娘は友達に使い魔を紹介したい
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──娘は友達に使い魔を紹介したい
中等部になると魔術の授業も複雑になる。
自分で魔法陣を描くための知識や、魔術を考案した人物の経歴、魔術の歴史に至るまで座学が取り入れられてくるのである。
クラリッサは覚えるものが増えたことに戦慄し、恐怖していた。
だが、魔法陣の作成は割合クラリッサのフィーリングで完璧にこなせたので、問題となるのはその他の暗記事項のみである。そして、その暗記事項を覚えていなくても、魔術を使う分にはなんら問題がない。
つまり、クラリッサは依然として実技面ではイケイケドンドンである。
1学期はほぼ座学で過ごしたが、2学期からは実技も再び始まる。
そう、つまりは──。
「テケリリ」
アルフィの出番である。
「なあ、本当にそれを学園に連れていくのか?」
「そうだよ。アルフィは私の使い魔だもん」
リーチオが渋い表情でアルフィを見るのに、クラリッサはそう告げて返した。
「……気のせいかでかくなってないか?」
「……気のせい」
クラリッサがいつも決められた量より多めの食事を与えているので、アルフィは大きくなったぞ。そろそろバスケットからはみ出しそうである。
「ダイエットさせなさい。それがでかくなるのは困る」
「酷い。アルフィは成長期なんだよ? 大きくなるのが当たり前なの」
「何の生き物かもわからんのに、成長期は分かるのか」
「……多分、成長期」
クラリッサは静かに視線を逸らした。
「ねえ、パパ。もうアルフィもファミリーの一員だよ? アルフィを信頼してあげて」
「いや、俺は断固してこいつをファミリーの一員に加えることは拒否する」
アルフィはサイケデリックな色合いに変色した。
「ほら、アルフィも『僕もファミリーの一員だよー』って言ってるよ」
「色が変わっただけじゃねえか」
クラリッサはアルフィの言葉を捏造している節があるぞ。
「アルフィ。可哀そう。でも、学園には友達がいっぱいいるからね」
「多分、友達というより餌として見てるぞ、そいつ」
ジョン王太子の使い魔であるモントゴメリーは召喚直後から狙われていた。
「アルフィはいい子だから友達とも仲良くするもんねー?」
「テケリリ」
アルフィは眼球を4つ形成して鳴いた。
「いい子、いい子。それじゃあ、バスケットに入って。そろそろ学園に行こうね」
「よその使い魔食わないか用心しておけよ」
「食べないよ。……多分」
「そこは断言してくれ。心配になる」
さて、クラリッサもそろそろ登校の時間だ。
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学園は魔術の授業の実技が始まるとあって、わいわい騒ぎになっていた。
「モントゴメリー! モントゴメリー! ここで大人しくしているんだ!」
ジョン王太子のワタリガラスはきょろきょろと周囲を見渡し、飛び回っている。
「はあ、はあ。君はこれから外で待機しておいた方がいいかな?」
サンドラのガラパゴスゾウガメは台車の上で丸くなっている。
「うー! ネルソンは本当に可愛いですわ!」
フィオナのノルウェイジャンフォレストキャットはフィオナに抱きしめらている。
「こら、ブルー。今は遊ぶ時間じゃない。待てだ、待て。よしよし」
ウィレミナのゴールデンレトリバーは尻尾を振って遊びたがっている。
「ふへへ。ジェイソンもだいぶ大きくなりましたねえ。これなら私のことを締め上げられるかもしれないですよう」
ヘザーのオオアナコンダはヘザーの首にまとわりついている。
「よう、クラリッサ。例のブックメーカーの件、進んでいるか?」
そして、フェリクスが話しかけてきた。
「順調だよ。生徒会に書類を提出してきた。このままいけば無事に認可が下りるはず。これからは正々堂々とギャンブルができるよ」
「もちろん、それだけじゃないんだろ?」
クラリッサが告げるのに、フェリクスが二ッと笑ってそう告げた。
「それはそうだね。どうしても正規のルートでやる賭けは収益金が少なくなるし、一部は学園に還元しなくちゃいけない。ここは控除率をより低くして、ギャンブラーの儲けがよく、こちらに入ってくるお金も増える方法を並行して行おう」
「そっちは秘密裏に、か?」
「そういうこと」
クラリッサはギャンブルが合法化できさえすれば、監査委員会の目をすり抜けて、裏の儲けを上げるつもりだった。収益金を学園に還元しなくともいい、クラリッサたちの取り分の多い賭けをするわけである。
