娘は文化祭を案内したい
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──娘は文化祭を案内したい
文化祭の日の王立ティアマト学園は色とりどりに彩られている。
生徒たちが自分たちで作った看板や飾りつけで、いつもとは全く異なる学園の様相を呈しているのに、生徒たちのテンションは大きく上がっている。
「パパ、サンドラ、ウィレミナ。どのコースで行く?」
「コース?」
クラリッサがそんなテンションの高い生徒たちの行きかう廊下を進みながら告げるのに、サンドラが首を傾げた。
「必要経費最小限コースとそれなりに遊ぶ中流階級コースと豪遊大富豪コースがあるよ。ここにそれぞれのお店でかかるお金を全部リストアップしておいたから、それを見て決めていこう。楽しさは二の次だ」
「いや。楽しさを重視しようね?」
クラリッサがリストを手渡すのにサンドラが神妙な表情でそう告げた。
「うーん。楽しさ重視となると他のクラスの出し物にいちゃもんつけてやるとかかな。ベニートおじさんもいるから心強いね」
「おう。クラリッサちゃんのお店が儲かるようにライバル店は潰しちまおう」
クラリッサが告げるのにベニートおじさんが自信満々にそう告げた。
「ベニート。イエローカードだ。残り2回で累積退場だぞ」
「し、しかし、ボス」
「しかしも何もない」
リーチオはベニートおじさんを連れてきたことを心底後悔しているぞ。
「クラリッサちゃん。ここは純粋に楽しまないと。ここのお化け屋敷とか──」
「ウィレミナ。何でお化け屋敷なの? 君はどうしてお化け屋敷に執着しているの? プロがやっても面白くないお化け屋敷を素人がやっても絶対に面白くなるわけないよね? そんなことは絶対にありえないよね? それともなにかな。ウィレミナは相手のお化け屋敷のずさんさを見て、笑うような性格の悪い子だったのかな? そういう楽しみ方もあるかもしれないけれど、私は純粋に文化祭を楽しみたいんだよ。それなのにお化け屋敷を選ぶの? どうして? 何故? 理由は? 根拠は?」
「オーケー。分かった。冗談だよ、クラリッサちゃん」
相変わらずお化け屋敷への殺意の高まりが抑えられないクラリッサである。
「この占いのお店とか面白そうじゃない?」
「え。占いとか信じてるの……?」
「クラリッサちゃん。今日はお祭りだよ? 少しは楽しもうとする意欲を持とう」
クラリッサが信じられないという顔をするのにサンドラが冷静に突っ込んだ。
「まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦と言いますし、行ってみようぜ!」
「仕方ない」
というわけでクラリッサたちはまずは占いのお店に向かうことに。
占いのお店をやっているのは同じ初等部で、5年生たちだった。
「お。なかなか繁盛しているみたいじゃん」
「占いというのは盲点だった。適当な道具と話術があれば元手がほとんどかからず、それでいてペテンのように儲かるのだから」
「そういう方するのやめような、クラリッサちゃん」
クラリッサが感心して唸るのにウィレミナが肩を叩いた。
「いろいろとあるね。何にしようか?」
「あたしタロット占い! 今後の金運を占ってもらう!」
「ウィレミナちゃんも大概ロマンがないよね」
占いのお店ではタロットや手相占い、星座占いなどいろいろな占いがあった。
「パパ。私たちはあっちに行こう」
「おう。……って、相性占い? こういうのは親子でするものなのか……?」
「親子の相性も占ってくれるはず」
ハートマークの書かれたピンク色の天幕はどうみても親子で入るものではないように思える。というか入っていくのも、出ていくのも、同じ年ごろの生徒たちである。
「入ろう。ねえ、入ろう」
「分かった、分かった。占ってもらおう」
クラリッサとリーチオが天幕の布をくぐる。
「いらっしゃいま──。あれ? 親子の方で?」
「そう。親子の相性を占ってもらいたい」
「う、うーん。分かりました。頑張ってみます」
こういう客はやはり少ないのか占い担当の生徒は唸りながら、タロットによく似たカードを伏せたまま並べていき、クラリッサとリーチオにそれを選ばせた。そして、そのカードを捲り、その位置とカードの内容を確認する。
「おめでとうございます。おふたりの相性は最高です。これからも末永く愛が続くことでしょう。しかし、彼女──娘さんの方にはいずれ試練の時が訪れるでしょう。その試練を乗り越えた時、おふたりの愛はさらなる高みに上るはずです」
「でたらめ言ってるわけじゃないよね?」
「言ってないですよ!」
疑り深いクラリッサであった。
「だってさ、パパ。よかったね」
「ああ。よかったな」
クラリッサが笑顔を向けてくるのにリーチオはそう告げて天幕を出た。
(いずれこいつも俺とじゃなくて、選んだ男とこういう場所に入るわけだよな。親としては寂しいものがあるが、まあ娘の成長だと思って喜ぶしかない。しかし、やはりクラリッサにはそれなりに立派な男を相手にしてもらいたいものだ。とはいえ、こいつがそうそう悪い男に引っかかるとは思わないが……)
お父さんの心境は複雑だ。
「クラリッサちゃん。どうだった?」
「ばっちりだって。サンドラは何か占ってもらった?」
天幕から出てきたところをサンドラが捕まえるのにクラリッサがそう尋ねる。
「私はこれから先に恋人ができますかって占ってもらったよ。そしたら、もう気になっている人はいるって言われちゃった。全く、誰かなー。とってもカッコいいことを決めて、私の心を盗んじゃった悪い人は誰かなー?」
「誰だろうね?」
サンドラがチラチラとクラリッサを見て告げるのにクラリッサはぽかんとした。
「もー……。まあ、クラリッサちゃんらしくていいかな」
