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娘は合同体育祭を制したい

……………………


 ──娘は合同体育祭を制したい



 後半のプログラム。


 まずは綱引き。


 これにはフィオナが参加。


「頑張れー、フィオナ嬢!」


 ジョン王太子の声援がこだまする中、競技が開始された。


 いつもならここで五分五分の戦いを繰り広げる王立ティアマト学園と聖ルシファー学園であるが、今回はみるみると聖ルシファー学園側に縄が引き寄せられていく。


 それもそうだろう。


 聖ルシファー学園側はレスリング部の部員を綱引きに投入しているのである。これで負ける方がおかしいという布陣で綱引きに臨んでいた。ただの綱引きなのに……。


「勝者、聖ルシファー学園!」


 勝負は聖ルシファー学園の圧勝に終わった。


「とほほ。負けてしまいましたわ」


「君は頑張ったよ、フィオナ嬢。相手がレスリング部では仕方ない。君は精一杯やるべきことをやった。後悔することなどない」


「殿下……」


 そしてふたりの世界に入るジョン王太子とフィオナであった。


 気を取り直して勝負を続けよう。


 残るは借り物競争、障害物走、親子二人三脚、模擬魔術戦、自動車レースなどである。もうクラリッサたちが出場するのは親子二人三脚と模擬魔術戦と自動車レースだけになってしまった。


 だが、王立ティアマト学園のエースはクラリッサたちだけではない。


「フィリップ先輩、頑張って-!」


 ウィレミナが声援を送るのは障害物走に出場しているフィリップだ。


 フィリップは次々に障害物を攻略していき、先頭に躍り出る。


 そして、ゴールイン。


「1位! 王立ティアマト学園Bチーム! 2位──」


 ギリギリで障害物走を制した王立ティアマト学園だ。


 続いて行われるのが親子二人三脚。


 前回行われたのがそれなりに好評だったために取り入れられた試合だ。


 出場者はクリスティン親子とウィレミナ親子。


 前回はフィオナが出場してしまったために接待試合になってしまったが今回はどうなるのだろうか。注目が集まるところである。


「よーい、スタート!」


 爆竹が鳴り響き、4チームがスタートする。


 今回はフィオナが出場していないので接待試合にはならない。本気の勝負だ。


「いち、に、いち、に!」


「いち、に、いち、に!」


 クリスティンと息を合わせて走るのはクリスティン母である。クリスティン父は裁判があるので体育祭には出場できなかった。クリスティン父もいい人なのだが、規則に関してはクリスティンのように厳格なため、融通を利かせるということがなかなかできないのである。だが、クリスティンには来てくれた母がいる。


