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娘は父に日ごろの頑張りを見てもらいたい

……………………


 ──娘は父に日ごろの頑張りを見てもらいたい



 授業参観の日程が決まり、クラリッサはワクワクしていた。


「クラリッサちゃん。最近、勉強熱心だよね」


「まーね。今度の授業参観に備えてね」


 サンドラがやってきて告げるのに、クラリッサが教科書とノートを机の中に仕舞いながら、軽い調子でそう答える。


「クラリッサちゃんのうちも授業参観、来てくれるんだ」


「うん。今はちょっと忙しいけれど、時間を作って来てくれるって。だから、いいところを見せないとね。私は久しぶりに張り切ってるよ」


 クラリッサはリーチオにいいところを見せるために勉強を頑張っているぞ。


 もっとも、3年に至るまでの各種テストでは理科と算数以外、未だに伸び悩んでいるのだが。今は6位が限界だ。それでもサンドラには追い付きつつあるぞ。


「私もお母さんが来てくれるって。やっぱりいいところを見せておきたいよね」


「うんうん。日頃の頑張りを見てもらわないとね」


「クラリッサちゃんは日頃はあんまり勉強に集中してないよね?」


「それは言ってはいけない」


 クラリッサは居眠りしたり、外を眺めたりしているぞ。そして、試験前になって大慌てで勉強するのである。そのせいで通知表には担任から『もっと授業に対する集中力を養いましょう』と書かれているのだ。


「何話してるの?」


「授業参観の話。ウィレミナのところも誰か来る?」


 そんな話をサンドラとしていたら、ウィレミナが姿を見せた。


「うちはお父さんが来るよ。授業参観見に来ている暇があるなら、もっと稼げる仕事を探してくれって話だけれどね。いつまでも下級官吏じゃあ、家族を養っていけないよ。そろそろ兄貴たちも就職するころだけれど、いいところに勤めてくれればいいなあ」


「ウィレミナはシビアだね」


「余裕のない貴族なんてこんなもんですよ」


 ウィレミナは未だに学年1位をキープしている。彼女は兄弟に期待をしているようだが、彼女自身も期待されているだろう。


「クラリッサ嬢! 君の家は授業参観に来られるのかな!」


 と、ここでいきなりジョン王太子が乱入してきた。


「来るよ。いいでしょ」


「ふふふ。実をいうと我が王家も授業参観に来てくれるのだ!」


 クラリッサが自慢げに告げるのに、ジョン王太子がそう告げた。


「え? マジで? 殿下のところで授業参観に来るのって……」


「国王陛下と王妃陛下……? いらっしゃるの……?」


 そうである。ちょっとお馬鹿なように見えるジョン王太子のご両親は国王と王妃である。ジョン王太子はこう見えても王位継承権第一位。立派な王族なのだ。


「国王陛下、暇なの?」


「そういうこと言うんじゃない! そ、その、今年の授業参観だけはどうしてもとお願いしたら公務の合間を見て、来られるということになった。父上はもしかするとこられないかもしれないが、母上は絶対に来てくださる」


 クラリッサがあっさりと告げるのに、ジョン王太子が恥ずかしそうにそう告げる。


「そっか。君のところも大変なんだね。でも、よかったね。誰も来てくれなかったら寂しいもんね。分かるよ」


「その情けをかけるような視線はやめてくれないか! 今でも君は私の宿敵なんだからな! そのことをゆめゆめ忘れるな! 授業参観でいいところを見せるのはこの私だ!」


「はいはい。宿敵、宿敵」


「なんだ、その軽薄な反応は!」


 クラリッサが『へっ』と笑うのに、ジョン王太子が叫んだ。


「とにかく見ていたまえよ、クラリッサ嬢! ぎゃふんと言わせるからな!」


「まあ、頑張って」


 授業参観の予定授業は理科だが、ジョン王太子は理科の成績でクラリッサに勝てたことは一度としてないぞ。クラリッサは理系ができる女子なのだ。なお、文系は……。


「クラリッサちゃん。またジョン王太子と喧嘩して……」


「向こうが9割ぐらい悪いと思う」


「1割は自分にも非があるとは思っているんだね」


 流石のクラリッサも罪悪感皆無ではないぞ。


「さて、次の授業に備えよう。今の私は学習意欲に満ち溢れている」


「普段からそうだったらよかったのにな」


 授業参観まであと1週間だ。


……………………


……………………


「ジョン王太子殿下!」


 ジョン王太子が休み時間に気の合う男友達たちとお喋りしていると、やってきたのはちょっと顔のきつい『ジョン王太子殿下名誉回復及びクラリッサ・リベラトーレ対策委員会』の委員長であるフローレンスがやってきた。


