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娘は公園での敵襲に対処したい

……………………


 ──娘は公園での敵襲に対処したい



 ヴィーゲラン彫刻公園。


 ここには有名なアーティストによる600体以上の彫刻が展示されている。


「夜中に来たら面白そうだね」


「お化け信じてないのに?」


「お化けは信じてないけど、夜中に彫刻が動き出す可能性は否定しないよ」


 その有名な彫刻群を見てのクラリッサの最初の感想がこれである。


「もー。クラリッサちゃんたちってば。ちょっとは彫刻を鑑賞して心を豊かにしようとか言う心はないの?」


「私たちは作るの専門だから」


「毎度毎度碌でもない作品を作っているのによくそんなことが言えるね」


 クラリッサは農民を虐殺するし、ウィレミナは名状しがたい粘土細工を作るし。


「まあ、私が審査してやるのもいいことかもしれない」


「超上から目線……」


 超有名なアーティストの作品相手に大きく出たクラリッサである。


「ふむふむ。いろいろな彫刻があるようだけど、農民は虐殺されてないね」


「そんなに農民が虐殺されてたら大変だぜ」


 クラリッサは何が何でも農民を虐殺したいようである。


「他にはどんな──」


 クラリッサが公園の展示物に目を向けようとしたとき、彼女は異変に気づいた。


「サンドラ、ウィレミナ。他の客がいない」


「あ。本当だ。どうしたんだろう」


 公園からは人気が失せていた。


「これはあまりよくない兆候だね」


 クラリッサはそう言いながら周囲に注意深く視線を走らせる。


 そして、人影を見つけた。


 全身をコートで覆い、帽子をかぶった人間が3名、3方向からクラリッサたちに向かってきている。そして、クラリッサはその臭いからその人間たちが人間ではないことに気づいた。あれは人間ではない。魔族だ。


「そこまで。それ以上進むと痛い目を見るよ」


 クラリッサはそう告げて氷の槍を形成する。


 だが、男たちは立ち止まらずに着々と距離を詰めてくる。


「そっちがそのつもりなら──」


 クラリッサは手にした氷の槍を男に向けて投げつけた。


 クラリッサの手から放たれた槍は恐ろしい速度で加速し、男の腹部を貫いた。


 だが、男の腹部はぐねぐねと蠢くと、元に戻った。


「スライムか。相手にするのは初めてだな」


 クラリッサはそう告げると地面に魔法陣を描いた。


「クラリッサちゃん! 何か手伝えることは!?」


「今のところ、大丈夫。まずこいつらを排除してから」


 クラリッサが魔法陣に魔力を込める。


 迫りくる男たちに向けて氷の波が押し寄せ、擬態したスライムたちがその波に触れると足元から完全に凍ってしまった。クラリッサは凍り付いたスライムたちに金属の槍を放ち、それをバラバラに解体してしまう。


