娘は友達とのキャンプを楽しみたい
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──娘は友達とのキャンプを楽しみたい
キャンプ場は広大だった。
一面に草原が広がり、高地の涼しい風が吹いている。
遠くではむしゃむしゃと牧草を食む羊の群れとそれを纏める牧羊犬の姿なども見え、ここら辺一帯がのどかな場所であることを示していた。
「いい場所だね」
「いい場所だぜ」
クラリッサとウィレミナがそう言葉を交わし合う。
「もうへとへとだよー。早く、テントを張って休もうー?」
「サンドラはだらしないな。まずはいい場所を探さなきゃ」
サンドラが疲れ果てた様子で告げるのにクラリッサがそう返す。
別荘から釣り場まで、釣り場からキャンプ地まで。今日はかなりの距離を歩いている。鍛えられていない人間には山道はつらかっただろう。
「山が見える場所がいいですわ」
「なら、あそこら辺か?」
フィオナがリクエストするのにフェリクスが高原のやや高台になっている場所を指さす。あそこからならば平原も山岳も一望できるだろう。
「サンドラはリクエストとかないの?」
「私は今すぐ座って休みたいです……」
サンドラはもうへとへとだ。
「もうひと頑張りだ、サンドラちゃん。歩け、歩けー」
「うー……。でも、たまにはこういう運動もいいかな?」
いつもはインドアなサンドラだが、たまには外に出て歩いたりするのもいいだろう。少なくとも健康にはいいはずである。
そして、クラリッサが予定地点まで歩くこと15分。
「見晴らしがいいねー」
「夏とは思えない涼しさだ」
ウィレミナが周囲を見渡し、クラリッサがそう告げる。
この山岳地帯はひんやりとした空気が漂っている。夏だというのに、全く暑くない。これはフェリクスが山を推すのも納得の気候だった。
「ここにテントを張ろう。テントはふたつ必要だよね」
「ん。そうだな。クラリッサがひとつは持ってきてくれただろう?」
「ばっちり」
クラリッサはシャロンの抱えてきたバッグを指さす。
「それじゃあ、それぞれのテントを──」
「お待ちを!」
フェリクスがテントを張ろうとした時だ。ヘザーが乱入してきた。
「テントを張るのは私の仕事ですよう! そこの執事さんに罵られながら、テントを張るのですう! さあ、さあ、さあ、テントを私に渡してください!」
「お、おう」
フェリクスはドン引きしながらテントをヘザーに手渡した。
「それでは執事さん! ご指導のほどを!」
「……本当によろしいのでありますか?」
ヘザーが縋るのにシャロンが困ったような視線をクラリッサに向けた。
「構わないよ、シャロン。せいぜいしごいてやって」
「了解であります」
クラリッサがそう告げるのに、シャロンがごほんと咳払いする。
「何をぼさっとしている! さっさとテントを広げろ! 貴様はかたつむりの観光客以下か! 蛆虫よりも下等な生命体か! そうじゃない! しっかりとテントは広げろ! 今日のお嬢様たちの寝心地に関わる問題だぞ! 貴様のような腑抜けはテントの外に放り出すからな! さあ、急げ、急げ、急げ! 急げ、蛆虫!」
「ひゃあん! 最高ですよう!」
シャロンが罵り続けるのにヘザーが歓声を上げながら必死にテントを組み立てていた。クラリッサたちは何も見なかったことにして、そっとその場を離れた。
「クラリッサちゃーん!」
クラリッサたちがヘザーを置いて離れたとき、向こうからサンドラの声がした。
「どしたの?」
「犬と羊! 飼ってる人から遊ばせてもいいって!」
テンションマックスでサンドラがそう告げる横では、ウィレミナが牧羊犬を飼い主と一緒に撫でまわしていた。牧羊犬は嬉しそうに『ワン!』と鳴いている。
「おお。犬か。フェリクスは犬は好き?」
