父は娘が何を企んでいるのか知りたい
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──父は娘が何を企んでいるのか知りたい
「つまり、カレーの連中はもう俺たちの指示には従わないと?」
「そのようです。カレーでフランク人に何を吹き込まれたのかは知りませんが、ファミリーが薬物取引について柔軟な姿勢を取らなければ、これ以上はファミリーの下ではやっていけないと通告してきました」
リーチオの書斎にはピエルトとベニートおじさんが集まっていた。
「とんだ恩知らずどもだ! ちょっと離れただけで独立気分とは! ボス、命令してくだされば、カレーに突撃していって連中を皆殺しにしてやりますぜ」
ベニートおじさんはいつも通り鼻息を荒くしてそう告げる。
「困ったものだな。薬物取引が儲かるのはよく分かる。ちょっとアナトリアの農場に投資してやれば、10倍、50倍になって戻ってくるっていうんだからな。シチリーの七大ファミリーでもこいつをどう扱うかで酷くもめているらしい」
南部マフィアの故郷ともいえるシチリー王国には南部マフィアの元締めがおり、そこから緩い連合が七大ファミリーを形成していた。アルビオン王国にいるリベラトーレ・ファミリーもそのひとつで、新大陸からシチリー王国に至るまで、南部人たちは手を携えて、これまでそれぞれのファミリーを維持してきた。
だが、そこに亀裂を生じさせるものが現れた。
アヘンを中心にする薬物だ。
アナトリア帝国で生産されるアヘンは船で地中海を運ばれて、大陸に渡る。そこからは大小さまざまな犯罪組織がそれを売り捌いていた。
そのビジネスに七大ファミリーも関与するべきか、否か。
七大ファミリーの元締めであるドン・アルバーノ・アンドレオッティは薬物取引にはリーチオ同様に否定的であった。薬物取引は政治家や貴族との関係を悪化させることに繋がり、従来のビジネスが立ち行かなくなるとの理由で彼は反対していた。
だが、七大ファミリーの中でも他の国の犯罪組織が薬物取引で莫大な利益を上げて、人員や装備、そして官憲の買収の件で優位に立ってき始めていることに危機感を覚えているものが少なくなかった。政治家や貴族たちは確かに自分たちの統治する臣民が薬物に溺れて、治安が乱れるのを嫌うが、官憲たちにはそんなことは関係ない。彼らは犯罪組織が薬物を売った金で買収され、他の犯罪組織を公然と攻撃するのだ。
フランク王国の港町マルセイユなどではフランク王国の犯罪組織が雇った官憲とマフィアたちが雇った官憲が銃撃戦を繰り広げ、一時は内戦になっていた。官憲たちは公然と犯罪組織の幹部のボディガードを務め、腐敗は進みつつある。
どうにかしなければならない。
七大ファミリーはドン・アルバーノ・アンドレオッティに決断を迫っている。
そのことを物語るかのようにリベラトーレ・ファミリーの傘下に入ったはずのカレーでも薬物を巡って反乱が起きていた。もし、フランク王国の犯罪組織がアルビオン王国への薬物の密輸を試みるならば、カレーは必要だ。カレーにいる元リベラトーレ・ファミリーの構成員たちは高い仲介料を受け取って密輸を助ける。そうすれば大金が舞い込む。
「どうするんです、ボス。薬物は儲かるには儲かりますが、これまで味方だった人間を敵に回す恐れがあります。ここで揉めると、またどこぞの犯罪組織に付け入られかねません。早く方針を決めて、対処しなければ」
「リベラトーレ・ファミリーは薬物には手を出さない。それは絶対だ。方針はとうの昔から決まっている。問題はこれをどう理解させるかだ」
リーチオがそう告げていたとき、玄関のドアの開く音がした。
「ただいま」
そして、クラリッサの声がする。
