娘はスカンディナヴィア王国を観光したい
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──娘はスカンディナヴィア王国を観光したい
義務的であった聖バアル学園への表敬訪問とアルビオン王国遠征軍の慰問が終われば、ようやく最終日の自由時間である。
「では、カジノへ」
「いきません」
「ぶー」
将来はライバルになるかもしれないスカンディナヴィア王国の国営カジノを視察に行くことを提案したクラリッサだったが、あっけなく却下されてしまった。
クラリッサがアルビオン王国でカジノを始めるときには、大陸で唯一カジノが許されているスカンディナヴィア王国のものより立派で、採算が見込めるものにしなければいけなかったのだが、あいにくのところ学生はカジノなんぞに手を出してはいけないのだ。
「見るだけ。見るだけだから」
「ダメ」
「どうしても?」
「ダメ」
サンドラは頑なな拒否の姿勢に入ったぞ。
「ぶー。ぶー。表敬訪問も慰問も頑張ったんだから、ちょっとぐらいご褒美があってもいいと思うけどな。サンドラたちは見てただけでしょ?」
「私たちもしっかり慰問袋を手渡したし、聖バアル学園の生徒の人たちと交流しました。クラリッサちゃんだけが働いたわけじゃないんだよ」
そうである。
サンドラとウィレミナも表敬訪問と慰問を頑張っていたのである。サンドラは聖バアル学園の生徒に友達を作っていたし、ウィレミナは仕分けした慰問袋を丁重に兵士たちに手渡していた。クラリッサだけが働いていたわけではないのだ。
「ちぇっ。分かったよ。で、今日は何するの?」
「このクリスチャニアの古い建物を見て回って、それから公園に行きたいと思います」
「古い建物を取り壊して、新築するのを引き受けるわけ? 流石の私のファミリーもスカンディナヴィア王国でまでビジネスはしてないよ」
「壊さない! 再建も引き受けない!」
「なら、なぜにぼろい建物の見学など……」
「古い建物には歴史が詰まっています。歴史を知るのは大事です」
「それなら、この国営カジノの入ったビルを……」
「カジノはダメ」
何がなんでもカジノを見学したいクラリッサであった。
「分かったよ。古い建物を爆破解体していこう」
「しーまーせーんー!」
クラリッサは爆弾魔モードに入った。
「クラリッサちゃん。大人しく古い建物の歴史を見ていこうぜ」
「仕方がない……」
というわけで、クラリッサたちはこのクリスチャニアの街で、まずは古い建物を見て回ることになったのだった。クラリッサは不満ぶーぶーだったものの。
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彼らが動き出したのは慰問の場にクラリッサが姿を見せてからだった。
「クリスチャニア内で動かせる資産は?」
「上級吸血鬼1名、人狼3名、スライム4名です」
クリスチャニアの港の倉庫でそう言葉を交わすのは血の臭いを漂わせた死人のように青白い肌の女性と同じように血の臭いを漂わせた毛深い男性だった。
「上級吸血鬼はこちらの切り札だ。安易に投入したくはない。人狼1名にスライム3名を指揮させるというのはどうか?」
「問題ないかと思われます」
女性の言葉に男性がそう返す。
「しかし、ここまで潜伏させるのにはそれなりの時間と手間をかけました。それが無に帰すのは避けたいところですな」
「私だっていきなりこんな作戦をつきつけられれば拒否しただろう。だが、目標が目標だ。もしかすると、我々にも希望が見えてくるかもしれない。少なくとも今の派閥争いを終わらせられるのはあの方だけだ」
男性が肩をすくめて告げるのに、女性が爪を噛んでそう告げた。
「あの方には魔王軍も戻っていただきたいですな。今は“魔族軍”かもしれませんが」
「全くだ。我々の行動に全てがかかっている。成功すれば我々はついに戦争を終わらせることも可能になるかもしれない。あるいは戦争は終わらずに、ただ泥沼が続くか」
「前者であることを祈りますよ」
「何にだ?」
「古き戦士たちの霊に。人狼の信仰とはそういうものです」
