娘は牧場に遊びに行きたい
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──娘は牧場に遊びに行きたい
「やっほー! 今日で高等部2年も最後だね」
「おう。時が経つのは早いものだ」
終業式。
これを終えたらいよいよ春休み。その春休みが明ければクラリッサたちは高等部3年生である。いよいよ受験勉強が本格化してくるぞ。
「さて、春休みの予定を話し合おう。サンドラの言っている牧場兼農場についての情報は手に入れてきたよ。我ながら下調べをするなんて凄いよね」
「うん。クラリッサちゃんにしては驚くほど凄いよ」
「私にしてはってなんだ」
クラリッサはこれまでほぼ人任せだったので凄い成長だ。
「まあ、私も調べてきたんだけどね。“レンデルシャムフォレスト牧場”。サフォーク州にある牧場で、ロンディニウムから鉄道で2時間!」
「な……。私の調べてきたことが全て無駄になった……」
「クラリッサちゃんも調べてくれたんだから、嬉しいよ!」
「気休めにもならない」
クラリッサはすっかり落ち込んでしまった。
「で、そのレンデルシャムフォレストってところにはどんな動物がいるの? 触れ合えるっぽいからウサギとか?」
「トラ」
「トラ」
クラリッサが告げ、思わず繰り返したウィレミナ。
「いや、トラとは触れ合えないぜ。いくらなんでも無理だぜ」
「でも、トラはいるらしいよ? それから馬とか羊とか牛とかアルパカとか」
「アルパカってなんぞ?」
「さあ?」
アルビオン王国におけるアルパカの知名度は低かった。
「後はグリズリーとか」
「グリズリーも触れ合えねーよな」
トラとかグリズリーとか物騒な動物がいろいろといる牧場らしい。
「後は誰誘おうか?」
「フィオナさんには声かけてみた? 後はフェリクス君とか?」
「いつもの面子になりそうな気がしてきた」
フィオナとフェリクスを誘うならばヘザーとトゥルーデも誘うことになる。
となると、いつもの面子が勢ぞろいだ。
「とりあえず、フィオナを誘おう」
クラリッサたちは生徒会室にいるフィオナの下へ。
「フィオナ。今日も綺麗だね」
「そ、そうですか? これと言ったことはしていないのですが……」
「君は存在そのものが美しいのさ」
とりあえず口説いていくスタイル。
「クラリッサちゃん。用件、用件」
「そうそう。今度、ふれあい型牧場兼動物園に行くんだけど、フィオナの春休みの予定、空いてる? 空いてるなら一緒に行こう?」
「春休みは特に予定はありませんわ。ご一緒させてくださいまし」
「オーケー。フィオナも参加ね」
クラリッサはフィオナに予定の日時と待ち合わせ場所を伝える。
「それじゃあ、次は?」
「フェリクス君」
「行ってみよー」
というわけで、クラリッサたちはカジノ部の部室にいるフェリクスの下へ。
「ちーす。フェリクス。春休み、予定ある?」
「ん。4月2日にクリスティンと街で会う約束をしてる。他にはない」
「オーケー。それなら今度、ふれあい型牧場兼動物園に行くんだけど一緒にどう?」
「まあ、興味がないわけじゃないな。いいぞ」
「よし。では、3月30日ね。9時にこの駅に集合ね」
「分かった。じゃあ、当日──」
フェリクスが了解の知らせを出そうとしたその時である。
「待った!」
「待つです!」
カジノ部の表と裏の入り口が勢い良く開かれた。
トゥルーデとクリスティンである。
「フェリちゃん! お姉ちゃんに内緒で遊びに行くなんてダメよ! 行くならお姉ちゃんも連れて行って! そうじゃないとダメ!」
「フェリクス君! 私はあなたの彼女ですよ! 彼女に内緒で女の子たちと遊びに行くなんて浮気も同然です! 行くなら私も連れて行ってください!」
フェリクスはモテモテであった。
「はああ……。というわけだが、構わないか、クラリッサ?」
「構わないよ。大勢で行った方が楽しいだろうしね」
クラリッサはモテモテのフェリクスに理解を示していた。
「それじゃあ、フェリクス、トゥルーデ、クリスティンと」
「後はヘザーさんだね」
「誘ってみよう」
クラリッサはヘザーを誘いに文芸部へ。
そう、ヘザーは文芸部員なのだ。いつもアレな小説ばかり読み漁って、アレな小説ばかり生産しているが、立派な文芸部員なのである。
……碌な部員じゃねえな。
「失礼しまーす」
「ああ。いらっしゃい。見学?」
「いいえ。ヘザーに用事が」
文芸部長が尋ねるのにクラリッサがヘザーの姿を探す。
「何か御用ですかあ、クラリッサさあん?」
「ヘザー。春休みにふれあい型牧場兼動物園に行くんだけどどう?」
「……! 首輪で繋がれたり、鞭で叩かれたりい!?」
「……やっぱり誘うのやめよっか」
ヘザーは平常運転だった。
「放置プレイ! 放置プレイなんですかあ!?」
「分かった、分かった。誘うよ、3月30日の9時集合ね」
「放置プレイでもよかったんですがあ」
「怒るよ?」
流石のクラリッサもヘザーとの会話には疲れる。
「さて、これで面子は揃ったね」
「いつもの面子だね」
「まあ、それでいいっしょ」
というわけで、面子は決定。
後は当日を待つのみだ。
……………………
……………………
3月の終わり。春の訪れ。
クラリッサたちはサフォーク州に向かう鉄道の走る駅で待ち合わせていた。
「ちーす。ウィレミナ」
「ちーす。クラリッサちゃん」
クラリッサが集合5分前にやってきたのに既に来ていたウィレミナが返事をする。
「もうみんな来てる?」
「んー。フェリクス君とクリスティンさんとトゥルーデさんがまだ。クリスティンさんが遅れるとは思えないから、時間内には全員揃うんじゃないかな?」
