娘は父に再会したい
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──娘は父に再会したい
アルフィがトレイターズ・ゲート方面から現れたとき、クラリッサたちは激しい戦闘が行われている北西とは真逆の南東の方向に移動していた。
「どうだった、ファビオ?」
「効果は甚大のようです。敵は混乱しています。突撃するなら今です」
「オーケー。城壁をぶち壊そう」
クラリッサは地面に魔法陣を描く。
「いくよ」
クラリッサが魔法陣に魔力を込めると、ロンディニウム塔の城壁が凄まじい勢いで吹き飛んだ。爆発の魔術は城壁の一画を完全に吹き飛ばし、道を作ったのだった。
「さあ、突入だ。ベニートおじさん、準備はいい?」
「おうとも! 突入してやろう!」
「では、いくよ」
クラリッサはアクセルペダルを踏むと自動車が駆けだした。
自動車の後部にはあるものが取り付けられている。
多銃身機関銃──いわゆるガトリング砲だ。
クラリッサがジェリーから買い取り、自動車の後部に据え付けたのはこれだった。
ある意味ではテクニカル──ピックアップトラックの荷台に機関銃などを据え付けた簡易な兵器──の元祖ともいえるかもしれない。クラリッサが運転し、ベニートおじさんが銃座につき、助手席には運転免許を獲得したシャロンがコロンビア合衆国で開発されたレバーアクション式の散弾銃を持って座っている。
クラリッサたちが先陣を切って突入する中、後方からはブラッド、ファビオとレストレードの警官隊を乗せた馬車が破壊された城壁に向けて突撃を開始した。
「クラリッサちゃん! 飛ばせ、飛ばせ! 魔王軍と腐った政府の連中を蜂の巣にしてやるぞ!」
「政府の人間は撃っちゃダメ。後でややこしくなる。撃っていいのは魔族だけだよ」
「了解!」
クラリッサの自動車はクラリッサが作った突破口から内部に突入する。
「前方にゴブリン複数!」
「ミンチにしてやる!」
ガトリング砲が14.7ミリ機関砲弾を前方のゴブリンの群れに浴びせかける。
ゴブリンは瞬く間になぎ倒され、ゴブリン肉100%のミンチと化した。
「臭いはホワイト・タワーからだ。私はホワイト・タワーにレストレードさんたちと突入するから、シャロンは運転代わって。このままホワイト・タワーの外周をぐるりと回って、魔族たちの牽制をお願い」
「任されましたであります!」
アルフィが高圧水流とその正気度を削る見た目で切り開いた南東の方角から、クラリッサはホワイト・タワーに迫る。そして、勢いよく自動車から飛び降りると、すぐさまシャロンが運転を代わり、自動車は激戦地となっている北西方向に走り去っていった。
「大丈夫か、リベラトーレのお嬢ちゃん!」
「全然平気。さあ、ホワイト・タワーへ」
自動車から転がり降りたクラリッサに後方から馬車で突入してきたレストレードたちが追いつく。クラリッサはすぐさま立ち上がり、ホワイト・タワーを見上げる。
「レストレードさん。書類の準備はできてる」
「ああ。もちろんだ。これからはロンディニウム都市警察として動くぞ」
「オーケー。さあ、行こう」
クラリッサ、レストレード、ファビオ、ブラッド、そして8名の警官隊はホワイトタワーに向けて前進を開始した。
そのころ、ホワイト・タワーの外周ではベニートおじさんとシャロンが大暴れしていた。ガトリング砲のけたたましい銃声が響き渡り、それに混じって散弾銃の音がする。
「シャロン! 飛ばせ、飛ばせ! 魔族どもをミンチにしてやる! これまでこの俺たちのシマで散々ヤクを扱ってくれた礼だ! これまでのお返しをたっぷりとしてやろうじゃねえか! 覚悟しやがれ!」
「了解であります!」
前進中の魔族たちの前に立ちふさがったベニートおじさんとシャロンはガトリング砲と散弾銃でたっぷりと鉛玉を浴びせかける。
シャロンはスピンコックで散弾銃をリロードすると魔族に向けてさらに銃弾を浴びせかける。ベニートおじさんは発射ボタンを押したまま、電動で回転連射するガトリング砲で魔族の群れをなぎ倒す。
「あれはなんだ!?」
「味方か? 味方なのか?」
突然現れたベニートおじさんとシャロンに、特殊長距離偵察隊の兵士たちが躊躇いの声を上げる。
だが、彼らにはそのようなことを考えている余裕はなかった。
トーチカには既に無数の魔族が張り付いており、魔族側の魔術師──上級吸血鬼がトーチカを破壊するために巨大な金属の塊を降り注がせている。
