娘はカジノ部で豪遊してもらいたい
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──娘はカジノ部で豪遊してもらいたい
クラリッサはカジノ部を盛り上げるに当たって、いくつかの工作を仕掛けた。
ひとつ、監査委員会の買収。
文化委員会からなる監査委員会の個人個人にお金を贈り、監査委員会が意図的にカジノ部の監査を見落とさせることに成功した。これで賭け金制限なしの本物のカジノのスリルが味わえるようになったわけである。
次に入場者の制限。
既に顔が割れている風紀委員会の面子にはお帰りいただく。クリスティンも同様に。またクラリッサが赤シャツ隊を使って調査した風紀委員会に親しい人々についても、要チェックリストに名前を載せた。
これで思いっきり遊べるぞ。
「さ、楽しんでいってね、みんな」
「問題になるようなことはしてないよな?」
「自分の娘のことを信じない親は最低だよ」
「お前は日頃の行いが悪い」
お父さんが正論です。
「まあまあ、ゲームを楽しんでいってよ。私はディーラーをやらなきゃいけないから失礼するよ。着替え、着替えっと」
クラリッサは奥の更衣室に向かっていった。
「ファビオ。お前、カードゲーム強かったよな?」
「嗜む程度ですよ、ボス」
「いや。なかなかのものだと聞いている。うちのわがまま娘をちょいと教育してくれ」
「それでしたら」
リーチオはファビオという刺客をカジノ部に放ったぞ。
「さて、準備完了。お相手するよ、パパ」
「ファビオもだ。腕前を見せてもらおうか」
「ふふふ。ファビオでも私には勝てないよ」
クラリッサの担当するテーブルはブラックジャック。
ディーラーとゲストの勝負だ。カジノ部の儲けに直結する。
「それではショータイム!」
クラリッサはゲームを始めた。
「19」
「残念。20です」
確かにクラリッサは強敵だった。
カードを操っているかのようにゲストより上の数字を出してくる。
だが、クラリッサがいかさまをしているかというと微妙だ。クラリッサはカードを操っているだけであり、ゲームの流れを支配しているだけなのだ。
(18か……)
リーチオの手札は18。ファビオの手札は16。
「ヒット」
リーチオは勝負に出た。
配られた手札は──。
スペードの3。
「ヒット」
さらにファビオが勝負に出る。
ハートの5。
「むむむ。やるね」
クラリッサの伏せカードが開かれると合計20。
「おい。あそこのテーブル、盛り上がっているぞ」
「クラリッサ嬢相手にか?」
カジノ部常連の野次馬たちが、いそいそとブラックジャックのテーブルに集まる。
「スプリット」
「なかなか勝負するね、ファビオ」
勝負はファビオたちの方に傾いている。
先ほども述べたがブラックジャックはディーラーとの勝負だ。カジノ部と勝負しているに等しい。カジノ部の収益を左右する勝負にクラリッサも本気になり始めた。
「19」
「20。残念でした」
クラリッサはギリギリの勝負を繰り広げている。
「すげー盛り上がってるな」
「クラリッサ嬢相手にあそこまでやれるなんてすげー!」
クラリッサのこれまでの評価は『カジノ部の切り札』『ジョーカー』『勝負師潰し』と高評価だった。まるで狙ったかのような数字を出し、相手を翻弄する彼女は天性のディーラーと言えた。
そのクラリッサと互角の勝負を繰り広げている。
そのことで注目が集まり、誰もがクラリッサの勝負を見ようとする。
「19」
「20。残念でした」
だが、ここでクラリッサが勢いを取り戻し、ファビオからチップを取り立てる。
「ブラックジャック」
「……20。やるね」
しかし、ファビオも負けていない。
チップの奪い合いが5ゲームほど続き──。
「そろそろ失礼させていただきます」
ファビオは初期のチップより2倍に増えたチップを抱えてゲームを降りた。
「ありがとうございました。またのお越しを」
クラリッサは丁重に頭を下げてファビオを見送る。
「俺も降りよう」
「パパは全然稼いでないじゃん。ここで降りていいの?」
「勝ちに来たわけじゃない」
リーチオもゲームから降りた。
「さて、次のチャレンジャーは?」
