える?」


「そう、鍛える」


 ダレルが聞き返すのにクラリッサがはっきりとそう告げた。


「この中で体育の戦闘科目を選択している生徒は?」


「いないよ」


 クラリッサの問いかけに全員が首を横に振る。


「それなら鍛えて、鍛えて、鍛えよう。短距離走は瞬発力が命だ。瞬間的に筋力が発揮できるように私が鍛えてあげよう」


「うむ! そうだな! 優勝のためには鍛えなければ!」


 クラリッサが淡々と告げるのに、ダレルが頷いて返した。


「え。マジで鍛えるんですか? 私たち魔術部ですよ?」


「仕方ないだろう。優勝でもしなければ魔術部はこのままでは廃部になる。王立ティアマト学園の伝統ある魔術部を我々の代で終わらせるわけにはいかない。ここはなんとしても優勝を手にして、新入部員を迎え入れるのだ」


「自分が骨折して鍛えなくていいから適当言っているわけじゃないですよね?」


「……もちろん違うよ」


「部長。目を見て言ってください」


 そう、ダレルは骨折しているからどんなスパルタな訓練が行われようと関係ないのだ。なんというずるい立場。


「どのみち、私たちは練習していたのだからいいじゃないか! 優勝しよう! そして新入部員をがっぽがっぽ手に入れよう! それから予算もたっぷりもらおう!」


「はあ。分かりました。こんなことをするために魔術部に入ったんじゃないのになあ」


「何事も経験だよ」


「部長も経験します?」


「おっと。足が痛くなってきた!」


 部員たちからの白い視線にダレルはわざとらしく足を押さえる。


「それじゃ、今日から鍛えようね。筋トレからみっちりやるよ。優勝を目指そう」


「おー!」


 クラリッサが告げるのに、ダレルだけが歓声を上げた。


……………………

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― 新着の感想 ―
[良い点] 連合チームみたいですね、少人数校の部活みたいな。 [一言] 魔術部が、大穴になるのか、クラリッサちゃんがいるから対抗位になるのか?
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