娘は敵対組織に忍び込みたい
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──娘は敵対組織に忍び込みたい
ヒルダがベニートおじさんと愉快な仲間たちとともに楽しくお喋りしていた時、クラリッサたちも動いていた。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「は、はい」
クラリッサは放課後になった時間帯に以前ボコボコにした男子生徒たちとともに、学園の外に出ていた。クラリッサのそばにはトゥルーデ──。
「おい。どうして俺がこんな格好しなきゃならんのだ」
「仕方ないじゃん。アルバイトは女子生徒しか受け付けてないんだから」
──かと思いきや、女子の制服を着たフェリクスだった。
体つきもなにもかも姉とそっくりなこともあって、フェリクスの女装姿に違和感はなかった。胸のふくらみがやや平らなのが気になるが、スカートはキュロットスカートで、動きやすい格好になっている。もっともフェリクスの自尊心はズタズタだが。
「クソ。こういうのはあのちびの風紀委員にやらせろよ」
「あれは完全に戦力外。連れてきても足手まといになるだけ。君だからこそ頼めるんだ。他の人間では代わりは務まらないし、信頼もできない。頼むよ、フェリクス」
「ちっ。分かったよ」
クラリッサが告げるのにフェリクスがため息をついた。
「それで。そのアルバイトを集めているところにはどこで合流するの?」
「もう少し先の倉庫です。お、お願いですから、俺たちがいる間は暴れないでくださいね? もうこの商売とは手を切りたいんですよ……」
その男子生徒は手に包帯を巻いている。このいかがわしい商売と手を切る前にナイフで手を切られた口だ。自業自得だが。
「分かっているよ。君たちが逃げてからことを始める」
そう告げてクラリッサは背後を確認した。
背後からはシャロンが労働者風の格好をしてついてきている。彼女もクラリッサに何かあったら困るのだ。そう、クラリッサは囮捜査をするつもりなのだから。
クラリッサが囮捜査を企てたのは、証拠をつかむためであった。
もし、本当にリベラトーレ・ファミリーに敵対している組織が学園の女子生徒たちを使って官憲を買収し、薬物の密輸を手伝わせているとしたら、そのことを暴くだけで世論は一斉にリベラトーレ・ファミリーの敵を非難するだろう。
敵対組織によって腐敗した官憲も逮捕されてしまえば、ドーバーのコントロールは再びリベラトーレ・ファミリーの手に渡る。
クラリッサはファミリーの一員としてやるべきことをしようとしていた。
「ここです。この倉庫です」
やがて男子生徒が古ぼけた倉庫を指さした。
「罠の可能性は?」
「あるな。十二分に注意して突入だ」
「突入は不味いよ。アルバイトに来たことになっているんだから。ただ、武器だけはいつでも構えられるようにしておこうか」
クラリッサたちは男子生徒たちから取り上げた折り畳み式ナイフをポケットに忍ばせている。敵が行動を起こすならば、反撃する準備はできているのだ。
「では、行こうか」
「ああ。行くとしよう」
クラリッサがそう告げ、フェリクスが頷く。
「こんちはー」
クラリッサはあくまで余裕を持って、倉庫の扉をくぐった。
「ん。新入りか?」
「そだよ。どうぞよろしく」
倉庫内には数名の男たちがいた。
武装している様子はない。だが、どこかに武器を隠し持ってはいるだろう。
「仕事の内容は分かってるか?」
「ドーバーに行くとしか聞かされてないよ。ドーバーで何するの?」
男が尋ねるのに、クラリッサが尋ね返した。
「楽な仕事だよ。官憲に酌をしてやって、ちょっとばかりいい気持にさせたら、帰りには大事な荷物を運んで帰る。それだけの話だ。いいアルバイトだろ」
「確かにね」
やはりクラリッサの考えは的中したようだ。
官憲の買収と薬物の密輸。
ファミリーのシマを荒らしているのは確実だし、犯罪そのもので官憲に突き出すこともできる。証拠の方は今頃ベニートおじさんがヒルダから得てるはずだ。
「それじゃあ、行くぞ。馬車に乗れ」
