娘はシマを荒らしている連中の黒幕を捕まえたい
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──娘はシマを荒らしている連中の黒幕を捕まえたい
クラリッサのシマ──王立ティアマト学園を荒らしている連中の正体は分かった。
ヒルダ・ホーク。中等部3年の女子生徒。
だが、手を出すのは難しい相手だった。
ヒルダの周りには常に品行方正な女子生徒たちがついており、迂闊に暴力には訴えられない。教師に告げようにも情報源がどこかということが問題となってしまう。
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り」
クラリッサが動けないままに5日が過ぎ、クラリッサは今日も生徒会の仕事を終えて帰宅した。生徒会では新しく立ち上げられているブックメーカーの審査や、監査手順の方法などが議論されている。ウィレミナは陸上部の練習を口実に途中で逃げた。
「パパ。ドーバーはうちのシマだよね?」
「……何かあったのか?」
「少し」
リーチオが渋い表情を浮かべて尋ねるのに、クラリッサがそう返した。
「ドーバーは確かにうちのシマだが、絶対的に握っているわけではない。そして、お前はうちのシマについて特に知る必要もない」
「うちの学園のことがかかわっているとしても?」
「学園がかかわっている。前に確かにそう言っていたな……」
クラリッサはリーチオにいかがわしいアルバイトの件でドーバーが関与している旨を以前、伝えている。それからリーチオは慌ただしく動いたのだ。
「だが、お前にはなんともいえん。これはファミリーのビジネスの話だ。俺たちが対処するからお前はいつも通りにしていなさい。いかがわしいアルバイトについて、下手に首を突っ込むんじゃないぞ。分かったな?」
「私のシマが荒らされているのに?」
「……いつから学園はお前のシマになったんだ?」
「中等部1年でフェリクスと闇カジノ──げふんげふん、ビジネスを始めてから」
学園は特にクラリッサのシマであるわけではないぞ。
「とにかく、俺たちが問題を解決するから大人しくしておきなさい。今はファミリーが揺れている。どう動くが分からん。シャロンにはしっかりと守ってもらえ」
「……分かった。ところで、パパ」
「なんだ?」
「女子生徒をひとり拉致したいんだけど、人を貸してくれない?」
「……ダメ」
ダメに決まっている話だ。
「そいつを押さえれば、学園で安心して過ごせるんだよ。お願い」
「ダメと言ったらダメだ。余計なことはするな。それと俺は明日からシチリー王国に行くから、留守の間は大人しくしておくんだぞ」
「ん。はーい」
クラリッサは意外なほど素直にそう告げた。
「いい子だ。お土産を買ってきてやるからな。楽しみにしておけ」
リーチオはそう告げると書斎からクラリッサを退去させた。
クラリッサが動き始めたのはその翌日のことからである。
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「シャロン。今日は寄るところがあるから、そっちに寄っていって」
「了解であります。それで、どちらに?」
「ベニートおじさんの屋敷」
クラリッサがそう告げるのにシャロンが僅かに固まった。
「あの、お嬢様? 例の学園の件ならば大人しくしておくとボスにお約束なさいましたよね? 今回の訪問はそれとは無関係でありますよね?」
「詮索好きは嫌われるよ?」
あくまで目的は話さないクラリッサである。
「し、しかし、ボスの留守中にお嬢様をベニート様のところに向かわせるいうのは……。自分もベニート様が武闘派の代表格なのは知っているのであります」
「そして、私の大切なおじさんでもあるんだよ。さあ、寄っていって」
「はいであります……」
帰ったら間違いなくリーチオに怒られるだろうなと思いながら、シャロンは馬車をベニートおじさんの屋敷に向かわせた。
「クラリッサちゃん! 元気にしていたかい?」
「うん。とっても。この間はベニートおじさんから聞いた話が役に立ったよ」
「そいつは何よりだ。ささ、入って、入って。今、お菓子を用意しよう」
ベニートおじさんは椅子や机にナイフで人の手を貼りつけにする方法を教えていた。
碌なことを教えてないね!
