娘は水泳大会を張り切りたい
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──娘は水泳大会を張り切りたい
いよいよ水泳大会の日が訪れた。
水泳大会は中等部1年から中等部3年まで3学年合同で行われる。
戦闘科目、非戦闘科目も区別はなし。個人戦と団体戦の両方が行われる。
9月なると涼しくなってくる時期だが、王立ティアマト学園のプールは室内プールなので何の問題もない。相変わらず豪勢な設備を持った学校だ。
「クラリッサちゃん。一緒に泳ぐのは久しぶりだね」
「うん。久しぶり。頑張って優勝を目指そう」
水泳大会にはいくつかの賞が存在する。
個人戦で優秀な成績を上げた人間への賞が金銀銅の3種類。そして、団体戦における賞が中等部1年、中等部2年、中等部3年、3学年統合で4種類。
クラリッサはこの全てで賭けを行っている。
クラリッサの目指しているのは3学年統合優勝だ。
3学年統合優勝はやはり中等部3年のクラスの方がオッズが低く、中等部1年のクラスはオッズが高い。つまり、ここで勝てば大儲けということだ。
八百長などに頼らなくともクラリッサには自分の鍛えられた肉体がある。判定はタイムによるものなので、クラリッサが一気にタイムを稼げば勝ちに行ける。
「バリバリ泳ぐよ、サンドラ。水をかき分けて、鬼のように進むよ。いいね?」
「わ、私はもっとのんびり行きたいかな……」
「ダメだよ、サンドラ。ここは絶対に優勝を狙うよ。優勝以外に価値はないよ。それも学年優勝じゃなくて、3学年統合優勝を目指すよ。だって、その方がいい思い出になるよね? クラス優勝程度なら簡単にできるかもしれないけれど、3学年統合優勝はそう簡単にはいかないよ。そして、人は難しいこと、厳しいことを乗り越えた時に最高の思い出が作れるんだ。私たちの友情を深めるためにも、そして私が大勝ちするためにも、ここは3学年統合優勝を目指していこう。人は成長するんだ。サンドラもきっと成長できる。この困難を乗り越えた時、きっと新しいサンドラになれるんだよ」
「クラリッサちゃん。大勝ちって何?」
「気のせいだよ」
「確かに聞こえたよ」
ジト目でクラリッサを見つめるサンドラであった。
「クラリッサちゃん! いよいよこの日が来たね!」
「おう。ウィレミナ。ここは絶対に勝ちに行くよ」
「もちろんだぜ! 優勝を目指そう! ……八百長とかなしでね」
「八百長なんてとんでもない。スポーツマンシップに則り戦うよ」
クラリッサはもう八百長を諦めているぞ。
「クラリッサ嬢! ついにこの日が来たようだね!」
「さあ、みんなで頑張ろう」
「無視しないでくれるかなっ!?」
女子たちで集まったクラリッサにジョン王太子が突っ込んだ。
「何? 勝負?」
「その通りだ! 私が出場する個人戦も自由形50メートル。ここは私と君の間の雌雄を決しようではないか。私は勝ちに行くよ!」
「か弱い女の子相手にいきがってないで、同じ男子と勝負したら?」
「散々私に喧嘩を売ってきたのは君だろう!?」
クラリッサは全くか弱くないぞ。
「ごほん。私も今日に備えて猛特訓をしてきた。ここは私が勝たせてもらうよ!」
「まあ、死なない程度に頑張って」
「……私たちは宿敵でいいのだよね?」
クラリッサはもうジョン王太子を宿敵とは見なしていないぞ。まあ、だからと言って友人として見ているわけでもないのだが。
「それよりもジョン王太子は団体戦で頑張って。3学年統合優勝を目指すよ」
「3学年統合優勝を目指す? 難しくはないかね……?」
「その程度の覚悟しかないなら君とはもう関係解消だ」
「いや! 私は事実を述べただけだぞ!?」
確かにジョン王太子が言うように3学年統合優勝は難しい。
それでもクラリッサはやるつもりなのだ。莫大なリターンを求めて。
世の中、金である。努力、友情、勝利など過去の遺物なのだ。
「やる気ないの? フィオナにいい所見せるチャンスなのに」
「む。そういわれては引けないな。頑張らせてもらおう!」
「じゃあ、個人戦では体力は温存してね」
「うむ。……って、君との勝負も忘れてないからな!」
「どうせ私が勝つし」
クラリッサは余裕たっぷりだ。
「クラリッサさん。殿下。何をお話になっているのですか?」
などという話をしていたらフィオナがやってきた。
ちなみに描写していなかったが、王立ティアマト学園の学園公式水着は男子はスパッツ型、女子は紺色のワンピースの水着だ。決して全身に縞々のダサい奴ではない。
「クラリッサ嬢に私が勝利するだろうという話をしていたのだよ、フィオナ」