「……?」
クラリッサは本当に意味が分かっていないぞ。
「おー! サンドラちゃん、クラリッサちゃん! どうだった?」
「ばっちりだった。ウィレミナは?」
「今後の努力次第だって。まあ、当たり前っちゃ当たり前だよね」
「こうやって当たり障りのないことをいうだけでお金を稼いでいるのか……」
「いや。クラリッサちゃん。何事もそういう風にとらえるのはやめような」
クラリッサがまた唸るのに、ウィレミナが突っ込んだ。
「次はどこに行こうか?」
「この使い魔喫茶ってどうかな? 使い魔と触れ合えるんだって」
クラリッサのリストからサンドラがめぼしいものを見つけた。
「おお。そのアイディアはなかった。うちのクラスも使い魔喫茶にしておけばアルフィが大活躍したというのに……」
「普通に地獄絵図だよ」
クラリッサが告げるのに、ウィレミナが真剣な表情でそう告げた。
「ボス! これからはクラリッサちゃんたちと回りますか? お邪魔なようなら、俺たちはパールと一緒に回ってこようと思いますが」
「ベニートおじさん。占ってもらった?」
「ああ。占ってもらったよ。ベッドの上で死ねるかどうかを占ってもらった。そうしたら『あなたはベッドの上で死ねます』と言いやがった。俺は戦場で死ぬつもりなのにな」
「それは残念だったね」
クラリッサとベニートおじさんの会話を聞いて、その反応は絶対におかしいと思っているサンドラとウィレミナであった。
「それじゃあ、ここからは別行動にするか。パール、ベニートとピエルトが余計なことしないように見張っておいてくれ」
「あらあら。重責ですわね」
リーチオが告げるのに、パールが苦笑いを浮かべた。
「パールさん、ベニートおじさん、ピエルトさん。楽しんでいってね」
「ああ。楽しませてもらうよ。クラリッサちゃんも楽しんでな。初等部最後の文化祭だろう。アーチェリー部の出し物もあるっていうし、後で見に行くよ」
「アーチェリー部の実演は15時からだよ」
ここでパール、ベニートおじさん、ピエルトが別行動に。
本当に分かれて大丈夫だろうかと思うリーチオであった。
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クラリッサたちは6年C組で開催されている使い魔喫茶にやってきた。
かなりの盛況らしく列ができている。
「ううむ。うちのクラスもなかなか盛況だったけれど、これには負けるかもしれない。ここは食中毒を偽装するしかなさそうだ」
「はいはい。クラリッサちゃんは大人しくしてようなー」
クラリッサが何やら取り出そうとするのをウィレミナが没収した。
「何これ?」
「ハエの死体」
「ハエの死体って」
クラリッサはこれでライバル店の評判を落とす気満々だったぞ。
「クラリッサちゃん。お父さんも来てるんだから変なことしちゃダメだよ」
「むしろ、パパが来ているからこそ張り切ってる」
「その張り切りは別の方向に向けよう」
クラリッサを宥めるサンドラであった。
「いらっしゃいませー! 使い魔喫茶へようこそ!」
クラリッサたちの番が回ってくると制服にエプロンを身に着けた生徒が出迎えた。
「わあ。いろんな使い魔がいるよ。あれはフクロウかな?」
「犬もいる! それもでかいやつ!」
サンドラとウィレミナが多くの可愛らしい使い魔を前にテンションを上げる。
「テーブルにご案内しまーす」
そして、クラリッサたちはテーブルへと案内される。
「……どの飲み物もお菓子もうちのクラスよりかなり安いな……」
「サービス料を取るタイプのお店なのかもしれない」
「そんなお店はないと思うぞ」
ウィレミナがメニュー表を見て告げるのにクラリッサがそんなことをいう。
「見て見て。可愛いよ、この猫。すごっくなつっこい」
「使い魔だから噛んだり、引っかいたりしないし安心だね」
サンドラが膝に猫を乗せて告げるのに、ウィレミナが頷いた。
「パパ。うちのアルフィも使い魔だから噛んだり、引っかいたりしないよ」
「あれはそれ以上のことをしそうな気がする」
アルフィは見ているだけでSAN値が減少するタイプだ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あたしはコーヒーに──」
ウィレミナたちが使い魔たちを撫でながら注文を行う。
「おお。なつっこい使い魔だ。見て、パパ、サンドラ、ウィレミナ」
「……クラリッサちゃんは蛇とか平気なタイプなんだね」
クラリッサの首にはオオアナコンダがぐるりと巻き付いていた。使い魔なので絞殺したり、噛みついたりすることはないだろうがちょっとばかりぞっとする光景である。
「うちのクラスも来年は使い魔喫茶をやろう」
「クラリッサちゃんの名状しがたい生き物がいる限り嫌だよ」
クラリッサがオオアナコンダを首に巻いてご機嫌なのにサンドラが突っ込んだ。
「というか、サンドラの使い魔も大概だよ。あの大きな亀って」
「うー……。それを私に言わないでー……。私、魔術の授業のたびにあの子を運ぶのに苦労しているんだからー……」
サンドラの使い魔はガラパゴスゾウガメだ。かなりでかい上に、動きは鈍いぞ。
「あたしのブルーは絶好調だよ。毎朝、一緒に走ってる!」
「私のアルフィも一緒に走らないかな」
「通行人の心臓が止まりかねないからやめた方がいいよ」
ウィレミナに真顔で返されたクラリッサであった。
「さて、もふもふも堪能したし、次に行きますか!」
ウィレミナがそう告げて席を立つ。
「パパ。楽しんでる?」
「ああ。楽しんでるぞ。だから、その蛇を首から外してくれないか……」
オオアナコンダは未だにクラリッサの首に巻き付いていた。
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