娘は父の誕生日パーティーを盛り上げたい
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──娘は父の誕生日パーティーを盛り上げたい
6月21日。
リーチオとディーナの結婚記念日でもあるリーチオの誕生日。
その誕生日を祝うパーティーが催される。
場所はプラムウッドホテルのロイヤルレセプションホール。
「ピエルトさん、ピエルトさん。準備はできてる?」
「できてるよ。料理も警備もバッチリ」
「流石はピエルトさん。これで準備万端だね」
ピエルトの返事にクラリッサがサムズアップして返す。
「じゃあ、パパを連れてくるよ。パパも待っていることだろうしね。誕生日ケーキはパーティーが始まってから出してね」
「了解」
そして、クラリッサはリーチオを迎えに屋敷まで戻る。
自動車を飛ばして、屋敷まで戻ったクラリッサはリーチオの書斎をノックする。
「パパ。パーティーの準備ができたよ。一緒に行こう」
「おう。ありがとうな、クラリッサ」
「礼をいうのはまだまだ早いよ、パパ」
そう告げて、クラリッサはにやりと笑った。
そうである。クラリッサは今日の誕生日プレゼントとして渡す手作りチョコレートに自信があるのだ。余った何個かをアルフィに試食させてみたが、アルフィは満足したようにサイケデリックな色合いに変色したので味に問題はないはずだ。
後は渡すのみ!
「それじゃあ、行こうか。自動車で送ってあげる」
「お前の運転は不安なんだが」
「そんなこと言わないの」
クラリッサはそう告げると自動車にリーチオとともに乗り込んだ。
それから自動車を飛ばして、プラムウッドホテルに到着。
「さ、パパ。会場はロイヤルレセプションホールだよ」
「また高いところを……。屋敷でやればただだぞ?」
「まあまあ。パパの大切な誕生日を祝うための日なんだから」
とは言え、今日は書類上のリーチオの誕生日なのであって、実際のリーチオの誕生日ではない。だが、この日はリーチオにとって大切な日であることは間違いない。ディーナとアルビオン王国に入国し、ディーナと結婚した日なのだから。
「さて、中に入ろう」
「うむ」
クラリッサが扉を開き、リーチオが中に入る。
「お誕生日おめでとうございます、ボス!」
クラッカーが一斉にならされ、リベラトーレ・ファミリーの幹部たちがリーチオを祝福する。この時ばかりは皆、童心に返っているかのようだ。
「ああ。ありがとうな。わざわざ俺のためにすまん」
「何を言っているんですか、ボス。いつもボスにはお世話になっているんですから、こういう時ぐらい恩返しをさせてください」
リーチオが片手を挙げて告げるのに、幹部のひとりがそう告げた。
「では、ありがたく祝ってもらおう」
リーチオはそう告げると席についた。
「ピエルトさん、ケーキ、ケーキ」
「今来るよ!」
クラリッサが急かすのにピエルトがそう告げたとき、ガラガラとカートが押されてきた。カートの上に載っているのは“ハッピーバースデー・みんなのボスにしてパパ”とチョコレートで書かれたものだった。
「おいおい。俺は甘いものはこんなに食べられないぞ」
「みんなで食べるから大丈夫。さあ、パパ。蝋燭を吹き消して」
ケーキの上には5本の蝋燭が立てられていた。
「分かった」
リーチオは仕方がないというように後頭部を掻くと、ふうっとケーキに息を吹きかけた。リーチオの一吹きで5本の蝋燭は全部消えた。
「よし。改めましてハッピーバースデー、パパ!」
「ありがとう、クラリッサ」
クラリッサが拍手を送るのに、リーチオが微笑んだ。
「それじゃあ、誕生日プレゼントを受け取ってね」
ホテルスタッフがケーキを切り分ける中、リーチオの下に部下たちが並び始める。
「ボス。改めまして、お誕生日おめでとうございます。これをどうぞ」
「ほう。カレドニアン・ウィスキーか。この年のは高かっただろう」
「せっかくのボスの誕生日ですから」
「……お前、やけにいい古酒を持っているが、借金のかたに差し押さえたのをくすねてないだろうな?」
「そ、そ、そんなことはないですよ!」
嘘である。
ピエルトは借金を返済できない貴族の中に銘酒、古酒を持っているものがいると、自分の財布から僅かに借金を補填する代わりに貴重な酒をくすねていた。リーチオも毎年と言っていいくらいピエルトが酒を贈るので気づき始めているぞ。
「ほどほどにしておけよ」
「……はい」
誕生日パーティーの場が幸いして、そこまで怒られなかったピエルトである。
よかったね!
