父は誕生日プレゼントに悩みたくない
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──父は誕生日プレゼントに悩みたくない
12月1日はクラリッサの誕生日だ。
クラリッサにとってはおめでたい日であり、ベニートおじさんも誕生日パーティーには出席してくれることを約束してくれていた。
……のだが、肝心のクラリッサへの誕生日プレゼントでリーチオは迷っていた。
「意見を聞きたい、ピエルト」
「い、意見と申されましても……。俺は今年はクラリッサちゃんにカメラを贈るつもりですよ。クラリッサちゃんが思い出を記録したいと言っていたので」
「その案を俺に寄越せ」
「む、無茶苦茶いわないでくださいよ……。もうカメラ買っちゃったんですから」
リーチオはいつになく横暴だった。
「ボスは何かクラリッサちゃんから買ってほしいものをねだられてないんですか? クラリッサちゃんはそういうことはっきり言う子でしょう? 欲しいものは欲しいってちゃんという子じゃないですか」
「……別荘をねだられた」
「別荘」
リーチオが告げるのに思わずピエルトが繰り返した。
「いくらなんでも別荘は……」
「そうだろう。となると、何を贈ったらいいものかとな」
リーチオはそう告げてうーんと唸る。
別荘は維持費がかかる。税金の他、設備を使えるようにしておくだけでも出費がかさむ。いくら大金持ちのリーチオでも別荘を誕生日プレゼントに買い与えるのは躊躇われる。となると他に何を贈るか。
「クラリッサちゃんに探りを入れてみたらどうです?」
「俺がそれをやると露骨に別荘を贈りたくないのがバレる」
「じゃあ、俺が聞いてきますよ」
「よし。任せた、ピエルト」
リーチオはピエルトを繰り出した!
「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん」
「あ。ピエルトさん。誕生日プレゼント、期待してるよ?」
「それは任せといて。けど、クラリッサちゃんはどういうものが欲しいのかな?」
「それを子供に聞くのはダメだと思う」
「ま、まあ、そういわずに。クラリッサちゃんも欲しいものが贈られるのがいいでしょ? 贈られて困るものをもらうよりはさ」
「それもそうだね」
そう告げてクラリッサはうーんと考え始めた。
「新型軍用小銃」
「新型軍用小銃」
クラリッサの答えに思わず繰り返したピエルトである。
「そう、ベニートおじさんの家で見せてもらったんだ。銃身は魔道式小銃より短くて、ボトルアクション式の8連発。あれはいいものだよ。是非ともほしい」
「そ、そっかー」
「ピエルトさんが贈ってくれるの?」
「考えてはみるね、うん」
ピエルトはすごすごと撤退した。
「分かったか」
「クラリッサちゃん新型軍用小銃が欲しいそうです」
「新型軍用小銃」
ピエルトの返答に思わず繰り返したリーチオである。
「いや、ちょっと待てよ。そんなもの子供に贈るか、普通? というか、クラリッサはどこでそんなものの情報を手に入れたんだ?」
「ベニートさんのお宅で……」
「あの野郎!」
ベニートおじさんは引退してもクラリッサに悪影響を与え続けていた。
「ああ、待てよ。新型小銃は実弾小銃だったはずだ。つまり弾薬さえ贈らなければ安心だ。問題はどこで軍用の新型小銃をちょろまかするかだ」
「ファビオ君が軍の兵站部にコネがあるはずですよ」
「よし。いいぞ。今年の誕生日プレゼントは決まりだ」
リーチオはこれで悩まずに済んだはずだ。
「けど、本当に新型軍用小銃を贈られるんですか? 誕生日プレゼントに?」
「……冷静に考えるとちょっとあれだな」
電動ガンとかならともかくとして、実銃を与えるのはどうかと思われる。それも実包さえ入手できれば、実際に射撃可能なのだ。
「しかし、クラリッサが欲しいものがそれならそれを与えないとな……」
「ボスはクラリッサちゃんに甘すぎですよ。時にはノーと言わないと」
「確かにそうかもしれん。だが、ピエルト。お前がえらそうに言うことじゃない」
「す、すみません」
リーチオがピエルトをじろりと睨む。
「作戦は並行して行うぞ。クラリッサのプレゼントの代替案を考えると同時に、新型軍用小銃を手配する。いいアイディアが思い浮かばなかったら、仕方ないが新型軍用小銃を与える。代替案が思いうかべば、そっちに切り替える。以上だ」
「その作戦、俺も参加ですか?」
「当たり前だろ。ファミリーの問題だぞ」
「はい……」
