娘は文化祭を大成功させたい
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──娘は文化祭を大成功させたい
文化祭当日。
今年も受付作業は文化委員会にアウトソーシングされ、クラリッサたちは自分たちの仕事に専念することができた。
夜間の警備。完璧。生徒の送り迎え。完璧。日没後のライトアップ。完璧。
クラリッサたちは自分たちの仕事が完璧なことを確認すると、更衣室で執事服・メイド服に着替え、自分たちのクラスへと向かった。
「クラリッサちゃん! 似合ってるぜ!」
「ウィレミナも完璧じゃん」
ウィレミナは銀のアクセサリーで手首と胸元を飾り、眼帯を付けていた。
「うう。我に封印されし、悪魔の血が騒ぐ……!」
「おお。パーフェクト」
そして、痛々しいパフォーマンスも完璧だった。
「でも、これをお客さんの前でやるの? 恥ずかしくない?」
「そんなことないよ。私だって頑張るから」
「クラリッサちゃんは無難な設定じゃん」
クラリッサはひとりだけ中二病から逃走したぞ。
「ク、クラリッサちゃん。これ、どうかな?」
「おー。サンドラも似合ってる、似合ってる」
サンドラは露出度の高いメイド服を何とか着こなしていた。
「何かそれっぽいこと言ってみて」
「い、いい男でも連れてきたら話を聞かせてやるよ?」
「もっと恥ずかしがらずに」
「こんなの恥ずかしいに決まってるじゃん!」
元娼婦という設定はちょっとハード過ぎたぞ。
「仕方ない。サンドラは殺し屋というところをアピールしていこう」
「アピールしたくない……」
普通にメイドがやりたいサンドラであった。
「クラリッサ嬢たちも準備はできているようだね。そろそろ時間だよ」
「おう。張りきっていこう」
バーテンダー風の執事服を着たジョン王太子が告げ、クラリッサは腕を振り上げた。
「ジョン王太子は決め台詞用意してきた?」
「この世の悪はこのジョンが見逃さない!」
ジョン王太子はなんかカッコいいポーズとともにそう告げた。ノリノリである。
「ほら。サンドラもジョン王太子のノリの良さを見習って」
「普通にやだよ。みんな、テンションおかしくない?」
「文化祭の時はテンションが上がるものさ」
とは言えど、確かにクラリッサたちのテンションはちょっとおかしいぞ。
「それじゃあ、開店時間です! みんな、頑張っていこう!」
サンドラが時計を確認してそう告げ、いよいよ文化祭が始まった。
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文化祭の招待客たちは受付で招待状をカードに交換する。
この仕組みは昨年度クラリッサが作ったもので、便利だったので今年も利用された。
「楽しんでいってください」
「ああ。ありがとう」
リーチオたちも招待状をカードに交換し、そのまま王立ティアマト学園高等部の校舎に入った。相変わらずの盛り上がり様にリーチオは感心する。
「にぎやかですね、ボス」
「ああ。しかし、この盛り上がりにのぼせて、クラリッサが妙なことをしていないといいんだが。あいつはすぐに調子に乗るからな」
ファビオが告げるのにリーチオが渋い顔をする。
「あの、ファビオさんでしたよね?」
「はい。ファビオ・フィオレです。リーチオ様の会社で働いております」
「そうですか……」
ファビオの自己紹介にグレンダがぽややんとした顔をしている。
どうやら一目ぼれしたらしい。だが、ファビオは若く見えるが歳の差は結構大きいし、堅気な商売をしている人間じゃないぞ。むしろベニートおじさんが去った今、リベラトーレ・ファミリーでもっとも人を殺している人間だぞ。
「クラリッサちゃんのクラスは2階ですね」
「覗いてみるとしよう。今年は色物ではなさそうだったが」
パールが告げるのに、リーチオたちが2階に上る。
「あった。サロン・ティアマト。あの店だ」
「では、早速行きましょう」
リーチオを先頭に一行は2年A組の教室に入る。
