娘は合同体育祭に向けて備えたい
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──娘は合同体育祭に向けて備えたい
生徒会から新聞部を通して正式に合同体育祭開催が告知され、それぞれが準備に入った。
陸上部はライバルである聖ルシファー学園に負けまいと練習を重ね、魔術部も見せ場である模擬魔術戦に備えて練習を続ける。部活動に所属していない生徒たちも、休み時間に外に出て、走り込みなどを行っている。
そんな中でクラリッサも合同体育祭に向けて準備を進めていた。
クラリッサが何をしているかと言えば──。
「3分10秒」
「まだまだだね」
クラリッサは校舎の外周を自動車で爆走していた。
実際のグレイシティ・スタジアムの外周は900メートル。それに合わせた距離をクラリッサは自動車で走ってみていた。
「勝ち目あるか?」
「私ほどのレーサーはいないぜ?」
「凄い自信だ」
クラリッサのタイムを計っているフェリクスは肩をすくめた。
「燃料に余裕もあるし、もう1周行ってみるか」
「オーケー。分かった」
そして、クラリッサたちが次の一周に向けて走り出そうとしたときである。
「こらー! 何をしているー!」
クラリッサが出発する直前にクリスティンが乱入してきた。
「何って、自動車レースの練習だけれど?」
「だからと言って校舎の周りを猛スピードで走り回るなー! 近所迷惑というものを少しは考えろー! 苦情がたくさん来てるだろうがー!」
「やれやれ。文明の進歩についてこれない旧態依然の人間は」
「うがーっ! 文明の進歩以前に協調性を学べー!」
というわけでクラリッサたちはクリスティンに怒られてしまった。
「仕方ない。郊外で練習しよう」
「そうだな」
クラリッサたちは自動車を走らせて郊外へ。
この時期のロンディニウム郊外はほとんどが農場だ。広さは十分にある。
クラリッサたちは収穫を終えた農家何軒かにお金を渡すとコースを確保し、早速自動車で走り回ることにした。
「3分50秒。タイム遅くなってるぞ」
「……ここ舗装されてないから滅茶苦茶揺れる……」
郊外のインフラ整備はいい加減なもので、道は舗装されてもいなければ、整えられてもいない。完全な荒れ地であり、そんなところを自動車で爆走したら揺れまくるのは当然のことである。
「参ったな。学校の外周はクリスティンがうるさいから使えないし、そこら辺の道をこの速度で走ったら速度違反で捕まるし、練習場所がないな」
「うーん。困った。ぶっつけ本番というのもぞっとするしな」
クラリッサたちはここにきて、練習場所がないという問題に出くわしていた。
「いっそ、グレイシティ・スタジアムの周りを実際に走ってみるか?」
「いいね」
「マジかよ」
フェリクスが冗談で告げた提案にクラリッサが乗った。
「燃料を満載したら、グレイシティ・スタジアムに向かおう。そこで練習だ」
「余計怒られねーだろうな」
そんなこんなでクラリッサたちはグレイシティ・スタジアムに向かった。
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グレイシティ・スタジアムはその日は何のイベントも催されていなかった。
クラリッサたちにとっては好都合。練習するチャンスである。
「行くぜ」
「3、2、1、スタート!」
フェリクスの号令でクラリッサがスタートする。
タイムは──。
「3分ジャスト。まだ縮められそうか?」
「まだまだいけると思うね」
クラリッサの心には勝負への熱意が盛り上がっている。
「なら、もう1周行くか。3、2、1──」
「こらーっ! そこで何をしている!」
「まずっ! 警備員だ!」
クラリッサたちがスタジアムの外を爆走しているのに気づいたのか、スタジアムの警備員が警棒を手に向かってきた。
「乗り込め、フェリクス。撤退だ」
「撤退、撤退」
クラリッサはアクセル全開でこの場から逃げ出した。
「こらーっ! 速度違反だぞ! 次に来たら容赦しないからな!」
「次は正式なスタジアムの使用者としてくるよ」
クラリッサは怒鳴る警備員に手を振ると、そそくさと逃げていった。
だが、これで問題は振り出しに。
「練習する場所ないなー」
「だな」
クラリッサは自宅の書庫でボンネットに乗ってそんなことを呟いていた。
「なんか舗装されてて、スピードを出していい場所ってないかなあ」
「そうだな……。ちょっと場所は離れるが週末にレースしている人間が集まる場所があるらしいぞ。サーキットっていうのか、そんな感じの場所だ」
「マジで?」
「マジだ。ただ、俺たちが使わせてもらえるかどうかは分からん」
自動車を所有している人間が少なければ、自動車でレースをする人間はもっと少ない。そんな人間たちの集まる場所が、ロンディニウム郊外から少し離れた場所にあるのだった。フェリクスもようやく思い出した情報だ。
だが、いかんせんながら、そういうサーキットを使わせてもらえる保証はない。子供であるからという理由で断られる可能性も高かった。
「とりあえず行ってみよう。行って、使えたら儲けものってことで」
「そうだな。行ってみるか」
そんなわけでクラリッサたちはサーキットに行ってみることに。
果たしてクラリッサたちはサーキットを使わせてもらえるだろうか?