「さて、いつまで隠れてるのかな?」


 クラリッサは彫刻のひとつに向けてそう告げた。


「流石はあの方の娘というべきか……」


 彫刻の陰から男が姿を見せた。


「スライムと人狼が私に何の用?」


「人質になっていただきたい。あなたのお父様にしてもらいたいことがあるのです」


 人狼の男は淡々とそう告げた。


「断ると言ったら?」


「力尽くでも」


 人狼の男はそう告げて羽織っていたコートを投げ捨てた。


「じゃあ、力尽くで頑張ってみることだね」


「腕の1本、2本は覚悟していただきますよ」


 そして、人狼の男が一気に加速するとクラリッサに飛びかかった。


「甘い」


 人狼の男に金属の槍が降り注ぐ。


「フン!」


 だが、人狼の男は槍を振り払い、クラリッサに迫った。


「なかなか」


 クラリッサは人狼の繰り出してきた打撃をフィジカルブーストで受けきると、カウンターに手のひらから金属の槍を人狼に向けて放つ。


「そちらも」


 人狼は間一髪で金属の槍を躱すと、地面をけってクラリッサから距離を取った。


「これ以上やると殺しちゃうかもよ?」


「できるものなら」


「それなら遠慮なく」


 クラリッサは一気に金属の槍12本を形成すると人狼に向けて射出した。


「なるほど。物量戦! しかし、そう上手くいきますかな?」


 人狼は飛来する金属の槍から距離を取った。


 だが、金属の槍はこれまでのものと違って地面に命中すると同時に金属の破片をまき散らした。公園の木々が薙ぎ払われ、人狼にも金属の欠片が襲い掛かる。


「やってくれる」


 金属の破片を全身に浴び、血まみれになった人狼が吐き捨てる。


「そろそろ投降したら? 死ぬよりマシだと思うよ」


「あいにく我々は捕虜にはならない」


 人狼はそう告げると血まみれの体のまま突撃してきた。


「そうかい」


 クラリッサが腕を振る。


 炎の壁が人狼の進路方向に現れ、それに向かって人狼が突っ込む。


 だが、次の瞬間人狼を待ち構えていたのは、クラリッサの拳だった。


「どーん」


 フィジカルブースト全開で人狼ハーフとしての筋力も全開にしたクラリッサが人狼の顔面を思いっきり殴りつけた。とっさに突き出された人狼の爪はクラリッサの肩に僅かな裂傷を負わせたものの、そこまでだった。


 人狼は弾き飛ばされ、彫刻のひとつを破壊してからゴロゴロと転がると、地面で痙攣するのみとなった。


「さて、質問したいことがある」


 クラリッサはまだ息のある人狼に近づく。


「パパに何をさせようとしていたの?」


「あいにくだが、それを言うつもりはない」


 クラリッサが尋ねるのに、人狼が何かをガリッと噛んだ。


 それから人狼は血を噴き出し、そのまま死んでしまった。


「毒薬か。諜報員らしいのかな」


 クラリッサは人狼の口から異臭がするのを感じ取って、そう呟いた。


「ク、クラリッサちゃん? もう大丈夫?」


「分からない。けど、ここからは早く出て警察に連絡した方がいい。襲撃がこの一度だけとも限らないし──」


 そして、クラリッサが周囲を見渡す。


「公園滅茶苦茶になっているし」


「あ。本当だ……」


 なんということでしょう。


 巨匠のアートが飾られていた和やかな公園はクラリッサがまき散らした鉄片と人狼が暴れたことによって、滅茶苦茶になってしまいました。彫刻のひとつは間違いなく全壊。他の彫刻も金属片などで傷だらけになっている。


「状況を報告したら、逃げよう」


「いいのかなー」


 クラリッサは事件があったことを警察に知らせると、そそくさと公園から逃げ出して、お土産を買いに商店街に繰り出したのだった。


 公園はおよそ5億ドゥカートの損害を出し、市民たちは魔王軍が市民に紛れて存在していることに恐怖したのであった。


……………………


……………………


 クラリッサたちはお土産に缶詰やお菓子などを購入した。


 あれだけの襲撃があったのに呑気なもので、クラリッサたちは悠々と買い物を済ませると、集合地点になる埠頭に向かった。ちなみにクラリッサはピエルト用のお土産として普通の缶詰とシュールストレミングを買っていったぞ。ピエルトの運命やいかに。


「しかし、なんだったの、あの魔族?」


「さあ? 人間の子供を攫って身代金でも要求してるんじゃない?」


 クラリッサは思い当たる節はあったが、知らぬ存ぜぬの態度を取ることにした。


 ここで迂闊に答えてしまうと、自分のルーツについてばれてしまう。


「ロンディニウムでもそうだったけど、普通の街中に魔族がいるだなんて怖いね。どうにかならないのかな?」


「今は戦時中だし、我慢するしかないね」


 おっと。その街中にいる魔族とサンドラは何度も会っているぞ。


「さて、そろそろ集合場所だ」


「修学旅行もこれで終わりか―。あっという間だったなー」


「本当に。あっという間だった」


 楽しいことはいつもあっという間。


 明日からまた日常生活が始まる。


 今度の体育祭は合同開催にできるかな? 今度はいくら儲けられるかな?


