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娘は牧場と動物園を堪能したい

……………………


 ──娘は牧場と動物園を堪能したい



 サフォーク州の駅から乗合馬車で30分の場所にレンデルシャムフォレスト牧場はあった。この牧場はこの街の観光の目玉らしく、案内板がそこここに表示されている。


「ここがトラとグリズリーのいる牧場か」


「あたかもトラとグリズリーを繁殖させているみたいにいうのはやめようぜ」


 クラリッサが“ようこそ! レンデルシャムフォレスト牧場へ!”と書かれた看板を見上げて告げるのにウィレミナが突っ込んだ。


「乗馬できますって書いてある。事前に調べた通りだね」


「サンドラ、そんなに乗馬したいの?」


「したことのないものにはチャレンジしたいよ」


 サンドラは乗馬体験に興味津々。前に乗ったのはどう見てもロバだったからね。


「私はやはりトラとグリズリーだな」


「そのふたつとは触れ合えないからね?」


 クラリッサは猛獣に興味津々だった。


「とりあえず入ろうぜ。あたしはアルパカとかに興味ある」


「入ろー!」


 ウィレミナが受付を指さすのにサンドラたちが続いた。


「はああああああ……。ポーカーに勝ってフェリクス君を独占する予定が……」


「フェリちゃん、フェリちゃん。迷子になるといけないから手を繋いでおきましょう」


 クリスティンとトゥルーデ組は相変わらずだ。


「どんな動物がいるのでしょうか?」


「フィオナさんは乗馬経験あります?」


「ありますよ。うちには6頭、競馬の馬がいますから。結構乗馬は得意ですわ」


「おお。凄い……」


 流石公爵家。


「私は馬になりますよう」


「何言ってるの、ヘザー」


 そして、ヘザーは狂っていた。


「子供8人で!」


「はい。4000ドゥカートになります」


 クラリッサたちは自分たちの財布を開いてお金を出す。


「よし。入場だ」


「パンフレットも忘れないようにね」


 クラリッサが入り口のゲートを潜るのに、サンドラが後に続く。


「最初は何があるんだっけ?」


「最初は羊だって。触ってもいいらしいよ」


「羊か。羊肉って意外と美味しいよね」


「ふれあい、ふれあいだからね?」


 食欲がはみ出すクラリッサであった。


「羊だー!」


「大声出さない、ウィレミナ」


「でも、もこもこだぜ?」


「理由になってないよ」


 もこもこの羊は叫ぶ理由にはならない。


「これ、そのまま触っていいの?」


「飼育員さんが案内してくれるらしい」


 クラリッサたちが柵越しにもこもこの羊を眺めていると、羊の飼育員がやってきた。


「大丈夫ですよ。中に入って触ってください。ここの羊は気性が大人しいですから、乱暴にしなければいくら触っても大丈夫ですよ」


「よし。ゴーゴー」


 飼育員の言葉でクラリッサが柵の中に入っていく。


「うわあ。ふわふわだ。それに大人しい!」


「この毛皮、いくらくらいで売れるんだろう」


「クラリッサちゃん?」


 確かに羊毛は高く売れるのだが。


「よしよし。いい子だ。羊って本当に可愛いよね。頭擦り付けてくるし」


「頭を擦り付けてるのは頭突きだよ」


「適当なこといわない」


 羊は頭突きをして遊ぶことがあるぞ。


「あっちは?」


「あっちは生まれたばかりの子供を持つ羊の群れです。この牧場でも今年は12頭の新しい子供が生まれましたよ」


 離れた場所にいる羊の群れにクラリッサが首を傾げると、飼育員がそう答えた。


「羊の赤ちゃんとはふれあえないの?」


「まだまだ子供ですからね。ちょっと無理ですね」


「残念なり」


 クラリッサを生まれたばかりの羊と交わらせるのは不安しかない。


「さて、みんな羊は堪能した?」


「したー! 1匹持って帰りたいくらい!」


 クラリッサが確認を取るのにウィレミナたちが返事を返す。


「持って帰るのは無理です。なら、次に行こうか?」


「おー!」


 この牧場兼動物園にはまだまだたくさんの動物がいるのだ。羊だけで満足しているわけにはいかない。他の動物も楽しまなければ。


「次は……」


「牛だね」


 羊の次は牛。


 牛は囲いの中で群れを作り、のどかに過ごしていた。


「牛って蹴られたら死なない?」


「死ぬかもしれない」


 クラリッサたちは牛の巨体を眺めてそんな言葉を交わす。


「ここの牛たちは大人しいですから蹴られることはありませんよ。囲いの外からでも干し草を食べさせることができますが、やってみますか?」


「是非とも」


 飼育員の言葉にクラリッサが即答した。


「では、牛を囲いまで連れてきますね」


 飼育員はそう告げて囲いの中に入る。


「どうやって連れてくるんだろう? やっぱり縄を使って引っ張ってくるのかな?」


「縄を使ってえ!? それでしたら私もお!」


「君は大人しくてしてようね」


 ヘザーはいつも通りだった。


