娘は新米執事を紹介したい
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──娘は新米執事を紹介したい
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。中等部はどうだった?」
クラリッサが帰宅するのにリーチオが早速尋ねた。
「みんなと同じクラスだったよ。接待大成功」
「まあ、それぐらいはいいだろうな。下手にお前のことをよく知らない人間と付き合わせるとどうなるか見当がつかんからな。だが、こういう接待で手に入れてやるのは仲のいいクラスメイトぐらいだぞ。テストの問題なんかは手に入れてはやらんからな」
「そんな」
「戦慄してないで勉強しなさい。中等部から勉強が大変になるんだろう」
そう、中等部からはクラリッサの恐れる第二外国語が始まるのだ。
「あ。それから新しい北ゲルマニア連邦の大使の双子が来たよ。同じクラスに」
「ほう。そいつは初耳だな。北ゲルマニア連邦の大使とは前任者と同様にビジネスを続けていく約束をしているが、あいつ子供に双子がいたのか。それも王立ティアマト学園とは。偶然ってことだと考えていいものやら」
北ゲルマニア連邦の前大使はリベラトーレ・ファミリーと組んで高級ホテルでカジノを運営していた。その顧客は金持ちばかりで、上質な酒に、上質な煙草、上質な娼婦たちを格安で提供し、僅か1日に300万ドゥカートから600万ドゥカートの利益を上げる大ビジネスになっていた。
もちろん、その大使が去ってからもリベラトーレ・ファミリーはビジネスを望み、前大使が言いくるめておいたおかげで、新しい大使もビジネスに加わることになった。
いざとなれば外交特権がある。外交官の部屋の調査も厳重な許可が必要だ。
なんとも楽な商売である。
もちろん、大使の取り分もしっかりと用意してある。リベラトーレ・ファミリーと大使の取り分は4:6だ。これは大使なしには成り立たない商売であるために、大使の取り分は有利に設定されていた。口止め料というものも含まれている。
「新しい大使もパパのビジネスパートナー?」
「ん。そういうことになるな。というか、新しい大使もって、前の北ゲルマニア連邦の大使が何してたのか知っているのか?」
「カジノ。出るところ出たら不味い奴」
「オーケー。誰が話した」
「守秘義務がある」
リーチオが問い詰めるのにクラリッサがふるふると首を横に振った。
ちなみにクラリッサにうっかりカジノのことを喋ってしまったのはピエルトだぞ。リーチオの誕生日パーティーの準備をするときに『せっかくだからカジノも呼ぼうか』と言ってしまって、クラリッサが北ゲルマニア連邦の大使がカジノをやっていることを知ることになったのだ。クラリッサは秘密を守る代わりにピエルトに貸しひとつとした。
借りを返せと言われたときに何を要求されるのかピエルトは戦々恐々だ。
「やたらなところで言うなよ。お前のことだからうっかり喋りそうだしな」
「サンドラたちは知っている」
「おい」
「大丈夫。証拠は何もないし、彼女たちも秘密は守る」
サンドラたちは違法カジノの存在について知ったものの、クラリッサの実家が怖くて警察に通報しようとかは思えていないぞ。それにクラリッサは証拠は見せなかった。
「お前という奴はなあ……。うっかり仕事のことは話せんな」
「仕事の話聞きたい。特に血なまぐさい奴」
「ダメ」
「ベニートおじさんは死体の処理方法を教えてくれたよ?」
「あの野郎」
ベニートおじさんはクラリッサに武勇伝を語るのが楽しみになっているのである。
ファミリーが殺したと発覚しないようにするための死体の処理方法は最近聞いた話だ。穴を掘って強酸を注ぎ込んで死体をどろどろに溶かしてしまうやり方や、死体をミンチメーカーにかけて豚の餌にしてしまうやり方などにクラリッサは大興奮だ。
「ベニートの奴は言っても止めないだろうしな……。全く、教育に悪い」
「私も死体処理の出来る女に育つよ」
「そんなことはできなくていい」
クラリッサ的には小屋でうねうねしているアルフィを使いたいところだ。
