娘は山に向かいたい
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──娘は山に向かいたい
夏休み。
海外旅行も楽しいが、友達と過ごす日々に替えられるものはない。
クラリッサは今年は山で友達と過ごすべく、アルビオン王国をロンディニウムから西に向かった。行きつく先はアルビオン王国でも有数の山岳地帯とキャンプ地を備えるスラウェリン地方である。ここが待ち合わせ場所だった。
「クラリッサちゃーん!」
「おお。サンドラ。久しぶり」
待ち合わせ場所になっていた地方都市の広場でクラリッサは早速サンドラと出会った。古い城塞の残る都市で、この年から既に山岳地帯が見えている。
「ウィレミナたちは?」
「ウィレミナちゃんとフィオナさんはちょっと先に来てて、カフェでお茶してる。フェリクス君とヘザーさんはまだだよ」
「ふむ。それなら私たちもカフェに行こうか。ここはシャロンに任せよう」
サンドラがそう告げるのに、クラリッサはそう提案した。
「シャロン。フェリクスたちが来たら、カフェにいるって言っておいて」
「了解であります。お嬢様たちはご休憩くださいであります」
クラリッサにシャロンが礼をして返すと、クラリッサたちはカフェに向かった。
「お。ちーす。クラリッサちゃん」
「ちーす。ウィレミナ」
カフェではウィレミナがオープンテラスでアイスティーを味わっていた。魔術で作られた氷が冷たく感じられて、この夏には持ってこいの飲み物であることを示していた。
「フィオナは?」
「フィオナさんはあっちでケーキ選んでる」
クラリッサが尋ねると、ウィレミナはカフェの中を指さした。
カフェの中ではガラスのケースに収まったケーキとフィオナが睨めっこしている。
「やあ、天使の君。ケーキ、悩んでるの?」
「そうなのですわ、クラリッサさん。どれも美味しそうで。けど、あまり食べすぎると太ってしまいますから悩みどころなのです」
「今回は山だから結構運動することにはなると思うよ。だけど、気になるなら私とフィオナ、サンドラ、ウィレミナで別々のを頼んで一口ずつ交換しようか?」
「それがいいですわね!」
というわけで、クラリッサたちは山に行く前のケーキタイムに。
「このイチジクのタルト美味しいですわね」
「このチーズケーキも美味しいよ。一口どうぞ」
「いただきますわ」
クラリッサとフィオナは早速ケーキを交換し合う。
「このチョコレートケーキも美味いぜ。誰か交換しない?」
「あ。私のイチゴのショートケーキと交換しよう!」
ウィレミナとサンドラも交換し合っている。
のほほんとした時間が過ぎる中、足音が聞こえてきた。
「よう。随分と早く来てたみたいだな」
「よう。フェリクス──とトゥルーデ」
時間丁度にやってきたフェリクスの背後にはトゥルーデがぴたりと。
「お姉ちゃんセンサーがフェリちゃんの不純異性交遊の気配を察知しました。この夏にフェリちゃんが道を踏み外さないようにお姉ちゃんがしっかり監視します。というか、どうしてフェリちゃんの周りは女の子だらけなの! 不純! 不純!」
トゥルーデはそう告げてクラリッサたちをジト目で睨む。
「男の友達もいる。夏休みにそいつらを紹介しただろうが」
「でも、今回は女の子ばっかりじゃない。何なの。フェリちゃんはハーレムでも作るつもりなの。大人になったらハーレムを作ってもいいけど、お姉ちゃんが正妻だからね」
「もう勘弁してくれ、姉貴……」
流石のフェリクスもトゥルーデの前だと手も足も出ない。
「というわけで、姉貴も一緒なんだが構わないよな?」
「もちろん。人数が多い方が楽しいからね」
フェリクスが困った表情で尋ねるのに、クラリッサがサムズアップして返した。
「クラリッサちゃん。フェリちゃんに色目を使わないでね?」
「使ってないよ」
そして、フェリクスのため息が移ったかのようにため息をつくクラリッサだった。
「お待たせしましたあ!」
そして、集合予定時間から5分すぎてヘザーがやってきた。
「いやあ。こっちの方に行くのは初めてで、道に迷ってしまいましたよう。こうして遅刻したわけですし、何かしらの罰を……」
「よし。じゃあ、今日は君を労わるという罰をしよう。さあ、席に座ってケーキでも頼んで。おごってあげるよ」
「ひ、酷い! 鬼のような所業!」
何故か遅刻してケーキをおごってもらうことが罰になるヘザーであった。