「ボス。お誕生日おめでとうございます」
「ああ。ファビオ。お前にも世話になっているな」
幹部に昇格したファビオがリーチオの誕生日を祝う。
「これはよろしければコレクションに」
「ほう。新型軍用小銃か。確か8連発だったな?」
「はい。従来の魔道式小銃より高威力で、速射性も高いとのことです。こちらに銃弾を用意いたしましたので、よろしければ狩りなどにご使用ください」
ファビオのプレゼントはいつの日かクラリッサに渡されるはずだった新型軍用小銃だった。これまでの魔道式小銃より高威力で軍において置き換えが進んでいる。各国も同様の兵器開発を始めており、これからはこういう地球と変わらない武器が主力になる。
そして、この先も進化を続け、機関銃、短機関銃、突撃銃などが生み出され、魔族と人間のパワーバランスは人間に傾くだろう。魔族にはまだ銃を開発する技術も工作機械も存在しないのだから。
ブラッドの予想していたように人類との戦争が長引けば、魔王軍は不利になる。
「新型軍用小銃……」
「クラリッサ。お前にも後で触らせてやろう。ただし、弾はなしだぞ」
「やったー!」
新型軍用小銃は親子で楽しめるとてもいいプレゼントです。
「ボス。これを」
「おお。アンティルの葉巻か。ありがとう」
それから次々にリーチオにプレゼントが手渡されていく。
「ボス! お久しぶりです!」
「ベニート。わざわざ来てくれたのか?」
「当然でしょう。ボスの誕生日ですぜ」
ベニートおじさんも老骨に鞭打ってパーティーにやってきていた。
「こいつをどうぞ。うちの牧場でとれた豚肉のベーコンです。たっぷりありますから、クラリッサちゃんと食べてください」
「死体処理に使っていた豚じゃないだろうな?」
「まさか。新しく飼った豚です。牧場での生活というのも悪くないものですよ」
「俺も引退したら牧場を始めようかね」
ベニートおじさんはどっしりとした重みのあるベーコンをリーチオに手渡した。
「ありがたくもらうぞ、ベニート。お前も体に気をつけてな」
「ええ。本当に最近は体がいうことを聞きませんや」
ベニートおじさんは長生きできるだろうか。無茶をしないといいのだが。
「誕生日、おめでとうございます、リーチオさん」
「パール、サファイア。来てくれたのか」
パールとサファイアも来てくれていた。
「これは私から、こっちはサファイアからです」
「ありがとう。香水か?」
「ええ。メンズ用の香水です。よろしければ使ってください」
パールはそう告げて微笑んだ。
「サファイアはティーカップのセットか」
「クラリッサちゃんと一緒にお茶を楽しんでください」
「ああ。ありがたく使わせてもらう」
パールたちのプレゼント選びは完璧だった。
「さて、ここで私からプレゼントがあります」
最後にやってきたのはクラリッサだった。
「はい。どうぞ」
「やけに冷えてるな。溶けるものとかじゃないよな?」
「今の気温だと溶けちゃうかも。ここで食べていいよ」
リーチオが黒い包装紙に色鮮やかな虹色のリボンが巻かれているのに触れて告げ、クラリッサがそう促した。
「……えらくどぎつい色の箱だな。食べられるものが入っているんだろうな?」
「失礼だね。箱は色鮮やかでいいでしょ。それに香ばしい香りがしてこない?」
黒い包装紙を剥いで現れた虹色の箱を前にリーチオは渋い顔をした。
「確かに。この香りは……」
リーチオが箱を開ける。
「チョコレートか」
「そ。パパの好きなビターなチョコレートだよ。この私が手作りしたからしっかりと味わって食べてね」
「お前が作ったのか? ……急激に不安になってきたな……」