見つかるとやばそうな証拠もアルフィに食べさせれば、綺麗さっぱり。
「そうだ。お前に伝えておかなければならないことがあるんだった。今度、ファビオが幹部見習いに昇進する。それで、毎日はお前の面倒が見れなくなった」
「おお。ファビオ、幹部になるの?」
「あいつには素質があるからな。ベニートも引退するかもしれないし、後釜にはピエルトが座るだろうが、今度はピエルトの後任を考えなきゃならん。それでファビオをそろそろ昇進させるかということになった」
「やったね。今度、ファビオの昇進記念パーティーをやろう」
「そうだな。祝ってやるとしよう」
クラリッサが告げるのにリーチオが僅かに微笑んだ。
「でも、今度から学園には誰がついてきてくれるの?」
「それもちゃんと準備してある。シャロンを呼んでくれ」
リーチオがそう告げると、現れたのは──。
「あ。いつぞやの宝石館にいた警備の人」
「はっ! シャロン・スターリングであります!」
クラリッサが告げるのに、シャロンは礼をして返した。
「知ってるのか?」
「前に会った。宝石館の警備でマナーとかを習っているって」
「まあ、そうだな。宝石館に勤めさせていたときから、ファビオの昇進は内定してたから、後任を育てるのにパールの力を借りていたんだ。学園の執事には礼儀作法が必要だろう。ファビオはこれまでどういう場面でも行動できるように育ててきたから問題ないものの、うちのファミリーの連中は基本的に礼儀作法なんかより先にカードゲームを覚える」
リーチオがため息混じりにそう告げる。
「そこでシャロンには宝石館でびっちり礼儀作法を覚えてもらった。元々シャロンは軍人で目上の人間に対する態度はきっちりしている。心配せずともいいだろう」
「はっ! このシャロン、全身全霊で任務にあたり、お嬢様を害するものをことごとく殲滅する次第であります、ボス!」
「不安になるようなことをいうのはやめてくれないか?」
殲滅型執事は安心できない。
「ねえ、シャロン。シャロンは男の人なの? 女の人なの?」
そこでクラリッサがそう尋ねた。
「え、あ、えっと……」
「どうなの?」
「そのー……。中立であります!」
「中立なんて性別はないよ」
シャロンが告げるのに、クラリッサが突っ込んだ。
「クラリッサ。シャロンは一応は女だ。だが、軍隊は男社会で男として育っている。体は女だが、精神は男という奴だ。それに女のメイドより男の執事の方が他の連中に舐められなくていいだろう。シャロンはお前の護衛を兼ねるからな」
「なるほど」
リーチオの説明にクラリッサが頷く。
「よろしくね、シャロン」
「よろしくお願いしますであります、クラリッサ様!」
「あんまり大きな声出すのはやめて」
「すみません……」
軍隊では大きな声で返事するように教育されるのだ。仕方ないね。
「シャロンは早速明日から学園にクラリッサを連れて行ってやってくれ。学園の関係者に対する手続きもある。期待しているぞ」
「了解であります、ボス」
というわけで、新しい執事としてシャロンがクラリッサにつくことになったぞ。
ファビオもこれから数年はクラリッサの執事を続けるが、幹部見習いは忙しいので、シャロンがメインになることだろう。
よかったね、ファビオ。これでようやくドエムから解放されるよ。
……………………
……………………
シャロンを連れての初めての登校日。
「シャロン。出かけよう」
「はっ! 馬車の準備はできているであります!」
「大きな声出さないの」
「すみません……」
染みついた習慣はなかなか抜けることがないのである。
「学園についたら、まずは友達に紹介するね。手続きとかはその後でいいでしょ?」
「お嬢様の望まれる通りに」
クラリッサが馬車の中で告げるのにシャロンが頷いて返した。
「きっと友達はシャロンのことを歓迎してくれるよ。優しい子たちばっかりだから」
クラリッサはそう告げてごとごとと馬車に揺られながら、学園を目指す。
学園では間違って初等部の校舎に入らないように注意して、中等部の校舎を目指す。進級したのはつい昨日。間違って初等部の方に行ってしまう生徒も少なくない。
