娘は謎の組織に立ち向かいたい
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──娘は謎の組織に立ち向かいたい
「絶対に許すまじです、クラリッサ・リベラトーレ!」
クリスティンは学食で吠えていた。
「落ち着きなよ、クリス。そんなに怒ることじゃなくない?」
「怒りますー! 学園で堂々とギャンブルを始めたばかりか、あ、あんな破廉恥な衣装を着せた女子生徒を使って自分たちの宣伝をするとは! 学園の風紀が乱れています! そもそもクラリッサ・リベラトーレは服装検査にかければ間違いなく引っかかるはずなのにどうしていつもすり抜けているのですか!」
クリスティンは大激怒していた。
というのもクラリッサの運営するブックメーカー“777ベット”が本格始動したからだ。前々から学園でギャンブルをするなど決して許されないと訴えてきたクリスティンにとってこれは明白な敗北であった。
クリスティンもギャンブル合法化反対の署名を集めたのだが、僅かに20人が署名してくれるにとどまっていた。これでは勝てない。
そして、そのクラリッサたちがヘザーを使って宣伝をしていることも許されざることであった。ヘザーはあろうことか服装検査以前のバニーガール姿で、宣伝をして回っているのである。そのことはクリスティンを激怒させ、彼女はただちに風紀委員の会合でこの問題を持ち出したが、黙殺される形で終わっていた。
風紀委員もほぼ買収され、賛同者はいないのだ。
「服装検査は抜け道多いし。私もスカート丈ぐらい弄れるよ?」
「けしらからんです! スカート丈はひざ下2センチまで!」
「そうだね。クリスティンは成長すると思って大きめの制服かったのに全然育たなかったからなー。短くする余裕もないな」
「うがーっ! 私の成長と校則は関係ない!」
クリスティンは中等部では成長期に入るだろうと思って大きめの制服を買ったはいいものの、全く成長せず、制服はぶかぶかのままであった。
「とにかく、何としてもこれ以上の風紀の乱れは阻止しなければなりません」
「そういえば、例のいかがわしいアルバイトの話。私にも声かけてきたよ」
「なんですと!? ど、どうしたのですか?」
クリスティンはいかがわしいアルバイトの背景にはクラリッサがいると思っている。
「確かに遊ぶお金は欲しいけれど、胡散臭すぎたから断った。クリスも注意しなよ。最近では女子に片っ端から声かけてるらしいから」
「ふむ。やはりこれは風紀委員が動くべき案件ですね!」
クリスティンは巨悪を暴くために立ち上がった!
「それはそうとカレー、早く食べないと冷めちゃうよ」
「そうでした。食べ物を残してはもったいないのです」
「クリスティンはしっかり食べているのに横にも縦にも成長しないな」
「うがーっ! そのネタで私を弄るな!」
自分が低身長童顔なのは気にしているクリスティンである。
「あ」
「あ」
そして、クリスティンがカレーを食そうとしたとき、向こうから来た人物と視線があった。よりによってクラリッサである。ウィレミナとサンドラも一緒だ。
「クラリッサ・リベラトーレ! またよからぬことを考えているようですね! それからそのスカートは短すぎです! 隣のふたりも!」
クラリッサはキュロットスカートだからとそれなりにスカート丈を縮めており、サンドラとウィレミナも平均的な女子程度には縮めている。
「君も実りもしない努力をよく続けられるね。感心する」
「こ、この……! 覚えているといいですよ! いつかあなたの悪事を白日の下にさらけ出してやるですから! 他の風紀委員が懐柔されようと私は屈しない!」
「まあ、頑張って」
クリスティンの宣戦布告は適当に聞き流された。
「あのいかがわしいアルバイトの件も暴きますからね!」
そこでクラリッサがクリスティンの方を向いた。
「本気でそう考えている?」
