娘は文化祭について考えたい
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──娘は文化祭について考えたい
10月の体育祭が終わると次は文化祭がやってくる。
文化祭といっても別に文化とは関係なく学園祭のようなもので、初等部・中等部・高等部合同で行われる大規模な催しである。保護者や親戚、違う学校の友人など様々な人物が学園を訪れて生徒たちの催す演劇だったり、お店だったりを堪能する。
さて、そんな文化祭でクラリッサはといえば。
「では、6年A組の催し物を決めたいと思います」
まずはクラスごとの催し事を決める。それから部活によっても何かする。
クラリッサはアーチェリー部なので、そっちでもなにかするだろう。
「はい」
「では、クラリッサさん」
ちなみにこの文化祭を仕切ることになる委員長はフィオナだ。クラスの代表として児童会にも参加しているぞ。クラリッサは体育祭を収益化して、中等部で生徒会長になるための実績を作るという野望に憑りつかれて、体育委員長にまで出世した。のだが、結局のところ競技に少しのエンターテイメント性を加えることができただけで、収益化の目論見は果たせなかった。賭けも入場料もどちらも教師に却下されている。
だが、今のクラリッサには新たな野望がある。
「カジノ。カードゲームを中心に。還元率は80%ぐらいにして、数を稼ぐことと儲かっている雰囲気を出すことによって集客率を高める。また並行して融資のサービスもつけて、大きく儲けたいと思う。どう?」
「……クラリッサさん。残念ですけれど、学園内で賭博の類は禁止ですわ……」
「そんな」
フィオナが力なく首を横に振るのにクラリッサが戦慄した。
これまでクラリッサは初等部6年生に進級するまでお化け屋敷とかお化け屋敷とかお化け屋敷とかお化け屋敷とかしてきたが──ってお化け屋敷ばっかりじゃないか。
まあ、それはともかく、体育祭の収益化にも失敗し、文化祭も毎年毎年お金の稼げないお化け屋敷ということにクラリッサはほとほとあきれ果てていた。
学園の運営はリーチオからの多額の賄賂──もとい、寄付金で赤字経営から脱したものの、依然として貴族たちからの寄付金は少なく、学費は高い。学食の値段も高いので、クラリッサはウィレミナとは同じ食事が食べられないのだ。
ならば、体育祭や文化祭といった催し物で利益を上げ、学園の収入に繋げたい、と表向きはクラリッサはそう考えていた。
その実はそのような商売を学園内に広げていって、ゆくゆくはその収益金を牛耳り、この学園のボスとなるつもりだったのである。学園を傘下に治め、リベラトーレ・ファミリーのシマを拡大し、リーチオの跡を継ぐのだ。
もっとも、そんなことが初等部6年生にできるはずもないが。
「はいはーい。お化け屋敷!」
「ウィレミナ。お化け屋敷の何が楽しいの? 初等部のお化け屋敷なんてしょぼくれた出し物だよ。それだったらイースト・ビギンの安劇場で三文芝居でも見ていた方がマシなんだよ。お化けなんていないもので驚くはずもないし、そもそもお化けの衣装も小道具も恐怖心を欠片も煽らないし。それに加えてお化け屋敷ではどうやっても入場料に僅かに100ドゥカート程度徴収するだけなんだよ。私は100ドゥカートも払う価値すらないと思っているけど、たったの100ドゥカートなんだよ。買えるとしたら駄菓子が2、3個って価格だよ。そんな価値しかないものを『放課後まで頑張って準備しよう!』って気持ちになると思う? ならないよね? なるとしたらそれは精神の病だよ。精神がお化け屋敷に侵されているんだよ。分かった?」
「分かった、分かった。クラリッサちゃんが死ぬほどお化け屋敷がやりたくないのはよーくわかったから一先ず落ち着いて」
もうクラリッサにとってお化け屋敷はうんざりするほどやったのである。
「はい。質問、いいですか、フィオナさん」
「どうぞ、サンドラさん」
「ええっと。初等部6年生から飲食物を扱ってもいいんですよね?」