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クラリッサは自動車を走らせて、フェリクスとともにサーキットにやってきた。
「『ゴールドランズ』。ここか」
「ここみたいだな」
サーキットの入り口はそこまで派手ではなかった。
ここが何であるかの看板が掛けられ、警備員の詰め所が設置されている。それだけだ。他にはこの入り口付近には見当たらない。
「もしもーし。サーキットを使わせてほしいんだが」
「あ。ああ、お客さんか。オーナーの許可を取ってくれ。オーナーは奥にあるゲストハウスにいるから。すぐにわかるよ。自動車はゲストハウスの駐車場に止めておいてくれ」
眠りこけていた警備員はフェリクスにそう告げた。
「ゲストハウスに行けだと」
「ゲストハウスってどこ?」
「行けば分かるとさ」
「いい加減だな」
「全くだ」
クラリッサたちはあまりいい気分はしなかったものの、オーナーとやらにサーキットの使用許可をもらうためにゲストハウスとやらを目指した。
エンジン音を響かせて、クラリッサたちはゲストハウスを探す。
すると見えてきた。
貴族の別荘のような立派な建物で、駐車場には6台ばかりの自動車が止まっている。このアルビオン王国で6台の自動車というのはかなり多いものである。アルビオン王国で走っている自動車というのはまた2桁なのだから。
「ちゃんとした格好してくるべきだったかな?」
「大丈夫じゃないか?」
ゲストハウスを前にクラリッサが渋い表情を浮かべたが、フェリクスは大して気にする様子を見せなかった。
「まあ、いっか。きっと荒くれ者の集まりだよ。スピードに魂を燃やした走り屋たちがたむろしているんだ。間違いないね」
「どういう印象だよ……」
クラリッサのイメージは偏っていた。
「それじゃあ、行ってみようか」
クラリッサは自動車を止めると、ゲストハウスに向かった。
「たのもー」
クラリッサは威勢よく扉を開けて、ゲストハウスの中を見渡した。
「これはこれは。可愛らしいお嬢さんがいらっしゃった」
「何か御用かな?」
荒くれ者はひとりもいなかった。
全員がスーツ姿の紳士たちである。そんな人々が紅茶を楽しみながら、カードゲームに興じたり、何かの図面を眺めたりしていた。
「む。印象と違う」
「それはもういい」
クラリッサのイメージでは西部劇のようにウィスキーなどを飲んだ荒くれ者が一触即発の状況で待ち構えているものと思っていたぞ。
「ここにはサーキットがあるって聞いたけど、使わせてもらってもいい?」
「お父さんが使うのかな?」
「いいや。使うのは私」
「おやまあ。なんと、なんと」
集まっていた男性のひとりが立ち上がる。
「私はジェレミー・シャーリー。このゴールドランズのオーナーだ。よろしく頼むよ」
「私はクラリッサ・リベラトーレ。よろしくお願いします」
ジェレミーと名乗った人物が頭を下げるのに、クラリッサも頭を下げた。
「それから私の友達を紹介しよう。リチャードとジェームズだ」
そう告げてジェレミーがふたりの男性を呼んだ。
「よろしく、お嬢さん」
「よろしく」
クラリッサは物怖じすることなくテキパキと挨拶をこなしていく。
「それでは君のマシンを見せてもらっていいかな?」
「自動車だね。こっちこっち」
クラリッサは駐車場に3人を案内する。
「これが私の車」
「ランカスター・モーターズのL101型か。これはいい車だ。乗り心地がいいし、速度制限の多いロンディニウムの街並みを走るのには十分だ。だが──」
「だが?」
「パワーが足りない! 圧倒的にパワーが足りない!」
ジェレミーはそう告げて天を仰いだ。
「まあ、こっちに来てみなさい。本当のレース用の車というのを見せてあげよう」
「お、おう」
クラリッサは先ほどのジェレミーの人の変わりように驚きながらも後に続く。
するとそこにはクラリッサの自動車よりやや大型の自動車があった。