 最初からクリスティン父の出場は難しかったためにクリスティンはクリスティン母と練習を重ねてきた。親子でリズミカルに足を運んで、勝利を掴む。


「お父さん、頑張って!」


「任せておけ!」


 ウィレミナチームはウィレミナ父が出場だ。


 流石に成人した子供を抱えているだけあって歳を取り、体力も落ちているが、この競技に参加すると分かった時点で鍛え始めていた。その結果が今回出せるのかどうかだ。


 4チームはほぼ横並びで進み、追い抜くことも遅れることもない。


 だが、じわじわとした聖ルシファー学園の追い上げにあい──。


「1位! 聖ルシファー学園Aチーム!」


 負けてしまった。


「むう。残念」


「すまんな。父さんの日ごろの運動不足が祟ったようだ」


 ぜーはー言いながらウィレミナ父がそう告げる。


「ごめんね、クリスティン。勝ちたかったでしょう」


「いいのです。これも思い出というものですよ」


 クリスティンは母との思い出が作れて大満足。


 そんなこんなで競技は進み続け、この合同体育祭最大の見ものとでもいうべき模擬魔術戦の時間が訪れた。


「サンドラ。準備はいい?」


「ばっちり。部長たちも張り切ってる」


「よし。なら、一発ぶちかましてやろう」


 模擬魔術戦の出場者はクラリッサとサンドラ、そして魔術部員2名で構成される。


 今回は4VS4だ。4名同士の代表者によって勝敗を決する。


「準備はいいですか、クラリッサさん」


「おうともよ。挑戦、受けて立つ」


 アガサがやってきて告げ、クラリッサがサムズアップして返した。


「今回は我々も負けませんよ。さあ、雌雄を決しましょう」


 アガサは余裕の笑顔でそう告げると自分たちの陣営に戻っていった。


「大丈夫、クラリッサちゃん? 勝てる見込みある?」


「私はいつだって勝つつもりだよ」


 サンドラは狼狽えていたが、クラリッサは余裕の表情を浮かべていた。


「それでは模擬魔術戦。今回の課題が提示されます」


 そのアナウンスとともにちびっ子魔術教師と聖ルシファー学園の魔術教師のふたりが、グラウンドに立って詠唱を始めた。


「コンストラクション」


 そして、その合図とともに森林がグラウンドに出現し、二重のトーチカ陣地が姿を見せた。第一陣に3個のトーチカ、第二陣に2個のトーチカの計5つのトーチカだ。


 トーチカそのものは小さいものの、この5つのトーチカを全て破壊してトーチカ内の藁人形を撃破するというのはなかなか難しい。


「ど、どうする、クラリッサちゃん?」


「力押しで行けばどうとでもなるけど芸術点がな」


 模擬魔術戦は魔術の効率的行使はもちろんのこと、美しく目標を撃破すること、すなわち芸術点も加味されるのである。壊すだけではなく、美しく壊さなければならないのだ。それはなかなかに難しいことであった。


「部長。何か作戦、ある?」


「ううむ。ひとつずつ確実に壊していくしか方法はなさそうだが」


「それじゃあ、効率に欠けるね。却下」


「私に聞いた意味、あったのかなあ!?」


 クラリッサの行動は謎であった。


「ふむふむ。5つのトーチカ。4人のチーム。ひとりでひとつ潰しても余る。さて」


 クラリッサはじっくりとトーチカを眺める。


「よし。この手で行こう」


 クラリッサはそう告げるとチームメイトたちに作戦を説明した。


「か、可能なのかね?」


「私を信じろ」


「ううむ。それしか手はなさそうだ。信じよう!」


 クラリッサの説明になんとか納得する魔術部部長のダレル。


「それでは張り切っていこう」


「おー!」


 クラリッサたちは改めて気合を入れた。


「それでは先攻は聖ルシファー学園から」


 最初は聖ルシファー学園からとなった。


「では、参ります」


 アガサは地面に魔法陣を描くと、優雅な仕草でそれに魔力を込めた。


 すると、トーチカが凍り付く。


 この手はこの前の合同体育祭でも使われた手だ。コンクリートを氷結させ、もろくするというのは以前にも使われた方法である。


 だが、それでもトーチカが瞬く間に凍り付いていく様子というのは見事だ。それも今回は5つのトーチカをほぼ同時に凍らせているのだ。以前と手法は同じも、全く異なるレベルである。