「今日はここまでだ。カレーの連中はもうしばらく泳がせておけ」
「了解です、ボス」
そう告げてベニートおじさんとピエルトが退室する。
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。今日は何があった?」
「キャンブルが合法になった」
「……また何かしたのか?」
「民主主義的手段で堂々と挑んだ」
クラリッサの語る民主主義ほど胡散臭いものもない。
「お前はなあ。学園は社会性を身に着け、勉強するところだぞ。そんな場所でギャンブルなんてしてどうするんだ」
「ギャンブルも社会性のひとつ」
リーチオが告げるのにクラリッサがグッとサムズアップして返した。
「そういう社会性を学ばせたいんじゃない。社交界でも通じる礼儀やマナーを身に着けてほしかったんだ。お前は独り立ちする日がいずれ来るが、その時に礼儀作法を身に着け、上流階級にも通じる社会性を持っていてくれたら、俺は安心できる」
「……? 私は独り立ちしないよ?」
「しないよ、じゃない。するんだ」
「そんな」
リーチオがため息混じりに告げるのにクラリッサが戦慄した。
「だって、私はパパの跡を継がなきゃいけないし」
「継がなくてもいい。俺はお前を俺のやっているビジネスにはかかわらせたくない」
そう、リーチオはクラリッサにはファミリーの商売に関わってほしくなかった。クラリッサは堅気のまま、結婚するなり、他のこと──犯罪以外──で成功を収めるなりして、立派に育ってほしかったのである。
「……もうすぐ学園が傘下に収まりそうなのに……」
「何か言ったか?」
「なーにも」
リーチオの追及にクラリッサはそっぽを向いた。
「どうにもお前はなあ。よし、部屋に戻りなさい。宿題があるだろう?」
「なぜ人は宿題をしなければならないのだろうか……」
「学生だからだよ」
クラリッサがとぼとぼと自室に向かっていった。
「シャロン」
「はっ。御用でありましょうか、ボス」
クラリッサが出ていったのを確認するとリーチオがシャロンを呼んだ。
「クラリッサは最近学校で何をしている?」
「はっ。生徒会の活動に打ち込まれておられます。この間も放課後遅くまで」
リーチオが尋ねるのにシャロンがそう告げて返す。
「本当にそれだけか? 何かよからぬことをしているんじゃないか?」
「ええっと。部室棟のひとつを貸切って、何かをなされているようであります。自分は外で警備に当たっているだけなので、中で何が行われているかについては把握していないのでありますが。問題でありましょうか?」
「問題だ」
リーチオはこの手の商売のことをクラリッサより長くやっていて、知識の量も違う。クラリッサが何をやっているかについては見当がついた。
クラリッサはギャンブルが学園で合法化される以前から、ギャンブルを行っている。その部室棟が本拠地だろう。恐らくその他にもギャンブルをやっているに違いない。生徒会が急に校則を変えたのも、その辺の事情がかかわっているとみられる。
「そういえば水泳大会があるんだったな?」
「はいであります。お嬢様も張り切られているようでありますよ」
恐らくは、とリーチオは考える。
恐らくはクラリッサは水泳大会でギャンブルをするつもりだ。
そして、その読みは当たっている。
大抵のことなら学園長を買収しているので揉み消せるが、ギャンブルとなると不味い。貴族の子女を相手にギャンブルをするのはとても不味い。クラリッサのことだからばれるような不正はしていないと思うが、勝手に不正を連想する人間もいる。
騙されたと感じた貴族の子女が親に言いつけ、その両親たちから苦情が来たら、流石の学園長も何かしらの手を打たなければなくなるだろう。
では、どうする?