「好きだぞ。俺の使い魔も犬だ。シェパード・ドッグ。4歳。命令に忠実で可愛いぞ」
「そうか。ウィレミナも犬派だと言っていた。まあ、私にはアルフィがいるけどね」
「アルフィ?」
まだ今学期、使い魔を連れてくる魔術の授業は行われておらず、同じ戦闘科目を選択しているフェリクスもアルフィを見ていない。
「どんな使い魔なんだ?」
「謎」
「謎」
アルフィは大学で調査しても謎だったぞ。
「よく分からねーけど、大丈夫なのか、それ?」
「もちろん。アルフィはとっても賢くて、私を助けてくれるんだよ」
春の間はクラリッサが小屋に行って、アルフィと勉強していた。アルフィは最近では知恵がついたのか、第一外国語などの宿題を手伝うようになっていた。このまま成長するといったいどのようなものに育つのだろうか……。
「それはともかく、今は牧羊犬や羊と戯れよう」
「おう。もふらせてもらおうぜ」
クラリッサたちはそう告げ合って、既に牧羊犬と遊んでいるウィレミナたちの下に向かった。ウィレミナたちは牧羊犬にボールを投げてやったりして遊んでいる。
クラリッサたちが来ると、牧羊犬はクラリッサたちの方を向き、ふんふんと鼻を鳴らすと、そろそろと近づいてきた。人懐こい犬のようである。
「ボーダー・コリーか。いい犬だ」
フェリクスが手慣れた様子で自分の匂いを嗅がせ、牧羊犬に自分が敵でないと教える。クラリッサも同じように匂いを嗅がれるままにされた。
「ワン!」
牧羊犬はお座りして尻尾を振ると、フェリクスの手に自分の手を擦り付けてきた。
「よしよし。いい子だ。人に慣れてるな」
「ここら辺はキャンプ場になりましたからね。キャンプ場のお客さんたちが可愛がっていくんですっかり慣れたんですよ。それでも仕事はしてくれますよ」
フェリクスが告げるのに、牧羊犬の主が一緒に牧羊犬を撫でながらそう告げた。
「そうか。賢い子だ」
「フェリクス。私にも撫でさせて」
「ん。ほら、向こうの子にも撫でられてみろ」
フェリクスは場所をクラリッサに譲るとクラリッサはもふもふした犬を撫でる。
「噛みついたりは?」
「しませんよ。ここら辺じゃあ、もうオオカミが出ることもないですし、普段の仕事は羊がはぐれないようにするだけです。こいつは辛抱強く羊の群れを纏めてくれるから仕事が楽になって助かっていますよ」
昼の焼き魚の臭いがしたのか、牧羊犬はすんすんとクラリッサを匂う。
「よかったら、これを上げてみてください。おやつです」
「おお。ありがとう」
牧羊犬の主から干し肉を受け取ったクラリッサはそれを牧羊犬に見せる。
「ワン!」
「いいよというまでは食べないんですよ。そう躾てあるんです」
牧羊犬が涎を垂らして合図を待っている。
「いいよ」
「ワン!」
牧羊犬は干し肉に噛みつきクラリッサの手からひったくるともぐもぐとそれを食べ始めた。尻尾はぶんぶんとしており、かなり興奮している。
「そういえばベニートおじさんの家にも犬がいたな」
「お? 犬種とか分かる?」
「うーん。分からない。けど、人の指を食いちぎったりはできるよ」
「やべー犬じゃん」
クラリッサが告げるのにウィレミナがドン引きした。
「賢い犬だよ。犬だけどファミリーのために仕事してるんだから」
「ファミリーの仕事は指を食いちぎることなのか……」
むすっとした様子でクラリッサが告げるのにウィレミナはそれ以上追求しないことにした。これ以上追求すると不味いことになりそうなのだ。
「クラリッサさん! 羊も毛がもふもふですわ! もふもふですわー!」
「私、羊とか初めて触るな」
ベニートおじさんの農場には豚と馬が飼ってあるだけなのだ。
クラリッサは初めての体験にゆっくりと羊に手を伸ばす。
「おお。もふもふ。これが羊か」
クラリッサは心の中で昨日食べた羊のパイを連想し、そのことに気づいたのか、羊はそそくさとクラリッサから離れていった。
