娘は催し物を決めたい
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──娘は催し物を決めたい
「それでは今年の文化祭の催し物を決めます」
文化委員会のサンドラがそう告げる。
「ちなみに、今年は既に発表があったように21時までの開催となります。ですが、カジノ類は風俗法に基づき19時までしか営業できないのでご理解ください」
サンドラも文化委員会として既に19時までの営業について知っている。
そもそもロンディニウム内ではカジノは禁止のはずである。だから、リーチオは新規開発地区の特区化とカジノ法案の通過を目指していたのだ。この両方が成立すれば、何時間だろうとカジノが合法的に行えるようになる。
では、どうしてこれまでクラリッサたちが文化祭でカジノをやるのを許されていたのか? それは所詮は学生の出し物だからという点と学生なので動く資金の規模に限りがあると思われていたからである。
よもや都市警察も数百万ドゥカートが動く大勝負になっているとは思いもしない。
だが、そのお目こぼしもここまで。
深夜営業をするならば風俗法に従い、19時までにしてもらうというわけだ。
果たしてクラリッサはこれに納得するのだろうか?
「それではやりたいことを上げていってください」
「はいはーい」
「はい、ウィレミナちゃんは喫茶店ね」
「先読みするなし」
ウィレミナのやりたいことはいつも決まっている。
「クラリッサちゃん? カジノはいいの?」
「うん。ただのテーブルカードゲーム店にしようと思う」
「……それカジノじゃないの?」
「カジノじゃないよ。健全なカードゲーム。お金じゃなくて特別に購入してもらうチップを賭けるの。チップは換金不可能だからカジノじゃない。でしょ?」
「いや。クラリッサちゃん、絶対どこかに換金所作るでしょ」
「そのようなことはございません」
「嘘をつかない」
クラリッサの目論見はあっさりと見抜かれてしまった。
「なら、使い魔レースにしよう。使い魔レースならカジノじゃない」
「賭けたりするのはダメだってば」
「ぶー……」
クラリッサはそれから様々な屁理屈をこねたが、全てサンドラによって却下されてしまった。今回は法律に関わる問題なのでサンドラも厳しいぞ。
「分かったよ。19時までやるのはカジノ。19時以降は?」
「何かアイディアがある人は手を挙げて」
クラリッサがいじけたように納得し、サンドラが意見を求める。
「鉄板焼きとかどうですかあ。あれは美味しかったですよう。うっかり間違って鉄板の上に手をついたりしたら……ふへっ」
「……既に喫茶店をやるのは決まっているから他に食べ物系以外の案を」
ヘザーは平常運転だった。
「喫茶店のメニューを増やして、喫茶店を大々的にアピールすればよくないかね」
「それも案のひとつですね。他には?」
ジョン王太子は喫茶店拡大案。
「また執事・メイド喫茶をやるのはどうでしょうか? 喫茶店をアピールすなら、装いにも気を使うべきだと思いまわすわ」
「執事・メイド喫茶と」
フィオナの告げた提案をサンドラが板書する。
「他に何か提案は?」
「これでいいんじゃないかな? 盛り上がると思うよ!」
ウィレミナはやり気満々だ。
「やはりカードゲームということにして深夜も……」
「ダメ」
クラリッサの屁理屈はサンドラには通じなかった。
「それじゃあ、今年は執事・メイドカジノ喫茶となります。頑張りましょう」
「おー!」
クラリッサたちのクラスの催し物は決まった。
これからは具体的な部分を詰めていくだけである。
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クラリッサたちは自分たちの催し物の詳細を詰め始めた。
「執事服とメイド服はクラリッサちゃんのお店で作る?」
「うん。そうしよう」
まずは目玉である執事服とメイド服。
「どんなデザインのがあるんだっけ」
「ここにカタログがあるよ」
サンドラが首を傾げるのにクラリッサがカタログを取り出した。
「おおー。初等部6年生のときよりラインナップが増えてる」
ウィレミナはカタログに興味津々。
「このクラシックなメイドさんの衣装もいいけれど、こっちのメイドさんもなかなかお洒落でいいね。全身黒でフリル多め、銀のアクセサリーがお洒落!」
