娘は合同体育祭を再び催したい
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──娘は合同体育祭を再び催したい
怪我も治って再び学園に戻ってきたクラリッサには考えがあった。
聖ルシファー学園との合同水泳大会は大盛り上がりだった。
あの件でクラリッサは800万ドゥカート近い収益を得て、水泳部に250万ドゥカートの予算増強を行っている。夏の大会ではそのおかげか水泳部が再び大会に出場することになった。まあ、結果は惜しくも聖ルシファー学園に敗れて2位だったが。
そんなみんなウィンウィンの企画をやろうとクラリッサは企画第2段を打ち出した。
「合同体育祭」
クラリッサは生徒会室の生徒会長の席にふんぞり返ってそう告げた。
「……クラリッサ嬢。なんでも合同でやればいいというものでもないと思うよ?」
「いいや。合同でやるのはいいことだ。儲かる」
「……君のブックメーカーを潤すために学校行事はあるわけではないのだからね?」
儲かる。すなわち正義。金だ。金こそが全て。
「陸上部にも収益を還元するよ」
「はいはーい! 合同でやるべきだと思いまーす!」
陸上部に金が入ると分かった途端にウィレミナが賛同の声を上げた。現金すぎる。
「はあ。クラリッサさんも怪我をして少しはしおらしくなったのではないかと思いましたが、まるで変わっていませんね」
「それほどでも」
「褒めてはいません」
クリスティンは深々とため息をついた。
「しかし、合同体育祭をやるとなるといろいろと準備が必要ですね」
「だね。私はアガサに会って調整してくる。ジョン王太子とウィレミナは経費の概算を、クリスティンとフィオナは新聞部に告知を出す準備をしておいて」
「テキパキしてますね」
「まーね」
「いつもそうだったらどんなに良かったことか」
クリスティンは肩をすくめた。
「私の提案でやることだから、私が先頭に立つのは当然のことだ。今回の合同体育祭も成功に持ち込もう、そして勝利しよう。そして儲けよう。栄光を我らが手に!」
「わー!」
クラリッサの掛け声にウィレミナだけが歓声を上げた。
「合同体育祭、楽しみですわね」
「今年も王立ティアマト学園が勝利するさ」
そして、フィオナも乗り気なのに態度を豹変させたジョン王太子であった。
「それにしても聖ルシファー学園との調整はおひとりでいいのですか?」
「いいいんじゃない? アガサは友達だし、一応フェリクスも連れていくし」
「……何故フェリクス君を?」
「ブックメーカーの共同経営者だから」
フェリクスはクラリッサのブックメーカーの共同経営者なのである。最初から賭けを行うことが前提となっている合同体育祭では彼も関係者だ。彼を連れていくことに不可思議な点などないはずだが。
「むぐぐ。フェリクス君とは本当に共同経営者としての関係だけなのですね?」
「そだよ。もしかして、クリスティン、妬いてる?」
「妬いてなーい! 私は平常心だー!」
「妬いてるんだ」
クリスティンがの反応に対し、クラリッサがクスクスと笑う。
「大丈夫。取りはしないから。それにフェリクスに本当に必要な人はクリスティンだって分かっているからね。頑張れ、クリスティン」
「そ、そうですか」
クリスティンはテレテレしている。
「それより仕事だよ。それぞれが役割を果たさないと合同体育祭はお流れだからね。気合入れていこう」
「おう!」
今度は全員で気合を入れ、クラリッサたちの合同体育祭への準備が始まった。
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「お前、本当に大丈夫なのか?」
「何が?」
「怪我だよ。上級吸血鬼に投げ飛ばされたんだろ。普通はミンチだぜ」
聖ルシファー学園に向かう自動車の中でフェリクスがそう告げる。
「大丈夫。私は頑丈だから」
「そういう問題か?」
「そういう問題だね」
クラリッサが上級吸血鬼に投げ飛ばされても骨のひびで済んだのは、ひとえにクラリッサが人狼ハーフだからである。人狼ハーフの身体能力は伊達ではないのだ。
