父は取引を禁止したい
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──父は取引を禁止したい
クラリッサたちがドーバーの港でどったんばったんやった後日、シチリー王国にある七大ファミリーを束ねるドン・アルバーノ・アンドレオッティの屋敷で、リーチオは他のファミリーとアルバーノとの会合に臨んでいた。
「いろいろと言いたいこともあるだろう」
ドン・アルバーノはそう告げて七大ファミリーの幹部たちを見渡した。
「『ドン。このままでは資金力で他の組織に後れを取る。どうか薬物取引を解禁してください』という手紙を出したのは誰だったかな。確かに七大ファミリーは今、危機にあると言っていい。恥知らずな新興組織が薬物を売り捌いて、ヤク中がシマで騒動を起こす。マルセイユではシンドーナ・ファミリーが薬物を売ってできた薄汚い金で雇われた官憲と抗争を起こしたこともよく知っている」
ドン・アルバーノは静かにそう告げた。
「そうです、ドン。薬物取引を認めていただかなくては、七大ファミリーはこのまま落ち目になる。相手は10万ドゥカート程度投資すれば、500万ドゥカートになって返ってくるビジネスを行っているのですから」
七大ファミリーの幹部のひとりがそう告げた。
「だが、薬物を扱えばシマは荒れる。ヤク中がたむろし、娼婦は生きた屍となり、街も国も荒れ果てる。そして、何よりこれまで七大ファミリーが成長するのに欠かせなかった政界との繋がりが断たれる。それは大きな損失だ」
薬物取引に七大ファミリーが手を出せば、これまでは味方だった政治家や貴族が敵に回る。これまではある程度のお目こぼしがなされていたものがなくなり、マフィアは徹底的に官憲によって取り締まられることになるだろう。
「薬物を売った金で改めて政治家や貴族を買収すればいい。官憲も買収できる。それですべて解決だ。どうです、ドン・アルバーノ」
そして、その意見に七大ファミリーの幹部のひとりがそう告げる。
「無理だな。薬物が国を破壊することを彼らはよく知っている。『ミスター・アルバーノ。薬物だけは取り扱わないように。薬物は国を荒廃させる大敵です。あなた方が薬物を扱わない限り、我々はあなた方の味方です』とエトルリアの貴族も言っている」
「だが、このままでは他の組織に押し切られる。どうにかして食い止めなければ」
ドン・アルバーノの淡々とした言葉に幹部のひとりが苛立った様子でそう告げた。
「リーチオ。お前はどう思う?」
そこでドン・アルバーノはリーチオに話を振った。
「薬物には手を出すべきではない。目先の利益だけを追求して、我々の本当の価値を失うようなことがあってはならない。敵が薬物取引で儲けている? ならば、そいつらを皆殺しにして国から叩き出せばいい。官憲が雇われているなら、官憲の腐敗を宣伝し、その信用を貶めればいい。やり方はいかようにもある」
リーチオはそう告げて幹部たちを見渡す。
「それに我々はもう十二分に稼いだ。これからはこれまで得てきた財産とコネをいかに運営するかだ。これだけの財産とコネがあれば、我々は一流の企業としてやっていけるだろう。もちろん、全ての事業をすぐに合法化するのは難しい。だが、今までのように犯罪という分野にこだわり、そのことでヤクを扱っているようなチンピラと衝突する必要はない。我々には連中にないものがたっぷりとあるのだから」
リーチオの発言に幹部たちの表情が強張る。
リーチオはマフィア稼業はこれまでにして、これからは合法化されたビジネスで儲けようと提案しているのだ。
「リーチオは娘の心配をしているからそういうのだろう。我々はまだまだこの分野で利益を計上する余地を残している。それこそヤクを扱っているチンピラを前にすごすごと引き下がるつもりはない。俺たちはマフィアだ。これまでも、これからも」
「そうだ。我々は屈しない。組織の構成員たちのためにも利益を上げる」
七大ファミリーの幹部たちが相次いでリーチオを非難する。
「静まれ」
そこでドン・アルバーノが告げる。
「私もファミリーのためを思っている。この七大ファミリーの全てのことを思っている。東はダルマチアのジェノヴェーゼ・ファミリーから西はリバティ・シティのヴィッツィーニ・ファミリーに至るまで、公平に愛している」
