娘は学園のボスになりたい
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──娘は学園のボスになりたい
ついに生徒会選挙が告示された。
「──です。以上、クラリッサ・リベラトーレでした」
ようやく選挙演説が行われるも、フェリクスの言ったように選挙演説程度では票が動く様子はなかった。既に票は選挙前に固められており、後はどちらが固めた票が多いかの勝負となっている。日本でも選挙演説を真面目に聞く人は稀だ。
「なんとしても勝ちたい」
クラリッサは自身の選挙対策委員会が設置された空き教室でそう告げる。
「新聞部の報道だとクラリッサの支持率が36%でジョン王太子の支持率が39%。クラリッサちゃんは3ポイント差を付けられているね」
「何がいけなかったのだろう」
「自分の胸に聞いてみよう」
クラリッサは辻決闘事件では自分の票が増えると思っていたぞ。
実際のところ、クラリッサの辻決闘事件のおかげで当初過半数を獲得していたジョン王太子の支持率が39%にまで低下しているのだから、効果はあった。もっともクラリッサの手段を選ばないやり方を見て、本来の支持層も離れていってしまったが。
「3ポイントぐらいならなんとかなるんじゃないか」
「無支持層の取り込み、とか? でも、クラリッサちゃん、随分と暴れたからなー。選挙そのものから遠ざかっている人って結構多いと思うよ」
そうなのだ。クラリッサが暴れまわったせいで『選挙に関わると碌なことにならない』というのが王立ティアマト学園中等部の世論になってしまった。どちらにも投票せず、中立の立場でこの事態を乗り切ろうというのが彼らの考えであった。
「となると、やはり選挙管理委員会を──」
「私は協力しないからね、クラリッサちゃん。ダメだよ」
クラリッサが呟くのに、サンドラが先にそう告げた。
「で、でも、クラリッサちゃんがフランク王国の事件で借りを返してっていうなら、私も少しぐらいはお手伝いしても……」
「……? サンドラに貸しはないよ?」
「え? だ、だって、クラリッサちゃん、助けてくれたよね?」
「あれは友達だから当然のこと。ましてサンドラは親友だしね」
「クラリッサちゃん……」
クラリッサはポリニャックからサンドラを救出したことは貸しにしてないぞ。基本的に身内と考えている人間に優しいのだ。
「……クラリッサちゃんが今ぐらい他の人に優しかったらもっと票が入った気がする」
「マジで?」
「マジです」
だが、サンドラに突っ込まれてしまった。
「面倒くせえ。もっと金をばらまいてもいいが、それより暴力で票を得た方がいい。無支持層をひとりずつ校舎裏に呼び出して、ちとばかりお喋りすれば投票するきになるだろ。そういう気がないなら学園で“不幸な事故”が起きるだけだ」
「フェリクス君は完全にクラリッサちゃんに染まったなー」
「俺は元々こういう人間だ。クラリッサとはだから気が合った」
ウィレミナが呆れて笑うのにフェリクスがふんと鼻を鳴らした。
「そういうフェリクスのワイルドなところ、ベニートおじさんみたいで私は好きだよ」
「そ、そうかよ」
クラリッサが告げるのにフェリクスがちょっと頬を赤らめて視線を逸らした。
「ぶー! そこまでです!」
と、ここでいきなり乱入者が。
「お姉ちゃんセンサーがフェリちゃんの不純異性交遊の気配を察知しました!」
「姉貴。窓から入ってくるのやめろ。危ないだろ」
「だって、ドアの方は入れてくれなかったもん!」
このクラリッサ・リベラトーレ陣営の選挙対策事務所はシャロンに警備されている。
そして、そのシャロンが想像しなかった窓から侵入してきたトゥルーデ。
「それはそうと不純異性交遊は禁止、絶対に禁止です! フェリちゃんと友達以上になりたいならトゥルーデの許可を取ってください! お姉ちゃんの認めた人しかフェリちゃんに近づいちゃダメです!」
「はあ」
トゥルーデが鼻息を荒くして告げるのにフェリクスが深々とため息をついた。
「はっ……! この状況……!? フェリちゃんの周りに女の子が3人も!?」
「だから、なんだよ。男も同じ数揃えればいいのか」
「フェリちゃんがとんでもない不純異性交遊してるー! お姉ちゃんというものがありながらー! フェリちゃんのスケベ! 女誑し!」
もう意味が分からなくなってきたトゥルーデである。
「ところでトゥルーデはだれに投票するの?」
「私? 私は選挙興味ない。フェリちゃんさえ傍にいてくれればいい」
さりげなく腕をフェリクスに絡ませながらトゥルーデはそう答えた。
「それなら、お友達を纏めて私に投票させてよ。そうすればフェリクスも選挙関係の仕事から解放させられるから、一緒に過ごせる時間も増えるかもしれないよ?」
「本当!? 分かった! 任せて!」
