娘は夜の文化祭を堪能したい
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──娘は夜の文化祭を堪能したい
今年の文化祭は21時まで開催。
夜中の学園を巡るいいチャンスである。
普段は施錠されている屋上も天文学部が天体観測を行っている。
そして、そこから見る学園は壮麗の一言だった。
魔道灯の明かりに照らされ、夜の中に浮かび上がった教室。出店の並ぶ正門から校舎までの道のりも照らし出されて光の道を作っている。
「綺麗だ」
「ああ。綺麗だな」
クラリッサは感動して一言告げるのに、リーチオがそう告げて返した。
「時間帯を21時にまでして正解だった。最終日には花火を打ち上げるんだよ。近所の人たちに許可は取ってあるからドーンと大きなのを打ち上げるんだ」
「本当に許可取ってるんだろうな?」
いまいちクラリッサを信頼できないリーチオであった。
「夜の学校って不思議だよね。いつもの学校なのに何か違う。別の世界に迷い込んだみたいに。どうしてだろう?」
「どうしてだろうね? 昼の学校しか知らないからかな」
グレンダが尋ね、クラリッサがそう返す。
「でも、本当に不思議な感じ。なんていうか非日常的だ」
「そりゃ文化祭だからだろう」
「違うもん」
リーチオが告げるが、クラリッサは頬を膨らませた。
「パパにはこのロマンが分からないか。悲しい大人だ」
「誰が悲しい大人だ」
そして、クラリッサはやれやれというように肩をすくめた。
「それじゃあ、私は自分のクラスの今日の後片付けをしてくるから、パパたちは先に帰ってて、私はシャロンに送ってもらうから。それからファビオ、グレンダさんがこの時間帯にひとりで帰るのは危ないから送っていってあげてね」
「畏まりました、お嬢様」
クラリッサがにやりと笑って告げるのにファビオがうやうやしく頭を下げた。
「それでは参りましょう、グレンダ様」
「は、はい!」
グレンダはテレテレしながらファビオについていった。
「パパ。楽しかった?」
「ああ。楽しかったぞ」
「それはよかった。頑張った甲斐があったよ。明日は新聞部でおすすめされた場所に行こうね。きっと楽しめるスポットが紹介されているよ」
「そうだな。楽しみにしておこう」
クラリッサが告げ、リーチオが頷く。
「それじゃあ、私は自分のクラスに行くね」
「気をつけて帰って来いよ」
リーチオに別れを告げるとクラリッサは自分のクラスに向かった。
「ただいまー」
「おお。クラリッサちゃん。今日の分の後片付け始めるぞー」
「任せろ」
クラリッサはグッとサムズアップするとまずは掃除を始めた。
「ところで、うちのクラスって繁盛してた?」
「んー。19時までは結構お客さんいっぱいだったね。ただ19時以降はちょっと減少気味。やっぱりカジノ目当てで来る人が多いみたい」
「そうかー。食品系のお店は結構後の時間帯まで盛り上がってたけどなー」
「うちのクラスは食事はシンプルなのしかないから」
クラリッサのクラスはノンアルコールカクテルは充実しているが、食事は比較的シンプルなのだ。それでもオムライスとかあるけれどな。
「それでも儲かるには儲かったでしょ?」
「まあ、10万ドゥカート程度は」
「いえい」
1日目の様子見期間で10万ドゥカートということはこれからも望みは高い。
「この調子でバリバリ稼いでいこう。そして、還元された収益金でみんなで美味しい食事でも食べに行こう。残り2日張り切っていこう」
「おー!」
というわけでクラリッサたちは後片付け。
「あ。今日の分の活動報告を提出しておかないと」
「ん? そんなのあるの?」
「うん。文化委員会の仕事。クラスにおける文化祭での活動報告を文化委員会担当の先生に提出するの」
「へー。でも、こんなに遅かったら先生もう帰ってない?」
「その可能性はあるけど、一応提出はしておかないとね」
サンドラはそう告げて廊下に出た。
廊下は他のクラスが片づけを終えたためか真っ暗だった。
真っ暗である。
いつもの見知った場所ながら真っ暗であると雰囲気は180度変貌する。
「ク、クラリッサちゃん」
「なに、サンドラ?」
「一緒に職員室まで来てくれかな」
「……? いいよ?」
クラリッサは事情が分からずに同意した。
「あ。あたしもいくー!」
「じゃあ、ウィレミナちゃんも一緒に」
こうして活動報告提出への道のりの仲間にクラリッサとウィレミナが加わった。これで怖いものなしのはずである。多分。
「うひゃー。真っ暗じゃん。何かでそう!」
「や、やめてよ、ウィレミナちゃん。何も出ないよ」
ウィレミナがワクワクして告げるのにサンドラが僅かに身を震わせてそう告げた。
「何か出たら捕まえて、明日の見世物にしよう」
「商売根性逞しいな、クラリッサちゃん」
クラリッサはお化けぐらいでは動じないのだ。
「それじゃあ、ささっと提出して終わらせちゃおう」
サンドラはそう告げるとクラリッサの手を握っていそいそと職員室に向かった。
だが、クラリッサとウィレミナはきょろきょろと周囲を見渡している。
「何か出た?」
「まだ何も。何か出ると思うんだけどな」
クラリッサとウィレミナはお化け探しに熱中している!
