娘は民主主義的手段に訴えたい
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──娘は民主主義的手段に訴えたい
水泳大会のスポーツくじは既に勝敗が決したのちに配当金を配るだけになったが、クラリッサたちはこれから先のことを見据えて活動を開始した。
闇カジノは隠せるとして、スポーツくじは参加者数からしていつまでも隠せるものではない。このままでは風紀委員の取り締まりを受けることになるだろう。
ならば、校則を変えてしまえばいいじゃない。
「はい。生徒会長。署名140人分」
「クラリッサ嬢。いきなり署名を渡されても何のことなのかさっぱりなのだが」
生徒会室でクラリッサがドンとテーブルに署名の書類の束を置くのに、ジョン王太子が困惑した表情でクラリッサを見た。
「『校則変更の要望。王立ティアマト学園中等部において各種行事におけるエンターテイメント性をより高めるために、一部の賭け事を認める校則を制定するべき』という内容に対する署名。きっちり140人分。生徒から教師まで含まれている」
「……買収はしていないね?」
「……人を疑うのはよくないと思う」
「せめて、こっちの目を見ていってくれないか」
クラリッサはそっぽを向いている。
「しかし、賭け事の解禁とは。風紀委員のクリスティン嬢が騒ぐのではないか」
「それは関係ない。クリスティンは1人。こっちは140人。言葉の重みが違う」
「それはそうだが……」
そうなのである。
クラリッサは風紀委員が校則を盾にして攻撃を仕掛けてくるならば、その校則を変えてしまえという手段に訴えたのである。クリスティンは所詮はひとりの風紀委員に過ぎない。それに対してクラリッサは140人分の署名を準備した。
いくらジョン王太子がギャンブルを認めることに慎重であったとしても、こうして民主主義の成果を見せつけられては、考えを変えざるを得ないだろう。
もっともこの署名はフェリクスが暴力をちらつかせて脅したり、クラリッサが闇カジノや水泳大会のスポーツくじの収益で得た資金を利用して買収したりして書かせたものなのだが。クラリッサは民主主義は金と暴力で殴るものだと考えている節がある。
「しかし、ギャンブルを認めるとなるとそれなりの準備が必要だ」
「詳細はここに準備してある」
「用意がいいね!」
ジョン王太子は呆れながらもクラリッサから書類を受け取る。
「『学園内でのギャンブル行為は生徒会に認定されたブックメーカーのみが行える。その資格に関する詳細は別紙1-Aを参照。また不正行為の監視のために生徒会を中心に監査委員会が設置される。ブックメーカーの収益金の用途はそれぞれのブックメーカーの自由裁量とし、これに関して監査委員会が干渉することはない』と」
「完璧でしょ?」
「確かにこれなら問題が起きる可能性は低そうだが……」
もちろん、クラリッサはこんな真っ当な方法でギャンブルをやる気はない。ただ、校内にギャンブルを容認する空気ができればいいだけである。
「だが、この収益金に関しては学園に還元するなりなんなりしてもらわなければ」
「とんでもない。収益金を得るために創意工夫を凝らして、職務に没頭するブックメーカーから収益金を取り上げるだなんて。労働には対価がないといけないんだよ? その対価を取り上げて、何もしてない学園に還元するなんてことには到底賛成できない」
「いや。でも、学園でやるわけだからね。学園の行事を利用しているわけだし、それなりの還元はしてもらわないと。ただ乗りは困るよ」
クラリッサがふるふると首を横に振るのに、ジョン王太子がそう告げる。
「仕方ない。収益金の中から大会における優勝賞金などの賞金を出すことにしよう。それで文句はないかい?」
「そういうことであれば大会もより盛り上がり、エンターテイメント性も生まれるだろう。実にいいアイディアだ。そうするべきだと思うよ」
「ありがとう。では、早速ブックメーカーを立ち上げよう」
ジョン王太子が満足げに告げるのに、クラリッサが頷いた。
「クラリッサさんは新しいことに挑戦なさっているのですね。私はそういうアイディアは全然浮かんできませんわ。クラリッサさんは聡明なのですね」
「そんなことはないよ。ただ、需要に応じた供給を考えているだけさ。君という美しい人がいるならば、それに相応しいパートナーが必要とされるようにね。美しいものには美しいものを。それによって君の美しさはより高まる」