「さあ、クラリッサちゃん。紅茶とお菓子だよ」
まるで孫にでも接しているかのようにベニートおじさんはノリノリでクラリッサを歓迎していた。いつもは部下が来るか、妻と過ごすだけなので、クラリッサの訪問はベニートおじさんにとってとても嬉しいものなのだ。
「ありがとう、ベニートおじさん」
クラリッサは紅茶に砂糖とミルクを入れてから口を付ける。
「クラリッサちゃんももう立派な淑女だね。王立ティアマト学園がよかったのかな。お茶を飲む仕草も洗練されているよ。クラリッサちゃんをお嫁に迎えられる男は幸せ者だろうね。しかし、迂闊な奴にクラリッサちゃんは渡せないな……」
ベニートおじさんはクラリッサに恋人ができたら徹底的に調査するだろう。
「私はお嫁には行かないよ。パパの跡を継ぐから。お婿に来てもらうの」
「そいつはいい! クラリッサちゃんは度胸も機転もあるからボスにはうってつけだ! クラリッサちゃんがボスになるというなら俺は安心して引退できるな」
リーチオは全く安心できないだろう。
「それでね、ベニートおじさん。ドーバーで何か起きているでしょ?」
「……クラリッサちゃんでもそれは言えないな」
こういうときは口が堅くなるのがベニートおじさんである。
「大丈夫。大体のことは分かっているから。ドーバーに敵対組織が陣取っているんでしょう。そして、どういうわけか私たちはそれに手が出せない。恐らくは敵対組織がドーバーの官憲を買収しているから。そんなところ?」
「参ったな。クラリッサちゃんは何でもお見通しか」
クラリッサがすらすらと告げるのにベニートおじさんが困った表情を浮かべた。
「ピエルト辺りが喋ったわけじゃないね?」
「ピエルトさんは無関係だよ」
今回は本当にピエルトは悪くない。
「それでね。その犯罪組織が学園にも手を伸ばしているみたいなの。学園内でいかがわしいアルバイトの斡旋をしてて、その内容が『ドーバーにいけば大金がもらえる』ってものなんだ。これって明らかに私たちのシマが荒らされているよね」
「なんてことだ。それは確かに俺たちのシマが荒らされている。あのカレーのクソ野郎どもめ。残らずミンチにして、豚の餌にしてやる」
ベニートおじさんにとっても学園はもう自分たちのシマ。だが、当のボスであるリーチオはいつ学園がシマになったのか知らないのだ。何それ怖い。
「でね、ベニートおじさんに頼みがあるんだ。学園内と学園外を繋いでいる生徒がいるんだけど、私たちじゃ手が出せないの。だから、ベニートおじさんのところで拉致ができる人を集めて、ちょっと遠くでお喋りしたいなって」
「なるほど。火遊びしている馬鹿を締め上げたいってわけだ。いいぞ。人を出そう。そいつを捕まえて、ちょっとばかりお喋りしよう。おじさんに任せておきなさい」
「ありがとう、ベニートおじさん。大好きだよ」
「ハハハ。クラリッサちゃんのためであり、ファミリーのためだからな」
クラリッサがにこりと笑うのに、ベニートおじさんが楽しそうに笑った。
ちなみに人を拉致して尋問する話をしているのである。
「私たちもファミリーのために行動するからよろしくね」
「クラリッサちゃんもかい? 危ないことをしてはいけないよ?」
「大丈夫。私、鍛えているから」
クラリッサはそう告げて拳を叩いて見せた。
「流石はボスのお嬢さんなだけはある。では、クラリッサちゃんに任せることは任せよう。俺たちはその火遊び野郎を捕まえる。名前は分かるかい?」
「ヒルダ・ホーク。中等部3年生。詳細な資料はここに」
クラリッサはどこで調べたのかヒルダの肖像画付きの資料を準備していた。
「手際がいいね、クラリッサちゃん。ピエルトの野郎にも見習わせたいものだ」
ベニートおじさんは資料を眺めながらそう告げる。
「やれそう?」
「やって見せよう。こいつと繋がっている組織は恐らくファミリーにとって、もっとも不愉快な敵だ。見せしめにしてやりたいところだ」
「それはダメ。怖がらせるだけにしておいて」
「うんうん。クラリッサちゃんは慈悲深いね」