「まあ、お前が大丈夫っていうならそれでいいが、どうして上級吸血鬼に襲われるようなことになったんだ? 何か魔王軍に対してしでかしたか?」
「謎。あの上級吸血鬼も何も言わなかった。通り魔だったのかもしれない」
「この間の連続殺人事件みたいに?」
「そうそう」
実際のところ、上級吸血鬼の目的はともかくとして、クラリッサはどうして自分が狙われたかは分かっている。
リーチオだ。
人狼と上級吸血鬼のふたりのチームはクラリッサに用があるわけではなさそうだった。というよりもクラリッサを使ってリーチオを誘き出そうとしているのが窺えた。
理由はリーチオが魔族だからだろう。
何が目的かはしらないが、自分を人質にして、リーチオに言うことを聞かせようなど許しがたい。だが、だからと言って公権力に助けを求めないのもクラリッサだ。クラリッサが自分が狙われただろう理由などについては全く分からないと答えておいた。
それに下手に答えるとリーチオが魔族であることがバレてしまう。
「まあ、気を付けろよ。公園でも襲われたんだろ。ホテルとカジノの経営者になって大金持ちになるまでは死ねないだろう?」
「全くだ。用心するよ」
クラリッサの夢はホテルとカジノ経営者となり、そこで大金を稼いで、億万長者になることなのだ。その前にむざむざと魔王軍に殺されるわけにはいかない。
「ねえ、フェリクスはこの戦争はいつ頃終わると思う?」
「唐突だな。俺には見当もつかんよ。戦争は俺たちが生まれる前から続いていた。こっちも向こうも交渉らしい交渉はしていない。交渉する気があるのがどうかも謎だ。戦争はまだまだ続くかもしれん」
「むう。お互いに疲弊していたとしたら?」
「講和とは勝者が弱者に押し付けるか、弱者が強者に乞うものだと親父は言っていた。お互いに疲弊していたとしても、勝者と弱者の区別がつかない限り難しいんじゃないか。まあ、北ゲルマニア連邦ではそろそろ戦争を終わらせたがっている雰囲気はあるがな」
「ほうほう」
少なくとも北ゲルマニア連邦は講和をする意欲はある。
「だが、クラクス王国とスカンディナヴィア王国が納得しないだろう。今でこそ、反撃が仕掛けられるまでになったが、一時期は国土を占領され、国土が荒れるのを覚悟して戦ってた連中だ。簡単な講和交渉にはなるまい」
「むう。でも、スカンディナヴィア王国もクラクス王国も連合軍の他の国からの支援がなければ戦い続けられないでしょ。後方が和平してしまえば、彼らも和平せざるを得なくなると思うけど。遠征軍も物資援助もなしに戦い続けるのは無理でしょ」
「お前、悪魔みたいなこと考えるな……。確かに後方が講和してしまえばスカンディナヴィア王国もクラクス王国も講和せざるを得ない。だが、それをするのは両国に対する裏切りだと思われても仕方ないぞ」
「いつまでも戦争を続けるより生産的でしょ」
クラリッサは肩をすくめた。
「まあ、それもそうだな。戦争は非生産的だ。だが、どうして急に魔王軍との講和の話なんて持ち出したんだ? 何かあったのか?」
「そういう年頃だってことだよ」
「思春期に無駄に世を嘆いたりする年頃ってか。お前はそういうものとは無縁だと思っていたけどな」
「失礼な。私だって精神的に成長していっているんだよ?」
とは言え、クラリッサには反抗期らしい反抗期もなく、思春期らしい思春期もない。彼女が魔王軍との和平を望んでいるのは、ただ単にそれが彼女と彼女の一家に関係するからである。精神的にはあまり成長してないね。
「それで、その世を憂う16歳は世の中をどうしたいんだ?」
「戦争を終わらせる。徹底的かつ完璧に。二度と人間と魔族が衝突しない環境を作り上げる。それが私の目的」
そうすれば。
そうすれば、リーチオが魔族であることが発覚したとしても、問題にはならない。クラリッサは己のルーツを隠さずともよくなる。
「難しいぞ」
「だろうね。私にできるようなことなら、とっくにプロの外交官がやってる」
フェリクスが告げ、クラリッサはまた肩をすくめた。
「だが、惹かれる話ではあるな。本当にそれが上手くいけば、これまで戦争に行っていた連中が戻ってきて働き、消費する。軍事予算も削減でき、これまで軍事予算に取られていたものが、民間の事業に投じられる」