「どうしたかな、フローレンス嬢?」


「どうしたかなではありません! 授業参観に国王陛下と王妃陛下が参られるというのは本当ですか? 先ほど耳にしたのですが、ただの噂でしょうか?」


「あ、ああ。本当だよ。執務の合間を見て来られるそうだ」


 フローレンスが詰め寄るのに、ジョン王太子がちょっと引く。男友達たちは不味い予感を感じて逃げ出してしまったぞ。薄情な連中だ。


「殿下。大変申し訳にくいのですが、今の様子を国王陛下と王妃陛下にご覧になっていただくわけにはいきません。それは殿下の名誉にかかわります」


「え、ええっと、フローレンス嬢? いったい何が不味いのだろうか? 私には思い当たる節がないのだが……」


「あの平民の存在です」


 ジョン王太子が尋ねるのに、フローレンスが短くそう告げる。


「あのふてぶてしい平民は今も殿下のことを弄んでいると聞きます。そのような有様を国王陛下方に見られてしまっては、王太子の資格剥奪もありえるのですよ。よろしいですか、殿下。あの平民は徹底的に排除しなければなりません」


「確かにクラリッサ嬢は私の宿敵であるが、そこまで言うことは……」


「なりません! 王族である殿下が平民を宿敵などとは! あれは目の前を飛び回っている羽虫程度に思わなければなりません。そうです、羽虫です。それもちっさい奴です。ちょっと鬱陶しいなと思う程度の存在です」


「そうは言われても……」


 フローレンスの言葉にジョン王太子が頭を悩ませる。


 ジョン王太子にとってクラリッサは宿敵である。入学時に起きた馬の首事件以来、ずっとジョン王太子はクラリッサを目の敵にしてきた。だが、排除するとか、無視するとかは考えてこなかった。良くも悪くもジョン王太子は人がいいのだ。


「ヘザーから聞きましたが、3年A組の授業参観当日の授業は理科だそうですね。ジョン王太子殿下の苦手とする科目ではありませんか?」


「苦手とは言わないが、クラリッサ嬢には負けているな」


 ジョン王太子も理科の成績がとても悪いというわけではなく、ただクラリッサに比べると負けているというだけである。


「その有様を本当に国王陛下方にお見せしても大丈夫だと思っておられるのですか?」


「有様とはちょっと失礼じゃないか、君。それに私は嫌な予感がしてきたよ!」


 この流れをジョン王太子は以前にも体験している。


「これからみっちり理科の勉強をしましょう、殿下。当日にはあの平民を軽々と上回る頭脳を披露しようではありませんか。我々も微力ながら、放課後まで問題集の添削を手伝いますので。教師としても高等部の生徒を用意してあります」


「こんなことになるんじゃないかなって気はしてたよ! 君たち、絶対に一緒に勉強してくれるとは言わないんだよね!」


 クラリッサとの持久走対決でもジョン王太子だけ平民ぎゃふんと言わせ隊に強制されて校舎回りをひたすら走らされたジョン王太子である。


「さあ、勉強あるのみです。幸いにして時間は1週間はあります。その時間であのふてぶてしい平民をぎゃふんと言わせてやりましょう」


「いや、待ちたまえよ。こういうのは日頃の成果を出すことが目的だろう? それを1週間の頑張りで評価してもらおうなど間違ってはいないかな?」


「そんなお題目はどうでもいいのです。どうあってでも勝たなければならないのです。平民ごときに王族を侮辱されたとあっては、その臣下である我々の名誉にもかかわるのです。さあ、殿下。今日の放課後から猛勉強ですよ」


「……時に君たちよりクラリッサ嬢の方が優しいんじゃないかと思えるよ」


 鼻息を荒くするフローレンスを前にジョン王太子は項垂れたのだった。


……………………


……………………


 放課後。


 ジョン王太子はフローレンスたちに強制連行されて、図書館での勉強を強いられた。


「思うんだが」


 ジョン王太子は問題集から顔を上げる。


「皆は勉強しなくてもいいのか? 皆も1週間後は授業参観だろう? 私だけではなく、アルビオン王国貴族の系譜に連なる全員がいいところを見せてこそ、アルビオン王国貴族としての誇りは保たれるのでは?」


 ジョン王太子はそう告げて平民ぎゃふんと言わせ隊の面子を見渡す。


「うちのクラスは家庭科の授業ですから」


「うちは音楽です」


「ずるいぞ、君たち!」


 初等部3年になると授業の教科も増えて、家庭科や音楽、図工などの授業が加わるぞ。発想的でクリエイティブな人材を育てることもアルビオン王国の誇る教育機関たる王立ティアマト学園の使命であるのだ。