ファミリーの問題って言ったって、そっちの家族の問題じゃんとは言えないピエルトであった。そんなことを言おうものなら絞殺されかねない。
「ピエルトは引き続き、クラリッサに探りを入れ続けろ。シャロンにはクラリッサの友達に探りを入れさせる。ファビオは新型軍用小銃の入手だ」
「ボスは?」
「……自分で少し考えてみる」
リーチオはそう告げて深々とため息をついた。
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「クラリッサちゃんの誕生日プレゼント?」
「はいであります。参考までにお聞かせ願えると幸いであります」
リーチオから命令を受けたシャロンは早速ウィレミナたちに探りを入れていた。
「あたしは例年通りお菓子! 誕生日当日はケーキとか食べて他に甘いものは入らないだろうから日持ちするお菓子にするよ。クラリッサちゃん、チーズ味のお菓子が好きって言ってたから、今年はチーズ風味のクッキーにするつもり」
「私は本。クラリッサちゃん。今、成績とっても伸びてるし、このまま順調にいって一緒に合格祝いがやれるように歴史小説を贈るよ。大学に入ったら離れ離れになっちゃうからその前に思い出を作らなきゃね」
ウィレミナとサンドラはそう答えた。
「なるほど。参考になったであります」
「シャロンさんはクラリッサちゃんに何か贈るの?」
「お嬢様は昔から軍用ナイフに興味を示していらっしゃったのでそれを」
「……そっかー」
学校に軍用ナイフが持ち込まれないことを祈ろう。犠牲者はジョン王太子になるぞ。
「一応、みんなの意見も聞いてみます? クラリッサちゃんには内緒で」
「はいであります」
というわけで、ウィレミナたちはクラリッサが生徒会室で仕事をしている間に、こそこそとクラリッサの誕生日会に出席する面子に聞き込みをすることに。
「ヘイ、フェリクス君! トゥルーデさんも!」
「何か用か?」
「ちょっと聞きたい情報があってね」
フェリクスが不愛想な態度でサバイバルの本から顔を上げるのに、ウィレミナたちがやってくる。シャロンがやってくるとフェリクスは露骨に視線を逸らした。フェリクスも男の子だからね。仕方ないね。
「クラリッサちゃんの誕生日に何贈る?」
「ああ。あいつ剥製が欲しいって言ってたから、鳥の剥製を贈ろうと思う。そんなに珍しい鳥じゃないが、綺麗な剥製だ。でも、あいつが欲しがっている剥製ってのは、恐らくヘラジカとかそういう狩りの獲物をトロフィーにしたもののことなんだろうけどな」
「なるほど、なるほど」
フェリクスは剥製。
「トゥルーデさんは?」
「私も剥製を贈るわ。オセアニアで発見された珍しい生き物のの剥製よ。きっとクラリッサさんも喜んでくれるわ。それにプレゼントもフェリちゃんとおそろ! これが大事なのよ。フェリちゃんとおそろであることが何よりも大事なのよ」
「う、うん」
いや、プレゼントは受け取る人のことを考えるのが一番大事だぞ。
「ヘザーさん、ヘザーさんや。クラリッサちゃんの誕生日プレゼント、決めた?」
次にウィレミナたちが声をかけたのはヘザーだった。
「首輪ですよう」
「……真面目に答えて」
「だから、首輪ですよう。何も私に付けてもらって引きずり回してもらうのではなく、使い魔に付ける首輪が欲しいとのことでしたので、首輪をプレゼントすることにしましたあ。できれば私にも首輪をつけてほしいのですがあ……ふへっ」
ヘザーは平常運転中であった。
「……アルフィって首どこにあるの?」
「……さあ」
アルフィの首の位置は謎である。
「フィオナさん、フィオナさん。クラリッサちゃんの誕生日、何贈る?」
「クラリッサさんの誕生日ですね。私はオルゴールとレコードを贈ろうかと思っていますわ。どちらも心を穏やかにさせる作品が収録されているので、勉強の合間の休憩時間にリラックスできれば幸いですわ」
「なるほど、なるほど」
フィオナは普通に考えていた。
「シャロンさん。参考になった?」
「はい。とても参考になったであります。皆さんのプレゼントと被らないように手配いたしますであります」
「シャロンさんは軍用ナイフだから大丈夫じゃない?」
「それが、旦那様がプレゼントでお悩みになっていて」
「リーチオさんが」
シャロンが声を落として告げるのに、ウィレミナがやや驚いて見せた。
「でも、クラリッサちゃんなら何が欲しいのか率直に言わないかな」
「それが別荘が欲しいとおっしゃったようで」
「別荘」
サンドラたちが思わず繰り返した。
「誕生日プレゼントに別荘を要求する子とか初めて聞いた」
「流石はクラリッサちゃん」