「本気です! 何をしているのか知りませんが、いずれ分かります! 覚悟するといいですよ! この王立ティアマト学園の風紀を乱すのもここまでです!」
「ふむ」
クリスティンが告げるのにクラリッサが考え込む。
「やっぱりやめておいた方がいい。それはこっちで解決するから。君は学園のスカート丈だとかそういうのを摘発してて。正直なところ、ちょっとこれは危ないから」
「そのような言葉に騙されるものですか! 悪事は許しませんよ!」
「うん。私も私のシマで誰かが勝手に悪事を働いているのは許せない」
クリスティンが告げるのに、クラリッサがそう告げて返す。
「悪事を働いているのはあなたでしょう! 覚悟しておくです!」
「とにかく、いかがわしいアルバイトの件は私たちが解決しておくから」
そして、最後まで話がかみ合うことはなく、クラリッサたちは別のテーブルに去っていった。クリスティンは憤然とした様子で椅子に座る。
「ねえ、クリスちゃん。あのクラリッサさんの様子だと本当にクラリッサさんはいかがわしいアルバイトの方には無関係じゃないのかな?」
「そんなはずはないです! 他に誰がこんなことを組織できるというのですか!」
クリスティンの友達のひとりがそう告げるのに、クリスティンが告げる。
「他に不良グループっていないの? なんでも北ゲルマニア連邦の大使の息子がやべー奴だって聞くけど。それからめっちゃ可愛いって」
「フェリクス・フォン・パーペンならクラリッサ・リベラトーレとグルです。ブックメーカーでも副代表になっています」
フェリクスも粗野な男子を取りまとめ、学園内で不良グループとして名をはせていた。それと同時にその姉とそっくりな容貌が可愛いと評判であったが、本人には教えないであげよう。気にしているからね。
「じゃあ、学園の外は?」
「学園の外?」
「そうそう。学園の外の不良とか犯罪組織とか」
そう考えてみると、クリスティンは自分があまり学園の外に目を向けていないことに気づいた。まあ、当然と言えば当然だ。クリスティンは王立ティアマト学園の風紀委員であって、外の治安を取り扱う都市警察の警察官ではないのだから。
「いいえ。ありえないです。王立ティアマト学園の外から犯罪組織が生徒たちを動かして犯罪行為に従事させているなど突拍子もなさすぎます。……多分」
「自信はないんだね」
クリスティンもこればかりは断言できなかった。
「もういっそ現場を押さえるしかありません。そうすれば白黒付きます。しかし、どうやったらこの手の現場を押さえることができるでしょうか?」
「んー。囮捜査でもやる?」
「囮捜査?」
クリスティンの友達のひとりが告げるのにクリスティンが首を傾げた。
「そうそう。クリスティンもスカート丈を短くして、髪型も変えて、化粧して、そうやっていかがわしい相手が声をかけてきやすくするの。そうしたら案外、簡単に犯人を取り押さえられるかもしれないよ?」
「む。捜査のためとはいえ、校則違反をするのですか……」
クリスティンにとって校則とは絶対に順守すべきものだった。巨悪を捕らえるためとは言えど、それを守らないというのはどういうものだろうかと葛藤する。
「クリスちゃん。止めといた方がいいよ。危ないかもしれないし……」
「私は危険など恐れません! では、私にスカート丈を短くする方法と化粧の方法を教えてください。これで見事敵が網にかかれば、そのまま御用です!」
「オーケー。任せろ。野暮ったいクリスを、バリバリイケてる女にしてやるからな」
「私は野暮ったくありません!」
クリスティンの抗議も他所に友達は化粧用具を準備し始めた。
頑張れ、クリスティン。とりあえず目の前のカレーを食べるんだ。
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「今月は5人だけ?」
そう不満そうな声が上がるのは空き教室のひとつだ。