「今は自分たちの仕事に集中しろ! 大規模魔術攻撃準備!」
「魔法陣共鳴反応良し! いつでも撃てます!」
「よろしい。てえっ!」
将校の号令で、大規模魔術攻撃が開始された。
魔王軍の後方に向けて降り注ぐ鋼鉄の槍の嵐。それは着弾と同時に鉄片をまき散らして炸裂し、魔王軍の後方隊列を薙ぎ払った。
だが、相手は上級吸血鬼だ。彼らは弱点が多くあるように見えて、基本的に不死身の怪物である。鋼鉄の槍がいくら鉄片をまき散らしたところで普通の魔物は死に絶えても、上級吸血鬼だけは平然と攻撃を継続する。
「畜生。まだ攻撃が続いているぞ。第二次攻撃準備!」
「了解!」
それでも特殊長距離偵察隊の兵士たちは攻撃を繰り返した。
アルビオン王国軍と魔王軍の間で魔術攻撃の撃ち合いになり、苛烈な戦場がより苛烈になる。血と鉄が飛び散り、雄叫びと悲鳴が上がる。まさに地獄絵図だ。
「ひるむなよ、シャロン! この調子で魔族どもを蹴散らすぞ!」
「はいであります!」
大規模魔術攻撃の中をベニートおじさんとシャロンは疾走し、攻撃を加えつ続ける。
「テーケーリーリー」
戦場に変化が訪れたのは次の瞬間だった。
突如としてトレイターズ・ゲート方面からロンディニウム塔内部に侵入したアルフィが魔王軍の隊列後方に触手を伸ばしたのだ。
魔術攻撃を続けていた吸血鬼たちが次々に捕食され、アルフィの体内でどろどろに溶かされる。アルフィはそのまま魔王軍の後方隊列を食い上げ、ベニートおじさんとシャロンとともに魔王軍を挟み撃ちにした。
魔王軍は迫りくるアルフィとガトリング砲を乱射するベニートおじさんに挟まれ、窮地に。上級吸血鬼は既に全滅。残った魔族では対応できない。
この勝負、ついに決着である。
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ベニートおじさんとシャロン、アルフィが外で大暴れしている間に、クラリッサはホワイト・タワー内部に侵入した。
「侵入者だ! 侵入──」
内部の警備を行う特殊作戦執行部の武装工作員が叫ぶのを、ファビオが側頭部に回し蹴りを叩き込んで沈黙させた。
「静かに侵入というのは無理そうですね」
「パパさえ奪還できれば大丈夫」
クラリッサがそう告げ前進が再開された。
「行くなら派手に行こうぜ。こちとら天下のロンディニウム都市警察だ。相手もこっちが警察だと分かればいきなり撃ってはこないだろう」
「そうかなー?」
クラリッサは少し疑問を抱いたものの、レストレードたちは先頭に立って進んだ。
「侵入者だ! 侵入者がいるぞ!」
「こちらはロンディニウム都市警察だ! 我々はここで非合法な──」
レストレードの頬を掠めて銃弾が飛び去っていく。
「畜生! 俺たちは警察だぞ! お前ら、これが終わったら覚悟しておけよ!」
「こうなると思った」
特殊作戦執行部の武装工作員は相手が警官であろうと容赦なく発砲する。
「ファビオ、ブラッドさん。私が目つぶしするから、その隙に制圧して」
「了解」
クラリッサはそう告げて手をかざす。
「えいっ!」
次の瞬間、銃弾が叩き込まれ続けていた廊下の角から強力な閃光がほとばしった。
「今!」
クラリッサが告げ、ファビオとブラッドが廊下の角から飛び出す。
「畜生。目が──」
「ひとり」
ファビオが鳩尾に打撃を叩き込み、特殊作戦執行部の武装工作員を沈黙させる。
「こちらもひとり」
ブラッドは特殊作戦執行部の武装工作員の顎に打撃を叩き込み、脳震盪を誘発する。
そのままふたりは白兵戦で命を取ることなく、特殊作戦執行部の武装工作員たちを制圧していく。
「どんどん行こう。レストレードさんもついてきて」
「はいはい」
クラリッサは魔術を主体に非殺傷手段で特殊作戦執行部の武装工作員たちを制圧していき、ファビオとブラッドは白兵戦でひとりずつ制圧していく。
特殊作戦執行部の武装工作員の抵抗は奥に進めば進むほど激しくなり、ついにはバリケードが形成され、そこで何十丁もの新型軍用小銃を構えた特殊作戦執行部の武装工作員たちが陣取る始末となった。
「こいつはどうしたものでしょうか」
「うーん。目つぶししても一本道だし、とにかく撃てば当たるって状況だからな。これはどうしたものか」
ファビオとクラリッサはバリケードを見て首をすくめた。
「ここは私が行きましょう」
そこで声を上げたのはブラッドだった。