「ふ、ふたりとも何を探してるの! 出たら困るよ! さあ、急いで提出済ませて来ようよ! 余計なものは見つけちゃダメ!」
「余計なものじゃないよ。このシチュエーションなら探さずにはいられないものだよ。サンドラだって楽しんでるでしょ? こういう人気のない校舎で何か出るのをさ。私は収益金を狙いに来た泥棒が出ると思ってるよ」
「……そういえばクラリッサちゃんは全くお化けは信じてなかったね」
クラリッサはお化けではなく、泥棒が出るのを期待しているのだ。
「ウィレミナちゃんは、お化け探してたでしょ?」
「私は夜中に校舎内で逢引きしているカップル探してた」
「……この人たちは……」
碌でもないものを探しているふたりである。
「待って。今の聞こえた?」
「な、何?」
「女の子の泣いてる声がした」
「え!?」
クラリッサが告げると、サンドラがすくみ上った。
「ま、待って、クラリッサちゃん。冗談だよね?」
「冗談を言っている暇はないよ。泥棒の人質にされているのかも」
「もしかして、逢引き中の女の子だったりして!」
クラリッサが乗って、ウィレミナが乗った。
こうなると止まらない。
「確かめよう」
「おー!」
ふたりして現場に突貫。
「ちょっとー!? 早く提出して帰ろうよー!」
そしてふたりをサンドラが追う。
「声が近いぞ」
「気づかれないように、気づかれないように」
クラリッサが人狼の感覚器官をフルに使って告げ、ウィレミナたちが静かに続く。
「うう、うう……」
すると、聞こえてきたではないか。苦し気に響く、少女の泣き声が。その声にクラリッサは身構え、ウィレミナはワクワクしだし、サンドラは身を震わせる。
「どうする、どうする、クラリッサちゃん?」
「一気に突撃して解決しよう。どこかに強盗が身を潜めているかもしれない」
クラリッサは真剣な表情でそう告げているが、状況を楽しんでいるのは明白だ。
「強盗なんていないよお……。大人しく活動報告届けに行こう?」
「そういうわけには。犯罪の被害者を見捨てて行くわけにはいかない」
「いつもはお金にならないから放っておくくせに!」
クラリッサは普段から人助けをしているわけではないぞ。こういう時限定だぞ。面白いからやっているだけだぞ。
「そんなこと言わないで。サンドラだってお金にならないけど助けてあげたじゃない」
「うう、そうだけどー……」
サンドラも2度ばかりお金にならないのに助けてもらったことがあるので、文句は言えないのである。しかも2度とも命に関わることであったし。
「それでは、行くぞ」
「おうとも!」
「お、おー」
クラリッサたちは気合を入れて突入の準備を整えた。
「そこまでだ、悪漢! お縄につけ!」
クラリッサたちが勢いよく物陰から飛び出る。
「ふえええっ!? な、何事ですか!?」
「あ。クリスティン。悪漢は?」
「いませんよ、そんなもの!」
いたのはクリスティンだった。悪漢はいないようだ。
「おかしいな……。なら、どうして泣いてたのさ?」
「そ、そ、それは実をいうと激辛カレー店で食べ過ぎてしまってウェストが……」
「嘘だ」
「うぐ」
クラリッサにあっさりと嘘を見抜かれるクリスティンである。
「分かりました! 分かりましたよ! 実はフェリクス君と天文部の望遠鏡で星空を見に行こうと約束していたのですが、すっぽかされたのです!」
「なんと」
ここで驚きの発表。
「フェリクスは本当にすっぽかしたの?」