「ええ。そうですわ。あら、お知らせするのを忘れていました。今年の文化祭から初等部6年生のクラスでも、飲食物の取り扱いが許可されますわ。ただし、教職員の監督の下で衛生に関する講座を受講したクラスだけです」
そうである。初等部6年生からは文化祭で飲食物が扱えるようになるのだ。
もちろん、フィオナの言うように教員から食品衛生に関する講座を受講し、問題を起こさないようにしたクラスに限られる。やたらめったらに扱わせるとやはり初等部6年生なので問題が起きかねないのである。
「お酒は出していい? 出していいならカクテル作るよ」
クラリッサが手を上げてそう告げる。
そう、意外なことにクラリッサはカクテルが作れるようになったのだ。サファイアがカクテルを作るのが上手であり、それを師として教わっていた。
アルビオン王国のカクテルは酒税が前代の国王の時代からべらぼうに高く、密造酒の売買がリベラトーレ・ファミリーを始めとするマフィアたちによって行われてきたこととともに発展してきた歴史がある。今でも密造酒を扱う酒場は少なくなく、クラリッサもそのことをよく知っていた。密造酒は儲かると。
ならば、学園でも密造酒を販売しようではないか。きっと儲かるぞ、というのがクラリッサの判断であった。密造酒を堂々と売るつもりである。
「お酒はダメですわね」
「煙草は?」
「学園内は禁煙ですわ」
クラリッサの商売相手とみなしているのはどうやら金を持った保護者らしい。
煙草も今はたばこ税が高く、密輸品の煙草が闇取引されている。とくにアンティル産の葉巻はとても高い値が付き、税金もそれだけ高い。クラリッサは酒がダメならば煙草を売ろうと考えたようだが、あいにく学園内は安全と健康のために禁煙である。
「じゃあ、お化け屋敷喫茶を──」
「ウィレミナ」
「冗談だよ、クラリッサちゃん。そんなに殺意のこもった視線を向けないでおくれ」
お化け屋敷には敵意をむき出しにするクラリッサだ。
「ただの喫茶店というのはダメなのかね。お茶を出すだけでも、それなりの責任感や労働に対する感謝の気持ちは生まれるのでは?」
ここでもっともなことを言うのがジョン王太子である。
彼は文化祭で催し物をするのが生徒ひとりひとりの責任感を養い、仕事に対する義務感を養うものだということを理解している。そう、彼はちゃんと理解しているのだ。この文化祭がただのお祭りではないということを。
「つまんない」
「ちょっとそれはあまりにも退屈じゃあ……」
だが、そのことに周囲の理解が得られているかどうかは別の話だぞ。
「君たち! それを言うならば何か意見を出したまえ!」
「はーい! はいはい!」
ジョン王太子が叫ぶのにヘザーがぴょんぴょんと跳ねる。
「では、ヘザーさん」
「ビキニ喫茶で決まりですよう! 女の子はみんな水着! それで性欲を持て余した野獣のごとき上級生や保護者から性欲の対象として見られるんですよう……! それはもう絶対に興奮すること間違いなしですう!」
ヘザーの意見は狂っていた。
「男子はどうするの?」
「男子もビキニでいいんじゃないですかあ?」
「地獄絵図だ」
ヘザーの適当な返しにクラリッサが戦慄した。
「あ。みんなでメイドさんや執事さんの格好をして喫茶店をやるのはどうかな? 最近、街中の上品なお店は上流階級の使用人さんたちの格好をして給仕をするのが流行っているみたいですよ。私たちもそういうのはどうかな?」
サンドラが首を傾げてそう告げる。
「メイド……。お茶をこぼしてご主人様にお仕置きされるんですねえ、分かりますう。いざという時に備えて首輪もつけておきましょうよう!」
「君には確かに首輪が必要なようだ」
ヘザーが生暖かい意見を出すのにクラリッサが淡々とそう告げた。
「では、執事・メイド喫茶ということですね?」
フィオナが整理して黒板に書き込む。
「ビキニ喫茶もー!」
「あまり王立ティアマト学園らしくはないので……」
「らしくない……! 不適切な提案! 私の意見は蔑まれてるう! 馬鹿にされて、踏みにじられて、放置されているう!」
「あ、あの、そういうわけではありませんのよ?」
ヘザーはひとりで勝手に興奮していた。随分と幸せな人物のようだ。
「では、他に提案はありますでしょうか?」