人を拉致している時点で慈悲も何もないぞ。
「あら。クラリッサちゃん。いらっしゃい」
クラリッサとベニートおじさんがそんなことを話していたとき、クラリッサたちのいる応接間にベニートおじさんの奥さんが現れた。
「アップルパイを焼いたのよ。よかったら食べていかない?」
「いただきます」
ベニートおじさんの奥さんが尋ねるのにクラリッサが頭を下げた。
「それじゃあ、ベニートおじさん。お願いね。もう二度とファミリーのシマを荒らすことがないように可能な限り脅かしておいて」
「ああ。任せておくといい」
それからクラリッサはベニートおじさんの奥さんの焼いたアップルパイを存分に味わい、シャロンとともに馬車で自宅に戻った。
「お嬢様。ベニート様と何をお話になったんでありますか? ボスにはボスの留守中には大人しくしておくとお約束したではありませんか」
帰宅するとシャロンが困惑した表情でそう告げる。
「あれはネタフリだよ」
「ネタフリでありますか?」
クラリッサが告げるのに、シャロンが首を傾げる。
「するな、するなと言っておいて、敢えてやるのが笑いのポイント。あれは高度な漫才のネタフリだったんだよ。分かった?」
「そ、そうなのでありますか。自分はそういうことはあまり知らないので分からなかったであります。あれはネタフリというものだったのですね」
「そうそう。ネタフリ、ネタフリ」
クラリッサはそう告げて自室に向かう。
頑張れ、シャロン。ちゃんと嘘を見抜ける人間になるんだ。
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クラリッサとベニートおじさんが話し合ってから2日後。
ヒルダはいつものように友人に囲まれて学園から出てきた。
ヒルダは部活動には入っておらず、帰宅時間は早い。午後5時には終わる学園の授業の後に、そのまま自宅に帰宅する。季節は冬に向かいつつあり、日没の時間は早まりつつある。この時間帯には既に日はやや沈みかけ、暗くなりつつあった。
「出してちょうだい」
「畏まりました、お嬢様」
ヒルダが馬車に乗って告げるのに、使用人が馬車を出す。
通りはガス灯の明かりでぼんやりと照らされ、馬車はカラカラと車輪の音を立てて、ヒルダの自宅へと向かっていく。
(それにしても困ったものね)
ヒルダは馬車の中で名簿を見ながら考え込んでいた。
(男子たちがあまりに使えないせいで、人が集まっていない。これじゃあ、おじ様たちが困るわ。官憲を買収するのにも、荷物を運ぶのにも人手が必要なのに。どうしたものかしら? ちょっとばかり強引な手も許可しようかしら?)
ヒルダがそのような考えに浸っていたとき、急に馬車が停止し、危うくヒルダが席から転がり落ちかけた。ヒルダは名簿をカバンに仕舞うと御者席の使用人を睨む。
「何をしているの! 危ないでしょう!」
「で、ですが、お嬢様。急に馬車が飛び出してきて──」
使用人がそう言いかけたとき、使用人の体が御者席から消えた。
「な、何……?」
ヒルダがようやく危険性を認識したときには遅かった。
バンッと馬車の扉が開かれる。
「ヒルダ・ホークだな。一緒に来てもらうぞ」
「あなたち、私が誰か分かっていて──」
ヒルダが叫ぼうとする前にその口が布でふさがれ、馬車から引きずり出される。
「目標確保」
「撤収、撤収」
男たちは馴れた様子でヒルダを縛り上げると頭に布を被せて、通りを塞いでいる馬車に乗せると、慌ただしくこの場から立ち去っていった。
娘が帰ってこないとの知らせを受けて都市警察が捜索に当たったところ、縛り上げられた使用人と空の馬車が見つかったのは、午後10時を過ぎたころだった。
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ヒルダの顔にかぶせられていた布が取り払われる。
ヒルダは口に猿轡をかまされ、叫ぶこともできない状況で、椅子に縛り付けられていた。そして、そのヒルダを中心に覆面の男たちがいる。
場所は牧場だろうか。家畜の臭いと豚の鳴き声がする。