そんなこんなでクラリッサたちは昼の時間を牧羊犬と羊と戯れて過ごした。
「そろそろ薪を取ってこなくちゃならんな。地図によるとこっちに販売している場所があったはずだ。誰か運ぶのを手伝ってくれ」
「私が行こう」
時間がある程度経ったとき、フェリクスがそう告げるのにクラリッサが手を上げた。
「しかし、薪って有料なんだね」
「そりゃそうだろ。木を切って、薪に加工するのにも人件費がかかってる。森もそばにはあるが、森の中で薪を集めてたら大変な労力になるぞ」
クラリッサが告げるのに、フェリクスがそう告げて返した。
「仕方ない。ここは素直にお金を払おう」
「最初からそのつもりだ」
フェリクスたちは今日の夕食と夜に使用する薪を買うとキャンプ地に戻り始めた。ちなみに薪は全部で500ドゥカート程度のお手頃価格だった。
「おーい! テントは出来上がったかー!」
「ばっちりですよう!」
クラリッサたちの前には見事に組み立てられたテントがふたつ。
「はあ。軍隊では散々罵倒されたのでありますが、この方を罵倒するのにはレパートリーが足りなくなるであります……」
「お疲れ、シャロン」
ヘザーだけで組み立てたかといえばそういうわけでもなく、シャロンも設営に携わっている。かたつむりの観光客以下の速度しか出ないヘザーに任せていては、深夜にならないとテントは完成しなかっただろう。
「おおー。テントだー!」
「中、入ってみていい?」
興奮した様子のサンドラとウィレミナがそう告げる。
「入らないと。今日はここに泊まるんだよ」
「そうだった」
「忘れてたの?」
サンドラが思い出したように告げるのにクラリッサが突っ込んだ。
「中、ひろーい! これなら4、5人は余裕で眠れるね!」
「おお。ランタンまで装備してある。これは夜が楽しみですな」
サンドラとウィレミナはすっかりキャンプ気分だ。
「まあ、素敵ですわ。今日はここに泊まるのですね」
「うん。楽しみだね」
フィオナもやってきて告げるのに、クラリッサが頷いた。
「ヘザーさん。お疲れさまでした。料理は私たちに任せてください」
「いやあ。お疲れさまなんていいですよう。それよりも出来が悪いとかなんとか罵ってくださいよう。その方が嬉しいですからあ!」
「え、えーっと、それは……」
ヘザーを前にはフィオナも困惑するしかない。
「それじゃあ、自分は水を汲んでくるであります。そろそろご夕食でありましょう?」
「そうだね。私も手伝うよ」
「自分に任せていただいても大丈夫でありますよ?」
「シャロンにもちょっとは楽してもらいたいからさ」
クラリッサはそう告げてシャロンとともに水汲みに出かけた。
これまたキャンプ場内に井戸が用意してあり、そこから水を汲むことになる。ここら辺は水源が豊富で、水に困ることはない。
「シャロンは東部戦線にいたんだよね?」
「ええ。そうであります。魔王軍との最前線でありますね」
クラリッサが尋ねるのにシャロンがそう告げて返す。
「そうか。なら、魔族は憎い?」
クラリッサはそう告げてシャロンを見上げた。
「そういう感情はないでありますね。お互いに政治家や王室のために戦争をしていただけであります。魔王軍も昔のように人間を根絶やしにしようなどとは考えていないでありますし、捕虜に関する取り決めもきちんと守っているであります」
シャロンはそう告げて肩をすくめた。
「むしろ憎いのは退役軍人省であります。傷痍軍人年金を月に500ドゥカートだけとは。どうやって暮らして行けというのでありますか。リーチオ様に拾っていただけなかったら、今頃は飢え死にしていたでありますよ」
シャロンは憤慨した様子でそう告げる。
「なら、よかった」
クラリッサは自分のルーツが魔族にあることを知っている。だから、シャロンが魔族を憎んではいないかと少し心配していたのだ。
