娘は体育祭について話し合いたい
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──娘は体育祭について話し合いたい
「おはよ、ウィレミナ」
「ちっす、クラリッサちゃん。ここで会うとは珍しいね」
王立ティアマト学園の正門前。
日時は10月中旬。まだドン・アルバーノが宣告した麻薬戦争が続いている頃だ。
その早朝にクラリッサとウィレミナが正門前で出会った。
「うん。というか、ウィレミナがこの時間帯にここにいるのが珍しい。朝練は?」
「今日はお休み。昨日雨降ってグラウンドのコンディションが最悪だから」
昨日は酷い雨だったが、今日はからりとした空が広がっている。
「私もそろそろ部活に入ろうかな」
「陸上部、入ろう?」
「うーん。体育会系でもいいんだけど、せっかくなので変わったことがしたい」
初等部から陸上一筋のウィレミナが誘うのに、クラリッサが首をひねった。
「変わったことって言ってもラインナップは初等部のときと変わりないぜ。そういえばクラリッサちゃん、テーブルカードゲーム部の部室に入り浸っているって聞いたけど」
「他人の空似だよ」
「目を見て言おうか」
闇カジノのことを追及されそうになるのにクラリッサはそっと視線を逸らした。
「クラリッサ・リベラトーレさん!」
クラリッサとウィレミナが正門を潜ろうとしたとき、大声が響いた。
「なんだ。また君か」
「また君か、ではありません! そのスカート丈は校則違反ですよ! ウィレミナ・ウォレスさん、あなたもです!」
声をかけてきたのはクリスティンだった。彼女も早朝から生徒指導を頑張っているのである。もっともその頑張りが正当に評価されているとは言い難く、皆が嫌そうな表情を浮かべて、正門をこそこそと潜り抜けていく。
「君も頑張るね。飴玉、食べる?」
「うがーっ! 私を子供扱いするな! 同い年ですよ!」
クリスティンの背丈は低く、クラリッサから自然と見下される姿勢になる。
「そ、それはそうと、いかがわしいアルバイトの件はご協力に感謝します。あなた方が調べてくださったのでしょう? ヒルダの退学処分は残念ですが、彼女がやってきたことを考えると当然の結果なのかもしれません」
「まあ、気にしないで。こっちの事情だから」
クラリッサはただシマを荒らしている連中をやっつけただけなのだ。
「そうはいきません。助けていだたいたお礼もありますし、何かお返しをさせてください。風紀委員としては何もできませんが、個人的なお礼はできます」
「貸しはいつか返してもらうけど、今でなくていいよ。それにお礼を言うならフェリクスにも言ってあげて。彼、君のこと心配してたんだよ。『あのちびっこ風紀委員はいつか絶対危ない目に遭うから目を離さないようにしよう』って」
「う、うが……。ちびっこ……。心配してくださったのには感謝します。ですが、私はちびっこではないとお伝えください!」
「分かった、分かった。伝えておくね」
そして、クラリッサとウィレミナはそそくさとクリスティンから離れた。
「スカート丈、直すですよ!」
「はいはーい」
助けてもらったりしたお礼はするけれど、それはそれとして風紀委員として認められないものは認められないクリスティンであった。
「そういや、そろそろ体育祭だね」
「賭けはばっちり任せて」
「そっちは頼まないから」
初等部とは微妙に時期をずらして行われる中等部の体育祭。
それが残り数週間後に迫っている。
「賭けるなら大きく紅組だよ。紅組はオッズが高い。スポーツくじは1点500ドゥカートから販売中。ウィレミナも投資ができる大人にならない?」
「それはなったらダメな大人だ。それはそうと生徒会でも何かするのかな?」
体育祭は基本的に体育委員の仕事だ。
もう体育委員に対する予算分配も終わっているので、生徒会としてやるべきことはさしてないはずである。後は追加予算の申請の有無や、生徒会長による体育祭での保護者に対する挨拶ぐらい……のはずである。
「まあ、何かあればジョン王太子が何か言うよ。任せておこう」
「そうだね。任せとこう!」
そして、軽い気持ちでクラリッサとウィレミナは自分たちのクラスに向かった。
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「クラリッサ嬢、ウィレミナ嬢。放課後、生徒会室に来てくれ」
「え。やだ」
「やだじゃない! 副会長だろ、君!?」
クラスに到着すると同時にジョン王太子が叫んでいた。