「クリスティンもフェリクスに毒されたか」
「そういうこと言わない」
クラリッサが納得という具合に告げるとウィレミナが窘めた。
「フィオナとヘザーとサンドラは?」
「駅の中のカフェ。フィオナさんは時刻表調べるって」
「じゃあ、私たちはここで待ってようか」
クラリッサの今日の格好は動きやすいワイシャツとキュロットスカート姿。白いワイシャツには赤いリボンが止めてある。
ウィレミナはお下がりのパンツルック。お下がりながら、手入れし、新品同様に着こなしている。流石はできる女子。
「おそくなりました!」
暫ししてクリスティンたちが到着。
「……3人で何やってたの?」
「……誰が馬車でフェリクス君の隣に座るかで一悶着ありまして」
フェリクス、クリスティン、トゥルーデの頬にはつかみ合いの喧嘩をした後が残っている。どうやら口だけの喧嘩では終わらなかったようだ。
「フェリちゃんの隣にはトゥルーデが座るべきよ!」
「いいえ! フェリクス君の彼女である私が座るべきです! 彼女ですからね!」
まだもめていた。
「いい加減にしてくれ。俺は荷物の隣に座る。それで終わりだ」
フェリクスはふたりの言い合いに心底疲れ果てていたようである。
「なら、フェリちゃんの向かいにはお姉ちゃんが座るわ!」
「あ! そこは彼女である私が! 何せ彼女ですからね!」
そしてまた起きる言い合い。
「……はあ」
「彼女ができてよかったね、フェリクス」
「嫌味か?」
クラリッサが励ますのにフェリクスがじろりとクラリッサを睨んだ。
「それはともあれ、そろそろ列車に乗る準備して。時間だよ」
「はいはい。ほら、いくぞ、クリスティン、姉貴」
フェリクスが声をかけ、問題児2名はいそいそと出発の準備を。
「フィオナ、ヘザー、サンドラ。そろそろ行こう」
「分かった!」
そして、サンドラたちが合流。
8名は鉄道に乗り込み、サフォーク州を目指した。
……………………
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鉄道での旅の席割は公平を期して、じゃんけんで決めることになった。
その結果が以下の通り。
1列目。クラリッサ、サンドラ
1列目向かい。フェリクス、ウィレミナ。
2列目。クリスティン、トゥルーデ。
2列目向かい。フィオナ、ヘザー。
物凄く面倒くさいことになった。
「フェリクス君、フェリクス君! トランプしましょう!」
「フェリちゃん! 飴ちゃん食べる?」
フェリクスの背後の席から身を乗り出してクリスティンとトゥルーデが攻撃を仕掛けてくる。フェリクスは頭上から声が降り注いでくるのに頭を抱えていた。
「分かった、分かった。全員でトランプしよう。それから飴は別にいらん」
「何します? ババ抜きします? ふたりで!」
クリスティンはもうデート気分だぞ。誰か止めろ。
「クリスティンは急激に距離を縮めたよね」
「そだね。前々から距離近くなってたけど、文化祭の日に一気にって感じ」
そんなフェリクスとクリスティンの様子を眺めながらクラリッサとサンドラが感慨深くそう語る。かつてのクリスティンはもっとフェリクスにツンケンしていたものだが。
「ポーカーでもいいですよ! ルール、覚えましたからね!」
「言ったな。賭けるか?」
「構いませんよ! 私が勝ったら今日は1日フェリクス君を独占します!」
今ではデレデレだ。
「……凄い変わったよね、クリスティンさん」
「……凄い変わったね」
これにはクラリッサたちも言葉がない。
「ねえねえ! ポーカーするなら混ぜてよ! あたしも出し物でカジノしてからルール覚えたんだぜ!」
「ちっ」
「舌打ちされた上にすげー睨まれた……」
部外者お断り。
「私は混ざるわ! クリスティンさんに何と言われようと混ざるわ! トゥルーデの実力を見せてあげる!」
「ちっ。弟離れできない姉はこれだから」
「トゥルーデはまだあなたをフェリちゃんの彼女とは認めてないからね!」
そんなこんなでフェリクスたちは椅子越しにポーカーを始めた。
「そういえばさ、あの後ちょっと調べたんだけどレンデルシャムフォレストって宇宙人が目撃されたことがあるらしいよ」
「宇宙人?」
「うん。空から円盤が飛んできて、謎の光が地上にビーって降りてきて、それを見に行った近くの住民が宇宙人を見たんだって。宇宙人って本当にいると思う?」
「宇宙人かー。気にはなるなー。どんな目的でアルビオン王国に来たんだろう」
「アルビオン王国に侵略拠点を作るためとか」
「魔族だけでも手いっぱいなのに余計なのまで来られても困る」
ウィレミナがワクワクして告げるのに、クラリッサが渋い顔をした。
「宇宙人も観光に来たんじゃないかなー。アルビオン王国のサフォーク州ってのどかでいい場所だって評判だしさ」
「遠路はるばる観光に来たのか。お土産は持ち帰ったかな?」
サフォーク州はのどかでいい場所です。
「目撃した近所の人が言うには牛が連れさられたらしいよ」
「それ観光じゃない。家畜泥棒だ」
クラリッサの宇宙人のイメージは家畜泥棒で固まってしまった。
「そろそろ到着かな?」
「宇宙人にまつわる記念碑とかあるの?」
「うーん。どうだろう。そこまでは調べて来なかった。地元の人に聞いてみよう」
「そうしよう、そうしよう」
クラリッサたちがそんな話をしている間に鉄道はサフォーク州に到着した。
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