ウィレミナたちはあきれ果てている。
「ですが、このことは内密に。まだ知られるわけにはいかないのであります」
「了解。しっかりお口にチャックしておくよ」
そんなこんなでシャロンの情報収集は終わった。
そのころファビオは──。
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ファビオが訪れたのは前線に武器を輸送するための一時的な兵站基地となっているドーバーの港の一角だった。
軍の歩哨が周囲を見張り、物資が魔王軍の潜入工作員やマフィアに盗まれないか気を張り詰めている。
その兵站基地からひとりの男が外に出てくるのをファビオは待っていた。
アルビオン王国陸軍の赤い軍服を纏い、高級将校──それも貴族出身の──にだけ許された贅沢である葉巻を口にした男性が兵站基地の外に出てきて、葉巻を吹かしながら、のんびりと港を散歩し始めた。
そして、しばらくしたところで暗闇からファビオが姿を見せた。
「アルバート・タウンゼンド少将閣下」
「おや。その声は懐かしきわが友ではないか」
ファビオが男をアルバートと呼ぶのにアルバートが振り返った。
「久しぶりです」
「久しぶりだな。リベラトーレ・ファミリーでは出世したとか。おめでとう」
このアルバートという男とファビオの間にはちょっとした関係があった。
ファビオがクラリッサの護衛をするようになる前、当時陸軍中佐であったアルバートは複数の犯罪組織から命を狙われていた。というのも、アルバートが管理していた兵站物資の横流しをアルバートが告発し、そのことで犯罪組織のボスたちが拘束されたからだ。
アルバートはその報復から命を狙われ、兵舎にこもり切りになっていた。
だが、犯罪組織の手は長い。
兵舎内の兵士を買収した犯罪組織は兵舎に潜り込み、アルバートの命を狙った。
アルバートは拳銃ひとつで必死に応戦したが、そこまでとなろうとしていた。
だが、そこにファビオが現れた。
ファビオは暗殺者たちを片づけると、リベラトーレ・ファミリーは今回の横流しの件にはかかわっていないとして、近日中に命が狙われなくなることをアルバートに宣言した。
そして、その宣言通り、アルバートを狙っていた犯罪組織は壊滅していき、暗黒街はリベラトーレ・ファミリーの支配下におかれ、誰もアルバートを狙おうとはしなくなった。
アルバートは天に感謝したが、どんなことにも見返りは求められる。
アルバートは僅かな量の武器弾薬をリベラトーレ・ファミリーに横流しするようになり、リベラトーレ・ファミリーはそれに対して対価を支払った。またリベラトーレ・ファミリーは監査官も買収し、アルバートの所業が発覚しないように手配した。
そんなわけでアルバートとファビオのつながりはできたわけだが、アルバートは今でもファビオのことを命の恩人だと感じている。マフィアとの繋がりを生じるためとは言えど、ファビオがアルバートの命を救ったことに間違いはないのだから。
「今日はどのようなご用件かな?」
「新型小銃を1丁だけ売ってほしい。弾薬は要らない。頼めるでしょうか?」
「お安い御用だ。すぐに準備させよう。しかし、弾薬はいらないのかね?」
「はい。使用を目的としたものではないのです。観賞用といいますか」
「銃のコレクションかね? リーチオ氏にそういう趣味があるとは知らなかった」
「いえ。ボスではありません。そのお嬢様が……」
「なんとまあ」
アルバートは思わず葉巻を落としそうになった。
「まあ、構わない。実弾が要らないならこちらとしても安心だ。待っていたまえ」
「ありがとうございます、閣下。お代はいかほどに?」
「ただでいい。君と私の友情を確かめ合うためと言うことにしておこう」
そう告げてアルバートは兵站基地に戻り、暫くして丁重に包まれた新型小銃の箱をファビオに手渡した。
「ところで、君は魔王軍がアルビオン王国に潜入しているという話を信じるかね?」
「例の連続殺人事件は上級吸血鬼の仕業だったそうですが、魔王軍かどうかは」
アルバートが尋ね、ファビオがそう告げる。
「魔王軍の仕業だとしたら、今のアルビオン王国は不味い状況にある。兵士を東部戦線に送りすぎていて、守りが弱くなっているのだ。いざという時は君たちの協力が得られることを祈っているよ、ファビオ君」
「はい、閣下」
こうしてファビオは新型軍用小銃を入手した。
果たして、本当にこれを贈っちゃうの?
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