「俺は挑むぞ!」
先ほどのファビオの勝ちを見た生徒たちがゲームに臨む。
「どうやら宣伝のだしにされたみたいだな」
「お嬢様は最初からそのつもりのようでしたよ。わざと私を勝たせたように見えました。お嬢様はどうやら手札を自在に操れるようでしたからね」
「いかさまか?」
「ただの確率論かと」
リーチオが渋い顔をし、ファビオがそう答える。
「何にせよ、カジノでずるはしないように教えておかないとな。カジノのいかさまは評判に直結する。それを理解してもらいたいものだ」
クラリッサがカジノの経営を始めたら、いったいどんなディーラーが雇われるのだろうか。いかさまをする人間がいないか注視しておきたいところである。
それからリーチオとファビオがカジノ部内に設置されたバーカウンター──ノンアルコールカクテル限定──でくつろいでいたとき、グレンダがホクホクの笑みで戻ってきた。手にはこれまで稼いだチップを抱えている。
「勝てましたか?」
「はい! ポーカーのテーブルでしたが、ディーラーの子が親切で、いろいろと教えてくれました! おかげでこんなにたくさんのチップが!」
「それはよかった。楽しめたようで何よりです」
ファビオが笑顔で応じるのにグレンダもニコニコだった。
「パールさんはあまり稼げなかったようですね」
「子供たちから取りたてるのは気が進まなくて。大人が子供の遊び場を荒らすのは大人気ないでしょう?」
「……それもそうですね」
パールは暗にブラックジャックのテーブルで荒稼ぎしたファビオを非難しているのだろうか。よく分からない意図にファビオが言葉を濁らせる。
「まあ、俺たちは宣伝のネタにされたようだからな。これぐらいは貰わないとな」
「あら。そうですの?」
「そうさ。ほら、見てみろ。ブラックジャックのテーブル。第二のファビオになろうって奴らが押し寄せている。勝てるかどうかは分からないのにな」
ブラックジャックのテーブルは行列ができていた。
ファビオが勝った。だから、自分も勝てる。そう思った客たちが集まっているのだ。
だが、ファビオの時と違って手加減しない──というより取り立てるモードに入ったクラリッサからはなかなか勝ちが譲ってもらえず、生徒たちはやきもきしながらも、賭けに挑み続けていた。こうなるとクラリッサの思うつぼだ。
絶妙に勝ちと負けを配分しながら、しっかりとカジノ部の収益を上げる。
そういうことができるのも、クラリッサのディーラーとしての腕前である。
「クラリッサちゃん。凄いですね」
「ああいう努力をもっと別の方向に傾けてくれればいいんだが……」
流石にカジノのオーナーになったら、カジノのディーラーをやることはないだろう。
「でも、ああやって自分の好きなことにのめり込めるのも一種の才能ですよ。勉強をするのにも基本的な集中力は大事になりますから」
「そうなのか? それならいいのか……?」
グレンダが告げるのに半信半疑でクラリッサを見るリーチオだった。
「さあ、皆さん。クラリッサちゃんが頑張っているのだから、もうちょっとお金を落としてあげましょう。それが文化祭に遊びに来た大人というものですよ」
「仕方ない。もうちょっとばかり賭けていくか」
パールの一言でゲームに戻ったリーチオたちだった。
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19時。
カジノ部は営業終了。
幾人かの信頼できる客には闇カジノへの招待状が手渡され、カジノ部は闇カジノに行動拠点を移した。昼間はクラリッサが接客したので、後半はフェリクスの出番だ。
で、流石にリーチオたちに闇カジノを見せるわけにはいかないので、クラリッサたちは夕食代わりに何か軽く食べていくことに。
「出店はお昼に楽しんだし、どこかのクラスで一服しようか」
「いい店、知ってるのか?」
「そこは入ってみてのお楽しみ」
というわけで、クラリッサたちはロシアンルーレット式に店を選ぶことに。
「激辛カレー」
「激辛カレー」
その看板を見て思わず繰り返すクラリッサとリーチオだった。
「いや。ここはないだろ。いくら何でも色物すぎる」