「さて、全員揃ったし、そろそろ行くか。暗くなる前に到着したい」
「おー!」
というわけで、クラリッサたちはフェリクスの借りた別荘を目指して出発だ。
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馬車でごとごと揺られること40分で目的地の別荘に到着した。
「北ゲルマニア連邦の有名な建築家が作った別荘だ。冬も夏も快適に過ごせるようになっている。キャンプ場も近いし、川もそう遠くない。いい場所だろ?」
フェリクスは自分が選んだ別荘を自慢げに紹介した。
「なかなかだね。85点ってところ」
「……何か気に入らない点でもあるのか?」
「いや。ここで100点を上げると、もっといい場所を紹介されたときに困る」
フェリクスが尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「はあ。まあ、気に入りはしたんだな。それならいい。荷物を置いて、部屋分けしようぜ。ベッドルームは4部屋でそれぞれベッドはふたつ。俺は男だから相部屋はしないぞ。残りの3部屋をそっちでわけでくれ」
「ダメよ、フェリちゃん! フェリちゃんが夜這いされたりしたら心配! お姉ちゃんがフェリちゃんと同じ部屋になるわね!」
「……誰も夜這いなんてしねーよ」
フェリクスがそう告げるのにトゥルーデ以外の全員が頷いた。
「3部屋で5人となるとひとりだけひとりぼっちになるね」
「困った。いっそ無理やり1部屋に3人詰め込む?」
「それもありだな」
クラリッサが告げるのにウィレミナが頷く。
「それでは言い出しっぺの私が詰め込まれよう。一緒のベッドで誰か寝てくれる?」
「それなら私が!」
ここで声を上げたのがサンドラだった。
「ずるいですわ、サンドラさん! 私もクラリッサさんと一緒がいいですわ!」
「フィオナさん相手でもこれは譲れません」
クラリッサはふたりのやり取りを見て、どうして狭いベッドになることをそんなにも競い合っているのだろうかと思った。
「はいはーい! じゃあ、あたしもー!」
「ウィレミナは寝相悪いからヤダ」
「ひでえ」
夏の合宿の日のウィレミナの寝相はすさまじいことになっていたぞ。
「フィオナとサンドラはじゃんけんでもして決めて。ウィレミナはヘザーとね」
「よろしくお願いしますよう!」
ヘザーがそう告げるのにウィレミナがやや警戒した表情をした。こればかりはヘザーの日ごろの行いが悪いとしか言えない。
「空いた部屋はシャロンに使ってもらおう。使用人用の部屋とかありそうだけど、なるはやで駆け付けられる距離にいてもらった方が安心」
「ん。そうだな。使用人用の小部屋もあるけど狭いしな。シャロンさんは空いた部屋を使ってくれ。そして、危ないときはすぐに駆け付けてくれ。クマが侵入したときとか、俺が姉貴に殺されそうになっているときとか」
クラリッサが告げるのに、フェリクスが神妙な表情でそう告げた。
「はいであります! って、クマの侵入はともかくフェリクス殿がエデルトルート殿に殺されるようなことは冗談でありましょう?」
シャロンはハハハと笑って告げたが、フェリクスは笑わなかった。
「マジでありますか」
「マジでありますだ」
フェリクスは突発的に起きるトゥルーデのヒステリーで、無理心中に巻き込まれそうになったことは過去5回あるのだ。洒落にならない姉である。
「で、ではそちらの方も用心するであります……」
「フェリちゃん。何話してるの? お姉ちゃんにも教えて?」
ニコニコとにこやかな笑みでやってくるトゥルーデ。これが過去5回弟と無理心中を図った姉である。人は見た目によらない。
「勝ったー!」
「ま、負けましたわー……」
そして、サンドラとフィオナのクラリッサと押し込まれ権の方はサンドラが獲得していた。フィオナが手に入れていたら、ジョン王太子が知った時に大変なのでこれでいいだろう。今頃は彼もくしゃみをしているに違いない。
「クラリッサちゃん! 今日は一緒に寝ようね!」
「私、体温高めだけど大丈夫?」
「全然大丈夫!」
テンションが急激に高くなったサンドラだ。
「さて、今日はキャンプするには遅いし、釣りは危ないし、大人しくここで過ごすか」
「孤立した環境。閉ざされた密室。これは事件の臭いがする……」
「最近、探偵小説読んでたよな、お前」
クラリッサは直近のことにすぐに影響されるのである。