女性が不可解な様子で尋ね、男性がそう答えた。
「そうだったな。祖先に恥じぬように勇敢であれ。君たち人狼の生きざまには感心させられる。吸血鬼たちは祈りも何もしない。ただただ、貪欲に勝利を求めるばかりだ。どのような卑怯な手段であれ、勝ちさえすればそれでいいと考えている」
「それもまた生き方のひとつですよ」
女性が首を横に振るのに、男性がそう告げた。
「では、どのような卑怯な手段を使っても目標を確保しよう。願わくば我々のこの行動によって戦争が終わることを。敗北主義者と言われても構うまい。我々の継戦能力が限界に達しつつあるのだ」
そう告げて女性はクリスチャニアの地図を広げる。
「仕掛けるのは?」
「市民に官憲を呼ばれるのは面倒です。大規模な戦闘は避けたい。となると、人気のない場所で仕掛けるべきでしょうな。幸いにして今は観光シーズンではありません。人に紛れられられないのは困りますが、一瞬で勝負を決めるならどうにかなる」
「なるほど。了解した。作戦の立案はそちらに任せる。責任は全て私が取る。どのような手段でも目標を確保しろ。どのような手段でもだ」
「畏まりました、中佐」
男性は女性にそう告げると地図を睨み始めた。
「あなたが残っていれば事情は変わったはずなのですよ、リーチオ閣下」
女性はそう呟き、黙って地図を見つめ続けた。
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クラリッサたちがまず目指したのはスカンディナヴィア王国の宮殿だった。
戦費不足を少しでも補うためか、宮殿は観光客向けに開放されていた。
「しかし、宮殿の中には入れない、と」
「その代わり、庭とかは見て回っていいんだってさ」
観光客向けに開放されているのは宮殿を取り囲む庭だけで、宮殿の内部に入ることはできなかった。流石に警備上の問題があるのだろう。
「あ。彫像だ」
「カッコいいね。殺されている農民がいればなおグッド」
「ナチュラルに農民を殺そうとするなー」
庭には歴代の国王や名誉ある軍人をかたどった彫像が置かれていた。
鎧姿で、騎乗した彫像にクラリッサの心は反応した。本当に感性が男の子寄り。
「庭を見ようよ、庭。綺麗だよ」
「えー……。この時期は虫もいないし、庭見ても楽しくないよ」
「おかしい! 虫がいない今だからいいんじゃん! 虫がいっぱいいるときに庭に行きたくないよ!」
「庭って虫を眺めるために行くものじゃないの?」
「違います」
クラリッサは一時期昆虫観察が趣味だったぞ。
「仕方ない。庭を見に行こう。特に何かしらの見どころがあるわけでもないただの植物が植えられた場所をぶらぶらしよう」
「クラリッサちゃん! 衛兵の人が滅茶苦茶睨んでるから!」
宮殿の衛兵は滅茶苦茶城の庭を馬鹿にしまくっているクラリッサをじっと睨んでいるぞ。ちゃんと場の空気は読もうな、クラリッサ。
「庭、庭、庭。鶏」
「訳の分からない言葉遊びしてないで綺麗な庭を見て。ほら、綺麗でしょ?」
宮殿の庭は大きな湖があり、草木が丁度紅葉しており、見事な眺めだった。これを見るためだけにクリスチャニアを訪れてもいいぐらいである。
「なんというか、ふつー。楽しくない」
「クラリッサちゃんはさあ……」
サンドラは深々とため息をついた。
「でも、ここでかくれんぼしたら楽しそうだね。私、鬼やるから隠れて」
「宮殿の庭で遊ばない! やんごとなき方々の庭でかくれんぼとかしないの!」
「ちぇっ。つまらないの」
サンドラに叱られて、クラリッサはへそを曲げた。
「ウィレミナちゃんはどう思う?」
「なんというか、庭っていうより森って感じ? 迷子になりそうだね」
「綺麗だとかそういう感想は?」
「ああ。綺麗、綺麗」
「すごくいい加減……」
クラリッサとウィレミナの美的センスに期待してはいけない。
それからクラリッサたちはひとつの森を再現したかのような湖あり、川あり、紅葉した木々ありの庭を巡って回ると、いそいそと次の観光地に向かったのだった。