クラリッサに今さらギャンブルを止めろと言っても聞くはずがないだろう。それにすでに実行してしまっているものを止めさせるのも難しい。
となれば、徹底的にやらせるしかない。
「シャロン」
「はっ」
「クラリッサの行動をつぶさに監視し、尾行や待ち伏せがないか用心しろ。それから、金を渡しておく。これでクラリッサのギャンブルに文句を言う奴がいたら黙らせろ。それでも言うことを聞かなければ、学園内で“不幸な事故”が起きると脅せ」
「了解であります」
「よし。明日から頼むぞ」
リーチオはそう告げてシャロンを書斎から出した。
「クラリッサもな。ディーナに似てくれればよかったんだが、誰に似たのやら。俺に似たとしても俺は学園の中でギャンブルをやるような真似はしないぞ」
リーチオ、ディーナに似たら似たで、かなりの武闘派になってしまうぞ。
そして、学園内でギャンブルはしてないが、違法なカジノをやっているのはお互い様だ。クラリッサはちゃんと両親に似た子供に育っているぞ。
よかったね、リーチオ。クラリッサは確かに君たちの血を引いているぞ。
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シャロンの任務はその日から始まった。
クラリッサに常に付き添い、尾行や待ち伏せを警戒する。
そこに気になる影が。
小さな影だが、シャロンの軍人としての感覚は見逃さなかった。
「お嬢様。少しお待ちいただけるでありますか?」
「ん。どうかした?」
「少し気になることがありまして」
シャロンはそう告げるとその陰に向かって進んでいく。
影は逃げようとしたが、シャロンからは逃げられなかった。
「お嬢様に付きまとっているようでありますね。何の要件なのか言っていただけますか。場合によっては無理やりにでも喋っていただくであります」
シャロンが捕まえたのは──。
「私は風紀委員です! クラリッサ・リベラトーレが校則でも許可されていないギャンブルやいかがわしいアルバイトの斡旋をしている疑いで調査しています! 分かったら、その手を離すといいですよ!」
クリスティンであった。
そうなのだ。クリスティンもかなりあきらめの悪い人間で、クラリッサのことをまだ調べていた。許可されていないギャンブル──闇カジノの件と、学園の中で密かな噂になっているいかがわしいアルバイトの件で。
「風紀委員と言えど、なんであろうとお嬢様を付け回すのはやめるといいでありますよ。お嬢様は大変ナーバスな方でそういうことをとても気になさるのであります。その点、ちゃんと分かったでありますか?」
「私は風紀委員の職務を果たしているだけです! そのことに文句を言われる筋合いはありません! 風紀を乱す人間に立ち向かうのは風紀委員なのです! クラリッサ・リベラトーレには様々な疑いが持たれています! その点、徹底的に追求します!」
シャロンとクリスティンの会話はまるでかみ合わなかった。絶望的なまでに。
「シャロン。その子は放っておいていいよ」
そんなかみ合わない会話の中にクラリッサが現れた。
「よろしいのでありますか?」
「うん。特に害はないし、放っておいていいかな。いじめるのもかわいそうだし」
シャロンが確認を取るのに、クラリッサが慈悲の視線をクリスティンに向かた。
「な、な、なんですか、その目は! そんな目をしたって追及はやめませんからね! 覚えているといいですよ! 闇カジノの件もいかがわしいアルバイトの件をきっと白日の下にさらして見せますからねっ!」
クリスティンはうがーっと唸ると、シャロンから逃れて逃げ去っていった。
「まあ、頑張って」
クリスティンの背中に向けてクラリッサはそう告げた。
「しかし、いかがわしいアルバイト? 思い当たる節がないな」
「お嬢様。やはりあの女子生徒はもっと締め上げておくべきだったのでは? 軍隊式の尋問術を使えば体に傷を負わせることなく、相手に苦痛を与えられます」
「それは今後のこととして考えておこう。今は無事にスポーツくじを成功させて、次の体育祭におけるスポーツくじを始めること。そして、そのためのブックメーカーの立ち上げを行うことだ。クリスティンは大した障害にはならないよ」
クラリッサにとってクリスティンは眼中の外。相手にしていない。
クリスティンがいくら動いても闇カジノの情報は完全に秘匿されている。それに仮にクリスティンが闇カジノの情報を手に入れても、それについて処分に当たる風紀委員長や教師陣、学園長は買収済みだ。何の問題にもならない。
「それにしてもシャロン。今日は随分と一緒に来てくれるね」
「はっ。ボスからのご命令であります」
「……パパはもっと娘を信じるべきだと思うけどな」
クラリッサはため息混じりにそう告げた。
頑張れ、クラリッサ。父親に信頼してもらえるような問題のない子供になるんだ。
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