「でも、面白そうじゃない、探偵ごっこ? 誰か殺人鬼役と被害者役やって。私が探偵役をやって、私の名推理が冴えわたるから」
「借りてる別荘で物騒なことするな」
普通に怒られたクラリッサ。
「じゃあ、カードゲームしようか。賭けない奴で」
「ク、クラリッサちゃんがギャンブルをしようとしていないだと……!?」
「私だって学習するよ」
これまで賭け事は全て中止させられてきたので、流石のクラリッサももう賭けとか言わないぞ。それぐらいの学習能力はあるのだ。
「この人数だとババ抜きとかもできるね」
「よし。やろう。私のポーカーフェイスを見抜けるかな?」
「ふふふ。私だって伊達にクラリッサちゃんと長い付き合いなわけじゃないよ?」
クラリッサの挑発にサンドラが不敵な笑みを浮かべた。
「あの、ババ抜きとはどういうゲームなのですか?」
「ババ抜きはジョーカーを最後まで持っていた人が負けになるゲーム。同じ数字の札はペアにして捨てることができる。ぐるりと輪になって、相手の手札からカードを抜いていき、ペアになったカードを捨てていく。そして、一番早く上がった人の勝ちで、捨てられないジョーカーを最後まで持っていた人の負け」
「なるほど、なるほど」
フィオナはあまりこういう遊びをすることがなかったので疎いのだ。
「はいはーい! 敗者にはどのような罰ゲームをお!?」
「夕食で一品作る」
「それだけえ!?」
そして、この最初から勝利する気などさらさらないヘザーである。こいつがジョーカー引いたら手放さずにずっと持っていそうである。
だが、大した罰ゲームもないので、ヘザーも真面目にやるだろう。
「では、始めようか」
クラリッサがカードをシャッフルして、それぞれに配っていく。
この時点でジョーカーを持っているのは──クラリッサだ。
だが、彼女は何事もなかったかのように振る舞い、それぞれの表情に視線を走らせる。サンドラはほっとした表情を浮かべている。ウィレミナは何もないというようにペアのカードを捨てている。フィオナはあわあわした様子でペアのカードを確認中。ヘザーはやや落胆した表情を浮かべている。フェリクスは完璧なポーカーフェイス。トゥルーデはフェリクスにしきりに話しかけていてゲームに入り込んでいない。
(さて、誰がジョーカーを引き取ってくれるかな?)
クラリッサは心中でそう考えながら、手札を広げる。
クラリッサが手札を引くのはウィレミナ、クラリッサから手札を引くのはサンドラ。
クラリッサが何食わぬ顔をして手札を広げるのに、サンドラはうーんと迷いながら、うっかりとジョーカーを引いた。サンドラの表情が驚きに変わるのが全員に伝わる。
そのサンドラからカードを引くのはフィオナである。
サンドラが取りやすいように突き出してジョーカーを出すのに、どう考えても誰も引っかからないだろうそれにフィオナが見事に引っかかった。
フィオナがあわあわと手札の中にジョーカーを混ぜ込む。次に手札を引くのはヘザーだ。ヘザーは暫く悩んだ末に、フィオナが可能な限り澄ました表情を維持している中、見事にジョーカーを引いたのだった。
そしてヘザーから手札を引くのはトゥルーデ。
「こういうのって相手がわざと動揺して見せるカードが当たりなのよ!」
トゥルーデはそう宣言してポーカーフェイスなどまるでできていないヘザーから手札を引いた。ものの見事にジョーカーである。
「フェリちゃん。フェリちゃんは私の味方よね?」
「ババ引きやがったな、姉貴。そう簡単に俺は引っかからんぞ」
フェリクスはそう告げるとトゥルーデの表情を見ながらカードを引いた。
ジョーカーである。
だが、フェリクスは何事もなかったかのように手札をウィレミナに突き付ける。流石はクラリッサと一緒に闇カジノをやっているだけあって、ポーカーフェイスは完璧だ。
そして、ウィレミナが悩み悩んだ末に手札を引く。
ジョーカーである。
どれだけ高確率でみんなジョーカーを引き続けているんだという話だ。いくら確率のゲームであったとしてもこれはおかしい。
それでもウィレミナは何事もなかったかのようにクラリッサに手札を引かせる。
クラリッサは用心しながらウィレミナからカードを引く。
そして、ジョーカーである。
こうしてジョーカーは一巡し、それぞれの反応が窺えた。
ゲームはこれからだ。
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