「お。ちーす。クラリッサちゃん。そこの人、誰?」
「ちーす。ウィレミナ。こっちはシャロン。今日から私の執事を務めてくれる人」
中等部でも陸上部に入部し、ちょうど朝練が終わったところのウィレミナと出会うのに、クラリッサがそう告げて返した。
「へえ。ファビオさんとはまた違った人だね。よろしくお願いします」
「よろしくであります!」
ウィレミナが挨拶するのに、シャロンがそう告げて返した。
「んじゃ、あたしはシャワー浴びて着替えてくるから。教室でね、クラリッサちゃん」
「おう。教室でね」
ウィレミナはそう告げて更衣室に向かっていった。
「お嬢様は部活には入られないのですか? 初等部ではアーチェリー部だったとボスからお聞きしましたが」
「アーチェリー部、飽きた。中等部では新しいことがしたい」
シャロンが尋ねるのに、クラリッサが肩をすくめた。
クラリッサは基本的に飽きっぽいのだ。筋トレなどの己の肉体を鍛えることや、将来絶対に必要になる数学の勉強などは飽きずに行うが、それ以外のことになるとちゃらんぽらんである。第一外国語を始めとする苦手教科にも粘り強くは戦えない。
「シャロンは何か得意なことある?」
「自分は魔術と隠密行動に優れていたであります。陸軍では敵地後方に回り込み、兵站を攪乱させるという任務や司令官を暗殺するという任務を行っていたであります。ナイフ一本で、敵の歩哨の喉を掻き切り、闇夜に紛れて後方深くに忍び込んだものであります」
「その話、詳しく聞かせて」
クラリッサは血なまぐさい話が大好きなのだ。誰に似たのやら。
「いいでありますよ。このような話でしたらいくらでも」
「やったね」
リーチオはベニートおじさんからの悪影響を避けようとしているが、悪影響の源はクラリッサのすぐそばにも控えているぞ。
「あ。おはよう、クラリッサちゃん」
「おはよ、サンドラ」
クラリッサが下駄箱についたときには、サンドラとも合流した。
「クラリッサちゃん。そっちの人は新しい執事の人?」
「うん。シャロンだよ。これから私の面倒を見てくれる」
「へー。前の執事さんはどうしたの?」
「幹部見習いに昇進するから忙しくなるって」
「執事が幹部見習い……?」
ここでようやくサンドラはファビオも堅気の人間じゃなかったことを認識した。
「シャロン。こっちはサンドラ。私の親友だよ」
「サンドラ・ストーナーです。よろしくお願いします、シャロンさん」
クラリッサがサンドラを紹介するのにサンドラが微笑んで手を差し出した。
「シャロン・スターリングであります。よろしくであります」
そう告げてシャロンがサンドラの手を握る。
「ん?」
そこでサンドラはシャロンの手が冷たく、固いことに気づいた。
「シャロンは戦争で片腕が吹き飛ばされちゃったんだって。今は義手」
「そうだったんだ。失礼しました」
クラリッサが説明するのに、サンドラが申し訳なさそうな顔をする。
「気にしないでほしいであります。自分も気にしていないので。むしろ、こんなに立派な義手が手に入ったことが誇らしいぐらいであります。実はこの義手──」
シャロンが手袋を外して拳を握り締めると、手の甲からシュッと鋭い刃が伸びた。
「こうして武器にもなるのであります」
「なにそれカッコいい! 凄い!」
シャロンの隠し武器にクラリッサが大興奮だ。
「……執事にそういうのって必要なの?」
「こういうロマンは必要だと思う」
心底疑問に思うサンドラと興奮冷めやらぬクラリッサであった。
「カッコいいなー。凄くカッコいい」
「気に入っていただけて嬉しいであります」
クラリッサが惚れ惚れとした視線をシャロンの義手に向けるのにシャロンがそう返した。こうやってクラリッサは奇妙なものに憧れていくのである。
「クラリッサちゃん。そろそろ教室に行こう?」
「ん。そだね。それにしても何故パパはシャロンには暗器を持たせるのに、私には暗器を持たせてくれないのだろうか。解せぬ」
「それは自分の胸に聞くといいんじゃないかな」
決闘騒ぎを起こす子に暗器は持たせられません。