「経済は大きく回転するね」
戦争とは金食い虫で、要らぬことのために大量の金を必要とするのだ。要らぬことと言っては語弊があるかもしれないが、戦争が非生産的活動なことは間違いない。特に今、行われているような互いを全滅させようとする戦いなどに於いては。
この金食い虫がいなくなれば、兵士は動員が解除されて平常な経済活動に従事し、軍事予算もインフラ整備や企業支援に向けられる。
まさに経済は大回転するのである。
もっとも兵器メーカーは一瞬にして仕事を失うことになるだろうが。
兵器メーカーの従業員はリストラされ、企業規模も小さくなるだろうが、これまで稼いできた金を考えるならばそろそろ終わりにしてもいいはずだ。
「希望の持てる話だが、今のところは机上の空論だな。講和の窓口はどちらにもない」
「そだね」
ひょっとすると、クラリッサを襲った魔王軍の人狼や上級吸血鬼は講和の窓口を求めて、クラリッサを襲撃したのかもしれない。魔族でありながら、人間としての地位を築いたリーチオを交渉の窓口とするために。
「さて、そろそろ聖ルシファー学園だぞ。準備は?」
「できてるよ」
そして、クラリッサたちは聖ルシファー学園に乗り込んだ。
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「ウェルカム、クラリッサさん、フェリクスさん!」
聖ルシファー学園高等部の生徒会室ではアガサがハイテンションに出迎えてくれた。
「アガサ。前々から話し合っていたけど、合同体育祭をやろう」
「もちろんです。私が政権の座についた今、それを止めるものはいません! 会長だけに快調に進んでいます!」
クラリッサとアガサは前々から合同体育祭について話し合っていたのだ。
クラリッサが生徒会長となり、アガサが生徒会長となり、合同水泳大会が開催できた時から、密かに手紙をやり取りして、合同体育祭に向けて準備を進めてきたのだ。
「それではまだ決まっていないことを話し合いましょうか」
「決行日と予算分担だね」
開催場所はグレイシティ・スタジアム。競う競技は以前と同じと既に決まっている。
後はいつ体育祭をやり、予算をどのように分担するかだ。
「開催日は10月9日から10月16日までの間のどこかでって考えているけど」
「そうですね。それでしたら10月12日でお願いできますか。それだとこちらの学内行事とも都合が合います」
「オーケー。10月12日だね」
クラリッサとアガサはスケジュール帳にメモする。
「で、予算分担だけど」
「今回はうちのブックメーカーも資金を拠出しますよ。その代わり賭けにはがっつりと噛ませていただきますからね」
「もちろん。歓迎するよ。なら、予算は1:1でいいかな?」
「それで結構です。盛り上げていきましょうね」
クラリッサの言葉に、アガサがにこりと笑った。
「そうそう。それはそうと面白い競技を思いついたのですが、やってみませんか?」
「む。どんな競技?」
「それはですね──」
アガサが指を立てる。
「自動車レースです」
「ほう。自動車レース」
アガサの提案にクラリッサが興味を引かれる。
「この学園では高等部で2名、自動車と免許を持っている生徒がいるのですが、クラリッサさんも自動車を持っているようですし、ここはひとつ、勝負と行きませんか?」
「いいね。悪くない。挑戦は受けて立つよ」
「それはなにより。流石にグラウンドを走らせるわけにはいきませんから、スタジアムの外周を走り回ろうかと思います。スタジアム外周を2周で勝敗を決する。どうです?」
「いいよ」
「決まりですね。これは盛り上がりそうです」
アガサはホクホクの笑みでスケジュール帳にメモした。
「けど、これって体育祭なのか?」
「自動車レースも反射神経を問われるから体育祭だよ」
というわけで、自動車レースが新たに競技に加わった。
果たして今回の合同体育祭はどうなるのだろうか?
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