ドン・アルバーノはそう告げて葉巻を吹かす。
「だが、ファミリーの繁栄は永遠を約束されたものではない。この世の中に永遠を約束されたものなどない。歴史の流れの中で押しつぶされるか、それとも歴史の流れの中で形を変えて繁栄するかだ。リーチオの言い分にも一理ある」
ドン・アルバーノはそう告げて七大ファミリーの幹部たちを見渡す。
「そして私が存在する限り、七大ファミリーが薬物取引に手を染めることは許さん。二度とは言わんぞ。我々の先人たちが築いてきた努力の証を、チンピラとやり合うためだけに踏みにじるなど決して許さん。我々は薬物取引と戦う。もし、またマルセイユの街にアヘンを乗せた船がやってきたならば、船長から船員に至るまで全員の首を掻き切って、魚の餌にしてやれ。薬物取引に関与した者は皆殺しにしろ」
ドン・アルバーノは静かにだがはっきりとそう告げた。
「戦争だ。我々に従わないチンピラどもは吊るせ。徹底的に潰せ」
ドン・アルバーノはそう告げると葉巻の火を消した。
「異論のあるものは?」
そして、再び七大ファミリーの幹部たちを見渡す。
「ない」
「戦争となれば受けて立つしかない」
七大ファミリーの幹部たちのうち、5名がアルバーノの言葉に頷いた。
「ドン。間違っている。連中はもうただのチンピラじゃない。いずれ我々にとって大きな敵になりかねない存在だ。それに対抗するには我々にも資金が必要だ。それがたとえ汚い取引で生まれた金であろうとも」
「薬物を売る人間を選別すればいい。女子供には売らない。街のチンピラたちにだけ売る。そうすれば国が荒廃するようなことにはならない。そうだろう?」
だが、ふたりの幹部は同意しなかった。
「残念だ。私は二度と言わないと言ったはずなのだが」
ドン・アルバーノが再び葉巻に火をつけた時、これまで部屋の隅に控えていた警備の男たちのうち2名が反論した幹部2名の後ろにたち、ピストルモデルのマスケット銃を頭に突き付けた。そのことにふたりが気づいたが遅すぎた。
「さようなら」
銃声が響き、2名の幹部が脳漿をテーブルにまき散らして倒れ込む。
「これで本当に異論はないな?」
ドン・アルバーノは幹部たちを見てそう告げる。
「戦争だ。奴らを街から叩き出せ。売人を吊るし首にしろ。薬物を買った奴も殺せ。我々は薬物なんてものを認める気がないのだと示せ」
アルバーノはそう告げて葉巻を吹かした。
「私からはそれだけだ。さて、ここで乾杯と行きたいところだが、死体が転がっているのではな。ただ、ここに七大ファミリーの結束は強まったとだけ告げておこう」
ドン・アルバーノはそう告げて席を立った。
「では、諸君。夜も遅い。今日は泊っていくといい」
そうとだけ告げて、ドン・アルバーノは食堂から退席したのだった。
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「ドン・アルバーノ。随分と思い切った手に出たな」
夜更けの屋敷のベランダでリーチオは紙巻き煙草を吹かしながらそう告げる。
「ああでもせんと、我々は纏まらんだろう。人間とはより低きに流れる生き物だ。薬物取引が楽に儲かる手段だと知れば、そちらに向けて流れていく。これまでファミリーが上を目指して蓄えてきた財産を食いつぶし、堕落していく」
ドン・アルバーノは葉巻とウィスキーで夜の星の下にいた。
ウィスキーはリーチオの手土産。アルビオン北部のカレドニア地方産の上質なものだ。ドン・アルバーノはこのウィスキーを彼の故郷のワインと同じほどに気に入っているので、リーチオはよくよくこれを土産に選んでいた。
「しかし、リーチオ。ビジネスを合法化するというのはどこまで本気だ?」
「ある程度は本気のつもりだ。ここ数年で堅気じゃないと難しいことがいろいろとあると分かった。今後のファミリーのためにもまずは事業の一部は合法化し、いずれは事業全体を合法化したい。合法化してもこっちにはいろいろと伝手がある。やっていけるさ」
リーチオは政界への伝手でアルビオン王国におけるギャンブルを合法化し、そこに縄張りを作って、ホテル業なども組み合わせた統合エンターテイメント施設を作るつもりだった。それがファミリーの合法化への第一歩だ。