「ヘザー嬢。君は私と同じクラスだから理科だろう?」


「あ、お構いなくう。授業ではジョン王太子を立たせるために発言は控えますからあ」


「君なあ! 親切にどうもありがとう!」


 ヘザーは図書館においてあった『拷問の歴史』という本を読んでいる。誰がこんな本を図書館においたのかは謎である。


「クラリッサちゃんってば本当に勉強熱心になったねー」


「今の私にはパパにいいところをを見せるという気持ちしかない」


 ジョン王太子と愉快な仲間たちがそんなやり取りをしていたとき、図書館の入り口からクラリッサたちの声が響いてきた。


「あ」


「おや」


 そして、ジョン王太子とクラリッサの視線が交わる。


「君も勉強か。やっぱり国王陛下にいいところ見せたいの?」


「む、無論だ。しかし、君に勉強は必要ないだろう?」


「私もパパにいいところ見せたいし」


 クラリッサはそう告げると本棚から理科に関係する本を取り出す。


「ま、待ちたまえ。それは中等部で習う分野の……」


「だから、パパにいいところを見せたいんだって」


 クラリッサが取り出したのは中等部で習う理科の本だった。


「君も高等部の学生に習っているじゃない。私も負けないよ」


「これは仕方なくであって……」


 ジョン王太子がちょびっと視線を背後に向けると、フローレンスたちがやってしまえというように拳をシュッシュと言わせている。ヘザーは『あのドエス執事様はどこに?』とファビオの姿を探していた。ひとりだけマイペースである。


「とにかく、私も君は負けないぞ!」


「そうそう。互いに切磋琢磨している姿を見せなくちゃ、保護者は安心できないよね。お互いに日々の成果を披露しよう」


 そう告げてクラリッサはちょっとだけ微笑んだ。


「うっ……。そ、そうだな。切磋琢磨している姿を見せないとな。勝負もいいが、そういう関係性も見せるべきだろうね」


「それはそれとして私が勝つけどね」


「君ならそういうと思ったよ!」


 クラリッサは鼻で笑うと、本を抱えてジョン王太子たちから離れた席に座った。


「何としてもクラリッサ嬢には勝つぞ。勉強だ」


「流石です、殿下」


 クラリッサの挑発にジョン王太子が戦意を燃やしたぞ。


「あら。クラリッサさん。お勉強ですか?」


「天使の君。そう、勉強。今度、授業参観があるから。フィオナも勉強かな?」


 そして、図書館に現れるちゃらんぽらん──もとい、フィオナである。


 婚約者のジョン王太子より先にクラリッサを見つけるとか、君という人は。


「いいえ。私の両親は授業参観にはこれませんの……。代わりに叔父が来るそうですが、正直なところ叔父はあまり私に関心のない方なので。あまりやる気はしませんわ。クラリッサさんのところはお父様が?」


「うん。パパが来てくれる。けど、残念だね。せっかくの授業参観なのにご両親が来られないだなんて。何か急な用事でもできたの?」


「はい。フランク王国と外交交渉がありまして。父は外務大臣として出席しなければなりませんの。もう少し時期がずれていたらいいのでしたけれど……」


 フィオナの父は公爵にして外務大臣だ。バリバリの権力者だぞ。


「それは残念だ。けど、フィオナのパパは国のために頑張っているんだね。私たちは感謝しなくちゃいけないよ。来年は来てくれると信じよう。来年も授業参観はあるから。成長した娘の姿をフィオナのパパも見たいと思うよ」


「そうですわね。来年は頑張りますわ!」


 沈んでいたフィオナの顔が笑顔になるのを──ジョン王太子は見ていた。


(え? そういうフォローって私の仕事じゃないの? だって、婚約者だよ? 何でクラリッサ嬢が理解者になっているの? というか、フィオナ嬢は完全に私に気づいてなくないか……? フィオナ嬢! 私はここだよ!)


 ジョン王太子は心中で叫んだが、フィオナは反応しなかった。フィオナはエスパーではないので、心の中の声までは聞き取れないのだ。


「私たちも勉強しますけれど、フィオナさんはどうします?」


「今日は小説を読みに来たのですけれどどうしましょうかしら」


「どんな小説を読まれてるんです?」


「そ、その、恋愛ものを……。恋愛ものといってもそんなに大人びたものではないんですの。ただ、少女が王子様と結ばれるというハッピーエンドの物語で」


 サンドラが尋ねるのにフィオナが頬を赤らめてそう答えた。


 その答えは遠く離れたジョン王太子の耳にも届いていたぞ。


 ジョン王太子はフィオナが王子様と結ばれる話を読んでいると聞いて、安堵の息をついていた。自分はまだ見放されたわけではなかったのだと。


「君の王子様に立候補したいね、天使の君」


「ひゃ、ひゃい。そ、そんなこといわないでくださいまし。その出てくる王子様ってクラリッサさんによく似てて……」


 ここでジョン王太子の心の器が壊れる音がした。


「は、はは……。なんだか、もう何もかもどうでもよくなってきた……」


「お気を確かに!」


 ジョン王太子はそれから数時間再起不能だったが、後で『あの小説の王子様はどう考えてもクラリッサ嬢には似てないです。あれはフィオナ様のリップサービスです』という報告を受けて元気を取り戻したのだった。


 負けるな、ジョン王太子。ご両親と婚約者に授業参観でいいところを見せるんだ。


……………………

本日2回目の更新です。そして、本日の更新はこれにて終了です。


いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想など応援をよろしくお願いします!


そして、明日より1日1回更新となります。

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