 そういう楽しいことがクラリッサの頭を横切っていた。


 その時だ。クラリッサが異常を感知したのは。


「サンドラ、ウィレミナ。止まって。今すぐに」


「何、クラリッサちゃん。いったい──」


 サンドラが怪訝そうな表情をクラリッサに向けたとき、それは現れた。


 黒い霧が突如として発生し、それが凝集して人の形を取る。


「クラリッサ・リベラトーレ。あの方の娘よ。一緒に来てもらおう」


「上級吸血鬼か」


 現れたのは青白い肌をした女性だった。


 時刻は既に夕日が沈んでいる。吸血鬼の活動時間だ。


「友を死なせたくはないだろう。私と一緒に来るんだ」


「あいにくだけど答えはノー。友達も死なせないし、あなたについても行かない」


 クラリッサはそう告げて素早く地面に魔法陣を描く。


「後悔することになるぞ?」


「どーだろーね」


 クラリッサはそう告げると地面の魔法陣に魔力を込めた。


 すると、それと同時に明々とした光が一帯を覆いつくす。


「くっ……。太陽光の再現かっ!」


「上級吸血鬼には前にも出くわしたから用心のために覚えておいたんだよ」


 上級吸血鬼は光を避けるように黒い霧になって消えた。


「サンドラ、ウィレミナ。今のうちに集合地点へ。先生に知らせてきて」


「わ、分かった!」


 クラリッサが告げるのにサンドラとウィレミナが走り出す。


 クラリッサの発生させた光はその後15分は持ったが、そこまでだった。


「これで逃げてくれたらいいんだけど」


 クラリッサはそう告げて周囲を見渡す。


「まだまだだっ!」


「そうだと思った」


 黒い霧がクラリッサの頭上で凝集し、そこから上級吸血鬼が襲い掛かる。


 クラリッサはフィジカルブーストと人狼ハーフの瞬発力で攻撃を避けると、金属の槍を生成して上級吸血鬼に射出する。


 だが、上級吸血鬼は霧になって消え、攻撃は不発に終わった。


「そっちか」


 クラリッサは人狼の嗅覚で異物を追い、上級吸血鬼が右斜め後ろに回り込んだことを確認した。クラリッサは素早くその方向を向き、攻撃の準備を整える。


「甘い」


 だが、攻撃の準備を整え終えるのは上級吸血鬼の方が先だった。


 上級吸血鬼は氷の刃を射出し、クラリッサの両足を狙う。


「やられないよ」


 クラリッサは勢い良く飛び跳ねて攻撃を躱すと、上級吸血鬼に向けてさらなる攻撃を放った。金属の槍の雨だ。


「流石は四天王と勇者の子、か」


 金属の槍が降り注ぐのに上級吸血鬼は黒い霧になって消える。


 だが、次はさっきのような奇襲とはいかなかった。


 クラリッサが事前に相手の出現地点に目星をつけていたからである。血の臭いの濃さを追い、それが止まったところに金属の槍を射出する。


「ぐうっ……!」


 金属の槍は上級吸血鬼の右足を抉った。


「だが、この程度っ!」


 上級吸血鬼はすさまじい力で自分の足に刺さった金属の槍を引き抜くと、その足に穿たれていた傷が瞬く間に回復した。


「はあ。君らっておかしなぐらい頑丈だよね」


「お褒めの言葉と受け取っておく。だが、そちらも既に上級吸血鬼を相手にしたことがあるようだ。油断はしないでいく」


「あいよ。集合時間までには終わらせよう」


 クラリッサは軽い調子でそう告げると上級吸血鬼が再び霧になって消えた。


「近い」


 クラリッサが急速に近づいた血の臭いに反射的に回し蹴りを叩き込んだ。


 クラリッサの回し蹴りは具現化しつつあった上級吸血鬼の脇腹に叩き込まれ、フィジカルブーストと人狼ハーフの筋力から叩き出される打撃が上級吸血鬼を揺さぶる。


「この程度っ!」


 だが、流石は上級吸血鬼。クラリッサの蹴りぐらいではやられなかった。


 上級吸血鬼はクラリッサの足を掴むと、ブンッと振り回して、壁に叩きつける。


「いったー……」


 クラリッサは全身に衝撃が走り、小さく呻く。


「そろそろ降伏してもらえるか」


「冗談。まだまだだよ」


 上級吸血鬼の勧告に、クラリッサはそう告げると素早く立ち上がった。


「ならば、手足の1、2本は我慢してもらおう」


「やれるものなら」