無論、縄張りが出来上がるまでには抗争もあるだろう。チンピラどもを叩き出し、後から参入しようとする連中を叩き出し、利益を独占するためには非合法な手段も必要とされるだろう。だが、それが終わればリベラトーレ・ファミリーは犯罪組織でなくなる。
「私が思うに、リーチオ」
ドン・アルバーノがウィスキーの香りを味わいながら告げる。
「お前はどこまでも自分の娘が大事なのだろう。娘が犯罪者の子供と指さされるのが嫌なのではないか? そうでなければ今の実りのいいビジネスを捨てて、合法化されたビジネスだけでやっていこうとは思わんだろう」
「確かにそうなのだろうな。クラリッサの奴は俺の跡を継ぐと言っている。最近ではそれが冗談には聞こえなくなってきた。それならば娘に残すものは、薄汚れた馬車ではなく、魔法のかかったような馬車にしたい」
クラリッサは前々から自分がリーチオの跡を継ぐと言っていた。最初は冗談だろうと聞き流していたが、何度も繰り返されるうちに冗談には聞こえなくなっていた。
そうであるならば。
そうであるならばクラリッサにはマフィアの道は歩んでほしくない。日陰者として過ごしてほしくはない。神に望まれた存在として、表の道を、血にまみれていない道を歩んでもらいたい。それがリーチオの願いだった。
「お前も娘がかかわると人が変わるな。だが、薬物との戦争は行ってもらうぞ。連中には思い知らせなければならない。我々七大ファミリーを敵に回したという事実を連中には突き付けてやらねば。人は大勢死ぬかもしれないが、お前のシマはさほど荒れまい」
「戦争の準備はできている。後はここでの会合の結果次第だった。ドン・アルバーノ。あんたが薬物取引を認めたならば、反逆者は俺たちの側になる。そうならないためにも、今日の会合までは待った。まあ、結論はある意味では分かっていたが」
「そうだ。私たちは薬物取引など認めない。神に誓って。薬物取引がどれほどシマを荒廃させるのかは分かっているし、政治家や貴族とのパイプが失われることも理解している。損得勘定の問題だ。ちょっと悪さをするのと、ヤク中どもを徘徊させて国を滅亡に追いやるのではレベルが違う」
リーチオが紫煙を吐き出して告げるのに、ドン・アルバーノはウィスキーのお代わりをグラスに注いだ。静かな夜で、男たちの会話以外には何も聞こえない。
「リーチオ。それほど娘が大事ならばそろそろ新しく妻を娶らないか。シチリーの女だが、アルビオン語も喋れるいい娘がいる。家庭的だし、子供好きだ」
ドン・アルバーノはそう告げてリーチオを見る。
「クラリッサには父親はたくさんいるだろうが、母親はいない。そうだろう? 娘の成長のことを考えるならば新しく女を作れ。娘を育てるのは母親だ。父親は見守るだけだ。そのことは分かっているんだろう?」
「俺にはまだディーナがいる」
ドン・アルバーノの言葉にリーチオがそう告げて返した。
「十数年前に死んだ女だ」
「それでも俺はまだディーナを愛している。このことだけは曲げたくはない。クラリッサは今でもディーナのことを覚えている。俺がそのディーナを捨てて、新しく女を作ったならばクラリッサは落胆するだろう。俺はよき父でありよき夫であり続けたい」
リーチオは今もディーナのことを愛している。リーチオはディーナから様々なものを受け取った。愛、ビジネスの流儀、そしてクラリッサ。その大切なディーナを裏切るような真似はしたくなかった。たとえディーナが死んでいたとしても。
「お前はそう言いだすと人の話を聞かんな。そこまでいうのであれば俺は何も言うまい。今度はクラリッサも連れてくるといい。今度の会合じゃ死人はでない。穏便な会話だけで終わる。戦争の話も、薬物の話もなしだ」
ドン・アルバーノはそう告げて葉巻を吹かす。
「連れて来れるとしたら次の冬休みだな」
「誕生日には誕生日プレゼントを贈ろう。では、クラリッサによろしくな」
「ああ。ドン・アルバーノ。お休み」
ドン・アルバーノは冷えてきたベランダから引っ込み、リーチオは夜空を眺めながら、紙巻き煙草を吹かした。
シチリー王国がこれほど冷えているのだから、アルビオン王国はもっと冷えているだろう。クラリッサは暖かくして眠っているだろうか。
まさかリーチオもクラリッサがアルビオン王国における薬物戦争の先陣を切ったなどとは思いもしていなかった。
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