クラリッサもなんだか嫌な予感がしたので速攻で断ったのだが、残念ながら子供じみた言い分は通用しなかった。やだって。
「ひょっとして体育祭絡みの問題?」
「まあ、そういうことだ。急遽決まったことがあって、そのことについて話し合いたい。放課後に生徒会室だよ? 逃げないでくれよ?」
「それはどうだろう」
「そこは断言したまえよ」
クラリッサは微妙に逃げる気だぞ。
「ウィレミナ嬢。君が見張っておいてくれるか?」
「あー。私今日は陸上部の練習がー」
「君も逃げるつもりか」
ウィレミナももはや信用ならない。
「仕方ない。フィオナ嬢に頼んでおこう。私は先に用事を済ませなければならないからね。本当に放課後は生徒会室だよ? ネタフリではないからね?」
「ネタフリじゃないのか……」
ジョン王太子の言葉にがっくりするクラリッサであった。
「なんだろうね。急に決まったことって?」
「ついに体育祭で入場料を取るようになったのでは?」
「それはない」
クラリッサは前々から体育祭で入場料を徴収することを企てているのだ。
「入場料を取ったらもっと豪華な大会にできると言うのに。優勝者には莫大な賞金が手渡され、それを巡って両陣営が死闘を繰り広げる。外部からも人材を招き入れ、よりダイナミックな競技を演出できる。いいこと尽くめだ」
「それ、もう体育祭じゃないよ」
生徒以外が参加してたら体育祭の意味が失われる。
「というか、最近は普通に学園も羽振りがいいし、そんなに無理して利益追求しなくてもよくない? 今の予算で十分回ってるよ」
「甘いよ、ウィレミナ。この学園の帳簿を見たら分かるけど、学園を回しているのはひとつ、ふたつの家からの寄付金だけなんだ。ちなみに、ジョン王太子はああ見えて、寄付金額は3位だよ。王室ってケチだね」
「不敬罪、不敬罪」
不敬罪かもしれないが、ジョン王太子の家──王室の寄付金額は3位である。
王室は大金持ちのイメージがあるが、出費も大きく、常に裕福なわけではないのだ。隠し財法などの噂もあるが、どちらかという隠し借金の方が多いだろう。
「そんな不安定な寄付金に頼っていたら、いざその家の子弟が卒業したときに問題になる。そうならないためにも私は恒久的な学園の収益化を考えているんだ」
「実際のところはどうなの?」
「……学園のボスになりたい」
ウィレミナが神妙な表情で尋ねるのに、クラリッサが視線を逸らしてそう告げた。
「クラリッサちゃーん。別に生徒会長は学園のボスじゃないぜ? そのことはジョン王太子を見ればわかるでしょ?」
「あれはやり方が手ぬるい。もっと権力を乱用すれば儲かる」
「とんでもないこと言いだした」
クラリッサは権力があれば自動的に儲かるのだと思っているのだ。
「とにかく学園のボスにならなければ、学園を牛耳ることはできない。いずれ私は学園のボスとなり、この学園を己のシマにするのである」
「うーん。無理だと思うけどなあ」
クラリッサ、学園のボスになったら仕事が増えるだけだぞ。
「しかし、なんだろうね? 私たちに用事って?」
「大方どうでもいいことだよ。無視して帰ろう」
「そうしよう!」
そして帰ろうとする生徒会副会長と会計である。
「クラリッサさん、ウィレミナさん」
そんなことを話していたとき、フィオナがやってきた。
「放課後、生徒会室に来ていただけますか? 殿下から重要な話があるそうなので」
「もちろんだとも。君のために馳せ参じよう」
そして、フィオナの頼みは断らないクラリッサだ。
「クラリッサちゃーん。さっきと言ってること違うじゃんか」
「それはそれ。これはこれ」
「納得できない」
そして、ウィレミナもひとりで逃走するわけにはいかなくなったので、放課後は生徒会室を訪れることになったのであった。
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「来てくれてありがとう、クラリッサ嬢、ウィレミナ嬢」
放課後。
クラリッサたちはジョン王太子とフィオナの頼みで、生徒会室を訪れた。
「で、何があったんです? 予算不足とかじゃないですよね?」
「無論、予算は適切配分されている。その点は問題はない。ただ、いくつかの新しい提案が体育委員会からなされて、それを許可するかどうかを悩んでいたところなのだ」
「と言いますと?」
ジョン王太子が語るのに、ウィレミナが尋ねる。
「……部活対抗競技と委員会対抗競技だ。これをそれぞれ紅組と白組に配点するという話なのだが、何分急なことでそれぞれの部活動や委員会の都合がつくか分からないのだ」