「まあ、クラリッサさんったら……」
目の前でフィオナとクラリッサがいちゃいちゃする様子を見せられるジョン王太子である。彼はやっぱりギャンブルは禁止にするべきだったかなと考えているぞ。
「ごほん。その前に校則の新しい制定について考えなければならない」
「詳細は渡した。頑張って」
「頑張って、ではないよ! 君も副会長として働きたまえ!」
クラリッサが颯爽と生徒会室から逃げようとするのにジョン王太子が叫んだ。
「校則を変えるのはいろいろと手続きが必要なのだ。各委員会の委員長から3分の2の合意が取れて、改正内容を生徒会担当教師と学園長に認めてもらわなければならない。そのための資料作りをする必要がある。さあ、やるならば君も手伝いたまえ」
「はあ。ひとりじゃ何もできないんだね」
「君が言い出した話だろう!?」
クラリッサ。言い出したことの責任は取ろう。
「どんな資料がいるの?」
「まずはこの校則の変更が本当に生徒たちのためになるのかを──」
それから延々と3時間近くクラリッサとジョン王太子、そしてフィオナは資料作りに励んだぞ。ウィレミナは陸上部の練習があると言って途中で逃げた。
「できた……」
「うむ。後はこれを精査して──」
「待った。これ以上の時間外労働はごめん被る」
ようやく完成した資料を前にジョン王太子が告げるのにクラリッサが首を横に振った。既に放課後から3時間ばかりが過ぎ、午後8時を回っている。
「では、残りは明日ということにしよう」
「……? 残りは君が残ってやるんだよ?」
「君は鬼か」
ナチュラルに他人にはブラック環境を強いるクラリッサであった。
「でも、楽しかったですわ。こうして皆さんと議論を交わして、物事を進めていくというのはとても達成感のある仕事ですわね」
「そう言ってくれて嬉しいよ、フィオナ」
クラリッサたちが進めているのはギャンブル合法化に向けた措置です。
「さて、とにかく残りは明日だ。明日、精査して、まずは担当教師に提出する。それから委員会を招集して合意が得られたら、学園長に書類を渡す」
「では、今日は帰ろう」
頑張れ、クラリッサ。ギャンブル合法化までは残り少しだぞ。
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無事、担当教師からの許可が下り、委員会が招集された。
委員会の会合では何事もなく、校則改正に賛成がなされた。
そう、風紀委員も問題にはならなかったのだ。
校則改正の発議において改正に至るまでの道のりに存在するのは、各委員会の“委員長”の意見であり、ただの委員会メンバーの意見は関係ないのだ。そして、クラリッサは既に風紀委員長を買収している。
口うるさいクリスティンが発言する場もなく、校則改正は順調に進む。
委員会の会合において合意が取れれば、後は学園長の審査を待つだけだ。
だが、ここまでくればもう改正されたも同然。
学園長にはリベラトーレ家からの多額の寄付金という飴が渡されている。クラリッサがこの案件に関わっているとなれば、彼は素直に改正を受け入れるだろう。
勝利確定。
「しかし、生徒たちにブックメーカーの組織方法など分かるだろうか?」
「分からなければ分からないでいいよ」
「……利益を独占するつもりだね、クラリッサ嬢」
「なんのことかな?」
クラリッサにとって他のブックメーカーなど競合相手でしかない。そんなものは存在しないに限る。生徒たちがブックメーカーのことをよく理解できずにいてくれると、クラリッサとしては非常にありがたいのだ。
自分はフェリクスたちとブックメーカーを立ち上げて、学校行事から部活動に至るまであらゆる分野で賭けを行うつもりであるが。
「生徒たちに説明を兼ねた講座を開かなければならないね」
「私は協力しないよ?」
「そういうと思ったよ。だから、私もそれなりに勉強してきた」
クラリッサが当然というように告げるのに、ジョン王太子がため息交じりに告げた。
「へえ。意外だ。君はそういうことはしない人だと思っていた」
「私だって生徒会長としての義務は果たすとも」
「偉い、偉い」
「子供扱いはやめないか!」
クラリッサが慈しむような眼で告げるのにジョン王太子が叫んだ。
「じゃあ、講座の方、頑張って。私はブックメーカーを立ち上げるから」