「あ。クラリッサちゃんのお父さん。……じゃなくて、また来たようね。迷えるものたちが。ここはコンクリートジャングルの中のオアシス。情報が欲しいなら、ディーラーの口を割らせるぐらい勝つことね」
「……サンドラちゃん、だよな……?」
「ふっ。そう名乗っていたときもあったわね。4名来たわよ」
サンドラの奇妙な接客にリーチオたちの頭上にはたくさんのはてなマークが浮かんでいた。全く以てよく分からない接待である。
「と、とりあえず、クラリッサを探してみるか」
「そ、そうですね」
リーチオたちは気を取り直してクラリッサを探すことに。
「我が体に封じられし、悪魔が告げる。ここは勝負するべき時であると!」
「よし! ベット!」
リーチオの知った顔であるウィレミナも奇妙なことをしている。
「いらっしゃい、パパ。ご注文は?」
「お前のクラス、どうなっているんだ?」
「それを知るのは高くつくよ。命の保証もできない」
「お前もか!」
クラリッサがグラスを磨きながら告げ、リーチオが突っ込んだ。
「それからただってわけにはいかないね。秘密が知りたければ注文をすることだよ」
「分かった。コーヒーとクッキーを」
「はいよ」
トポポとクラリッサがコーヒーを入れてリーチオたちの前に置く。
「それでどうしてお前のクラスは頓珍漢なことをやってるんだ?」
「頓珍漢とは失礼な。このサロン・ティアマトではメイド服と執事服に応じたキャラ設定が行われ、それに応じた接客が行われているんだよ。例えばウィレミナは『体内に凶悪な悪魔を宿している一族の末裔』とかフィオナは『地上の善なるものを助けに来た天使の末裔』とか。人気なのはこのふたりだね。それからサンドラも人気。サンドラは『元娼婦の殺し屋』。私は4番目くらいの人気かな。まあ、金さえ払ってもらえば文句はないよ」
「やっぱり頓珍漢なことじゃないか」
クラリッサがとくとくと語るが、リーチオに一蹴された。
「ボス。お嬢様は差別化を図ったのだと思いますよ。メイド服や執事服で接客する喫茶店やカジノは数多くあるでしょう。珍しいものではないはずです。お嬢様はその点を踏まえてクラス独自の色を出すためにこのような芝居を思いついたのではないかと」
「むう。そう言われれば確かにそんな気もしてきたが……」
ファビオの言葉にリーチオが唸る。
確かに執事・メイド喫茶というのは珍しいものではないし、カジノが解禁されてから大勢がカジノをやるようになった。
そうなるとクラリッサのクラスの執事・メイド喫茶というのは数あるものの中に埋もれてしまう。そうならないようにクラリッサがこのような案を出したのではないかとファビオは考えたのであった。
「流石はファビオ。分かってるね。その通りだよ」
クラリッサはにやりと笑ってそう告げた。
が、嘘だぞ。
クラリッサはキャラ設定を付けるのが楽しくてつけて回っただけだぞ。独自性とかそういうのは考えてなかったぞ。
「流石ですね、ファビオさん。やっぱりそういうことに気づくのはお仕事で慣れていらっしゃるからでしょうか?」
「ええ。そのようなところです」
ファビオの仕事はアルビオン王国にヤクを持ち込もうとする売人を拷問して、処刑することだぞ。絶対に仕事とは関係ないぞ。面倒だから話を合わせているだけだぞ。
「ちなみにこれがうちのクラスの生徒のキャラ設定と人物相関図。1冊200ドゥカートだよ。是非とも購入していってね」
「……分かった。1冊くれ」
「毎度」
リーチオは嫌な予感がしながらもクラリッサの提示した本を購入した。
「……おい。クラスメイト同士で命を狙い合っているのはどういうことだ」
「その方が面白いでしょ?」
「面白いってお前なあ……」
ちなみにバトルを繰り広げているウィレミナとフィオナは今は静かにディーラーをしているぞ。そうそう簡単にはバトルしないのだ。
「我が邪眼が見通したり! この勝負、我の勝ちである!」
「い、いや! まだ勝ち目はあるはずだ!」
ウィレミナが痛々しく叫ぶのに、客が興奮していた。
「20! 勝利を謡う数字!」
「なあっ! ま、負けた……」
ブラックジャックがなんか別のゲームになっている気がする。