「20時に約束してたです。けど来なかったのです。むぐぐ、さてはトゥルーデさんが何かしでかしたのではないかと思いながら、ここで悩んでいたのです」
「泣くほど考えてたんだ」
「泣いてないです!」
間違いなく泣いてたぞ。
「しかし、フェリクスがそこまで薄情な奴だったとは思わなかった。後で問いただしておこう。事情があるのかもしれない」
「私も同行するです」
「いいよ。ふたりでフェリクスを問い詰めて修羅場にしよう」
クラリッサは碌なことを考えていなかった。
「ま、まずは活動報告を出しに行こう。ね?」
「そうだね。そうしよう」
クラリッサたちはまずは活動報告を提出しに職員室を目指す。
「えーっと。活動報告はここに入れてくださいと」
「入れて、入れて」
「はい。提出完了」
「わー」
これで問題はクリア。
さて、次の問題に移ろう。
「しかし、フェリクスはクリスティンに辛辣な態度を取っているようで、実際のところかなり気のあるそぶりを見せていたのに、約束をすっぽかすとは。いったい何があったのだろうか。トゥルーデ絡みかな?」
「どうでしょう。フェリクス君にとっては私とは遊びだったのかもしれません……」
「フェリクスは酷い奴だ」
事情も分からぬうちからフェリクスの容疑を確定しようとするクラリッサである。
「フェリクス君。20時にはクラスにはいなかったけどなあ」
「19時にはカジノ部も店じまいしてる」
嘘だぞ。19時以降は闇カジノが営業しているぞ。
もっとも20時にフェリクスが闇カジノにいたかどうかは定かではないが。
「うーん。となると、フェリクス君はいったいどこに?」
「浮気しているのかも。フェリクスってかなりモテるからさ」
「う、浮気……。やはり、私には魅力はありませんでしたか……」
「クリスティンはもっと寛容にならないと。カジノ部にもとやかく言わず、自由にさせておけばフェリクスもきっと振り返ると思うな」
「その手には乗りませんよ、クラリッサさん」
「ちっ」
さりげなく自分の利益の確保を目指すクラリッサだったがそうはいかなかった。
「そういえば片付けにフェリクスいたっけ?」
「あ。そういえば見てない」
後片付けにもいないフェリクス。
「これはもう浮気相手とフォーリンラブしているのでは?」
「そ、そんな……」
クラリッサのはただの憶測だぞ。
「とりあえずクラスにただいまー」
「おう。クラリッサ、どこ行っていたんだ?」
「フェリクス?」
クラリッサたちが2年A組のクラスに戻ると、フェリクスがいた。
「フェリクス。クリスティンとの約束をすっぽかしたんだって? 誰と浮気しているの? さあ、素直に白状しろ」
「してねーよ。荷物を取りに一度家に帰ってたら、渋滞に捕まっただけだ」
クラリッサが問い詰めるのに反論しつつ、フェリクスが何やら大きな箱を取り出した。
「なにそれ?」
「望遠鏡だ。天文部が使ってる奴よりかなりいいぞ」
フェリクスは自慢げだ。
「クリスティン。約束の時間に行けなくて悪かったな。お詫びと言ってはなんだが、今から天体観測をしないか。これがあれば星がはっきり見えるぞ」
「そ、そうなのですか。では、是非とも!」
クリスティンは満面の笑みで応じた。
「やれやれ。カップルのいちゃいちゃに巻き込まれただけか」
「まあ、いいじゃん。ハッピーエンド!」
クラリッサたちは後片付けを終えると校庭で天体観測を楽しむフェリクスたちを残して、帰路についたのであった。
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