男が馬車の扉を開いてクラリッサたちに乗るように促す。
「失礼するよ」
クラリッサたちは馬車に乗り込む。
馬車には既に2名の女子が乗っていた。制服は聖ルシファー学園のものだ。どうやら男たちは王立ティアマト学園に限らず、幅広く商売を広げていたようである。
「あなたたちもバイト?」
「そ。遊ぶ金が欲しいからね」
聖ルシファー学園の制服を着た女子のひとりがが尋ねるのに、クラリッサは頷いて返した。クラリッサも変装したフェリクスも真面目な生徒には見えない。いかにも遊んでそうな女子を演出している。スカート丈は短く、薄い化粧。
「このバイト、儲かるって聞いたけど、本当?」
「さあ? 私たちも今回が初めてだから。けど、ドーバーにいくだけで10万ドゥカートでしょう? 楽な商売じゃない?」
聖ルシファー学園の女子生徒たちの会話からは有益な情報は得られなかった。
馬車はその間にも出発し、クラリッサたちは馬車に揺られながら、ドーバーを目指した。ドーバーではいったい何が待ち構えているのだろうか。
……………………
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ドーバー。
到着したのは午後7時頃であった。
この港町はアルビオン王国の玄関口になっており、何百という船舶が今の時間も行き来している。大半の船はドーバーの対岸であるフランク王国のカレーを目指す。
港では税関職員がカレーからの積み荷を調べ、違法な品などがないかをチェックする。また出入国管理の部署もこの時間まで働いていた。
アルビオン王国は島国であり、物資と人の行き来には神経質だ。リベラトーレ・ファミリーがアルビオン王国の税関を買収するのにも時間がかかった。税関が買収できるようになるまでは、海峡の途中で物資を漁船に積み替え、そうやって物資を密輸していた。
今でも貴重な品はその手の手段が取られる。あまりに物資が貴重だと、税関職員がより多くの袖の下を要求してくるからだ。
クラリッサが考えるにその方法が使えるのはドーバーでこれまで幅広く商売をし、貸しを作ってきたリベラトーレ・ファミリーだけである。敵対組織は税関を買収するしかないだろう。そして、その買収の一環として女性生徒が集められた。
「こっちだ。ついてこい」
馬車を降りると倉庫にいた男がクラリッサたちを誘導する。
クラリッサたちは今は静かに男の指示に従う。
決定的な証拠を手にするまでは行動には移れない。決定的な証拠というのは禁制品になっている薬物を男たちが取り出すまでだ。それを押さえさえすれば、男たちを薬物密輸の犯人として官憲に突き出せる。
その官憲の準備も抜かりない。
ベニートおじさんのコネでリベラトーレ・ファミリーに従っている警察官が4名、シャロンとともにドーバーを訪れている。彼らが薬物密輸の現場を取り押さえる予定だ。
合図は上空に打ち上げた火球の魔術。それが上がったら、警察官とシャロンが一斉にクラリッサたちの入っていった建物に突入する。
「さて、どうなることやら」
クラリッサは少し考え込みながらも、周囲の状態に気を配り、男の後を進む。
「やあ。今日も上玉を連れてきたぞ」
「おお。今日は王立ティアマト学園の生徒か」
男が税関職員の詰め所を覗いで告げるのに、税関職員が立ち上がった。
「こっちだ。休憩室に行こうな」
税関職員はそう告げるとクラリッサたちを休憩室に連れていく。
「さて、ここでおじさんに酌をしてもらおうかな。さあ、寄って寄って」
税関職員はにやけた笑みを浮かべて、ワイン瓶を取り出すとグラスを机に乗せた。
「ほい」
聖ルシファー学園の女子生徒が困惑する中、クラリッサがコルクをポンと引き抜き、トクトクトクと赤ワインをグラスに注ぐ。
「いやあ。いいね、若い子は。うちのカミさんとは大違いだ」
税関職員はそのようなことを告げながらワインを呷る。
「そっちの子もこっち来て。ほらほら。アルバイトに来たんでしょ?」
そう告げる先はフェリクス。本当に誰もフェリクスが男だと気づいていない。
フェリクスはそのことに少し泣きたくなった。