「クラリッサさん。可能な限りの援護を願います。3、2、1で突撃です」
「了解。……気を付けてね?」
「ええ。もちろんです」
クラリッサが心配そうに告げ、ブラッドは力強く頷いだ。
「じゃあ、いくよ。3、2、1──」
クラリッサは先ほどの閃光魔法を叩き込み、同時にバリケードに高圧水流を浴びせかける。高圧水流によってバリケードが一部崩壊し、閃光によって特殊作戦執行部の武装工作員の視界が一時的に潰される。
「オオオォォォ──!」
そして、ブラッドが雄叫びを上げ、スリーピースのスーツが弾き飛び、人狼としての半身が姿を見せる。人狼としての本性を露わにしたブラッドは体長3メートルはある巨大な怪物だ。全身が堅い金色の毛に覆われ、筋肉が隆起する。
「この雄叫びは人狼だ! 人狼がいるぞ!」
「撃て、撃て!」
特殊作戦執行部の武装工作員たちは視界が潰されたまま発砲する。新型軍用小銃から放たれる銃弾は如何に人狼が硬い毛に覆われ、鋼鉄のような筋肉に包まれていたとしても貫いたが、それでは止めることはできなかった。
「ゴオオオォォォ──!」
ブラッドはバリケードに突撃し、特殊作戦執行部の武装工作員たちをなぎ倒す。鋭い鎌のような爪は使わず、牙も使わず、あくまで気を失わせるためだけに腕を振るい、敵をなぎ倒していく。
「ひ、引くな! ここを抜かれたら──」
バリケードを死守する特殊作戦執行部の将校が叫ぶのに、その後方で鋼鉄のはじけ飛ぶ音が聞こえた。
「囚人脱走! 囚人が脱走!」
「合流させるな! 射殺を許可する!」
特殊作戦執行部の武装工作員たちは次第に回復してきた視界でブラッドを狙いながら、後方の鋼鉄がはじけ飛んだ音のした方向に向かう。
「この化け物め!」
「食い止めろ!」
流石は対魔族戦のプロフェッショナルだ。3メートルの人狼を見ても、特殊作戦執行部の武装工作員たちの士気は継続している。
だが、状況の悪化は避けられなかった。
「ほいっと」
クラリッサが水流の第二撃を放ったのだ。高圧水流で特殊作戦執行部の武装工作員たちが押し流され、武器を落とす。それでもなお特殊作戦執行部の武装工作員たちは交戦を継続しようとする。
ナイフを抜き、人狼に対して近接格闘戦を挑む。
特殊作戦執行部の武装工作員たちは対魔族戦を想定した軍用格闘術を叩き込まれている。人狼の隙をついて、ナイフを突き刺し、行動不能にしようと試みる。
それでもブラッドは戦い続ける。相手を殺さず、近接格闘戦を挑む特殊作戦執行部の武装工作員を退け、大きな腕を振るう。
その時だ。特殊作戦執行部の武装工作員たちの後方から足音が響き始めてきたのは。人間の足音ではない。もっと巨大な生き物の足音だ。
「ゴオオオォォォ……」
現れたのはもう1体の人狼だった。
「パパ!」
「ええっ!? あれがリベラトーレの旦那か!?」
クラリッサが歓喜の声を上げ、レストレードが躊躇いの声を上げる。
「クラリッサ……?」
4メートルはある巨大な人狼はクラリッサを見て、ためらいの声を漏らす。
「パパ。迎えに来たよ」
「お前という奴は全く。本当におかしな娘だよ」
クラリッサがリーチオを抱擁するのに、リーチオも巨大な体で抱擁し返した。
クラリッサは分かっていた。この巨大な人狼が父であるリーチオであることを。
「あー。親子の感動の再会のところ申し訳ないだが、本人と識別できる形に戻ってもらえるか? いろいろと都合があってね」
「分かった。待っていろ」
レストレードが告げるのに、リーチオが人間の姿に戻った。
「はい、パパ。着替え」
「おう。ありがとう」
クラリッサはこんなこともあろうかとリーチオの着替えを準備していた。ついでにブラッドの分の着替えも準備してある。
「さて、特殊作戦執行部の諸君。我々はロンディニウム都市警察だ。これよりリーチオ・リベラトーレ氏に重要参考人として同行してもらう。これはアルビオン王国国王ジョージ2世陛下の名の下に発令された命令だ。従ってもらえるな?」
「国王陛下の命令だと……」
レストレードが書類を見せるのに特殊作戦執行部の将校が呻いた。
「それからここで行われた行為は違法な監禁と公務執行妨害であるからにして、後日訴追されるのでご了承願おう。ロンディニウム都市警察に牙を剥いた罪は重いぞ?」
レストレードは勝者の笑みを浮かべてそう告げたのだった。
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