「普通の辛さのカレーもあります、だって。挑戦しない?」
「お前なあ……」
何かとトラブルに顔を突っ込もうとするクラリッサであった。
「う、うーん」
「のどがしびれる……」
クラリッサたちが店の入り口前でとやかくやっているとげっそりとした表情の客たちが出てきた。見るかに一撃やられた感がある。
「これはいくしかない」
「どうしてそうなる」
クラリッサが決意を新たにするのにリーチオが突っ込んだ。
「私たちなら乗り越えられる。きっとそうだよ」
「……ナチュラルに俺たちも巻き込むのな」
「というわけで、レッツゴー」
クラリッサは激辛カレー店へと入店した。
「いらっしゃいませー!」
店舗に入るとそこには既にスパイスの香りが充満していた。
「おお。カレー屋さんって感じだ」
「こういう本格的なものが文化祭でできるとはな……」
クラリッサたちは感心しながら、テーブル席に通された。
「で、何にする?」
「私とパパは超激辛カレー。食べれた方には金一封だって」
「ごめん被る」
金一封のために舌の感覚を捧げるつもりはないリーチオである。
「むう。じゃあ、ファビオは?」
「遠慮いたします」
ファビオにも断られた。
「パールさんとグレンダさんは?」
「私はちょっと……」
男性陣がパスしているのに女性陣が受け入れるはずもなく。
「なら、超激辛カレーは私だけか。みんなは何頼むの?」
クラリッサは残念そうな顔しながらそう尋ねる。
「俺は中辛だ」
「私も中辛を」
「私は甘めかな?」
「私は中辛+にしておくわ」
それぞれの注文が決まった。
「じゃあ、注文しよう、ヘイ、ウェイター君!」
クラリッサがウェイターを呼んで注文する。
「超激辛カレーは消化器に影響が生じる可能性もありますが構いませんね?」
「どんとこい」
ウェイターの物騒な警告にも動じることなくクラリッサが超激辛カレーを注文する。
ウェイターは注文を繰り返すと、厨房に向かっていった。
「なあ、お前、本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫。辛いものは好きだし」
「辛いというかつらい代物になるかもしれんぞ」
「その時はその時でどうにかするよ」
クラリッサはどこまでも楽観的だった。
「ご注文の品をお持ちしました」
そして、ウェイターが戻ってきた。
「こちらが超激辛カレーとなります。付け合わせのヨーグルトで辛さを緩和しながら、ご賞味ください。それからこちらが中辛カレー2つ、中辛+カレー1つ、甘口カレー1つとなります。それではごゆっくり」
ウェイターは注文の品を並べると立ち去っていった。
「超激辛カレー。どれほど辛いか試してみよう」
「ちゃんと食えよ」
クラリッサはわくわくしながら、超激辛カレーをスプーンで口に運ぶ。
「どうだ?」
「……ん。思ったより辛くない」
クラリッサはパクパクと超激辛カレーを口に運んでいく。
「本当に辛くないのか? スパイスの香りがこっちまで漂ってくるんだが」
「気になるなら一口食べてみたら?」
クラリッサはそう告げてリーチオに皿を向ける。
「ううむ。じゃあ、一口だけもらおう」
リーチオはクラリッサの皿から一口分カレーを掬った。
そして、それを口運ぶ。
「どう?」
「滅茶苦茶辛い」
リーチオは渋い表情でそう告げた。
「そうかなー? 普通だと思うけどな?」
「いや。一口で味覚がマヒするぐらいに辛いぞ、それ。お前、既に味覚がマヒしているんじゃないか?」
「そんなことない。美味しくいただいているよ」
クラリッサは美味しそうに超激辛カレーを口に運ぶ。
「ボス。本当に辛かったんですか?」
「辛かった。今も舌がマヒしている。あれはやばいぞ」
結局のところ、クラリッサは超激辛カレーを綺麗に完食し、お代わりまでもらおうとしたが、それ以上は消化器官がおかしくなるとのリーチオの判断で止めさせられた。
しかしながら、金一封1万ドゥカートをゲットして満足なクラリッサだった。
しかし、クラリッサの味覚はいったい……。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