「あら。おはようございます、クラリッサさん」
「おはようですよう、クラリッサさあん」
教室にはフィオナとヘザーがいた。ヘザーは珍しく遅刻ギリギリじゃない。
「そちらの方は?」
「シャロン。新しい私の執事。シャロン、こっちはフィオナとヘザー」
フィオナが尋ねるのにクラリッサがそう告げて返す。
「よろしくであります。お嬢様はとても素敵なご友人をお持ちなのですね。そちらの方はゴールドブロンドの髪が輝いていますし、そちらの方はふわりとウェーブを描いた髪が素敵であります。きっと熱心に手入れされているのでしょう」
「ひゃ、ひゃい!」
長身のシャロンが頭を下げてそう告げるのにフィオナの顔が真っ赤になった。
「素敵な方ですわね、クラリッサさん……。クラリッサさんと並んでいるとより素敵ですわ……。美しいもの同士が並んでいるのがこうも素晴らしいとは……」
「ありがとう、フィオナ。でも、君も美しいよ」
「も、もう、やめてください、クラリッサさん。照れてしまいましゅ……」
確かに長身で執事服のよく似合う中性的なシャロンと銀髪でスレンダーなクラリッサが並んでいるのは実に絵になる。ファビオの時もクラリッサは目立っていたが、この中性的で美女とも美男子とも言えるシャロンの存在はよりクラリッサを目立たせるのだ。
「ドエスの執事様は!? ドエスの執事様はどうなったのですかあ!?」
そして、ひとり取り乱すヘザー。
「ファビオは幹部見習いに昇進したからたまにしか来ないよ。これからはシャロンが私の執事。特殊なサービスが受けたかったら、お店を紹介するよ」
「是非に!」
クラリッサが告げるのにヘザーが食いついた。
「お、お嬢様。そういうお店は未成年の方は利用できません」
「そうらしい。困ったね」
シャロンとクラリッサがそう告げ合うのにヘザーは魂が抜けかけていた。
「シャロン。この子、いじめてあげて。特別にお給料出すから」
「え?」
「うん。そういう趣味の子なんだ。口で罵ってあげるだけでいいよ」
シャロンは唖然としているぞ。
「分かりました。では」
シャロンがシャキッと背筋を伸ばす。
「この豚野郎が! 貴様のような腑抜けは我が隊には必要ない! 貴様は豚か! それとも人間か! 豚であるならばはいつくばって、豚の鳴き真似をしろ! どうだ! 貴様は豚か! 醜い豚か! 肥え太って食われるだけの豚か!」
「ぶひぶひ!」
シャロンが軍隊式にヘザーを罵るのにヘザーは見事に豚の鳴き真似をした。
「地獄絵図……」
クラリッサはただただドン引きしていた。言い出した張本人なのに。
「これ以上は有料だよ。またね、ヘザー」
「ああん! もっと! もっと!」
クラリッサはシャロンを引き連れて退却した。シャロンは気まずそうな表情を浮かべている。豚の鳴き真似をしろと言ったが、本当に豚の鳴き真似をされれば当然だろう。
「フェリクス。起きてる?」
「なんだよ。話しかけるなって言っただろう」
今度はクラリッサはフェリクスの下にやってきた。
「新しいうちの執事を紹介しようと思って。シャロン、この子はフェリクス。北ゲルマニア連邦の大使のところの双子の弟」
「初めましてであります」
クラリッサがそう告げ、シャロンが挨拶する。
「そうか。よかったな」
そう告げるとフェリクスはまた机に突っ伏した。
「愛想の悪い子だ」
クラリッサはやれやれというように肩をすくめる。
「クラリッサ嬢! おはよう!」
「シャロン、あれは敵だから」
「挨拶ぐらい返してくれないかな!?」
そして、現れるジョン王太子である。
「ジョン王太子はもうフェリクスとは話した?」
「話そうとはしたのだが、些か彼は心を閉じている。しかし、任せておきたまえよ。私が彼をクラスに馴染ませて見せよう!」
ジョン王太子が自信満々に告げるのに、フェリクスの方から舌打ちが聞こえてきた。
「……まあ、頑張って」
「……ああ、頑張るよ」
さてさて、北ゲルマニア連邦からやってきた問題児はどうなるのだろうか。
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