「ヒルダ・ホーク。てめえはやってはいけないことをしたな」
覆面の男がそう告げる。
「てめえ、カレーの組織とグルになって薬物の密輸に関わっていただろう。てめえの誘った女子生徒は官憲を買収するための餌と運び屋を兼ねていたな? そうだろう?」
覆面の男が告げるのにヒルダは震えあがっていた。
確かにヒルダはカレーの組織とグルになって、薬物をアルビオン王国内に運び込む手伝いをしていた。女子生徒たちは薬物を取り締まる官憲を“もてなして”おいて、買収するための餌であり、同時に薬物の運び屋を兼ねた存在だった。
「ヒルダ・ホーク。てめえがフランク王国で仕事をしていたならば俺たちは何も言わなかった。だが、てめえはこのアルビオン王国で仕事をした。ここは俺たちのシマだ。分かるか? 人様の家で勝手にてめえは商売したんだよ。それもよりによって薬物をなっ!」
覆面の男はそう告げてナイフを抜き、ヒルダの両足の間に突き立てた。
ヒルダはあまりの恐怖のせいで失禁してしまった。
「てめえには選択肢がふたつある。償いをするか。ここで豚の餌になるかだ」
覆面の男がそう告げるのに、男たちがミンチメーカーを運んできた。
そして、そのミンチメーカーに肉塊が放り込まれる。
「人間を豚の餌にするのは簡単だ。豚は何でも食う。生きたままミンチにしてやり、そして豚の餌皿に乗せてやれば、豚は舌なめずりしてそいつをくっちまうだろう」
そう告げて覆面の男はミンチメーカーを回し始める。
ミンチメーカーから赤い肉塊が吐き出され、ヒルダはその様子を震えながら見つめていた。自分もあのようにミンチにされるのか? そして豚の餌に?
ヒルダは後悔した。迂闊にこんな商売に手を出すべきではなかったのだ。おじ様たちはヒルダに親しくしてくれるが、暴力性を内包していた。そして、そのような人間が他の組織にいないとは限らなかったのだ。
そして、ヒルダはそのような男たちのいる敵対組織と遭遇した。ヒルダをミンチにして、豚の餌にしてしまおうという男たちのいる組織と遭遇した。
後悔ばかりが湧き起こる。確かにおじ様たちとの商売は儲かった。本来ならばそこまで格式の高くないヒルダの家でも贅沢ができるようになった。化粧品は高級品を好きなだけ買えたし、アクセサリーも好きなだけ手に入った。
だが、それは薬物でできた金だったのだ。
おじ様たちから話は聞いていた。アルビオン王国には古くからの組織があり、その組織は薬物取引を禁止しているのだと。おじ様たちはいずれその組織も薬物取引を認めるだろうと言っていたが、その前にその組織と思われる男たちにヒルダは捕まった。
助けは来るか?
考えにくい。来たとしても豚の餌にされた後だろう。
「さて、選択だ。ヒルダ・ホーク。てめえが都市警察に行って、洗いざらい喋るのならば豚の餌にはしないでおいてやる。女子生徒たちを使って官憲を買収し、薬物を運ばせていたということをきちんと喋れば、てめえの命は助かる」
覆面の男はそう告げてヒルダの両足の間に刺さっていたナイフを引き抜いた。
「親より先に死ぬのは親不孝だが、俺たちは貴様が血の涙を流そうとミンチにすると決めたらミンチにするぞ。賢明な選択をしろ、ヒルダ・ホーク」
そして、覆面の男がヒルダの前に座る。
「豚の餌がいいか?」
ヒルダが必死に首を横に振る。
「なら、贖罪を選ぶか?」
ヒルダが頷いて返した。
「いいだろう。だが、てめえが約束を破った時は次は選択肢なんてないぞ。生きたままばらして、ミンチにして、豚の餌にしてやる。分かったな?」
ヒルダは必死に頷いた。
「いいだろう。布を被せろ。解放してやれ」
そして、ヒルダの視界が布によって閉ざされる。
それからヒルダはウィリアム4世広場の隅で発見された。
保護しに来た都市警察の警察官にヒルダは泣きじゃくりながら、自分が何をしていたかについて語った。それはアルビオン王国を揺るがす一大スキャンダルとなる。
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