だが、泣いている暇はない。ここで見事に立ち回って、薬物売買の証拠を掴み、自分たちのシマ──王立ティアマト学園を荒らした敵対組織を潰さなければならないのだ。
フェリクスは何も言わずに税関職員の隣に座ると、無造作にグラスにワインを注いだ。そして、これで終わりだと言わんばかりに席を立とうとする。
「まあまあ。待ちなさい。これから君たちには10万ドゥカートの金が流れ込むのだから、もうちょっとサービスできないものかね」
そう告げて税関職員はフェリクスの腕を掴む。
「そんなにスカート丈短くして、誘っているんだろう? それなら、おじさんといいことしようじゃないか。そうしたらサービスでさらに10万ドゥカート上乗せしちゃうよ」
「…………」
フェリクスは税関職員の視線が自分の太ももや胸に向けられているのが分かった。男からこういう視線で見つめられるのは本当にキモイ。心底キモイ。心の髄までキモイ。
その時、フェリクスの中で何かが弾けた。
「いいぜ。サービスしてやるよ」
「おお。そうでなくちゃな。じゃあ、他の子たちは別室で待ってて」
フェリクスが告げるのに税関職員がクラリッサたちを外に出す。
悲鳴が上がったのは次の瞬間だった。
「フェリクス?」
「サービスしてやるよ。もう二度と余計な考えを抱かないようにただで去勢してやる。ああ? どうだ? これがいいのか? あ?」
クラリッサが奇妙に思って建物の中を覗き込むと、フェリクスが税関職員の股間を踏みつけていた。ぐりぐりと念入りにすりつぶすように踏んでいる。
「潰れるー! 何がとは言わないけど潰れるー! た、助けて!」
「うるせえ。きもい目で見やがって。こちとらこういう格好しているだけでも鳥肌が立つんだよ。それをてめえはじろじろと見やがって。俺は男だ!」
そう告げてフェリクスは税関職員の股間を蹴り上げた。
「あふん」
その奇妙なうめき声を最後に税関職員は泡を吹いて動かなくなった。
「あーあ。フェリクス。滅茶苦茶じゃん」
「仕方ないだろ。このきもさには耐えられん。さっさとブツを押さえようぜ」
クラリッサがため息混じりにそう告げるのにフェリクスがそう告げて返した。
「お前たち」
税関職員が失神してから15分後ほど経った時に倉庫の男が戻ってきた。
「今、何か悲鳴のような声が聞こえたが気のせいか?」
「気のせい、気のせい」
クラリッサとフェリクスがふるふると首を横に振る。一方の聖ルシファー学園の女子生徒たちはどうしたらいいものかと考えあぐねている。
「よし。では、次の仕事だ。このカバンを持って指定された場所に向かえ。これはウィリアム4世広場で、こっちはブラックチャペルの──」
男が指示を出し終える前にクラリッサがカバンの中身を開いた。
「おい! 貴様、何をしている!」
「アヘンか。やっぱりね」
男が叫ぶのにクラリッサはその臭いを嗅いで判断した。
そして、クラリッサが上空に火球を打ち上げる。
「お、お前ら! いったい何のつもりだ!」
「リベラトーレ・ファミリーからの挨拶だ、クソ野郎。うちのシマを荒らしてくれた礼をしてやる。そこでとくと味わえ」
男がナイフを抜くのにクラリッサが6本余りの鉄の槍を形成して男に降り注がせた。
鉄の槍の一本は男の手のひらを貫いてナイフを叩き落とし、残りが檻のように重なって地面に突き刺さると男をその中に閉じ込めた。男は悲鳴を上げて、仲間を呼ぶ声を発する。
「クソ! どうなっている!」
「リベラトーレだ! リベラトーレのカチコミだ!」
税関の詰め所から別の男たちが現れるのに、檻に閉じ込められた男が叫ぶ。
「畜生! 覚悟しやがれ!」
男は魔道式小銃を構えようとするがクラリッサたちの方が早かった。
クラリッサは火球を形成すると男に叩き込んだ。それからフェリクスが鉄の壁を形成し、聖ルシファー学園の女子生徒たちを避難させる。
「ここでじっとしてろ。アルバイトのことは忘れておけ。危うく犯罪の片棒を担がされるところだったんだからな」
「わ、分かりました」
フェリクスが告げるのに聖ルシファー学園の女子生徒たちが頷く。