執事・メイド喫茶が好評なのか対抗案は提案されなかった。
「では、執事・メイド喫茶で決定ですわ。衛生のための講座を受講するのは委員長の私と他に2名ほど必要となりますが、どなたか志願してくださいますか?」
フィオナはそう告げてクラスを見渡す。
「はい」
「はい」
そこで同時に手を上げたのがクラリッサとジョン王太子である。
「……なんで君が志願するのさ。君はお茶を入れたり、お菓子を出したりはしないでしょう。王太子らしくふんぞり返ってみんなが頑張るのを見ているだけなんじゃないの」
「失礼だな、君は! 私だってお化け屋敷ではお化けの扮装をして頑張っていただろう! ごほん。私も王太子としての地位がある以上は、このクラスに大きな責任がある。その責任を果たすためにまずは衛生問題から解決するのだ」
「フィオナと一緒にいたいだけなんじゃないの?」
「うぐ」
もろに下心を指摘されたジョン王太子である。
「で、では、君はどうしてわざわざ衛生の講座を受けようというのだね?」
「フィオナとは友達だから。こういうのやりたがる人、少ないだろうし、フィオナが困ることのないように私が一緒に受けようって思った。友達を思うことも、クラスに対する責任を果たすぐらいに大事なことだよね?」
「ま、まあ、その通りではあるが……」
クラリッサが正論そのものの意見を出すのに、ジョン王太子が戸惑った。
クラリッサのことだから突拍子もないことを言い出すことに期待していたのだが、案外クラリッサはいい人間なのかもしれないとジョン王太子はクラリッサを見直しかけた。
「フィオナ。安心してね。うちのファミリーから2、3名応援を呼ぶから。お茶に蟲が入ってたかといういちゃもんを付ける客がいたら、うちの男たちが捻って、店から叩き出すよ。みかじめ料は売り上げの5%でいいから」
「み、みかじめ料とはなんですか?」
そして、ジョン王太子はクラリッサを見直すのを静かにやめた。
「学園で商売をしようとするんじゃない、クラリッサ嬢」
「けど、屈強な男に守られてないといちゃもんを付けたり、女の子に手を出したりする人間が出るかもしれないよ? フィオナだって危ないかも」
「このクラスは私が守るから安心したまえ」
そうなのだ。ジョン王太子は王太子なのだ。
次の国王になることが約束された立場。この国の名目上のナンバーツー。そんな大物がいるならば、貴族たちである王立ティアマト学園の保護者やその友人たちは決して悪戯にこのクラスの催し物に手出しすることはないだろう。
「君、文化祭の最中にずっとこのクラスにいるの?」
「いや、そういうことはないが……」
ジョン王太子は文化祭をフィオナとともに楽しむデートを計画しているぞ。
そう、文化祭は密かな男女のデートタイムとして王立ティアマト学園では認識されているのだ。貴族であるがゆえに放課後に自由な時間が少ない彼らは、このような機会を逃さず、婚約者や恋人と交友を深めるのである。
実をいうとクラリッサにも文化祭デートの申し出が何件か来ているのだが、彼女はそれがデートの申し出だとは気づかず、スルーしてしまっていた。クラリッサが文化祭を一緒に回って回る約束をしたのはウィレミナ、サンドラ、ヘザーだけだ。それから保護者として出席するリーチオ。
「じゃあ、やっぱり常駐できる人間が必要だよね。うちから強面の男たちを出すよ」
「やめたまえ。そういうトラブルに対応する能力も問われているのだ」
「……! つまり、うちのクラスの男子をよそのクラスに派遣してみかじめ料を……」
「君はどれだけ金が好きなんだね!?」
発想を逆転させるクラリッサとその発想に仰天するジョン王太子である。
「ええっと。では、衛生の講座にはクラリッサさんと殿下が出席なされるということでよろしいでしょうか? 講座は明日の放課後に家庭科室でありますので、出席なされるのであれば予定を開けておいてください」
「分かったよ、フィオナ。一緒に頑張ろう」
「はい!」
ここ一番の笑顔を見せたフィオナであった。
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