「これだ。エンジンを45馬力。まあ、正規の改造ではないので故障してもメーカーに文句は言えないが。我々は自動車のことなら知り尽くしているので、自分で修理することもできるので問題はない。これは凄いぞ。まさにレースのための車だ。パワーが違う」
「おおー」
違法改造とかクラリッサの好きそうな話である。
「乗ってみるかね?」
「是非」
ジェレミーがイグニッションキーを手にし、クラリッサが即答した。
「ヘルメットを付けて。ゴーグルも。安全には配慮してな。それでは挑んでみようか」
クラリッサはちょっと大きめのヘルメットをかぶり、レース用の自動車に乗り込んだ。クラリッサがイグニッションキーでエンジンを動かすと、猛烈な勢いでエンジンが動き始める。それだけですごい迫力だ。
「では、行ってみよう。コースへの入り口はあそこだ」
「オーケー」
クラリッサは唸る猛獣を操り、サーキットのコースに入る。
最初はストレート。
アクセルを踏み込む。猛獣は解き放たれ、一気に加速する。45馬力というこの世界ではハイスペックなエンジンは加速を続け、クラリッサは風になった気分がした。
それからカーブ。
大きく弧を描いたカーブをクラリッサはコース端の白線を踏みながら最短距離で突破する。速度はほとんど落ちていない。
そして、またストレート。クラリッサはここぞとばかりに猛獣を加速させる。
それからトリプルカーブ。
クラリッサはハンドルを素早く回し、時にはドリフトしながらカーブを突破する。
それからまたストレートに入り、ゴールインとなった。
「素晴らしい! 君には運転の才能があるな!」
ジェレミーは興奮した様子でやってきてそう告げた。
「それほどでも」
「いやいや。あのモンスターは運転する人間を放り出したり、コースアウトしたりするのがしょっちゅうだったんだ。なのに君はあのモンスターを操り、見事に最高タイムも更新した。今日はお祝いだな」
そんな物騒なものに乗せられていたのかと思ったクラリッサであった。
「エンジンの改造って私の車でもできる?」
「できないことはない。L101は頑丈な車体を持っている。エンジンの積み替えぐらいにいは耐えられるだろう。だが、その積み替えるエンジンを準備するのに時間がかかる」
「どれくらい?」
「1年」
「1年」
思わず繰り返したクラリッサだ。
「流石にそれじゃ間に合わないな……。必要なのは再来週だし……」
「何か大会に出るのかね?」
「うん。王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の合同体育祭で自動車レースをするの。私が出場予定なんだ。自動車を持っている人は少ないからね」
「ほうほう。それはまた面白そうなことを」
クラリッサの言葉にジェレミーが興味を示す。
「我々が学生の頃の体育祭などつまらないものだったが、時代は変わったのだな」
「そ。私たちはより楽しいイベントを企画してるんだ」
ジェレミーが淡々と告げるのに対して、クラリッサはそう返した。
「ならば、当日にそのマシンを貸そうか? 我々は新しいパワーあるモンスターの設計に興味を示していてね。壊してくれても構わない。レースで壊れるとしたらそいつにとっても本望だろう。喜んで貸すが、どうするかね?」
「いいの?」
「もちろんだとも」
クラリッサが目を輝かせるのにジェレミーがそう告げる。
「まあ、よければ練習しに来てくれ。若い子が来ると年寄りどもも張り切る。それにここ以外に練習できそうな場所はないだろう?」
「うん。ありがとう、ジェレミーおじさん」
「気にしないでくれ。若い子が興味を示してくれるだけで嬉しいんだ」
というわけで、クラリッサは練習場と競技用自動車を手に入れた。
来るレースの日にこのモンスターは実力を発揮してくれるだろうか?
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