 さて、囲いの中に入った飼育員が指笛を吹くと、牛たちが集まってきた。


 そのまま飼育員は牛を柵まで誘導する。


「さあ、干し草を上げてください」


「おう」


 クラリッサたちは手渡された干し草を牛たちの口に向ける。


「うお。凄い食いつきだ。そんなに腹ペコだったのかな?」


「うわー! もうなくなった!」


 牛たちはハイペースにむしゃむしゃと干し草を平らげていった。


「まるで御馳走を前にしたウィレミナのようだ」


「あたしが何だって?」


 友達を動物のたとえに使うのはよくないぞ。


「よしよし。よく食えよ」


「フェリクス。手慣れているね」


「まあ、実家にも牧場があるからな」


「なにそれ。ずるい」


 フェリクスの実家は領地に牧場があった。


 そのせいか牛の扱いにも手慣れているところを感じる。


 流石は探検家を目指すだけあってか、動物の扱いは手慣れたものというべきか。


「ずるいも何も領地にあるんだからしょうがないだろ」


「じゃあ、フェリクスは暴れ馬を乗りこなし、牛を投げ縄で捕まえて、牧羊犬を意のままに操れるんだね」


「誰がそこまでできると言った」


 クラリッサは盛りに盛りまくった期待をフェリクスに向ける。


「牧場主なら余裕のスキルじゃないの……?」


「俺は牧場主じゃないし、牧場主でもそんなことができるのはそんなにいない。特に暴れ馬を乗りこなすの下り」


 暴れ馬を乗りこなすにはカウボーイを呼ばなければならない。


「フェリクスにはがっかりだよ」


「勝手に期待して、勝手にがっかりするんじゃない」


 クラリッサが肩をすくめるのにフェリクスが突っ込んだ。


「フェリクス君、フェリクス君。この牛、凄い舌ですよ。物凄い舌ですよ」


「ああ。その手の動物の舌は長い」


 クリスティンはフェリクスの周りをうろちょろしている。彼女アピールらしい。


「南極にも牛はいるでしょうか?」


「いないと思うぞ」


 フェリクスが関わると知能指数がごっそりと下がるクリスティンであった。


「牛を見るなんて久しぶりですね」


「フィオナも牧場持っているの?」


「はい。領地に牧場があります。牛、羊、ヤギ、豚を飼育していますよ」


「へー。なら、フィオナも暴れ馬を乗りこなして、牛を投げ縄で捕まえて、牧羊犬を意のままに操れるんだね?」


「え、ええっと。暴れ馬は乗ったことがないですし、牛を捕まえたこともありませんので。ただ牧羊犬は私によく懐いていましたよ。賢い子です。私は猫派なのですが、あそこまで懐いてくれると犬もいいものだなって思わされます」


「みんな、暴れ馬は乗りこなせないのか……」


 クラリッサはひとりで落胆した。


 クラリッサは牧場所有者にいったいどんな期待をしているのだろうか。


「フェリクス君は猫派ですよね?」


「俺は犬派だ」


「猫派に改宗してください」


「いやだ」


 クリスティンはフェリクスに改宗を迫っていた。


「フェリちゃんは実は鳥派なのよ! シロのこと大好きだもんね!」


「あの襲い掛かってくる畜生をどうやれば好きになれるっていうんだ?」


 頑張れ、フェリクス。


「さて、牛とも触れ合ったことだし、次に行こう」


「次は……アルパカ」


「アルパカって何?」


「さあ……」


 アルビオン王国では本当にアルパカは知られていなかった。


「猛獣かな?」


「肉食べるとか?」


「きっと外国の生き物だね」


「それは間違いない」


「それから鋼鉄の檻に入れられている」


「うわー。物騒だなー」


 アルパカについて勝手な想像を膨らませるクラリッサとウィレミナであった。


「あ。あれがアルパカだって」


「……ヤギと馬のミックス?」


 アルパカは何とも言えない表情でたたずんでいた。


「看板がある」


「なになに。“アルパカは知らない人間に対してつばを吐く習性があります。アルパカを見学なさる際には距離を取ってください。つばは激臭がし、非常に危険です”」


「唾を吐くとか面倒くさい動物だな」


 アルパカは何とも言えない表情でたたずんでいる。


「つば! 唾を吐かれるのですかあ!」


 そして、看板を読んだヘザーがふらふらとアルパカの傍に。


「ダメ。そういうのはなしです。君が臭うとみんな困るんだよ?」


「うう。目の前にご褒美があると言うのにい……」


 ヘザーは渋々と引き離された。


「しかしさ」


「うん」


「近づけないと触れ合えないよな」


「だね」


 アルパカとのふれあいはなかったことになった。


 アルパカは何とも言えない表情でクラリッサたちを見送った。


「アルパカの次は?」


「乗馬!」


 サンドラが元気よくそう告げる。


「馬か。私はベニートおじさんの農場の馬に乗ったな」


「あたしは経験ないや」


 アルビオン王国貴族も格差の拡大や戦争による財政難で、誰でも乗馬ができるというわけではなくなっている。昔は貴族といえば乗馬できるのが当たり前という風潮だったのだが。時代は変わるというものだ。