「もー。サンドラとウィレミナも手伝ってくれたし、問題ないよ」
クラリッサが家庭科室をクッキングしようとした話を何度も聞かされているリーチオにとってはクラリッサの料理は安心できるものではないのである。まして、チョコレートとか技術の必要そうなものをクラリッサが作れるのかというと……。
「味見はしたか?」
「アルフィは美味しかったって」
「オーケー。してないんだな」
アルフィは腐ったネズミの死体でも美味しくいただくだろう。
「不安にはなるが……」
リーチオはチョコレートを口に運んだ。
「…………」
「どう、パパ? 美味しい?」
リーチオが神妙な顔をしてチョコレートを咀嚼するのにクラリッサが尋ねる。
「普通に美味いな。予想とはずれて困惑している」
「酷い。美味しいって言ったじゃん」
リーチオが感想を告げ、クラリッサが頬を膨らませる。
「すまん、すまん。お前も料理ができるようになったんだな。お前も随分と成長したな、クラリッサ」
「まーね。私は日々、進歩し続けているよ」
クラリッサは自慢げに胸を張った。
「さあ、飲んで、食べて、盛り上げよう。ミュージックスタート!」
クラリッサがそう告げると控えていたバンドが音楽を流し始めた。
南部の陽気な音楽が流され、幹部たちは踊ったり、食事をしたり、酒を飲んだりしてパーティーを満喫していた。
「お前も気づかない間にすっかり大人びてきたな」
クラリッサの深紅のドレス姿はかつてのディーナを思い出させるほどにそっくりだった。ディーナもパーティーのときにはこんな姿でリーチオと一緒に踊ったものである。クラリッサも成長し17歳になり、大人の仲間入りをしようとしている。そんなクラリッサを見て、リーチオはディーナを連想した。
「私はもう随分前から大人だよ。一曲どうですか、パパ?」
クラリッサが微笑んでそう告げる。
「ああ。踊るとしよう」
南部のにぎやかな音楽に合わせてクラリッサとリーチオは南部の踊りを踊った。激しいステップの結構腰に来るダンスである。ベニートおじさんにはもう踊れない。
「ピエルト。お前もちょっと踊ってこい。大事なボスの誕生日だ。踊りを披露すぐぐらいのことはしろ」
「勘弁してくださいよ、ベニートさん。あのダンス、翌日結構辛いんですから」
ピエルトは会計仕事が多くなったので、運動神経や筋肉が衰えてしまっているのだ。
「パパもなかなかやるね」
「俺はまだまだ現役だぞ。これぐらいどうってことはない」
クラリッサがステップを踏みながら告げ、リーチオがそう返した。
「パーティー。楽しんでくれた?」
「ああ。感謝している。俺のためにここまで準備してくれて。誕生日プレゼントも美味かったしな。最高の一日だと思うぞ」
「それはよかった。パパが楽しんでくれるのが一番だからね」
クラリッサはそう告げて踊るのを止める。
「パパ。ずっと一緒だよ」
「ああ。ずっと一緒だ」
クラリッサがリーチオに抱き着いて胸に顔をうずめ、リーチオがそう返した。
「じゃあ、ケーキを食べよう。パパが次の誕生日まで元気でいられますように」
「そうだな。これぐらいなら俺でも食えるだろう」
クラリッサとリーチオは切り分けられたケーキを食べ、学校の話や、将来のホテルとカジノの経営者になる話などをした。リーチオは自分のことはあまり話さなかったが、クラリッサの話はよく聞いてやった。
この時、都市警察がリベラトーレ・ファミリーの会合に踏み込もうとしていたが、都市警察に謎の圧力がかかりそれは実行されなかった。
そして、マックスはパーティーには出席しなかった。
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