体育委員会が提案したのは何も突飛もないことではなく、部活動同士の対抗競技と委員会同士の対抗競技を組み込みたいとのことであった。部活動と委員会はそれぞれ紅組、白組に分けられ、その上で競技を行うことになる。
「いいんじゃないですか? 何か問題があるんです?」
「あるんだ。ブックメーカーの件だ」
そう告げてジョン王太子がクラリッサの方を向く。
「白組に賭けている選手が意図的に紅組を負けさせようとするようなことはないかね? もちろん、大会優勝賞金とトロフィーが優勝した陣営には与えられる。だが、部活動と委員会の対抗競技は紅組と白組がごっちゃになる。意図して負けさせることも可能だろう? 私が危惧しているのはそういう行為が行われることにある」
そうなのだ。
今年の体育祭からブックメーカーが賭けを行っているのである。規模は学園全体で。
生徒会としては不正な試合とならないように監査委員会を設け、八百長の防止に努めているが、それでもなかなか厳しいところがある。
そんな中で、紅組と白組がごっちゃになる部活動と委員会対抗競技が企画された。
これによって監査は難しくなった。中には紅組の勝利のために白組なのに競技にでなければいけない生徒などが出てくる。そういう人間が不正に手を染めないという保証はないのだ。金がかかると人間意外となんでもやるものであるからにして。
「それなら部活動と委員会対抗競技は得点から外したら? 独自に賞を設けて、そこで表彰することにすればいいと思うよ」
「む。それもそうだが、部活動と委員会対抗競技の賞まで準備できるだろうか」
「それはうちのブックメーカーに任せておいてほしい。体育祭には少なくない資金を投じる準備ができているよ。もちろん、その部活動と委員会対抗競技も賭けの対象にするけれどね。スポンサーなんだからそれぐらい構わないでしょ?」
ジョン王太子が尋ねるのにクラリッサが自慢げにそう告げた。
「むむむ。本当に君のブックメーカーは不正はしていないだろうね?」
「スポンサーを疑うなんてとんでもない。大会の賞金やトロフィーを準備したのは、私のブックメーカーだよ。気前よく支払っている相手を疑うべきではないと思うね」
クラリッサのブックメーカーは既に不正に手を染めている。
学園内でもギャンブル合法化以前にスポーツくじを販売していたことはもとより、学園への還元を求められず、規則で定められたものより高倍率のオッズで賭けをしたり、他のブックメーカーへの嫌がらせまでやっているのだ。
不正、ここに極まりという感じだ。
「まあ、監査委員会では何も引っかからなかったし、信頼するとしよう」
「信頼していいよ」
二重帳簿や違法な方の賭けを仕切る隠れ代表の件は巧妙に隠蔽されている。
「では、ささやかなものでいいので部活動と委員会対抗競技にも何か提供してくれるだろうか? もちろん、無理は言わない。そもそも学園祭とは賞金目当てで争うものではなく、日ごろの運動の成果を保護者の方々とともに確かめる場なのだからね」
だけど、今年からギャンブル解禁である。
「まあまあ、優れたアスリートを育成するにはお金が必要だよ。プロの世界でも、選手たちは賞金を得ることで、より優れた成績を出せるんだ。競馬は王家のスポーツだけど、彼らも優勝賞金でよりいい馬を育てるんでしょ?」
「……その大切な馬の首が私の机に置かれていたことがあったな」
「大変だったね」
ジョン王太子がジト目でクラリッサを見るのに、クラリッサは受け流した。
「ごほん。そうと決まれば許可を出そう。しかし、分かっているね? 委員会対抗競技というのには私たちも出場することになるのだよ?」
「え?」
ジョン王太子が告げるのにクラリッサが思わず声を漏らす。
「私たち生徒会も委員会のひとつだからね。4名だけだが、そこは体育委員会が最適な競技を選ぶそうだ。出場科目が増えることになるが構わないね」
「うーん。となると、ここは生徒会に賭けるか」
「賭けの話はしてないよ?」
生徒会のオッズはある程度高いものだろう。
「正式な競技が決まったら連絡するので、そのように。せっかくの体育祭だ。思いっきり楽しんでいこうではないか。異義はないだろう?」
「異議なーし!」
ウィレミナももう勝つ気満々である。
「私も頑張りますわ!」
「もちろん私も頑張るよ」
フィオナとクラリッサも気合十分。
「では、生徒会として勝ちに行こう!」
「おー!」
頑張れ、みんな。きっといい思い出の体育祭になるぞ。
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