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それからクラリッサは市庁舎、国会議事堂などの古い建物を見て回った。
どれも荘厳な建物だったのだが、クラリッサの反応は『ふーん』である。クラリッサは古い建物に興味がないのだ。そこに刻まれた歴史についても興味がないし、まさに『ふーん』という反応しか取れないのである。
サンドラとウィレミナはそれなりに観光地巡りを楽しんでいた。
荘厳な建物とそこに秘められた歴史。サンドラとウィレミナはそれらを味わった。
「もういいでしょ? そろそろ行こう?」
「来たばっかりだよ、クラリッサちゃん」
そんなやり取りを交えつつ、クラリッサたちは午前中の観光を終えた。
午後からは少し見てまわったら帰国の準備をしたりお土産を買ったりと忙しい。
「午後はヴァイキング博物館とヴィーゲラン彫刻公園のどっちからにする?」
「ヴァイキング博物館で」
「だと思ったよ」
農民が虐殺されてでもいない限り、クラリッサが彫刻に興味を持つとは思えない。
「じゃあ、ヴァイキング博物館を見て来よう。お土産もそろそろ買わないとね」
「港の傍に商店街があったよ。そこで買わない?」
「それでいっかー」
それか博物館などの施設に併設されているお土産屋さんで買うかである。
「それではヴァイキング博物館へ」
「ノリノリだな、クラリッサちゃん」
クラリッサのテンションはマックスだ。
というわけで馬車に乗って、クラリッサたちはヴァイキング博物館へ。
「ほうほう。ここがヴァイキング博物館かー」
「船が展示してある!」
博物館にはまずヴァイキングたちが大海原を駆けたヴァイキング船が展示されていた。船をこぐ蝋人形のヴァイキング達も見られる。
「武器もいろいろあるね」
「カッコいいー」
「クラリッサちゃんが生き生きしてる……」
クラリッサは午前中の観光巡りとは打って変わってノリノリだった。
「いろいろ武器があるね」
「私はこの斧がおすすめだね。投げて良し、相手の頭を叩き潰して良し」
「…………」
生き生きと物騒なことを語るクラリッサにサンドラが沈黙した。
「クラリッサちゃーん。こっちにヴァイキングの最大行動範囲が記されてるぜー」
「何々?」
ウィレミナが告げ、クラリッサがトトトとそっちに向かう。
「おお。凄い行動範囲だ。北海から地中海、大西洋まで行動範囲が広い」
「新大陸に最初に到達したのもヴァイキングじゃないかって」
ヴァイキングは世界中を旅してまわっているようだった。
「アルビオン王国もかつてはヴァイキングの支配下だったんだね」
「そだね。これを機にやりかえそうか?」
「……何を?」
「略奪」
ナチュラルに問題発言をするクラリッサであった。
「略奪はしません。今は友好国なんだからかつてのことは水に流さないと」
「ヴァイキングだけに?」
「……突っ込まないよ」
クラリッサのボケはスルーされてしまった。残念なり。
「あ。お土産屋さんがある」
「ヴァイキンググッズ」
クラリッサたちはワクワクとお土産屋さんに向かった。
「ヴァイキング・アクションフィギュア」
「斧」
博物館のお土産物コーナーはカオスだった。
謎のヴァイキングぬいぐるみやアクションフィギュアが売られていたり、実物大の斧が売られていたり、誰へのお土産にすればいいんだというものがひしめいていた。
「よし。私はこれにしよう」
「え。クラリッサちゃん、その盾買うの?」
「そう。パパへのお土産に」
クラリッサはヴァイキングの使っていた盾を購入した。
送られる方はたまったものじゃないお土産だ。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「クラリッサちゃん。本当にその盾お土産にするの?」
「うん。斧とかだと後で迷惑になりそうじゃない?」
「盾の時点でかなり……」
クラリッサたちはサンドラに突っ込まれながら、最終観光地であるヴィーゲラン彫刻公園へと向かったのだった。
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