もちろん、発覚すればブックメーカーの資格を失うことになる。だが、クラリッサは裏の仕事は裏の仕事をする人間に任せ、表のビジネスとは分離させておくことで、万が一に備えていた。それに監査委員にはクラリッサの知るジョン王太子やフィオナがいるのだ。監査の情報はあらかじめ手に入れることができるのである。
そうなるともう恐れるものなどない。クラリッサたちは学園でギャンブルを公然と行い、その収益金をがっぽりといただき、次の生徒会選挙や高等部における生徒会選挙に備えるのである。クラリッサは次こそは学園のボスになるつもりだ。
「ところで、フェリクスの使い魔は?」
「ああ。こいつだ」
フェリクスがそう告げて指を鳴らすとシェパード・ドッグが姿を見せた。
「へえ。フェリクスの使い魔は犬系なのか」
「いいだろう? まあ、それなりに扱いやすいし、賢いし、問題はないぞ」
クラリッサがしげしげとフェリクスのシェパード・ドッグを眺めるのに、フェリクスがそう告げて返した。シェパード・ドッグはきょろきょろと周囲を見渡すと、またフェリクスの椅子の中に潜り込んでしまった。どうやら人見知りのようだ。
「フェリちゃんの使い魔が気になるのね!」
そこで呼ばれてもないのに登場した人物が。
「姉貴。用はないからすっこんでてくれ」
「ぶー! フェリちゃんが冷たい! フェリちゃん、浮気してない?」
「浮気も何も俺は姉貴と付き合っている覚えはないからな?」
トゥルーデである。彼女は自分の肩にハクトウワシを連れている。
「フェリちゃんの使い魔はアンバーっていうのよ。私のこの子はシロ。みんなからは『危険な奴』とか『おかしい奴』って呼ばれてたわ」
「凄く物騒なあだ名だ」
トゥルーデのシロは取って食える獲物がいないか周囲を見渡している。
「姉貴の使い魔はよその使い魔を取って食おうとするからな。おかしいんだよ。ちゃんと躾けておけよな。母国にいたときから問題児だぞ、そいつ」
「そんなことはないわ! ちょっと可愛いものがあるとじゃれつきたくなるだけなの! きっと私に似たのね! アンバーもフェリちゃんに似ているもの!」
「似てねーよ」
アンバーとフェリクスはちょっと似ているかもしれない。
「クラリッサはどんな使い魔を連れているんだ?」
「ん。この子」
そう告げてクラリッサはバスケットを開いた。
「テケリリ」
その中から姿を現した不定形で名状しがたい生き物を前にフェリクスとトゥルーデのふたりが完全に硬直した。
「そ、それはなんて生き物なんだ?」
「謎。大学でも分からなかった」
「謎」
フェリクスとトゥルーデは静かにアルフィから距離を取った。
「アルフィ。出ておいで。みんなに挨拶して」
「テケリリ」
アルフィはサイケデリックな色合いに変色しながらバスケットから出てくる。
「クラリッサちゃん。これはどう考えても契約を解消して、元の場所に返した方がいいわ。この世の生き物なのかすらも定かではないもの」
トゥルーデがそう告げ、シロは威嚇するように翼を広げていた。
「酷い。アルフィはよく分からないところもあるけれどいい子だよ」
「そのよく分からないって点が凄く危険なんじゃないか……?」
クラリッサがアルフィを撫でてやるのにアルフィは触手を蠢かせた。
「アルフィは何でも好き嫌いせずに食べるし、パズルで遊ぶし、鉄を溶かすし、とっても賢くていい子なんだよ」
「んんん。俺の中のいいペットとしてのイメージとかけ離れた単語が混じった」
鉄を溶かすペットは危険なペットだ。
「クラリッサちゃん……。またその名状しがたき生き物を連れてきたんだね……」
「アルフィは私の使い魔だからね。当然だよ」
アルフィがほのかに発光するのに、サンドラは視線を逸らした。
「サンドラもアルフィが安全な使い魔だって説明してあげて」
「ふたりともなるべくアルフィには近づかないようにね。特に使い魔を近づけちゃダメだよ。食べられるかもしれないからね」
「サンドラ」
友軍に援護射撃を頼んだら自分に弾が飛んできた。
「クラリッサが戦闘科目ってことは俺はこいつと授業を受けるのか……」
「アルフィで癒されて頑張ろう」
クラリッサの言葉にアルフィは目玉を6つほど形成してフェリクスを見つめた。
頑張れ、フェリクス。おなかの満ちているアルフィはそこまで危険ではないぞ。
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「えー。それでは皆さん。座学の方はしっかりとおさらいしていますね?」
中等部の魔術教師は神経質そうなメガネの男性教師だった。