クラリッサがにやりと笑ってそう告げるのに、トゥルーデが凄い勢いで窓から出ていった。あの、ここ3階なんですけど……。
「どういう考えだ、クラリッサ。姉貴の友達ぐらいじゃ数が知れるぞ」
「サンドラの言葉で閃いたんだ。優しくしてやれば、私に票が入る。『北風と太陽』の寓話だよ。暴力もいいけれど、少し有権者の意見に耳を傾け、彼らの問題を解決してやり、そうすることで無支持層を切り崩していく」
クラリッサはにこりと微笑んでそう告げた。
「中には荒っぽい願いがあるものもいるだろう。お金のかかる問題を抱えたものもいるだろう。だが、私たちには暴力と金の両方がある。これで叶わない願いはない。私たちはお願いを聞いてあげる。彼らは私たちに票を入れる。ウィンウィンの関係だ」
「またよからぬことを……」
結局は暴力と金に頼るクラリッサであった。
「そうと分かれば無支持層の発掘を急ごう。フェリクス、暴力面では期待しているよ。ウィレミナ、君は無支持層の願いをそれとなく聞いて回って。サンドラはジョン王太子陣営が選挙管理委員会に手を出すのを阻止しして」
「任せろ」
クラリッサが告げるのに、フェリクスが頷いた。
「んじゃ、あたしもいきますか」
「ジョン王太子は選挙管理委員会を買収したりはしないと思うけれどなー……」
選挙戦もまもなく終盤。クラリッサは無事に生徒会長の座を手にできるのか。
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選挙戦も終盤になってくると両陣営とも無茶をし始める。
クラリッサ側はウィレミナがその幅広い交友関係で情報を集め、無支持層が何を求めているかをクラリッサに報告する。そして、クラリッサはその願いを叶えてやる。
ジョン王太子側の男子生徒に浮気されたという女子生徒がいたらフェリクスが校舎裏でその男子生徒に“残念な事故”に遭ってもらったし、友達に借金があってこまるという人間がいたら、クラリッサがそっと現金を差し出して解決する。
「最新の世論調査の結果。クラリッサちゃんが38%、ジョン王太子が40%。無支持層はどちらも切り崩しているみたいだね。これはなかなか勝負がつきそうにない」
ウィレミナが新聞部の記事を読みながらそう告げる。
「残り2ポイントか……。やれるだけのことはやったけれど」
「ウィレミナ。情報はもうないのか? 問題ならなんだろうと解決してやるぞ」
クラリッサが唸るのにフェリクスがそう尋ねる。
「陸上部の先輩たちの伝手まで使って無支持層の願いを聞いてきたけれど、正直に問題があるって話す人は少ないね。貴族としての誇りがあるためなのか、それともクラリッサちゃんに借りを作ることにビビってるのか」
間違いなく後者だろう。
「つまり、今のみんなは私のことを恐れている、と」
クラリッサがそう告げる。
「完全に北風状態だ。だが、まだ太陽になることを諦めはしない。宣伝をしよう。新聞部に出資するから、私が生徒たちのことを思い、ジョン王太子が王太子という地位に胡坐をかいて、みんなの願いなど知ったことではないという態度を取っているという記事を書かせようじゃないか」
「え? ジョン王太子ってそんな人だったっけ……?」
クラリッサがそう告げるのにサンドラが首を傾げる。
「事実かどうかはどうでもいいんだよ。とにかく、私の方が有権者のことを思っているということが伝わりさえすればそれでいい。新聞に事実を求める方が間違っているんだよ? 新聞はあらゆる物事にバイアスをかけて伝えるんだから」
「新聞部の子が聞いたら泣くぞ」
クラリッサの新聞への偏見にウィレミナが突っ込んだ。
事実、リベラトーレ・ファミリーも新聞を買収して、自分たちに都合のいい記事を書かせて世論の支持を得てきた。リベラトーレ・ファミリーと繋がりのある新聞社は都市警察や検察の不手際や不正については騒ぎ立てるが、リベラトーレ・ファミリーが何をしようとだんまりを貫いているのである。
「さて、最初からこうしてればよかったんだよ。世論を動かすには新聞から。その新聞を買収してしまえばこちらのものだ。フェリクス、行こう。新聞部を買収だ」
「オーケー。やろうぜ」
かくして、クラリッサたちは新聞部の部室に向かった。
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「大変興味深い申し出なのですが……」
新聞部の部室にてクラリッサたちを前に新聞部の部長は困り切った表情をしていた。
「何? お金がもっと欲しいの?」
「いえ。そういうわけではなく。実をいうとジョン王太子陣営の方からもあなたに対するネガティブキャンペーンの依頼が来ていまして……」
選挙戦終盤。両者ともに手段は選んでいられないのだ。