「うむ。……君も不正はしないようにな」
「しない、しない」
「顔を背けながら言われても説得力がないのだが」
クラリッサがジョン王太子から視線を逸らしている。
「クラリッサさんはブックメーカーをされるのですか?」
「そう。面白そうだから」
儲かりそうだからとは言わなかったぞ。
「確かに面白そうですわね。けど、私はそういうのはよく分からないので見学させていただきますわ。頑張ってくださいまし」
「もちろんだとも」
フィオナの声援を受けながら、クラリッサはブックメーカーの立ち上げに向かった。
「……クラリッサちゃん。実はばれるとやばいことの隠れ蓑にこのことを利用しようとはしてないよね?」
「してないよ」
「目を見て話そうか」
クラリッサの視線は逸れている。
後日、正式に学園長からの許可が下り、校則は改正されたのだった。
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「クラリッサ・リベラトーレ……! 許すまじです!」
場所は学食。時間は昼休み。
そこでちびっこ風紀委員──クリスティンが怒りに燃えていた。
「このような外道な校則改正などあっていいはずがありません! これは断固として撤回されるべきです! このような校則があっては健全な学園生活は送れません! 学園の風紀は乱れに乱れ、暴力が支配する世紀末となるでしょう!」
「クリスも頑張るねー」
クリスティンがミートパイセットを前に熱弁を振るっているのを、友達の女子生徒たちが『いつものことか』というように対応していた。
「でもさ、生徒会長が認めて、委員長たちが認めて、教師と学園長が認めたことなんだよね? それってもう立派な校則じゃないかな?」
「ダメです! 認められません! あのクラリッサ・リベラトーレは風紀委員長を買収した容疑がかかっています。教師や学園長も買収されている可能性があります!」
「いや。いくらクラリッサさんのところが裕福な家庭でも学園長までは買収できないと思うよ。クリス、ちょっと考えなおしたら?」
それが買収されているのだ。クラリッサの家庭は超裕福なのである。
「そもそもそんなに買収してたら、儲かるどころが赤字になっちゃうよ。やっぱり、もう普通の校則として受け入れるしかないんじゃないかな」
「むむむ……。確かにおかしいです。生徒会選挙でも買収の疑惑があったのに、今回また買収をしていたらいくらなんでも赤字です。どこからお金を調達しているのでしょうか。やはり調査しなければなりませんね」
「もういいんじゃないかなー」
クリスティンはやる気満々だが、周囲の理解を得られていない。
「そういえば、クラリッサさんが関与してるか不明だけど、怪しいアルバイトに誘われたって子、本当にいるみたいだよ」
「なんですか。その怪しいアルバイトというのは?」
クリスティンの友達のひとりがそう告げるのにクリスティンが食いついた。
「なんでもドーバーにいくだけで10万ドゥカートも手に入る仕事だって。絶対に怪しいよねって話してたんだ。きっと薬物の密輸とかやらされるんだよ……!」
「こ、怖い話しないでよ。けど、それもどうせでたらめなんでしょ? クリスちゃんが探している闇カジノみたいにさ」
闇カジノはもはや都市伝説と化しているのであった。
「闇カジノは存在しますー! クラリッサ・リベラトーレの資金源になってるんですー! 全く! 都市伝説のように扱わないでいただきたいです。それはそうとそのアルバイトの話、怪しからんです。ここは風紀委員である私が調査しましょう」
「えー。危ないかもしれないよ。だって、アルバイトと言っても学園の外だし。何か犯罪組織が関係してるかも。ここは先生たちに任せておこう?」
「いいえ! これもクラリッサ・リベラトーレが関与しているなら、教師は当てにできません! 自分たちの秩序は自分たちで構築するもの! 風紀委員として頑張ります!」
友達が止めるのも他所にクリスティンはどうどうと宣言した。
「それはそれとしてギャンブル合法化について反対意見の署名を集めているので協力してください。名前と学年を書いてくれればいいです」
「諦めてないのか……」
頑張れ、クリスティン。学園の風紀を守るのは君の力だ。
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