「この大会で3学年統合優勝をしようという話をしていたんだ、フィオナ」
それぞれが別々のことを告げる。
「? ジョン王太子は同じクラスですので勝負はないのでは?」
「クラリッサ嬢のせいで話が乱れたが、個人戦の話だよ。私のイルカのような見事な泳ぎを見ていてくれたまえ」
話がごっちゃになったフィオナにジョン王太子が説明する。
「個人戦はどうせ私が勝つからどうでもいいんだ。問題は団体戦なんだよ。私たちのクラスで3学年統合優勝を目指す。フィオナも頑張って。君の力が必要なんだ」
「それでしたら張り切らさせていただきますわ!」
クラリッサがフィオナの手を掴んで告げるのに、フィオナが頷いた。
「はい。では、まもなく中等部合同水泳大会を始めます。生徒の皆さんは自分のクラスの指定された場所に集まってください」
大会を仕切る体育委員の声が響き、クラリッサたちは指定された場所に移動する。
「それでは中等部合同水泳大会を開催します。皆さん、日ごろの練習の成果を今ここに披露しましょう。各々悔いが残らない大会としてください。それでは第一種目、中等部1年生による自由形50メートルです」
早速クラリッサの出番が回ってきた。
「よし。行ってくる」
「頑張れ、クラリッサちゃん!」
クラリッサが立ち上がるのに、サンドラがそう告げる。
「勝たせてくれよ、クラリッサ」
「任せろ」
フェリクスも同じく自由形50メートルに出場だ。そして、フェリクスは個人部門の金メダルでクラリッサにそれなりの金を賭けているぞ。クラリッサも自分に賭けている。
「それでは位置について」
飛び込み台の上にクラリッサたちが並ぶ。
「スタート!」
号令が響き、全員が一斉に飛び込む。
先頭を走るのはクラリッサだ。クラリッサが快調なスタートダッシュを決めて、順調にプールを進んでいく。他の1年生たちも追いすがろうとするが、速さが全く違って、全く追いつけていない。クラリッサはまさにシャチのような勢いで突き進む。
折り返し地点を通過し、クラリッサは勢いをさらに早めた。
水泳大会でも安全のためにフィジカルブーストの使用は禁止されているが、それでもクラリッサの速度はオリンピック選手並みである。流石は人狼ハーフの筋力だ。
そして、ゴールイン。
「クラリッサ・リベラトーレさん。記録は23秒25!」
「大会新記録です!」
他の選手に圧倒的な差を付けてクラリッサがゴールイン。
「やったね、クラリッサちゃん!」
「まあ。余裕」
サンドラが告げるのにクラリッサが頷いて見せる。
それからフェリクスが27秒でゴールイン。ジョン王太子は──。
「ジョン王太子殿下。記録は31秒19!」
ボロ負けであった。
「ほらね? 私が言った通りだったでしょ?」
「ぐぬ。ま、まあ、負けは負けだ。認めよう。だが、これでも私は男子の中では早い方だったのだぞ? 君が早すぎるだけなのでは?」
「フェリクスにも負けたのに?」
「うぐ」
そうである。ジョン王太子は普段はサボり気味のフェリクスにすら敗北しているのである。これは致命的な敗北である。
「私はそこまでダメな人間だったのか……」
「そんなことはありませんわ!」
がっくりと項垂れるジョン王太子にそう告げるのはフィオナだ。
「ジョン王太子の泳ぎも見事なものでしたわ。確かにタイムでは負けはしていましたけれど、アルビオン王国の王族に相応しい立派な泳ぎでしたわ。だから、そんなに自分を卑下なさらないでくださいまし」
「フィオナ嬢……!」
フィオナの言葉にジョン王太子が力を取り戻していく。
「フィオナ。あんまり甘やかしちゃダメだよ。ダメなときはダメっていわないと」
「そうなのですか? 勉強になります」
そして、余計なことを言うクラリッサである。
それからサンドラが頑張ったり、ウィレミナがクラリッサに次ぐ記録を出したり、ヘザーが沈んだまま浮き上がってこなかったりしながら水泳大会は進んだ。
そして、いよいよ団体戦となる。
団体戦の出場者はメドレーリレーに4名、フリーリレーに8名だ。沈んだまま浮かんでこないヘザーなどは見学側としてクラスの殆どの生徒が出場する。
「うう、緊張してきた」
「緊張してる場合じゃないよ。何としても優勝しないと」
「クラリッサちゃんがそういうこと言うから緊張するんだよ?」
クラリッサは本気で3学年総合優勝を目指している。その圧が凄い。
「まあ、他のクラスも全員水泳部だったり、全員戦闘科目だったりはしないから勝ち目はあるはず。私とウィレミナでタイムを稼ぐから、なるべく頑張って」
「あたしはフリーリレーの方で頑張るね。クラリッサちゃんはメドレーリレーの方を頼んだよ。せっかくなんだから優勝を目指そう!」