 クラリッサは上級吸血鬼の攻撃パターンを分析した。


 黒い霧になって回避する。黒い霧が凝集する。そこから具現化した体が攻撃する。


 霧の時にいくら攻撃しても無意味。攻撃は相手が凝集したところで行わなければならない。そうでなければ攻撃は通らない。


 だが、本当にそうか?


 霧になっているときも上級吸血鬼は存在が消え去ったわけではない。確かにそこに存在しているのである。存在しているなら攻撃は通るはず。


「やってみますか」


 クラリッサは金属の槍を形成して射出する。


「自棄になったか」


 上級吸血鬼は霧になってそれを回避した。


 だが、そこがクラリッサの攻撃チャンスだった。


「今だ」


 クラリッサは事前に地面に記しておいた魔法陣に力を籠める。


 魔法陣に込められた魔力は霧になって回避しようとする上級吸血鬼に伸び──。


「やったね」


 霧の状態のままに上級吸血鬼を凍り付かせた。


「貴様──っ!」


 残った霧が上級吸血鬼を形作るが、霧の量が十分ではなく子供の姿になっていた。


「それじゃあ、大したことはできないね。大人しく降伏したら?」


「くうっ!」


 クラリッサが余裕の態度でそう告げ、上級吸血鬼が唸る。


「そもそもなんでそんなに執拗に私のことを襲うわけ? 何かうらみでもあるの?」


「……貴様には恨みなどない。ただ、我々の目的を遂行する上で必要なだけだ」


「目的って何?」


「それが聞きたければついて来ることだ」


 上級吸血鬼がそう告げるのにクラリッサが渋い顔をする。


「ふーん。まあ、いいや。いずれ分かるだろうから。それで? まだやる?」


「無論だ。やらせてもらう!」


 上級吸血鬼は黒い霧に変わり、一瞬で空気に混じり、姿を消した。


「あの小柄さで肉弾戦は無理。狙ってくるのは──」


 クラリッサが血の臭いを追ってその方向に金属の槍を放つ。


「があっ……!」


 金属の槍は丁度、吸血鬼の胸の付近に突き刺さった。


「たかが子供と侮りすぎていたか……。やむを得ん!」


 吸血鬼は拳を突き上げると金属の槍の雨がそこら中に降り注いだ。


 金属の槍はあらゆるものを破壊していき、クラリッサも金属のドームを作って隠れる。金属の槍の雨はそれから15分に渡って降り注ぎ、辺り一帯を破壊しつくすと、突如として止まった。クラリッサは金属のドームを解体し、外の様子を窺う。


 上級吸血鬼は消えていた。


 どうやらあの攻撃は、上級吸血鬼がこの場から離脱するためのものだったようだ。


「クラリッサちゃん!」


「おお。サンドラ。先生たちは?」


「すぐに来るよ! クラリッサちゃんボロボロじゃない!」


「これぐらいは怪我をしたうちには入らないよ」


「そんなことない! 大けがです! 先生たちが来たら病院に行こう!」


「そんな大げさな……」


「大げさじゃありませんー!」


 そして、サンドラがクラリッサの胸に顔をうずめる。


「心配したんだから」


「ありがと」


 それからクラリッサは教師とともに病院に向かい、複数の骨のひびについて治療を受けると、警察から事情聴取を受け、退屈なベッドの上で回復を待ったのだった。


……………………

面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!


そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!

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新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
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[一言] こんなときに可愛いペットのアルフィーを呼び出したらどうなるのだろうか?
[一言] 経験を、才能で、押し切りましたか。
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