「銀のアクセサリーは別売りだよ」
「ちぇっ」
あくまで服屋さんのカタログである。アクセサリーは扱っていないのだ。
「こっちのはゲルマニアの伝統衣装風だね。……ちょっと厳しいか」
「おい。どうしてあたしの胸を見たのか言ってもらおうか」
ゲルマニアの伝統衣装風のメイド服は肩を出し、胸も胸元まで大きく出して胸の大きさで服を支えているようなものなのだ。これをウィレミナの平面では……平面では……。現状は非情である。
「でも、サンドラとかならこれに合いそうだよね」
「え。やだよ。そんな露出が多いの」
「ダメ。サンドラはこれ」
「横暴だよ!」
クラリッサによってサンドラは露出度の高いメイド服に決められてしまった。なんという横暴だろうか。
「ウィレミナはその黒の奴がよさげだったんだよね」
「けど、私、銀のアクセサリーなんて持ってないし」
「私が準備してあげる。その代わり眼帯もしようね。そして設定は『この左目に封印された悪魔の力が暴走しないようにアクセサリーと眼帯で押さえている』としよう。『この呪いは一族代々のものだが、この私が終わらせて見せる』ともしよう」
「なにそれ。うちの一族、そんなだったの……?」
そして、ウィレミナには中二病設定を盛るクラリッサだった。
「サンドラちゃんは?」
「『元娼婦の殺し屋。生き別れた兄を探しているうちにこの店にたどり着いた。今は兄の情報集めるために殺し屋としての身分を隠して給仕をしている』と」
クラリッサはサンドラの設定も捏造した。
「うちのお兄ちゃんは生き別れてないよ! この間、会ったばっかりだよ! そして、元娼婦ってなに!? どうしてそうなったの!」
「だって、サンドラのメイド服、露出多いし」
「決めたのクラリッサちゃんじゃん!」
クラリッサは横暴であった。
「何を話し合われているのですか?」
「あ。聞いてよ、フィオナさん。クラリッサちゃんが酷いんだよ」
サンドラがフィオナにクラリッサのことを話す。
「まあ、それはそれは。でも、楽しそうですわね。こういう設定を付けて接客をするというのも面白いかと思われますわ。ただ執事・メイド喫茶をやったのでは初等部6年のときと変わりないですからね。私にもそういう設定を付けてはくれないでしょうか?」
「そうだね。フィオナはこの白のメイド服。フリルがたくさんある奴ね。それで『フィオナはこの世で傷ついた人々を救うために舞い降りた天使と人間の末裔。今は世界に大きな影響を及ぼすであろうウィレミナの封印を完全なものにするべく、彼女の命を狙って、壮絶なバトルを繰り広げる』だね」
「おおー。カッコいいですわ!」
フィオナはノリノリだった。
「いや。ちょっと待ってよ、クラリッサちゃん。それだとあたしとフィオナさんが敵対するじゃん。同じクラスで仲間割れとかだめだろ」
「私は元娼婦なのにフィオナさんは天使の末裔なのが納得いかない!」
ウィレミナたちは困惑している。
「まあまあ。ちょっとしたスパイスだと思って。あくまで設定だから。ウィレミナとフィオナは実際にバトルしてもいいし、サンドラはお客を誘惑してもいいよ」
「しないよ! 絶対しないよ!」
サンドラが凄い勢いで否定した。
「何やってるんだ、お前ら?」
「メイド服を選んでいるのね! トゥルーデはフェリちゃんとおそろにするわ!」
「しねーよ」
そうこうしているうちにフェリクスたちまで集まってきた。
「フェリクス君、聞いてよ。クラリッサちゃんが酷いんだよ」
「なにが酷いんだ?」
サンドラはフェリクスにここまでのあらすじを語る。
「……猛烈に嫌な予感がしてきた。俺はここらで失礼させてもらおうか」
「おっと。そうはいかないよ。フェリクスはこの軍服風の執事服。トゥルーデは同じくこの軍服風のメイド服。『ふたりは北ゲルマニア連邦から派遣されてきた潜入捜査官で、謎の殺し屋ことサンドラの行方を追っている。暗号名ジェミニ。今は目標らしき人物を見つけたが、彼女の改心したような態度に絆されて決断ができずにいる。だが、決断の時は着々と迫りつつあるのだった』」
フェリクスが逃げる前にクラリッサが設定を押し付けた。
「ちょっと待って! 私元娼婦なうえにフェリクス君たちに命まで狙われているの!? あまりにもひどくない!?」
「おい。妙な設定を押し付けるな。それにこんな軍服風の執事服じゃ潜入捜査もクソもないだろ。バレバレだ」