「さ、急いで水を運ぼう。シャロンの分のカレーもあるからね」
「ありがたい限りであります!」
クラリッサはたちは水桶を抱えて、テントに戻った。
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その日のカレーは見事なものだった。
フェリクスの準備したカレールーが良かったのだろう。程よくピリ辛で、昼間に体を動かした分だけ食欲が進み、ゴロゴロの野菜が口を楽しませていた。
「カレー、まだ食べる奴いるか?」
「食べる」
クラリッサは既に相当量を食べている。運動するので食べる量など心配なしという具合だ。他の面子は既に食べ過ぎた感すらあるおなかを抱えて、食後のお茶を楽しんでいた。その中では明日からは運動しないとという意識が芽生えているぞ。
「カレーもこれで完食だ。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
さて、食事が終わったらのんびりと会話の時間だ。
夏だというのに涼しいこの山岳地帯で、焚火を囲み、それぞれが話をする。
「それでね。クラリッサちゃん、凄かったんだって。クラーケンを木っ端みじんにして、息が止まってた私のことを生き返らせてくれたの」
今はサンドラが初等部3年の時の夏の合宿の話をしている。
「素敵! 私のことも助けてね、フェリちゃん!」
「姉貴は自分で生き返りそうだから俺はいらんだろう」
「酷い!」
弟に死んでも死にそうにないと言われるトゥルーデであった。
「ゲルマニアの小学校もこういう行事有った?」
「あったな。俺たちは山だ。登山をして、スキーをして、自分たちで食事を作って自活する術を覚える。うちも一応は貴族の学校だったんだが、自分のこともできない貴族は貴族を名乗る資格はないってことでいろいろと覚えさせられた」
「釣りのこととかカレーのこととかも合宿で学んだの」
「姉貴は全然覚えてねーだろ」
今日のカレールーはフェリクスがひとりで作ったぞ。
「山もいいなと思えるようになった。今までは海一択だったけど」
「冬場でも山はいいぞ。スキーやスノーボードができるし、冬のキャンプというのもまた格別だ。まあ、ちょっと間違うと死につながる危険もあるんだがな」
「それもまた一興」
冬の山は気を付けないと遭難事故や低体温症による凍死の危険性などがあるぞ。
「今度の冬は山にしようか。誕生日に別荘買ってもらう」
「すげー誕生日プレゼントだな。それがねだれるクラリッサちゃんもすげーわ」
誕生日に別荘を買ってもらえるのはごく限られた人間だけだと思う。
「別荘を選べるならいろいろとほしいものがあるなー」
「どんなの?」
「外の景色が見渡せるお風呂とか」
「……それって覗かれない?」
「ちゃんと人がいない景色の方を向けるよ」
露天風呂には理解のないクラリッサだった。
「サウナとかジムとかもつけてほしいよな。別荘にこもってると体鈍りそうだし」
「私は大きな書斎があると嬉しいですわ。本を読みながら冬を過ごすのはいいことですし。別荘となると世俗から離れて集中できそうですわ」
ウィレミナもフィオナも理想の別荘を告げる。
「私は怪しげな地下室があればあ……」
「私はフェリちゃんと同じ部屋がいいわ」
そして、こちらも欲望が駄々漏れになっているふたりである。
「さて、そろそろ寝る時間だ。ココアが飲みたい奴、いるか?」
「あたしほしいな」
フェリクスの言葉にウィレミナを始め数名が手を上げた。
彼女たちはココアを味わうとテントの中に入り、寝袋で眠った。
今日は楽しかったな、クラリッサ。夏のいい思い出になったぞ。
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