ブルネットの髪をショートヘアにし、クリスティンが見たら怒り狂うだろうほどにスカート丈を短くしている。そんな不良感のある人物が、名簿を眺めながら、煙草──によくにたチョコレート菓子を口にくわえている。
「すみません、姐さん。ですが、どうも俺たちのことを嗅ぎまわっている人間がいるらしくて、迂闊に勧誘できない状態なんですよ。風紀委員とクラリッサ・リベラトーレ。このふたつが俺たちのことを探っています」
「面倒ね」
傍に控えていた男子生徒が告げるのに、その女子生徒がうんざりした顔をした。
「カレーからの積み荷は次々に上がってきている。それが捌けないとなるとおじ様たちがお怒りになられるわ。何としても使える人間を探して」
「は、はい!」
女子生徒が冷たく告げるのに、男子生徒が震えあがる。
「風紀委員が邪魔なら暴力でねじ伏せてしまいなさい。そのためにあなたたちを雇っているのだから。ここの生徒はみんな過保護に育てられてきたから、暴力に耐性がない。ちょっと乱暴してやれば黙り込むというものよ」
「はい、姐さん」
この女性生徒の名前はヒルダ・ホーク。中等部3年の生徒であり、ここ最近噂になっている『いかがわしいアルバイト』を斡旋している張本人であった。
「だけど、クラリッサ・リベラトーレに手を出してはダメよ。あれは他の生徒とは全く違うから。あれに手を出すと火傷どころでは済まない」
そして、彼女はクラリッサのことを把握していた。彼女が暴力にはより強力な暴力で反撃してくるということを。
「しかし、学園内のめぼしい連中にはもう全員声をかけてしまいましたからね。これから他の連中を探すとなると、真っ当な人間に声をかけなくちゃいけなくなります」
「それならめぼしかった連中にもう一度声をかけて、報酬は弾むと。それから真っ当な連中はちょっとばかり暴力で脅して勧誘するといいわ。一度、こっちに引き入れてしまえばもう逃げられない。分かるでしょ?」
「ええ。分かります」
ヒルダが告げるのに、男子生徒が下種な笑いを浮かべた。
「『使用済み』のものはあなたたちにも譲ってあげるわ。ただし、商品の方は絶対に手を付けないこと。これはただの脅しではないわ。厳重な忠告よ。前にひとり、聖ルシファー学園の生徒が製品に手を出して、どういう目に遭ったのかは覚えているわね?」
「も、もちろんです。商品に手を出すなんてとんでもない」
聖ルシファー学園では行方不明者が出たと、今騒ぎになっている。
「分かったならよろしい。では、仕事を始めて。来月には10人は確保しておきたいところだわ。この学園の生徒は人気があるの。貴族の子女だからかしらね。馬鹿みたい。制服を脱いでしまえば、貴族もそうでないのも大した変わりなんてないのに。私たちに青い血が流れているわけではないでしょう?」
「それでも貴族という肩書がいいんでしょう」
「そうかしらね。聖ルシファー学園も金を持った家庭の子女たちが多いけれど、それでもこっちが人気なのは肩書のおかげかしら。それなら私たちに貴族子女という肩書を付けてくれた両親にはとても感謝しなければならないわね」
ヒルダが物憂げに告げるのに男子生徒のひとりがそう告げた。
「さあ、では貴族というものの名においてビジネスを続けましょう。おじ様たちはもう少しでアルビオン王国への足掛かりを作れるわ。そうすれば私たちは大儲けよ。この格式ばった学園で、私たちが革命を起こしてやりましょう」
ヒルダはそう告げて机から飛び降りた。
「私たちの学園に真の自由を。私たちの学園に真の堕落を。私たちに大金を」
「俺たちに大金を」
ヒルダが告げるのに男性生徒たちがにやりと笑う。
「問題はクラリッサ・リベラトーレのみ。どう潰してやろうかしら」
ヒルダはそう告げると優雅な歩みで外に出ていった。
この王立ティアマト学園を舞台に何かが始まろうとしている。
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