サンドラとフェリクスが同時に文句を言う。
「だから、スパイスだってば。実際にサンドラの命を狙ってもいいし、狙わなくてもいい。ただの設定だからね」
「お友達は傷つけられないわ」
「ちなみに任務に成功すると北ゲルマニア連邦王から祝福されて結婚できるよ」
「ごめんなさい、サンドラさん。これもフェリちゃんとのためなの!」
いきなり万年筆でサンドラを刺そうとするトゥルーデだった。
「クラリッサちゃん! この設定物騒すぎるよ! 別のにして!」
「分かった。『この任務が終わったら、俺たち結婚するんだ。サンドラの殺害に成功するもフェリクスは戦闘で命を落とし、結婚することはできなかった』と」
サンドラがトゥルーデの攻撃を躱しながら告げるとクラリッサが代案を出した。
「サ、サンドラさんを殺すとフェリちゃんが死んじゃうの……? 任務は放棄するわ」
「ほっ……」
とりあえずトゥルーデに狙われなくなったことに安堵の息を吐くサンドラだった。
「皆さん、何をなさっているんですかあ?」
「ヘザーさんはもう存在自体が設定みたいなものだね」
「……?」
ヘザーは訳が分からず首を傾げた。
「メイド服の種類からひとりひとりに設定を決めているんだよ。ヘザーのメイド服はどれにしようかな?」
「全裸に首輪でえ……」
「却下」
執事・メイド喫茶だぞ。変質者喫茶じゃないぞ。
「お。これなんてよくない? ミニスカートで犬耳カチューシャと尻尾付き。犬風メイド服。チョーカーも選べるらしいよ」
「チョーカーは持参するので大丈夫ですよう」
「……まともなのにしてね」
不安しかない。
「では、ヘザーの設定は『世にも珍しい犬耳の少女として生まれたが、金のために奴隷商人に売り渡される。だが、それを知った天使フィオナがヘザーを救い出し、今は彼女が社会でやっていけるように教育を施しているのであった』と」
「フィオナさあん! どうして助けちゃったんですかあ!? 奴隷商人に売り飛ばされて、あれやこれやとされるお楽しみが台無しじゃないですかあ!」
「台無しなのは君の温かい脳みその方だよ」
ヘザーは狂っていた。
「さて、ドンドンメイド服と執事服を決めて、設定も決めていこう。いい目玉になるよ。ただ執事・メイドをやるより儲かるね」
「元娼婦……」
サンドラはへこんだままだった。
「クラリッサ嬢たち。そんなところに集まって何をしているのかね。そろそろお店のレイアウトを決めなければいけないのだが」
「おー。ジョン王太子が来たぞー」
ジョン王太子が告げるとウィレミナがワクワクした表情でクラリッサを見た。
「ジョン王太子はこのバーテンダー風の衣装だね。『実は王族だけど、それを隠して場末のカフェ&バーでバーテンダーをやっている。夜にはその正体を現し、世の中の悪を裁く。なんやかんやあってウィレミナとは共闘関係にある。きざな態度と裏腹に弱い』と」
「な、なんだね、それは?」
「それぞれの執事服とメイド服に応じて設定を付けてるの。ジョン王太子の設定は今のね。ちなみにウィレミナはフィオナと敵対しているからフィオナと戦ってね」
「戦ってね、じゃないよ! 私は王族であることを隠してもいなければ、フィオナ嬢と戦わなければならない理由もないよ!」
ジョン王太子にはチンプンカンプンな設定だった。
「殿下。次に会う時には容赦いたしません」
「なんで乗り気なのかな、フィオナ嬢!?」
フィオナはノリノリであった。
「肝心なのが決まってないぜ」
「ん。誰だ?」
「クラリッサちゃんだよ」
肝心のクラリッサの設定欄は空白であった。
「私のメイド服はこのバーテンダー系の奴。『暗黒街を束ねるマフィアのボスだが、今はその正体を隠し、情報屋のふりをしている。フィオナやフェリクスたちに情報を与えたのも彼女である。彼女は暗黒街からさらにその先に手を伸ばそうとしているのだ』と」
「……それ設定?」
「設定だよ?」
クラリッサが言うと設定には聞こえなくなってくる不思議。
「他の子たちも集めて。ドンドン設定を決めていくよー」
「おーい。みんなー。執事服とメイド服を決めるよー」
そんなこんなでクラスの大部分は奇妙な設定を押し付けられたのであった。
当日はその設定に応じて振る舞うことになるぞ!
この歳になって中二病とは大変だな!
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