「おさらいができているなら、魔法陣を描いて、実際に魔術を行使してみましょう。自分の体だけを使った魔術より、魔法陣の補助を受けた魔術の方が効率的なことは既に皆さんも覚えているでしょう。魔法陣こそ魔術の基礎です」
そう告げて魔術教師がクイッと眼鏡を上げる。
「それから使い魔です。使い魔は主の魔術を補助します。誰も使い魔がただの賢いペットなだけだとは思っていませんね? よろしい。では、使い魔と魔法陣を駆使して、物質の遠隔操作を行ってみましょう」
魔術教師はその時に触手を振っているアルフィを視野に入れたが見なかったことにした。あれが存在すること自体がちょっとおかしいと思っているのだ。
「それでは、最初に挑戦したい方は?」
「はい!」
勢い良く手を上げたのはジョン王太子だ。
「では、殿下からお願いしましょう」
ジョン王太子はまずは地面に魔法陣を描き、それから使い魔とともにそこに魔力を込めていく。ジョン王太子の使い魔であるワタリガラスのモントゴメリーは、その身に宿した魔力を主人と合わせて魔法陣に流し込む。
するとどうだろうか、ジョン王太子の100メートルほど先にある岩が──。
動かず、手前にある小さな石ころがそろそろと浮かび上がった。
「初めてにしては上出来です、殿下。後は鍛錬あるのみです」
「……はい」
ジョン王太子は期待していたのと全く違う結果にがっかりして列に戻った。
「次は──」
だが、ジョン王太子もそこまで悲観する必要はなかった。
他の生徒は魔法陣が間違っていて、爆発が生じたり、大量の水を頭から被ったりして失敗し、成功した生徒も岩を動かすことはできなかった。
フェリクスも地面から噴き出した水を浴びて列に戻っている。彼の使い魔のシェパード・ドッグのアンバーはぶるぶると体を振って、水気を払っていた。
「大丈夫かなあ。何か、みんな失敗してるよ」
「大丈夫。魔術はフィーリングだから」
「クラリッサちゃん。適当なこと言わないで」
クラリッサ。魔術もいずれ解明されて科学になる日が来るんだぞ。
「残りはサンドラ嬢とクラリッサ嬢ですね。どちらからやられますか」
「私から!」
ここでサンドラが勢い良く手を上げた。
最後まで残って大失敗するよりも、その手前ぐらいで失敗した方が目立たない。サンドラはそう考えて挑んだ。それに適当なことを言いながらも、なんだかんだでクラリッサが成功する可能性は極めて高いのだ。
「では、魔法陣を描いて」
ここで失敗すると爆発したり水を浴びたりと散々な目に遭う。しっかりしなければ。
「それでは魔力と使い魔とともに込めて」
それからゆっくりと魔力を魔法陣に注いでいく。
それによって100メートルほど先にある岩が──。
持ち上がった!
「おお。やりましたね。上出来です。それでは魔力の流れを閉じて」
「は、はい」
サンドラはそろそろと魔力の流れを閉じる。
「皆さん。これが大成功の例です。皆さんもサンドラさんのようになれるように頑張りましょう。鍛錬あるのみですよ」
魔術教師はそう告げてサンドラを列に戻す。
「ブオ―……」
「君のおかげだったのかな? 大成功だって!」
「ブオ―……」
サンドラは嬉しそうにガラパゴスゾウガメのハリエットに声をかけ、ハリエットは『それほどでもない』というように一鳴きした。
「それでは最後にクラリッサ嬢」
「よし来た」
クラリッサがアルフィとともに前に出る。
謎の生き物がズルズルと進むところから全員が視線を逸らしていた。魔術教師も可能な限り、アルフィを直視しないようにしている。サイケデリックな色合いに変色したり、触手を伸ばしたり、縮めたりするアルフィを見ていると正気が損なわれるのだ。
「まずは魔法陣を描いて……」
クラリッサがカリカリと魔法陣を記す。
「さあ、アルフィ。やるよ?」
「テケリリ」
そして、クラリッサとアルフィが一気に魔法陣に魔力を込める。
すると100メートルほど先にある岩が──。
宙に浮かび、グルグルと回り始めた。そして、ぴたりと止まったかと思うと、サラサラと砂状に分解されていって、そのまま消滅してしまった。
「……? なんか凄いことになった?」
クラリッサは目の前の光景を見つけ、アルフィは蠢いた。
「む……。クラリッサ嬢。魔法陣が間違っているのではないかね?」
「合ってる」
「……確かに合っている」
では、どうしてクラリッサの放った魔術で岩が崩れ落ちたのだろうか?
「テケリリ」
答えの分からぬまま、アルフィはただサイケデリックな色合いに変色していた。
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