「フェリクス。すぐにシャロンたちが来る。それまで時間稼ぎ。ブツは押さえておいて。私は向かってくる連中をちょっとばかりお仕置きする」
「分かった。気を付けろ。連中、魔道式小銃まで持っているぞ」
「それぐらい想定内」
クラリッサが告げるのにフェリクスがアヘンの収まったカバンを持って周囲を見張る。相手は絶対にこのカバンを取り戻しに来るはずだ。それを叩きのめさなくては。
「ブツが奪われた! 取り戻せ!」
男たちの声がし、魔道式小銃を握った男たちが税関所のあらゆる場所から向かってくる。どうやら税関の警備まで買収していたようだ。
「はいはい。やらせないよーっと」
クラリッサは向かってくる男たちに向けて金属の槍を放つ。
金属の槍は的確に男たちの手から魔道式小銃を叩き落とし、そのまま地面に貼り付けてしまう。男たちは叫び声をあげて、辛うじて回避したものたちが遮蔽物に飛び込む。
「お待たせしたであります!」
そして、男たちが物陰から魔道式小銃を放とうとしたとき、シャロンと警察官が税関所に突入してきた。シャロン以外の全員が魔道式小銃で武装している。
「警察だ! 武器を捨てて、投降しろ! お前たちには薬物取引法違反の容疑がかかっている! ただちに武器を捨てて、投降しろ!」
「畜生。サツが来やがった! 皆殺しにしろ!」
警察官の警告も無視して男たちは魔道式小銃での銃撃を始める。
魔道式小銃に組み込まれた魔術が引き金を引くたびに発動して、その銃口から氷の刃や火球が警察官たちに向かってくる。
「甘いであります!」
シャロンは金属の壁を形成して身を守ると同時に金属の壁から鉄の槍を形成して、魔道式小銃での攻撃を続ける男たちに向けて放った。
「ぎゃっ──!」
「クソッタレ! 軍隊式魔術が使える奴がいるぞ!?」
シャロンは元は軍人だ。それも魔術を行使して戦う魔道歩兵だ。
戦闘魔術のテクニックと経験においてはクラリッサよりアドバンテージがある。
だが、それでも致命傷になる攻撃は放たない。あくまで生け捕りにして、官憲の手で逮捕されなければならないのだ。それがなされてこそ、世論は敵対組織に厳しくなり、敵対組織が街で商売することの障害を作ることになる。
「ブツはどうなってる!?」
「ダメだ! 取り戻せない!」
「クソッ!」
やがてドーバーの埠頭全体が騒がしくなり、警察官たちが集まってくる。
「サツに囲まれた」
「畜生。投降しよう。引き時を誤った……」
男たちは武器を捨てて、警察官たちの方に向かってくる。
「おお。パーフェクト」
「お嬢様。お怪我はありませんですか?」
「ないよ。ばっちり」
シャロンが心配そうに寄ってくるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「フェリクスも怪我はない?」
「ない。それよりこのブツをどうにかしてくれ」
フェリクスはそう告げるとカバンを地面に置いた。
フェリクスが置いたカバンを警察官たちが調べる。内容物を確認し、それがアヘンであることを確認した。精製されたアヘンがカバン4つ分。2キロのアヘンだ。これが全て売買されるならば、末端価格は膨大なものとなる。
「ご協力に感謝します」
警察官たちはクラリッサたちに敬礼を送って告げた。
「善良な市民としてするべきことをしただけだよ。ね、フェリクス?」
「まあ、そんなところだな」
クラリッサが告げるのにフェリクスがそう告げて返した。
「もう大丈夫だぞ。戦闘は終わった」
そして、フェリクスが自分の形成した金属の壁に隠していた聖ルシファー学園の女子生徒たちに向けて告げる。女子生徒たちはそろそろと壁から出てくる。
「素敵でした!」
「お姉さまって呼ばせてください!」
聖ルシファー学園の女子生徒たちはフェリクスとクラリッサに向けてそう告げる。
「お、お姉さま……」
「フェリクス。今の君はどうみてもお姉さまだよ」
肩を落とすフェリクスにクラリッサがポンと肩を叩いてそう告げた。
頑張れ、フェリクス。いつか立派な男になるんだ。
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