ジョン王太子陣営のフローレンスも王家の存在をちらつかせながら、新聞部にクラリッサに対するネガティブキャンペーンを展開するように圧力をかけていた。このようなフローレンスの行動を知らないのはジョン王太子ぐらいのものである。
「そうか。向こうもそう動いたか」
クラリッサは板挟みになっている新聞部の部長を前に考え込む。
「では、『ジョン王太子陣営は新聞部に圧力をかけて、クラリッサ・リベラトーレに対するネガティブキャンペーンを展開しようとした』という記事を書いて。これなら事実だけで構成された記事が書けるよね?」
「そ、それはそうですが、向こうも王家の権力をちらつかせているので……」
「王家の権力ぐらいどうとでもなるよ。王家が生徒会選挙に口出ししたとなれば、大スキャンダルだ。君たちが報じなくても、一般の新聞が報じるだろう。そんなリスクを考えるならば、王家がそう簡単に動かないということは分かるはずだよね?」
「それもそうですね。確かに王家が動けばスキャンダルになる……」
クラリッサの言葉に新聞部の部長が頷く。
「分かってもらえたなら、記事をお願いできるかな。飛び切りのを頼むよ」
「分かりました。事実のみを報道しましょう」
こうして新聞部の買収はクラリッサ側が成功した。
記事は選挙前特集の最終号として掲載され、多くの生徒がジョン王太子陣営の行おうとしていた不正について知り、ジョン王太子に票を入れるのを躊躇い始めていた。
「なんですの、この記事は!」
その新聞部の記事を読んで怒りの声を上げているのはフローレンスだ。
「新聞部が買収されたのでは?」
「あれだけ王家への忠誠を誓っておきながら、それを破るとは! あり得ないことです! あってはならないことです!」
フローレンスは激おこ状態だ。
「しかし、こうなってしまうと我々としても打つ手なしですね」
「何か手はあるはずです。何か手は……」
フローレンスは必死に考えたが、何も思い浮かばなかった。
そして、選挙戦はいよいよ終わり、投票日がやってきた。
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「投票結果を発表します」
生徒会選挙の投票日後日の全校集会。
「生徒会長に選ばれたのは──」
クラリッサはそれは自分であると確信を抱いていた。
選挙戦終盤に起きたジョン王太子陣営のスキャンダル。これによってクラリッサは確実に票を得たはずである。ジョン王太子まで2ポイントだった差は縮まり、追い越している。クラリッサはそう確信していた。
「ジョン王太子殿下です」
「!?」
そこでクラリッサが目を見開いた。
「今年の生徒会長にはジョン王太子殿下が選ばれました。副会長にはジョン王太子の次に票を獲得していたクラリッサ・リベラトーレさんが選ばれます」
クラリッサは呆然としていた。
間違いなく票は獲得したはずである。それなのにどうして負けているのだろうかと。
「では、生徒会長のジョン王太子殿下から挨拶があります」
それから先の記憶はよく残っていなかった。
ジョン王太子がなにやら喋っていた気がするが、何を喋っていたかについては記憶に残っていない。その後、自分の名前も呼ばれたような気がするが、それもまたよく覚えていない。とにかく、クラリッサは目の前で起きたことが理解できずに呆然としていた。
「──ちゃん! クラリッサちゃん!」
サンドラの呼びかける声でクラリッサはようやく我を取り戻した。
「負けた……。勝っていたはずなのに……」
「負けちゃったね。でも、敗因はクラリッサちゃんにもあると思うよ」
「そんなまさか。私は完璧に選挙戦を進めてきたのに」
「金と暴力で問題を解決しようとしたでしょー」
クラリッサが理解できないというように告げるのに、サンドラが突っ込んだ。
「ジョン王太子。毎日、フィオナさんと一緒に朝に挨拶して回ってたんだよ。自分が生徒会長になったら改善したい問題があるかって聞いて回って。それなのにクラリッサちゃんはお金と暴力でずるをしました。それが敗因です」
「ベニートおじさんはこれで勝てるって言ってたのに」
ベニートおじさん流の選挙術は学園では通用しなかったぞ。残念!
「まあ、いいじゃん。クラリッサちゃん、副会長だし。ナンバーツーだよ、ナンバーツー。元気出していこう!」
「1位じゃなきゃ意味がないんだよ」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサは深々とため息をついた。
「でもまあ、とりあえず打ち上げのパーティーをしよう。結果はどうあれ、私たちは頑張った。それは事実だ。みんなの苦労に報いるよ」
「フェリクス君も呼ぼうぜ」
「当たり前」
頑張れ、クラリッサ。生徒会選挙は序章に過ぎない。本番は生徒会に入ってからだ。
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