「悪魔を宿せしものよ! またその力を使って悪行をなしているようですね! ですが、そのような企ては認めません! そこの迷い、傷つきしものよ。ポーカーのテーブルに来るといいでしょう。きっと幸運が待っています」
「ククク……。飽きない女だな……」
リーチオはこうやって客を拘束しているのかと感心した。
「パパたちも勝負していく?」
「そうだな。ちょっとは売り上げに貢献するか」
「流石はパパ」
あれこれ文句は言っても娘のクラスの出し物には拍手したいリーチオだ。
「じゃあ、空いているテーブルにどうぞ。グレンダさんはブラックジャックは覚えたよね? ウィレミナは楽しく遊んでくれるから遊んでもらうといいよ。私はテキシャ・ホールデムのテーブルのディーラーと交代してくるから」
「じゃあ、俺はテキシャ・ホールデムで運試しと行くか」
「私もそうさせてもらうわ」
結果、ブラックジャックのテーブルにグレンダとファビオ。テキシャ・ホールデムのテーブルにリーチオとパールが揃った。
「ククク……。新たなる贄が来たようだな。せいぜい我を楽しませるがいい」
「役になり切ってるね! 凄いよ!」
「……恥ずかしくなるから真面目な分析はやめてください」
ウィレミナもその場のノリでやっているだけなのだ。
「ごほん。それでは遊戯を始めようぞ」
ウィレミナは気を取り直してブラックジャックを始めた。
ウィレミナは楽しく遊ばせてくれると言ったが、まさにその通りで楽しいパフォーマンスで楽しませてくれたり、ゲームでもそれなりに勝たせてくれたりと初心者のグレンダでもなかなか楽しめるようになっていた。
「ファビオさんもリーチオさんも南部の方ですよね?」
「はい。南部出身です。南部は長年分断と紛争が続いていたのでアルビオン王国に」
「南部は安定しませんものね……。アルビオン王国に来たばかりの時は苦労なさったのでは? 言葉も習慣も違うでしょうし」
「はい。最初のころはブラックチャペルのスラムで寝泊まりしていました。そこで日銭を稼ぎ、苦しい生活を続けていましたね。ですが、ボス──リーチオ様に拾っていただいてからは、稼ぎのいい仕事を斡旋してくださるようになり会社にも入れてくださいました。リーチオ様には感謝してもしきれません」
「そうなのですか。リーチオさんはやはりいい方なのですね!」
おっと。リーチオが斡旋していた仕事というのは暗殺だぞ。
「はい。リーチオ様はとてもいい方です。それではスプリットで」
「フフフ。そのような小手先で魔を宿せし我に勝てると思うなよ」
ゲームが続く中、グレンダは必死になってファビオの個人情報を聞き出そうとしていた。だが、本当に歳の差は大きいぞ。
「オールイン」
テキシャ・ホールデムのテーブルではリーチオが大きな賭けに出ていた。
ボード上にはハートの9とスペードの6、スペードの10。
「フォールド」
そこでパールはゲームから降りた。
「他はどうなさいますか?」
「乗った。コール」
この場で勝負に挑んだのはひとり。
そして、結果は──。
「スペードの6、クラブの7、ハートの8、ハートの9、スペードの10ストレート。ゲームはリーチオ様の勝ちです」
「悪いな、坊主」
対戦相手はツーペアだった。
テキシャ・ホールデムでは駆け引きが重要になる。リーチオは子供相手だからと適当にオールインしたが、実際は相手の手札を読みながら、高度に賭けることが勝負への道筋だ。自分の手札を過信してもいけないし、相手の手札を過剰評価してもいけない。
ポーカーは手札の強さだけではなく、はったりの強さでも勝利できるゲームなのだから。そうであるが故にポーカーフェイスというのは重要になるのだ。
「さて、お前のカジノももう随分儲けただろう。そろそろ見て回れないか?」
「ん。そろそろジョン王太子が戻ってくるから交代するね」
それからジョン王太子がやってきてクラリッサは役割を交代すると、リーチオとともに文化祭の出し物を見て回りに向かった。
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