クラリッサが告げるのにウィレミナがそう告げた。
「ジョン王太子。君はメドレーリレー方だったよね。そして、アンカー」
「う、うむ。私も可能な限り頑張るつもりだ」
「うん。頑張って。私は君にバトンを繋ぐから、しっかりと受けとってね」
「任せたまえ! 必ずや勝利して見せよう!」
クラリッサとジョン王太子はまた暫し停戦し、クラスのために勝利を目指す。
そして、メドレーリレーが始まった。
判定はタイムの合計だ。メドレーリレーで1位を取っても、フリーリレーの方で大きく引き離され2位だった場合には2位になる。どちらもタイムを縮めなければならない。
「それでは位置について──」
第1泳者は背泳ぎ。
「スタート!」
一斉に泳者がスタートした。
流石にプロのスポーツ選手の試合と違って、実力差も性別もバラバラなので横一列とはいかない。第1泳者の時点でかなりのばらつきが生じている。
クラリッサのクラスは真ん中より少し上という位置。まだ巻き返せる。
第1泳者がバトンタッチし、第2泳者が泳ぎ始める。
今度は平泳ぎ。ここでクラリッサのクラスは何クラスかに僅かだが追い越される。それでもまだ大差は付いていない。巻き返す余裕はある。
そして、第2泳者がクラリッサにバトンタッチ。
「よし来た」
クラリッサが飛び込む。
第3泳者はバタフライ。クラリッサは筋力にものを言わせて、水を掻き進み、一気に他のクラスを追い越していく。これによってクラリッサのクラスはかなりの差を付けてトップの座に躍り出た。流石は人狼ハーフ。
そして、クラリッサがジョン王太子にバトンタッチする。
「いくぞ!」
ジョン王太子は果敢に飛び込んだ。
ここでじりじりと他のクラスの追い上げが始まるが、ジョン王太子は個人戦のときよりも快調に突き進んでいく。そして、そのまま突き進み続け──。
「1年A組、1着でゴールインです! 記録は4分59秒82!」
見事、クラリッサのクラスは1位でゴールインした!
「やったな、クラリッサ嬢!」
「うん。一先ずは私たちの勝ち。だけど、まだフリーリレーの方が残ってるから」
クラリッサたちが3学年総合優勝を果たすには、フリーリレーの方でも記録を出さなければならない。そうしなければクラリッサの賭けた金は配当金として配られ、自分の手元に戻ってくることはないのである。
なんとしてもフリーリレーチームには勝ってもらわなくては。
「何かできることはあるかな。相手チームに下剤を飲ませるとか」
「クラリッサ嬢。君の勝利への熱意は十二分に分かるが、ここはスポーツマンシップに則って試合を行おう。反則はなしだよ」
クラリッサが何やら考え込むのに、ジョン王太子が静かにそう告げた。
「スポーツマンシップはお金にならない」
「お金になるならないの問題ではないよ。人としてのあるべき形だよ」
クラリッサ。スポーツは正々堂々とだぞ。
「それではフリーリレーを始めます。出場選手は位置について」
「勝ってね……!」
クラリッサは試合の様子を凝視する。それなりの金がかかっているのだ。
第1泳者はサンドラ。クロールで泳いでいるのだが、やはり運動音痴の彼女の速度は低く、他のクラスに差を付けられていく。
それから他の泳者にバトンタッチして、次々に試合は進んでいく。クラリッサのチームは追い越されたり、追い越したりしながら、真ん中よりちょっと上にまでたどり着いた。そして、第7泳者フェリクスが飛び込む。
フェリクスは他の泳者よりもかなり早かった。一気に他のクラスを追い抜いていき、クラリッサのクラスを上位に押し上げる。
そして、アンカーはウィレミナ。ウィレミナは自慢の速力で人魚のように──いや、魚雷のように突き進んでいき、一気に首位の座を奪った。
そして、そのままゴールイン!
「勝った!」
「勝ったな!」
1年A組の勝利が確定したのに、クラリッサたちが歓声を上げる。
「これで膨大な配当金が……」
「配当金とはなんのことかな、クラリッサ嬢?」
「聞き間違い」
「まだ生徒会に認可されたブックメーカーは存在しなかったよね?」
「聞き間違い」
ジョン王太子が指摘して来るのにクラリッサは知らぬ存ぜぬを貫いた。
「校則違反者はブックメーカーを組織することはできないからね? 注意したまえよ」
「大丈夫。ばれなければ犯罪じゃない」
「名言のようで名言ではない!」
ともあれ、水泳大会で見事3学年統合優勝を成し遂げたクラリッサたち。
よかったね、クラリッサ。膨大な配当金を手にするときだよ。
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