「乗馬! 乗馬しよう! ね!」


「テンション高いな、サンドラ」


 サンドラのテンションは急上昇している。


「でも、どこで乗るの?」


「飼育員さんに聞こう」


 クラリッサたちは馬の囲いの飼育員を探す。


「いたいた。すいませーん! 乗馬体験したいんですけどー!」


「はい。少しお待ちください」


 飼育員がやってきて囲いを開くと、クラリッサたちは囲いの中に入った。


「乗馬体験はこっちでやっています。初心者の方ですか?」


「そうです。初めてです」


「それならば乗りやすい馬を選びましょう」


 サンドラが告げるのに、飼育員は放し飼いになっている馬の1頭を連れてきて、鞍と鐙を付ける。馬も慣れたもので大人しくしている。


「さあ、馬を刺激しないようにゆっくりと乗ってください。手伝いますから焦らずに」


「は、はい」


 サンドラはおっかなびっくりで馬の鞍にまたがり、鐙に足を通す。


「じゃあ、ある程度誘導しますので、足に力を入れて馬を前進させてください」


「ええっと。は、はい!」


 サンドラが足に力を入れて馬の腹を圧迫すると馬はゆっくりと歩きだした。それから飼育員がある程度まで誘導すると馬はゆっくりとしたペースで囲いの周りを歩いていく。


「おー。サンドラが乗馬に成功している」


「他に誰か乗る?」


「私も乗ってみたいな」


 ここでクラリッサが名乗りを上げた。


「挑戦されますか?」


「是非」


「では、しばらくお待ちください」


 飼育員がまた馬の群れの中から1頭を選んで連れてくる。


「これは暴れ馬?」


「い、いえ。普通の馬です」


「そっかー」


 誰も暴れ馬を乗りこなそうとしないので自分が乗りこなそうかと考えていたクラリッサだったが、ふれあい型牧場に暴れ馬などいない。


「では、ゆっくりと乗って」


「ほい」


 クラリッサはスポッと鞍に収まった。


「では、前進させましょう」


「オーケー」


 クラリッサは両足に力を込めて、馬を前に走らせる。


 走らせるというには遅いが、あまり速く走ると他の馬と衝突したり、サンドラと衝突事故を起こす可能性があるのでほどほどだ。


「誰かほかに乗りたい人ー」


 ウィレミナが快調に歩みを進めるクラリッサとサンドラを見て尋ねる。


「俺はいい。馬なら実家で乗るからな」


「私も家の牧場がありますので」


 牧場持ちのフェリクスとフィオナは辞退。


「フェリクス君、フェリクス君。私は乗ったことがないので一緒に乗ってくれませんか? やはり経験者がいると心強いのですが」


「ん。分かった、そういうことなら乗るか」


 だが、ここでフェリクスと密着する機会を逃すクリスティンではない。フェリクスの人の良さを利用してすかさず懐に飛び込んだぞ。


「俺が鐙を操作するから前に座ってろ。慣れたから交代してもいいから」


「はい!」


 クリスティンは本当に浮かれポンチになってしまった。


「いくぞ」


「お、おー!」


 クリスティンのすぐ背中にフェリクスがいるので、ふたりは完全に密着している。クリスティンは心臓の鼓動が大きくなるのを感じ、これがフェリクスに伝わっているだろうかと思っていた。


「クリスティンさん、顔真っ赤」


「ぐぬぬ。お姉ちゃんのフェリちゃんが……」


 少なくとも外野には伝わったようである。


「あたしも乗ろっかなー。興味はあんまりなかったんだけど楽しそうだし」


「乗りますか?」


「お願いします」


 というわけでウィレミナも乗馬体験。


 4+1人でパカラパカラと馬を走らせ、思う存分楽しんだらスタート地点に誘導してもらう。流石に乗馬初心者では狙った場所に馬を誘導できない。フェリクスは例外だが。


「楽しかったー! 馬に乗ったよ!」


「うんうん。これで騎兵として戦えるね」


「戦わないよ」


 クラリッサが満足そうに告げるのにサンドラが突っ込んだ。


「それじゃあ、おなかも減ったことだし、お昼にしてから後半を見て回ろう」


「おー」


 というわけでクラリッサたちはお昼休憩に入った。


……………………

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[気になる点] 南極にいるのは牛じゃなくてアルフィの同族なのでは。 将来、フェリクスが探検中に遭遇したら、 「あ、奴ってここから召喚されてたのか」とか納得しそうですが。
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