「はあっ!」


 そこに他3名が攻撃を加える。攻撃は揃って金属の槍によるもの。


 コンクリートのトーチカは破壊され、中にあった藁人形も破壊される。


「見事な演技でした。これは高得点ではないでしょうか?」


「そろそろ得点が発表されるころです」


 審査員席が慌ただしくなり、得点が表示される。


「5点、4点、3点、5点。計17点です!」


 聖ルシファー学園の側から歓声が響き渡る。


「3点という厳しい評価も出ていますね」


「この手法は以前の合同体育祭でも使われたためでしょう。目新しいものがないという評価のようです。なかなか厳しい評価になっていますな」


 確かにコンクリートを氷結させて強度を落とすというやり方は以前アガサが使った方法だ。目新しいものではない。


「続いて王立ティアマト学園です」


 クラリッサはスタジアムに進み出る。


「ク、クラリッサちゃん。アガサさんが使ったからあの手は使えないよ!」


「問題なし。とにかく私がトーチカをどうにかするからサンドラたちは藁人形を倒すことに集中して。それが役割分担だよ」


「わ、分かった」


 クラリッサは当初アガサと同じ凍結による陣地破壊を目論んでいた。


 だが、それが不可能となった状態では別の手を考えるしかない。


 それでも、問題はない。クラリッサにはあの手の陣地を破壊する方法など山ほどある。それを使って陣地を破壊すればいいだけの話だ。


「それでは、王立ティアマト学園」


「魔法陣展開完了」


 クラリッサは地面に魔法陣を構築する。


「砕け」


 クラリッサがそう唱えると地響きがなり始め、スタジアム全体を揺らす地震になった。揺れの中心地は魔術教師たちが築いたコンクリート陣地だ。


 地響きは地震としてコンクリート陣地に襲い掛かり、地面が割れる。


 コンクリート陣地も地割れには耐えられず、崩壊していく。


 凄まじい魔力と魔術の腕前だ。流石はアークウィザードを母とする子なだけはある。

「今だよ。叩き込んで」


「了解っ!」


 地震に驚きながらもサンドラたちは砕けたコンクリート陣地内の藁人形に攻撃を仕掛ける。炎の魔術によって次々に藁人形が燃え上がり、焼き払われていく。


 そして、全ての藁人形が撃破され、地響きが収まり、地割れが元に戻る。


「……凄まじい魔術でした。人類の可能性を垣間見たような気分です」


「採点が発表されるようです」


 審査員席が慌ただしくなり、得点が発表される。


「5点、4点、5点、5点。計19点! 王立ティアマト学園の勝利です!」


 王立ティアマト学園の観客席から歓声が響き渡る。


「やはりあの地震が高く評価されたのでしょうか?」


「はい。あの例を見ない魔術に審査員たちも高得点を付けざるを得なかったようです。クラリッサ・リベラトーレ選手は今回のMVPでしょう」


 クラリッサはそのアナウンスにブイッとVサインを送った。


「さて、ここにきて王立ティアマト学園と聖ルシファー学園、同点です。勝敗を決するは最終競技自動車レースとなりました」


「果たして自動車レースは体育なのかという疑問も浮かびますが、観客席の窓から外の光景をご覧ください。また野外特設会場も準備されています。王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の雌雄を決する戦い。とくとご覧ください」


 そうアナウンスが流れ、観客たちが野外に移動する。


 クラリッサもイグニッションキーを持って野外へ。


 クラリッサは自動車をコースまで移動させるとレース開始に備えた。


「おい。その自動車でレースに挑むのか?」


「そだよ?」


 クラリッサが自動車の点検をしていると、聖ルシファー学園の生徒が見学にやってきた。どうやらクラリッサのマシンがどのようなものか見に来たようだ。


「見たところ20馬力のエンジンってところだろう。自動車の普及率は少ないから、自動車を持っているだけでも上出来だ。だが、俺のマシンは45馬力だぜ。勝てるとは思わないことだな。一般の自動車じゃ鈍すぎて──」


「私の自動車も45馬力だけど」


「……マジで?」


「マジで」


 自慢げに語っていた聖ルシファー学園の生徒の表情が変わった。


「だ、だが、ドライビングテクニックなら──」


「ゴールドランズのサーキットで2分1秒の記録があるよ」


「…………」


 結局のところ、聖ルシファー学園の生徒は何も言えずに去っていった。


「クラリッサちゃん。準備は万端?」


「任せておいて。優勝を手に入れてくるよ」


「それはいいけど無理な運転はしないでね」


「任せろ」


 クラリッサはヘルメットとゴーグルを着けるとサムズアップして返した。


「それではいよいよ最終競技自動車レースです。王立ティアマト学園、聖ルシファー学園ともにとっておきの切り札を切りました。モンスターマシンが競技場周辺を疾走する様子をどうぞお楽しみください」


 アナウンスが流れ、クラリッサたちがスタート地点につく。


「よーい、スタート!」


 爆竹が打ち鳴らされ、エンジンが既に始動していた2両のモンスターマシンが猛スピードで加速する。最初のストレートは互角の勝負となった。


 だが、腕前が試されるカーブでは聖ルシファー学園の自動車が幅寄せしてきて、体当たりを加えてくる。王立ティアマト学園の観客席からはブーイングが飛ぶがこれはルールに反した行動ではない。これもルール内の行動である。


 クラリッサは相手の自動車を押し返しながら突破口を探る。


 カーブの終わる地点で急加速し、それまでクラリッサの自動車を押していた自動車を振り切った。急に押していた対象がいなくなった聖ルシファー学園の自動車はカーブに突っ込み、タイムロスをする。


 そしてクラリッサがスタート地点を通過する。


「1分30秒! 一週目のラップは王立ティアマト学園が優勢です!」


 それから10秒ほど遅れて聖ルシファー学園の自動車が通過する。


 両校の自動車はエンジンが焼き切れんばかりに加速を続け、カーブではクラリッサが見事なドリフトを披露したことで歓声が立ち上った。


 だが、聖ルシファー学園の自動車も負けじとクラリッサを追いかけ、再び横並びになろうと横から前に出ようとする。


 ここで大人しく並ばせないのがクラリッサだ。


 クラリッサは左右にハンドルを切り、並ぼうとする聖ルシファー学園の自動車の進路を妨害する。これには聖ルシファー学園の観客席からブーイングが上がったが、これもルールの範囲内の行為である。


 そうやって首位をキープしながらクラリッサは──。


「ゴール! 勝者は王立ティアマト学園! これにて今回の合同体育祭の優勝は王立ティアマト学園となります!」


 わーっと歓声が鳴り響く。


「勝ったね、クラリッサちゃん!」


「私に任せておけば余裕だ」


 クラリッサは余裕の態度だった。


「それでは優勝校を代表してクラリッサ・リベラトーレ選手から挨拶が──」


 こうして合同体育祭は無事終わった。


 クラリッサとアガサはお互いの健闘をたたえ合い、また次の機会があればと約束して別れた。彼女たちの友好はこれからも続いていくだろう。


 だが、問題はクラリッサの自動車が負荷に耐え切れず、エンストしてしまったということだ。これをどうやって運ぶかにクラリッサたちは頭を悩ませたのであった。


……………………

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